余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる   作:実験体G

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第10話:元婚約者の王子が視察に来たので、全力で気配を消します

翌日。王立魔法学院は、朝から異様な緊張感に包まれていた。

 グラン・マギカ王国からの視察団が到着したのだ。

 正門前には豪華な馬車が列をなし、きらびやかな衣装を纏った貴族たちが降りてくる。

 

 その先頭に立つのは、金髪の美青年――アルフレッド第二王子。

 だが、その表情は以前のような傲慢さに満ちたものではなかった。

 目の下にクマを作り、頬はこけ、どこか亡霊のような危うさを漂わせている。

 その瞳は、何かを探して虚空を彷徨っていた。

 

「……シルヴィア。どこだ、どこにいる……」

 

 うわごとのように呟く王子。

 完全に病んでいる。

 かつての婚約者である俺――シルヴィア(男装名:シル)は、校舎の窓からその様子を見て戦慄した。

 

「ヒエッ……ガチでヤバい目をしてるぞアイツ」

 

 俺はカーテンの陰に隠れ、ガタガタと震えた。

 あの目は獲物を探す捕食者の目だ。

 もし見つかったら、「償い」という名の重すぎる愛で監禁される未来しか見えない。

 絶対にバレてはいけない。

 

「シル君、どうしたの? 顔色が悪いわよ」

 

 声をかけてきたのはリリィだった。

 彼女もまた、今日は何故かソワソワしている。

 手には可愛らしいリボンのついた袋を持っている。

 

「あ、いや、ちょっと貧血で……」

「大変! やっぱり昨日の実技で無理をしたのね!」

 

 リリィが大袈裟に騒ぎ立てる。

 すると、教室にいたクラスメイト(親衛隊)たちが一斉に反応した。

 

「シルが具合悪いって!?」

「マズいぞ、今日は視察団が校内を見回る日だ。騒がしい場所にいたらシルの体調が悪化する!」

「隠そう! 空き教室だ!」

 

(えっ、ちょっ、ナイス判断だけど、大袈裟すぎない?)

 

 俺が止める間もなく、ガストンが俺をひょいと担ぎ上げた。

 

「俺に任せろ! シルは俺が守る!」

「うわぁっ!? 降ろせ! 自分で歩ける!」

「喋るな、体力を温存しろ!」

 

 問答無用で連行される俺。

 連れて行かれたのは、旧校舎の奥にある「第二資料室」だった。

 埃っぽいが、人目につかない絶好の隠れ場所だ。

 

「よし、ここなら視察団も来ないだろう。シル、お前はここで休んでろ」

「俺たちは外で見張りをする。誰も通さないから安心しろ!」

 

 カイルたちが頼もしすぎる笑顔で親指を立てる。

 ありがたいが、過保護すぎて胃が痛い。

 

「あ、あの……私はここに残って看病します!」

 

 リリィが手を挙げた。

 カイルたちは「おお、リリィなら安心だ」「頼んだぞ」と快諾し、部屋を出て行った。

 

 静寂が訪れる。

 薄暗い資料室に、俺とリリィの二人きり。

 

「……ふぅ。助かったよ、リリィさん」

「い、いえ! 当然のことです!」

 

 リリィは顔を赤くして、持っていた袋を差し出した。

 

「あの、これ……クッキーを焼いてきたんです。もしよかったら……」

「え、俺に?」

「はい! お礼がしたくて……」

 

 可愛い。

 原作ヒロインの手作りクッキーとか、前世の俺なら泣いて喜んだだろう。

 今の俺は「毒見(味見)しなきゃ」という思考が先に立つが。

 

「ありがとう。いただくよ」

 

 俺がクッキーを受け取ろうとした、その時だった。

 

 ――カツン、カツン。

 

 廊下から、足音が聞こえた。

 規則正しい、軍靴の音。

 さらに、複数の話し声。

 

「……この旧校舎には、貴重な古文書があると聞いている」

「はっ、アルフレッド殿下。こちらです」

 

(ッ!?)

 

 俺とリリィは同時に凍りついた。

 アルフレッドだ。

 なぜここに来る!? メイン校舎を見ろよ!

