余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
「うげぇ……何度飲んでも慣れねえな、この味は」
鬱蒼と茂る木々の中、俺――シルヴィア・ル・ブランの、可愛らしくも不満げな声が響いた。
場所は、王都の北に広がる「死の森」。
危険度Sランクに指定され、熟練の冒険者ですら立ち入ることを躊躇う魔境である。
そんな死地で、俺は優雅に……とは程遠い姿で、泥水色の液体をあおっていた。
「ぷはぁっ! よし、HP全快。MP(HP)充填完了」
俺の手には、空になったポーションの小瓶。
足元には、無残に首を飛ばされた巨大な魔獣――「キラーベア」の死体が転がっている。
転生してから数日が経過していた。
俺の現在の生活ルーチンは、極めてシンプルかつ効率的だ。
1.索敵魔法(HP消費)で魔物を探す。
2.攻撃魔法(HP消費)で魔物を瞬殺する。
3.吐血する。
4.ポーションを飲む。
5.魔物の素材と、その辺に生えているレア薬草を採取する。
6.1に戻る。
はたから見れば、血を吐きながら森を彷徨う狂気の少女だが、本人としては至って健全なレベリング作業である。
この森は素晴らしい。その辺の草むらに、市場価格で金貨数枚は下らない「上級回復薬」の素材が雑草のように生えているのだから。
「おかげでポーションの在庫は十分。あとは、もう少し魔法の燃費が良くなればいいんだが」
俺はため息をつき、自身の白い指先を見つめる。
【生命変換】スキルの変換効率は、レベルアップと共に多少改善されている。
だが、それでも魔法一発につきHPの10%~20%を持っていかれる仕様は変わらない。
「まあ、即死しなけりゃ実質ノーコストだ。――っと、また来たか」
ガサガサ、と茂みが揺れる。
現れたのは、三つの首を持つ狼「ケルベロス」だった。
涎を垂らし、こちらを威嚇している。
「グルルルルッ……!」
「はいはい、わんこね。牙は高く売れるから歓迎するよ」
俺は右手をかざす。
脳内で術式を構築。ゲーム時代に愛用していた、中級風魔法『ウィンド・カッター』の変形版だ。
イメージするのは、見えない刃ではなく、空間そのものを断ち切るライン。
――HP20%消費。変換(コンバート)。
ドクンッ。
心臓が嫌な音を立てる。
内臓が締め付けられ、喉の奥から鉄の味が込み上げる。
だが、今の俺はこの痛みを「コスト」としてしか認識していない。
「――『空断(エア・スライサー)』」
ゴフッ!
魔法の発動と同時に、俺の口から大量の鮮血が撒き散らされた。
それと同時に、ケルベロスの三つの首が、音もなく宙を舞う。
鮮血の花火。
俺の血と、魔物の血が混じり合い、森の緑を赤く染め上げていく。
「けほっ、かはっ……。よし、ドロップ回収」
俺は口元を拭い、血まみれのドレスの裾を翻して、魔物の死体に近づいた。
その姿は、もし誰かが見ていれば、返り血を浴びた殺戮の女神か、あるいは死に魅入られた亡霊のように映ったことだろう。
幸いなことに、ここには俺以外に人間はいない。
……はずだった。
「……計算通り。これなら、王都の追っ手が来ても返り討ちにできるな」
俺は独り言ちながら、亜空間収納に素材を放り込む。
そして、手慣れた様子で次なるポーションの蓋を開けた。
†
一方その頃、王都グラン・マギカの王城では、重苦しい空気が漂っていた。
「……まだ、見つからないのか」
玉座の間。国王の声が沈痛に響く。
跪いているのは、近衛騎士団長だ。彼は悔しげに唇を噛み締め、首を横に振った。
「申し訳ございません、陛下。宮廷魔導師総出で魔力痕跡を追わせましたが……シルヴィア嬢の痕跡は、王都の北で完全に途絶えております」
「北だと……? まさか、『死の森』か?」
その場にいた全員が息を呑んだ。
死の森。そこは、人間が生きて帰れる場所ではない。
ましてや、彼女は瀕死の重傷を負って転移したのだ。
アルフレッド王子は、柱の陰でその報告を聞き、壁に拳を叩きつけていた。
拳から血が滲むが、痛みなど感じなかった。
あの日見た、彼女の吐血の赤さに比べれば、こんなものは傷ですらない。
「くそっ……! 俺が……俺が殺したも同然じゃないか……!」
あの日以来、アルフレッドは眠れぬ夜を過ごしていた。
目を閉じれば、蒼白な顔で『さようなら』と告げるシルヴィアの姿が浮かぶ。
なぜ気づかなかったのか。
彼女が魔力を持たずとも、気高く生きていたことに。
自分たちを守るために、その命を削っていたかもしれないことに。
「殿下……」
声をかけたのは、リリィだった。
彼女もまた、憔悴しきっていた。
本来ならば、悪役令嬢が消えて晴れて王子と結ばれるはずの彼女だが、その瞳に喜びの色はない。
「私……思い出しました」
「リリィ?」
「あの日、シルヴィア様が私を見ていた目……。あれは、嫉妬や憎しみではありませんでした。もっと、遠いところを見ているような……そう、慈愛に満ちた、諦めの眼差しでした」
リリィの言葉は、アルフレッドの罪悪感をさらに抉った。
そうだ。彼女は一度として、自分たちに危害を加えようとはしなかった。
嫌味を言ったことはあった。冷たい態度を取ったこともあった。
だが、それは全て、自分たちを遠ざけるためだったのではないか?
