余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
これも皆様のおかげです!
森の中で野宿生活を続けて早一週間。
俺ことシルヴィア・ル・ブランは、深刻な問題に直面していた。
「……風呂に入りたい」
切実な悩みである。
『清浄(クリーン)』の生活魔法は使えるので、泥や血汚れは落とせている。だが、精神的な充足感までは洗えない。
ふかふかのベッド、温かい食事、そして湯船。
前世の日本人としての魂が、文明的な生活を渇望しているのだ。
「あの村……まだ騒いでるかな」
数日前、魔物の襲撃から救った「ココル村」。
本当ならあそこに滞在して英気を養うつもりだったのだが、宗教的な崇拝ムードに恐れをなして逃げ出してしまった。
だが、背に腹は代えられない。
俺は変装用のフードを目深に被り直し、恐る恐る村へ戻ることにした。
正体がバレないように、ただの「通りすがりの薬売り」という設定でいこう。
†
ココル村は、復興の活気に満ちていた。
半壊した家屋の修復作業が進み、村人たちの表情も明るい。
だが、村の広場には異様な光景があった。
広場の中央に、祭壇のようなものが組まれている。
そこには、俺が殲滅したオーガの角と、俺が吐いた血が染み込んだ(と思われる)凍った土の塊が、御神体のごとく祀られていたのだ。
(うわぁ……ドン引きだわ)
俺は顔を引きつらせながら、なるべく目立たないように村の雑貨屋へ向かった。
目的は、空き瓶の買い取りと、食料の調達だ。
「いらっしゃい。……おや、旅のお方かね?」
店主の親父さんが声をかけてくる。
俺は声を低くして答える。
「ああ。薬の素材を探して旅をしている。……空き瓶があれば譲ってほしいのだが」
「空き瓶かい? あるにはあるが……今はそれどころじゃなくてな」
親父さんは暗い顔で奥の部屋を見た。
「村長が倒れちまってな。あの襲撃の際、子供を庇って深手を負ったんだ。医者に見せたが、もう助からないと……」
「ふうん」
俺は興味なさげに相槌を打つ。
正直、他人の生死になど関わっている暇はない。俺は自分の平穏だけで手一杯だ。
だが、親父さんの次の言葉が俺を足を止めた。
「村長が死ねば、この店も畳むことになるかもしれん。空き瓶の在庫も、処分することになるだろうな」
(なんですと?)
俺はピタリと足を止める。
この店には、俺が喉から手が出るほど欲しい「耐魔ガラス製の小瓶」が大量にある。それが手に入らなくなるのは、今後のポーション生産ラインに致命的な打撃だ。
(……仕方ない。商売相手を生かしておくのも、効率的なプレイの一環だ)
俺はため息をつき、懐から一本の小瓶を取り出した。
中身は、例のドブ色をした特製ポーションだ。
材料は『光るキノコ』『マンドラゴラの根』『オークの肝』などを煮詰めたもので、見た目も臭いも最悪だが、HP回復効果だけはチート級である。
「……これを飲ませてみな」
「なんだい、これは? すっげぇ色してるが……」
「秘伝の薬だ。死にかけでも治る。ただし、味は保証しない」
親父さんは半信半疑だったが、藁にもすがる思いだったのだろう。
俺を奥の部屋へと案内した。
ベッドには、顔面蒼白で息も絶え絶えな村長が横たわっていた。
傷口が化膿し、高熱を出している。現代医療なら抗生物質で治るレベルだが、この世界の医療水準では致命傷だ。
「ほら、口を開けて」
俺は遠慮なく、村長の口にポーションを流し込んだ。
「んぐっ……!? おごっ、げほっ!!」
村長が目を剥き、激しく咳き込む。
あまりの不味さに、魂が拒絶反応を起こしているのだ。
わかる、わかるぞその気持ち。俺も毎日飲んでるからな。
「な、何を飲ませたんだ!? 村長が苦しんで――」
親父さんが詰め寄ろうとした、その時だった。
カッ!!
