余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
地下迷宮の薄暗い回廊が、一瞬にして真昼の太陽のような紅蓮の光に包まれた。
「消えろ――『深紅の葬送(クリムゾン・エンド)』」
俺が放ったのは、ただの火属性魔法ではない。
空間圧縮と熱量操作を組み合わせた、本来なら国家魔導師クラスが数人がかりで発動する戦略級複合魔法だ。
それを、俺は自身のHPの60%という莫大なコストを支払うことで、たった一人で、しかも無詠唱で発動させた。
ゴゥゥゥゥゥォォォォォッ!!!
紅い閃光が奔る。
それはレーザーのように一直線に伸び、キメラの巨体を飲み込んだ。
「ギャァァァァァァッ!?」
キメラの絶叫が響く。
だが、それも一瞬だった。
超高熱の奔流は、キメラの鋼鉄のような皮膚を紙のように焼き尽くし、肉を蒸発させ、骨すらも灰へと変えていく。
再生能力を持つ変異種であろうと関係ない。再生する端から消滅させてしまえばいいのだ。
圧倒的な熱量が、通路の石壁を溶かし、マグマのように赤く輝かせる。
俺の後方にいたカイルたちは、あまりの光量と熱波に目を開けていられず、腕で顔を覆って蹲っていた。
「はぁっ、はぁっ、ぐぅ……ッ!!」
魔法を維持している間、俺の体は悲鳴を上げていた。
全身の血管が焼き切れるような感覚。
内臓がねじれる痛み。
口から溢れ出る鮮血が止まらない。
白いシャツはとっくに赤く染まり、足元の地面には血だまりが出来ている。
(痛い、痛い、痛い……! これ、絶対HP残り一桁だろ……!)
視界が点滅する。
意識が飛びそうだ。
だが、ここで止めるわけにはいかない。
完全に消滅させなければ、あいつは再生するかもしれない。
「まだだ……まだ足りない……! もっと燃えろ!!」
俺はさらにHPを削る。
変換(コンバート)。
寿命の前借り。
ドクンッ!
最後の一押し。
紅蓮の光がさらに膨れ上がり、キメラの残骸を原子レベルまで分解した。
そして――光が収束し、爆風と共に全てが吹き飛んだ。
……静寂。
迷宮の通路には、溶けてガラス化した壁と、黒い灰の山だけが残されていた。
キメラの姿は、跡形もない。
「……終わった、か」
俺は膝から崩れ落ちた。
魔力の供給を絶った瞬間、変装魔法も完全に解け、本来の姿が露わになる。
長く伸びた銀髪が、熱風に煽られて揺れる。
鮮血に染まった唇と、宝石のような紅い瞳。
ボロボロになった服から覗く肌は、透き通るように白い。
「ごふっ……」
最後に溜まっていた血を吐き出し、俺は荒い息をついた。
ポーション……ポーションを飲まないと死ぬ。
震える手で懐を探るが、指先に力が入らない。
(あ、ヤバい。指が動かない)
極度の脱力感。
視界が急速に暗くなっていく。
俺の意識は、泥の中に沈むように遠のいていった。
倒れる寸前、誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
†
「……シル……?」
カイルは、目の前の光景を信じられなかった。
爆風が収まった後、そこに立っていたのは、自分たちが知る「病弱な美少年シル」ではなかった。
月光のような銀髪。
血のような紅玉の瞳。
そして、この世の者とは思えないほど美しい、少女の姿だった。
「嘘だろ……。シルは、女だったのか……?」
カイルが呆然と呟く。
だが、その姿には見覚えがあった。
先日、掲示板や噂で聞いた特徴と完全に一致する。
ココル村を救い、死の森で目撃された伝説の存在。
「血染めの……聖女様……?」
リリィが震える声でその名を呼んだ。
彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
「ああ、やっぱり……! やっぱり貴女様だったのですね!」
リリィは確信していた。
あの匂い。あの気高さ。そして、他人のために己の命を削るその生き様。
全てが繋がった。
シル君は、正体を隠してまで、この学園で静かに暮らそうとしていたのだ。
それなのに、自分たちを守るために、その正体を晒し、あんなにも大量の血を流して……。
「シルヴィア様ッ!!」
リリィが叫び、倒れ込むシルヴィアの体に駆け寄った。
彼女の体を受け止めると、その軽さと冷たさに戦慄する。
ドレス(制服)は血で濡れそぼり、呼吸は浅く、今にも消えてしまいそうだ。
「死なないで! お願い、死なないで!」
リリィは必死に回復魔法をかける。
だが、彼女の魔法では、削られた「生命力」そのものを戻すことはできない。
傷は塞がっても、失われた血液と寿命は戻らないのだ。