 

「ど、どうしようシル君……殿下が……」

「しっ! 静かに!」

 

 俺はリリィの口を手で塞ぎ、部屋の奥にある古い書棚の陰に隠れた。

 心臓が早鐘を打つ。

 バレたら終わる。俺の平穏も、男装生活も、全てが。

 

 ガチャリ。

 ドアが開く音。

 

「……誰もいないようだな」

 

 アルフレッドの声が響く。

 俺たちは息を潜める。

 リリィが俺の服をギュッと掴んで震えている。

 彼女にとっても、アルフレッドは「元婚約者を追放した張本人」であり、あまり会いたい相手ではないのだろう。

 

「ふむ……埃っぽいな。だが、昔のシルヴィアも、こういう古い本が好きだった……」

 

 アルフレッドが独り言を呟きながら、部屋の中を歩き回る。

 やめろ、昔話をするな。

 そしてこっちに来るな。

 

 カツン、カツン……。

 足音が近づいてくる。

 書棚のすぐ向こう側まで来ている。

 

(マズい、見つかる……!)

 

 俺は覚悟を決めた。

 もし見つかったら、リリィを囮にして窓から逃げるか? いや、それは人として最低だ。

 なら、気絶させて記憶を消すか? いや、王子に手を出したら国際問題だ。

 

 その時。

 アルフレッドが足を止めた。

 彼の視線が、床に落ちていた何かに釘付けになる。

 

 それは――俺がさっき落とした、特製ポーションの空き瓶だった。

 微かに残ったドブ色の液体が、鈍く光っている。

 

「……この臭い、まさか」

 

 アルフレッドが空き瓶を拾い上げる。

 そして、蓋を開けて匂いを嗅いだ。

 

「ッ!? この、形容しがたい苦味の香り……! 間違いない!」

 

(えっ?)

 

 アルフレッドは、感動に打ち震えた声で叫んだ。

 

「これは、ココル村で聖女が作ったとされる『聖血の秘薬』と同じ香りだ! 報告にあった通りだ、苦痛と慈愛が入り混じった、魂を揺さぶる香り……!」

 

(いや、ただのマンドラゴラ臭ですけど!?)

 

 俺は心の中でツッコミを入れる。

 だが、アルフレッドの目は狂信者のそれになっていた。

 

「聖女が……シルヴィアが、この学院にいたのか!? やはり俺の読みは間違っていなかった!」

 

 彼は空き瓶を宝物のように懐にしまうと、血走った目で周囲を見回した。

 

「シルヴィア! いるのか!? 出てきてくれ! 俺だ、アルフレッドだ!」

「殿下、落ち着いてください! 他の場所をお探ししましょう!」

 

 側近たちが慌てて彼を止める。

 アルフレッドは「離せ! 彼女の気配がするんだ!」と暴れたが、無理やり部屋から連れ出されていった。

 

 バタン。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 俺はその場にへたり込んだ。

 助かった。

 まさか、俺の不味いポーションが身代わりになってくれるとは。

 

「シル君……大丈夫?」

「あ、ああ……なんとかね」

 

 リリィが心配そうに覗き込んでくる。

 彼女の目にも涙が浮かんでいた。

 

「殿下……あんなにシルヴィア様のことを……。きっと、心の底から後悔されているんですね」

「……そうかもね(ストーカーにしか見えなかったけど)」

 

 俺は苦笑いするしかない。

 とにかく、最大の危機は去った。

 だが、これで確信してしまった。

 アルフレッドは本気で俺を探している。しかも、俺がこの学院にいることに気づいてしまった。

 

「……平穏な生活、遠のいたなぁ」

 

 俺はリリィの手作りクッキーをかじりながら、遠い目をした。

 クッキーはとても甘かったが、俺の心は苦いままだった。




アルフレッド「この臭いはシルヴィアだ!(変態)」
シルヴィア「(訴えたい)」

ポーションの臭いで特定されるという、前代未聞のピンチでした。
これにより、アルフレッドの捜索範囲が「学院内」に絞られてしまいます。
逃げ場がなくなるシルヴィア。

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