余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
翌日。王立魔法学院は、朝から異様な緊張感に包まれていた。
グラン・マギカ王国からの視察団が到着したのだ。
正門前には豪華な馬車が列をなし、きらびやかな衣装を纏った貴族たちが降りてくる。
その先頭に立つのは、金髪の美青年――アルフレッド第二王子。
だが、その表情は以前のような傲慢さに満ちたものではなかった。
目の下にクマを作り、頬はこけ、どこか亡霊のような危うさを漂わせている。
その瞳は、何かを探して虚空を彷徨っていた。
「……シルヴィア。どこだ、どこにいる……」
うわごとのように呟く王子。
完全に病んでいる。
かつての婚約者である俺――シルヴィア(男装名:シル)は、校舎の窓からその様子を見て戦慄した。
「ヒエッ……ガチでヤバい目をしてるぞアイツ」
俺はカーテンの陰に隠れ、ガタガタと震えた。
あの目は獲物を探す捕食者の目だ。
もし見つかったら、「償い」という名の重すぎる愛で監禁される未来しか見えない。
絶対にバレてはいけない。
「シル君、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
声をかけてきたのはリリィだった。
彼女もまた、今日は何故かソワソワしている。
手には可愛らしいリボンのついた袋を持っている。
「あ、いや、ちょっと貧血で……」
「大変! やっぱり昨日の実技で無理をしたのね!」
リリィが大袈裟に騒ぎ立てる。
すると、教室にいたクラスメイト(親衛隊)たちが一斉に反応した。
「シルが具合悪いって!?」
「マズいぞ、今日は視察団が校内を見回る日だ。騒がしい場所にいたらシルの体調が悪化する!」
「隠そう! 空き教室だ!」
(えっ、ちょっ、ナイス判断だけど、大袈裟すぎない?)
俺が止める間もなく、ガストンが俺をひょいと担ぎ上げた。
「俺に任せろ! シルは俺が守る!」
「うわぁっ!? 降ろせ! 自分で歩ける!」
「喋るな、体力を温存しろ!」
問答無用で連行される俺。
連れて行かれたのは、旧校舎の奥にある「第二資料室」だった。
埃っぽいが、人目につかない絶好の隠れ場所だ。
「よし、ここなら視察団も来ないだろう。シル、お前はここで休んでろ」
「俺たちは外で見張りをする。誰も通さないから安心しろ!」
カイルたちが頼もしすぎる笑顔で親指を立てる。
ありがたいが、過保護すぎて胃が痛い。
「あ、あの……私はここに残って看病します!」
リリィが手を挙げた。
カイルたちは「おお、リリィなら安心だ」「頼んだぞ」と快諾し、部屋を出て行った。
静寂が訪れる。
薄暗い資料室に、俺とリリィの二人きり。
「……ふぅ。助かったよ、リリィさん」
「い、いえ! 当然のことです!」
リリィは顔を赤くして、持っていた袋を差し出した。
「あの、これ……クッキーを焼いてきたんです。もしよかったら……」
「え、俺に?」
「はい! お礼がしたくて……」
可愛い。
原作ヒロインの手作りクッキーとか、前世の俺なら泣いて喜んだだろう。
今の俺は「毒見(味見)しなきゃ」という思考が先に立つが。
「ありがとう。いただくよ」
俺がクッキーを受け取ろうとした、その時だった。
――カツン、カツン。
廊下から、足音が聞こえた。
規則正しい、軍靴の音。
さらに、複数の話し声。
「……この旧校舎には、貴重な古文書があると聞いている」
「はっ、アルフレッド殿下。こちらです」
(ッ!?)
俺とリリィは同時に凍りついた。
アルフレッドだ。
なぜここに来る!? メイン校舎を見ろよ!
「ど、どうしようシル君……殿下が……」
「しっ! 静かに!」
俺はリリィの口を手で塞ぎ、部屋の奥にある古い書棚の陰に隠れた。
心臓が早鐘を打つ。
バレたら終わる。俺の平穏も、男装生活も、全てが。
ガチャリ。
ドアが開く音。
「……誰もいないようだな」
アルフレッドの声が響く。
俺たちは息を潜める。
リリィが俺の服をギュッと掴んで震えている。
彼女にとっても、アルフレッドは「元婚約者を追放した張本人」であり、あまり会いたい相手ではないのだろう。
「ふむ……埃っぽいな。だが、昔のシルヴィアも、こういう古い本が好きだった……」
アルフレッドが独り言を呟きながら、部屋の中を歩き回る。
やめろ、昔話をするな。
そしてこっちに来るな。
カツン、カツン……。
足音が近づいてくる。
書棚のすぐ向こう側まで来ている。
(マズい、見つかる……!)
俺は覚悟を決めた。
もし見つかったら、リリィを囮にして窓から逃げるか? いや、それは人として最低だ。
なら、気絶させて記憶を消すか? いや、王子に手を出したら国際問題だ。
その時。
アルフレッドが足を止めた。
彼の視線が、床に落ちていた何かに釘付けになる。
それは――俺がさっき落とした、特製ポーションの空き瓶だった。
微かに残ったドブ色の液体が、鈍く光っている。
「……この臭い、まさか」
アルフレッドが空き瓶を拾い上げる。
そして、蓋を開けて匂いを嗅いだ。
「ッ!? この、形容しがたい苦味の香り……! 間違いない!」
(えっ?)
アルフレッドは、感動に打ち震えた声で叫んだ。
「これは、ココル村で聖女が作ったとされる『聖血の秘薬』と同じ香りだ! 報告にあった通りだ、苦痛と慈愛が入り混じった、魂を揺さぶる香り……!」
(いや、ただのマンドラゴラ臭ですけど!?)
俺は心の中でツッコミを入れる。
だが、アルフレッドの目は狂信者のそれになっていた。
「聖女が……シルヴィアが、この学院にいたのか!? やはり俺の読みは間違っていなかった!」
彼は空き瓶を宝物のように懐にしまうと、血走った目で周囲を見回した。
「シルヴィア! いるのか!? 出てきてくれ! 俺だ、アルフレッドだ!」
「殿下、落ち着いてください! 他の場所をお探ししましょう!」
側近たちが慌てて彼を止める。
アルフレッドは「離せ! 彼女の気配がするんだ!」と暴れたが、無理やり部屋から連れ出されていった。
バタン。
ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。
「……はぁ、はぁ……」
俺はその場にへたり込んだ。
助かった。
まさか、俺の不味いポーションが身代わりになってくれるとは。
「シル君……大丈夫?」
「あ、ああ……なんとかね」
リリィが心配そうに覗き込んでくる。
彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「殿下……あんなにシルヴィア様のことを……。きっと、心の底から後悔されているんですね」
「……そうかもね(ストーカーにしか見えなかったけど)」
俺は苦笑いするしかない。
とにかく、最大の危機は去った。
だが、これで確信してしまった。
アルフレッドは本気で俺を探している。しかも、俺がこの学院にいることに気づいてしまった。
「……平穏な生活、遠のいたなぁ」
俺はリリィの手作りクッキーをかじりながら、遠い目をした。
クッキーはとても甘かったが、俺の心は苦いままだった。
アルフレッド「この臭いはシルヴィアだ!(変態)」
シルヴィア「(訴えたい)」
ポーションの臭いで特定されるという、前代未聞のピンチでした。
これにより、アルフレッドの捜索範囲が「学院内」に絞られてしまいます。
逃げ場がなくなるシルヴィア。
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