余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
「……嘘だろ、おい」
死の森を抜け、ようやく人里が見えてきた矢先のことだ。
俺の目の前に広がっていたのは、牧歌的な田舎の風景――ではなく、黒煙を上げて燃える村と、そこへ雪崩れ込む魔物の大群だった。
ゴブリン、オーク、そして指揮官クラスのオーガまで混じっている。
数は優に百を超えているだろう。
対する村の防衛戦力は、鍬(くわ)を持った農民と、数人の自警団のみ。
勝敗は火を見るより明らかだった。
「……見なかったことにするか?」
俺は木陰に身を隠し、冷徹に計算する。
俺の目的は、平穏な隠居生活だ。
ここで関われば、正体がバレるリスクがある。
それに、俺は正義の味方じゃない。ただの元ゲーマーの悪役令嬢だ。
だが、俺の視線は無意識に、オーガの腰にぶら下がっている袋に釘付けになっていた。
(あれは……『光るキノコ』!? しかも最高品質の!)
俺の目は金貨を見る商人のそれになった。
『光るキノコ』は、俺の特製ポーションに不可欠な触媒だ。死の森でも滅多に見つからないレア素材である。
それを、あの薄汚いオーガが雑に扱っている。
(許せん。あの素材があれば、俺の生存確率は数%跳ね上がるのに!)
(それに……ここで村が壊滅したら、宿も食事も風呂もお預けだ。それは困る。非常に困る)
結論が出た。
慈悲心ゼロ、利己心100%の動機である。
「よし、殲滅(や)るか。目撃者は……まあ、混乱に乗じて立ち去ればいいだろ」
俺は亜空間収納からフード付きのマントを取り出し、深く被った。
これで顔は見えない。
そして、右手には残り少ないポーションの小瓶を握りしめる。
「作戦開始。最大火力で一掃して、素材を回収して即撤収だ」
俺は木の上から飛び降りた。
†
「う、うわあああっ! もう駄目だぁ!」
「神様、お助けください……!」
村の広場は地獄絵図だった。
自警団の剣は折れ、村人たちは広場の中央に追い詰められていた。
迫りくるオーガの棍棒が、泣き叫ぶ少女へと振り下ろされようとした、その瞬間。
「――邪魔」
凛とした声と共に、真横から凄まじい衝撃波が叩き込まれた。
ズドンッ!!
轟音。
巨大なオーガの上半身が、風船のように破裂して消し飛んだ。
血肉の雨が降る中、砂煙を割って一人の少女が降り立つ。
ボロボロの純白のドレスに、深紅のマント。
フードの隙間から覗くのは、この世のものとは思えない銀色の髪。
「な、なんだ……?」
「女の子……?」
村人たちが呆然とする中、俺は舌打ちを堪えていた。
(いっっったぁ……! オーガ一匹にHP15%も持っていかれたぞ。硬すぎだろアイツ)
内臓が悲鳴を上げている。
喉までせり上がった血を、ゴクリと飲み込む。
ポーションを飲む暇はない。周囲はまだ敵だらけだ。
「ギギッ!? ニンゲン、コロス!」
仲間を殺されたゴブリンたちが、怒り狂って殺到してくる。
その数、およそ五十。
普通なら絶望的な数だが、俺にとってはただの「経験値の群れ」に過ぎない。
「まとめて消えろ。――『氷結牢(アイス・プリズン)』」
広範囲殲滅魔法。コスト、HP40%。
俺の体力が半分以下にまで急落する。
それと引き換えに、世界が凍りついた。
カキンッ!