自らの死期を悟り、あえて悪役を演じることで、自分たちが傷つかないように……。
「……なんて、強い人なんだ。そして、なんて愚かなんだ、俺たちは」
アルフレッドは天を仰ぐ。
王都では今、奇妙な噂が流れ始めていた。
『断罪された悪役令嬢は、実は稀代の聖女だったのではないか』と。
彼女が去った後、王城の結界が一時的に弱まったという報告もある。
まことしやかな憶測が飛び交い、民衆の間にも動揺が広がっていた。
「探さねばならない。たとえ遺体となっていても、彼女を連れ帰り、償わなければ」
アルフレッドは決意を込めて呟いた。
だが彼は知らない。
当のシルヴィアが、遺体どころかピンピンしており、魔物の肉を焼いて「塩コショウが欲しいな」などと呟いていることを。
†
再び視点は「死の森」へ。
「くしゅんっ!」
盛大なクシャミが出た。
俺は鼻をこすりながら、焚き火に薪をくべる。
「誰か噂してるのか? まあいい、風邪でも引いたかな」
レベル上げは順調だ。
ステータスを確認すると、レベルは既に30を超えている。
これは、一般的な騎士団長のレベルに匹敵する数値だ。
魔力欠乏症というデバフはあるものの、HP変換による魔法威力は、レベル補正も相まって指数関数的に上昇していた。
「さて、今日の夕食はオーク肉の串焼きだ」
俺はサバイバルナイフ(前世の知識で作ったミスリル製)で肉を切り分ける。
転生してからというもの、貴族らしい食事など一度もしていないが、不思議と不満はない。
むしろ、あの堅苦しい王城での生活よりも、こうして自分の力だけで生きている今の方が、性に合っている気さえする。
「問題は、この先どうするかだな……」
ポーションの在庫は十分だが、空瓶が足りなくなってきた。
それに、いつまでも野宿というわけにもいかない。
ドレスはボロボロで血まみれだし、風呂にも入りたい。
文明的な生活が恋しい。
「やっぱり、どこかの村に降りて、物資を調達するか」
地図(ゲームの記憶)によれば、この森を抜けた先に、辺境の小さな村があったはずだ。
そこなら、王都の追っ手もそうそう来ないだろう。
正体を隠して行商人か何かのふりをして、ポーションを売れば路銀も稼げる。
「よし、明日はその村へ向かおう。……頼むから、面倒なイベントだけは起きてくれるなよ?」
俺はフラグのような独り言を呟き、毛布(キラーベアの毛皮)にくるまった。
夜空を見上げると、二つの月が輝いている。
明日もまた、血を吐くような(物理的に)忙しい一日になりそうだ。
――その翌日。
俺のささやかな願いは、あっけなく打ち砕かれることになる。
村へ向かった俺を待っていたのは、大挙して押し寄せる魔物の群れと、絶望に暮れる村人たち。
そして、俺がうっかり「素材もったいない精神」で魔法をぶっ放した結果、新たな勘違い伝説が幕を開けるのである。
シルヴィア「魔物の肉、硬い。A5ランクの和牛が食べたい」
アルフレッド「彼女は今も、冷たい土の上で苦しんでいるに違いない……」
認識のズレが加速しています。
ちなみにシルヴィアのレベルアップ速度が異常なのは、HP(寿命)を削る行為に経験値ボーナスがかかっているからです(本人は気づいていません)。
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