「俺たちが……俺たちが不甲斐ないばかりに……!」
「くそっ、何が『守る』だ! 結局、また守られてるじゃねえか!」
カイルとガストンが地面を殴りつける。
彼らの心には、深い後悔と、それ以上の崇拝の念が刻み込まれていた。
彼女は知っていたのだ。正体がバレれば、平穏な生活が終わることを。
それでも彼女は、自分たちの命を天秤にかけ、迷わず魔法を使った。
自分の未来よりも、友の命を選んだのだ。
「……運ぶぞ。医務室へ」
ガストンが涙を拭い、シルヴィアを優しく抱き上げた。
まるで壊れ物を扱うように、慎重に。
「絶対に助ける。例え世界中を敵に回しても、彼女だけは絶対に守り抜くんだ」
カイルが誓うように言った。
その言葉に、リリィも深く頷く。
「はい……! 彼女こそが、私の……私たちの、真の聖女様です!」
一行は、沈黙した迷宮を後にした。
その背中には、かつてないほどの決意が宿っていた。
この日、王立魔法学院に新たな伝説が生まれた。
『特待生の少年シルは、実は伝説の血染めの聖女だった』
その事実は、瞬く間に学園中を駆け巡り、やがて国をも動かす大騒動へと発展していくことになる。
……なお、当の本人は気絶している間、夢の中で「あー、ポーション飲みたい。喉乾いた」と呑気なことを考えていたのだが、それを知る者は誰もいない。
†
数時間後。学院の医務室。
ベッドの上で、俺は目を覚ました。
「……んぅ」
重い瞼を開けると、見知った天井があった。
体の痛みは引いている。どうやら誰かがポーションを飲ませてくれたか、あるいは自然回復したらしい。
俺はぼんやりとした頭で、現状を確認しようと体を起こした。
「あ、気がつかれましたか!?」
すぐに声が飛んできた。
ベッドの横には、リリィが座っていた。
目を真っ赤に腫らし、俺の手を両手で包み込んでいる。
「リリィ……? ここは……」
「医務室です。貴女様が倒れられてから、ずっとここで……」
リリィの声が震えている。
そして、俺は違和感に気づいた。
彼女の口調が、妙に丁寧だ。
それに、俺を見る目が……以前にも増して、キラキラというか、ギラギラしている。
「あの、リリィさん? 俺……じゃなくて僕、変装が……」
俺は恐る恐る自分の髪に触れる。
……長い。
サラサラの銀髪だ。
胸元のサラシも緩められている。
(あ、終わった)
俺は悟った。
バレた。完全にバレた。
言い逃れ不可能だ。
「……見ちゃった?」
「はい。全て、見させていただきました」
リリィは真剣な表情で頷いた。
そして、居住まいを正すと、ベッドの脇で深々と頭を下げた。
「シルヴィア・ル・ブラン様……いえ、聖女様。今まで気づかず、無礼な振る舞いをしてしまい、申し訳ありませんでした!」
「えっ、ちょっ、やめて! 頭上げて!」
俺は慌てる。
聖女様ってなんだ。俺は悪役令嬢だぞ。
「隠さないでください。貴女様があの『血染めの聖女』であることは、もうカイルくんたちも知っています」
「えぇ……」
「でも、安心してください! 私たちは誓いました。貴女様の正体が公にならないよう、全力でお守りすると!」
リリィが力強く拳を握る。
「貴女様が『普通の学生生活』を望んでいるなら、私たちがそれを叶えます。貴女様が男装を続けたいなら、全力でサポートします! だから……どうか、これからは私たちを頼ってください!」
その目には、一点の曇りもない忠誠心が宿っていた。
……どうやら、俺が恐れていた「排斥」や「通報」ではなく、斜め上の方向で受け入れられてしまったらしい。
(まあ、退学にならなかっただけマシか……?)
俺は溜息をつき、諦めの笑みを浮かべた。
「……わかったよ。ありがとう、リリィ。これからもよろしく頼むね」
「はいッ!!」
リリィが花が咲いたような笑顔を見せる。
とりあえず、最大の理解者(共犯者)は確保できたようだ。
だが、俺はまだ知らなかった。
廊下の外には、噂を聞きつけた生徒たちが長蛇の列を作っており、さらにはギルバート先生が「彼女の血液サンプルを!」とメスを持って待機していることを。
そして何より、この騒動を聞きつけたアルフレッド王子が、血相を変えて学院へと引き返してきていることを。
俺の平穏な学園生活は、ここからが本当の修羅場だったのだ。
リリィ「聖女様と秘密の共有……これって実質、婚約では?」
シルヴィア「(思考が飛躍しすぎている)」
正体がバレましたが、結果として最強の親衛隊(狂信者)を獲得しました。
これで「男装の聖女」という、さらに属性が盛られた状態で学園生活が続きます。
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