一瞬だった。
襲いかかってきた魔物の群れが、一瞬にして巨大な氷の彫像へと変わる。
絶対零度の冷気が広場を支配し、燃え盛っていた炎すらも凍りつかせた。
「がはっ……!!」
魔法の反動が、俺の体を蝕む。
今度ばかりは飲み込めなかった。
口から大量の鮮血が噴き出し、白い雪のような氷原を赤く染める。
「かはっ、げほっ……! (くそ、範囲広げすぎた! 貧血で目が回る!)」
俺は膝をつき、肩で息をする。
視界が明滅する。ポーション、ポーションを飲まないと死ぬ。
だが、手持ちのポーションはあと一本しかない。ここで飲むか? いや、まだ残党がいるかもしれない。
俺が葛藤していると、静まり返った広場から、震えるような声が聞こえた。
「……おお、神よ……」
村の老婆が、涙を流しながら俺を拝んでいた。
つられて、他の村人たちも次々と膝をつき始める。
「見てください、あの姿を……」
「大量の血を吐いておられる……。あんな凄い魔法を使って、お体に負担がないはずがない」
「我々を助けるために、御身を削ってくださったのか……!」
(ん? なんか空気がおかしいぞ?)
俺は口元の血を拭いながら、彼らを見る。
彼らの目は、恐怖ではなく、熱狂的な崇拝の色を帯びていた。
「聖女様だ……! 伝説の、血染めの聖女様が現れたんだ!」
「ありがたや、ありがたや……!」
(は? 聖女? 誰のことだ?)
俺は困惑した。
俺はただ、素材回収のついでに邪魔な敵を排除しただけだ。
血を吐いたのも、単なるコストの支払いに過ぎない。
だが、彼らの目には、俺が「命を賭して弱きを助けた慈愛の天使」に見えているらしい。
「あー、いや、私は……」
弁解しようと口を開いた瞬間、村長の娘らしき少女が駆け寄ってきた。
彼女は自分のハンカチを差し出し、涙目で訴える。
「あ、あの! 血が……! お怪我をされているのですね!? どうか、どうかご無理をなさらないでください!」
「……え、いや、これはただの必要経費で……」
「必要経費……? ご自分の命を、それほど軽く扱われるのですか!? なんて、なんてお優しい……っ!」
少女は感動のあまり号泣し始めた。
ダメだ、話が通じない。
こいつらのフィルターはどれだけ分厚いんだ。
その時、倒したオーガの死体から、目当ての『光るキノコ』が転がり落ちた。
俺はとっさにそれを拾い上げる。
「(よし、回収完了。長居は無用だ)」
これ以上ここにいると、変な宗教に勧誘されかねない。
俺はマントを翻し、背を向けた。
「……礼には及ばない。私は通りすがりのただの旅行者だ」
俺は精一杯のハードボイルドな口調で言い捨て、ふらつく足取りで森へと消えた。
背後から、「聖女様ー!」「お名前をー!」という叫び声が聞こえたが、全力で無視した。
木陰に入った瞬間、俺は隠し持っていたポーションを一気飲みした。
「んぐっ……ぷはぁ! 生き返った!」
HP全快。
俺は口元についたポーションのしずく(泥味)を拭い、満面の笑みを浮かべる。
「素材も手に入ったし、経験値も美味かった。今日は大収穫だな!」
俺はホクホク顔で去っていった。
その日、辺境の村に「血を吐きながら民を救い、名も告げずに去った美しき聖女」の伝説が爆誕したことを、俺だけが知らなかった。
そして、その噂がやがて王都にまで届き、あの王子のストーカー心に火をつけることになるのだが……それはまた、別の話である。
村人A「聖女様が吐かれた血が、凍った大地に赤い花のように咲いていました……尊い……」
シルヴィア「(キノコうめぇ)」
第一村人発見、即宗教化。
ハーメルン名物「勘違い」の第一歩です。
ちなみにシルヴィアのマントが赤いのは、返り血が目立たないようにという実用的な理由ですが、周囲には「血染めの聖装」として認識されています。
面白い、続きが気になる! と思っていただけたら、
下の【お気に入り登録】と【評価(★)】をポチッとしていただけると、作者のHPが回復します!
感想も大歓迎です。