村長の体から、淡い光が溢れ出した。
「う……うおぉぉぉぉぉッ!!!」
村長がガバッと跳ね起きた。
さっきまで死にかけていた人間とは思えない動きだ。
彼の顔色は瞬く間に血色を取り戻し、包帯の下の傷口が、見る見るうちに塞がっていく。
「な、治った……? 痛みが、消えたぞ!?」
「ば、馬鹿な……あの傷が、跡形もなく……!?」
親父さんと、付き添っていた家族たちが絶句する。
俺は内心で「よし、効果確認」と頷いた。
やはり他人に使っても効果は抜群だ。副作用(味覚破壊)を除けば。
「こ、これは一体……!? こんな奇跡の薬、王都のエリクサーでも見たことがねぇ!」
「ただの滋養強壮剤だよ。じゃあ、俺はこれで」
さっさと立ち去ろうとした俺の袖を、村長の娘(前回号泣していた子)が掴んだ。
彼女は、俺が差し出した空き瓶を見て、そして俺の顔を凝視し……ハッとした表情になった。
「その声……まさか、先日の聖女様!?」
(げっ、バレた)
フードで隠していたが、声までは変えていなかった。
俺は咄嗟に否定しようとしたが、彼女はポーションの空き瓶を手に取り、震える声で言った。
「この薬……とてつもなく苦い匂いがします。まるで、胆汁のような……」
「ああ、マンドラゴラの絞り汁だからな」
「いいえ違います! これは……貴女様の“血”なのでしょう!?」
「……はい?」
俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
何を言っているんだコイツは。
「伝説で聞いたことがあります。高位の聖女様の血には、万病を治す力が宿ると……! 先日の戦いで流された貴女様の血……それを、私たちのような下賤な者のために、薬として分け与えてくださったのですね!?」
「いや違う。全力で違う。それはただのキノコ汁だ」
「隠さないでください! こんなに苦いのは、貴女様の苦しみが凝縮されているからです! 自分の命を削って作った薬だからこそ、死にかけの父が蘇ったのです!」
論理の飛躍がすごい。
だが、周囲の村人たちはその言葉を聞いて、完全に納得した顔をしていた。
「そうか……あのドブ色は、聖女様の血が凝固した色だったのか……」
「なんて尊いんだ……自分の血を薬に変えてまで……」
「ありがたや、ありがたやぁぁぁッ!!」
再び始まる土下座の波。
村長に至っては、「この命、聖女様に捧げます!」と叫んで五体投地している。
(違う! それはただのマズい汁だ! 俺の血なんて一滴も入ってない!)
叫びたかったが、この雰囲気の中で真実を言えば、逆に「謙遜なさらないでください!」と火に油を注ぐだけだと直感した。
「……勘違いするな。私はただ、空き瓶が欲しかっただけだ」
俺は精一杯の冷血な態度で言い放ち、代金代わりの空き瓶ケースをひったくるように受け取った。
「そ、そうですか……。見返りも求めず、ただ去っていくのですね……」
「聖女様、どうかお名前だけでも!」
俺は答えず、逃げるように店を出た。
背後から聞こえる感謝の合唱が、俺の罪悪感(極小)をチクチクと刺激する。
(くそっ、なんでこうなるんだ。俺はただ、効率的に生きたいだけなのに!)
俺は村を脱出し、再び森の中へ駆け込んだ。
手に入れた大量の空き瓶だけが、唯一の収穫だった。
†
――数日後。
ココル村には、新たな伝説が加わっていた。
『血染めの聖女は、自らの血肉を分け与え、死者を蘇らせる力を持つ』。
この噂は、行商人たちの口を通じて瞬く間に広がり、やがて隣国の耳にも届くことになる。
そして、その噂を聞きつけたある人物――王立魔法学院の変人教師、ギルバートの興味を引くことになるのだが、それはまだ先の話だ。
さらに、村に残されたポーションの空き瓶(わずかに液体が残っていたもの)は、村の宝として厳重に保管され、後に「聖女の聖水」としてとんでもない高値で取引されることになる。
中身がただの激マズジュースだとは知らずに、それを飲んで「力が漲る!」と喜ぶ貴族たちが現れるのは、皮肉と言う他ない。
一方、当の本人は。
「くしゅん! ……なんか寒気がするな。誰かに呪われてるんじゃないか?」
焚き火の前で、俺は再び不味いポーションを飲み干していた。
レベルは40に到達。
そろそろこの森の魔物では経験値が不味くなってきた。
「潮時だな。……行こう、隣国へ」
俺は立ち上がる。
目指すは、魔法の聖地「グラン・マギカ王国」の隣にある中立国、「アカデミア連邦」。
そこにある魔法学院なら、身分を問わず実力主義で受け入れてくれるはずだ。
そこで静かに、誰にもバレずに暮らす。
それが俺の完璧な計画だ。
「待ってろよ、文化的な生活! ふかふかのベッド!」
俺は希望に胸を膨らませ、北へと歩き出した。
その先に、さらなる「勘違い」と「修羅場」が待っているとも知らずに。
村人「この苦味こそが聖女様の慈愛の味……!」(集団幻覚)
シルヴィア「(舌がおかしいんじゃないか?)」
ポーション=聖女の血、という誤解が定着しました。
これにより、シルヴィアがポーションを飲むたびに、周囲は「自分の血を啜って魔力を回復している(吸血鬼的な神秘性)」と誤解することになります。
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