余命僅かなTS悪役令嬢は、生きる為に吐血魔法で聖女と勘違いされる 作:実験体G
王立魔法学院での生活が始まって一週間。
俺ことシルヴィア(男装名:シル)は、早くも限界を迎えつつあった。
「……眠い」
大講義室の最奥席。
俺は教科書を立てて盾にし、船を漕いでいた。
理由は単純、昨夜のポーション作りが長引いたからだ。
隣室のリリィにバレないよう、深夜にこっそりと換気しながら煮込む作業は、精神的にも肉体的にも削られる。
おかげでHPは満タンだが、MP(精神力)はゼロに近い。
「おい、シル。大丈夫か? 顔色が真っ白だぞ」
声をかけてきたのは、隣の席の男子生徒だ。
名前は……確か、カイルだったか。平民出身で、俺と同じく特待生枠(補欠)で入った苦労人だ。
入学試験での「人形破壊事件」以来、俺はクラス内で「病弱な天才」として扱われており、彼のような世話焼きな生徒が何かと気にかけてくる。
「ああ……大丈夫だ。ちょっと夜更かししちゃってね」
「無理するなよ。お前、ただでさえ体が弱いんだから」
カイルが心配そうに眉を下げる。
その視線が痛い。
違うんだ、俺は体が弱いんじゃない。不味いポーションの副作用で胃が荒れてるだけなんだ。
「次は実技演習だぞ。ギルバート先生の授業だ。休んだ方がいいんじゃないか?」
「いや、出るよ。単位を落とすわけにはいかないからな」
俺はあくびを噛み殺しながら立ち上がった。
ギルバート先生は俺の「特異体質」を知っている唯一の教師だ。
欠席すれば、「体調が急変したのか!?」と寮まで押し掛けられかねない。それだけは避けたかった。
†
実技演習場。
今日の課題は『防御魔法の展開と維持』だった。
「えー、魔法使いにとって最大の敵は、己の魔力枯渇(ガス欠)である。いかに効率よく魔力を運用し、防御障壁を維持できるか。それを測定する」
ギルバート先生が気だるげに説明する。
生徒たちは二人一組になり、片方が攻撃魔法を撃ち、もう片方が防御魔法で防ぐという形式だ。
「シル君、君のパートナーは……おや、奇数か」
クラスの人数が半端だったため、俺が余ってしまった。
ラッキー、これで見学できるか? と思った矢先。
「では、私が相手をしよう」
「……はい?」
ギルバート先生がニヤリと笑った。
眼鏡の奥の瞳が、完全に「実験動物を見る目」になっている。
「君の防御障壁の強度は興味深いからな。特別に私がテストしてあげよう」
「い、いや、先生相手じゃ荷が重いというか……」
「遠慮するな。さあ、構えて!」
拒否権はなかった。
俺は渋々、演習場の中央に立つ。
周囲の生徒たちが、固唾を飲んで見守っている。
「いくぞ! 『火球(ファイアボール)』!」
先生が杖を振るう。
放たれたのは、学生レベルとは比較にならない、直径1メートルほどの巨大な火球だった。
熱波が肌を灼く。
(ちょっ、殺す気か!? これ直撃したら黒焦げだぞ!)
俺は焦った。
通常の防御魔法『魔力障壁(マナ・シールド)』では防ぎきれない。
かといって、最大出力で防げばまた目立ってしまう。
(くそっ、やるしかないか!)
俺は右手を前に突き出す。
イメージするのは、物理的な壁ではなく、空間そのものを歪曲させる断絶。
――HP15%消費。変換(コンバート)。
ドクンッ。
心臓が跳ねる。
胃の底から熱いものがこみ上げる。
だが、今はそれを飲み込む。
「『歪曲障壁(ディストーション・ウォール)』!」
俺の前方に、透明な揺らぎが発生した。
火球が障壁に激突する。
ドォォォンッ!!
爆音と共に炎が弾け飛ぶが、俺には熱さ一つ伝わってこない。空間が歪められ、熱エネルギーが四方へ散らされたからだ。
「ほう! 空間属性の防御魔法か! 素晴らしい!」
ギルバート先生が興奮して叫ぶ。
だが、彼の手は止まらない。
「では、これはどうだ! 『風刃乱舞(ウィンド・ストーム)』!」
「ちょ、まっ……!」
無数の風の刃が襲いかかる。
俺は必死で障壁を展開し続ける。
――HP10%消費。
――HP10%消費。
――HP10%消費。
連撃を防ぐたびに、俺のHPが削れていく。
50あったHPは、あっという間にレッドゾーン(残り10以下)に突入した。
(マズい、削りすぎた……!)
視界が明滅する。
手足の感覚がなくなる。
貧血特有の、あのフワフワした浮遊感が襲ってくる。
「かはっ……!」
限界だった。
俺の口から、鮮血が噴き出した。
ポタポタと地面に赤いシミを作るレベルではない。
ゴボッ、と大量の血が溢れ出し、白いシャツを赤く染め上げる。
「シル!?」
「シル君ッ!!」
カイルとリリィの悲鳴が聞こえた。
俺の意識が遠のいていく。
倒れ込む直前、俺が見たのは、血相を変えて駆け寄ってくるギルバート先生の顔と、悲鳴を上げるクラスメイトたちの姿だった。
(あーあ……またやっちまった……)
(ポーション……飲みた……い……)
俺の意識は、そこでプツリと途切れた。
†
「……ん」
消毒液の匂いで目が覚めた。
目を開けると、白い天井が見えた。
どうやら保健室のベッドに寝かされているようだ。
「気がついた!?」
「シル!」
ガバッと上半身を起こそうとした俺を、複数の手が制止した。
見回すと、ベッドの周囲をクラスメイトたちが完全包囲していた。
カイル、リリィ、そして見知らぬ生徒たちまで、総勢二十人ほど。
全員、泣きそうな顔をしている。
「お前……無茶しすぎだぞ! あんなになるまで魔法を使うなんて!」
カイルが俺の手を握りしめて叫ぶ。
リリィに至っては、ベッドの端でハンカチを濡らしながら号泣していた。
「シル君……ごめんなさい、私がもっと早く止めていれば……!」
「え、いや、別に……」
俺は困惑した。
HPは自然回復(と、おそらく誰かが飲ませてくれたポーション)で戻っている。
今はちょっと空腹なだけだ。
「ギルバート先生から聞いたぞ」
カイルが深刻な顔で言った。
「お前、魔力がない代わりに『命を削って』魔法を使ってるんだってな?」
(……は?)
俺は固まった。
あの変人教師、余計なことをバラしやがったな。
「先生は言っていた。『彼は魔法を使うたびに、寿命という名の蝋燭を燃やしているのだ』と。……なんで言わなかったんだよ!」
「そうだぞ! 俺たちは仲間じゃないか!」
「知らなかったとはいえ、俺たちはシルに無理をさせて……!」
クラスメイトたちが次々と口を開く。
どうやら俺が気絶している間に、ギルバート先生による「感動的な解説」が行われたらしい。
『彼は才能があるがゆえに、自らの命を燃やさざるを得ない悲劇の天才なのだ』とか何とか。
「いや、あの、寿命っていうか、HPは寝れば回復するし……」
「強がるなよ!」
カイルが遮る。
「あの吐血量は異常だった。普通の人間なら死んでるレベルだ。それを『寝れば治る』なんて……お前、自分の命を軽く見すぎだぞ!」
「シル君は……本当に、あの聖女様みたいですね……」
リリィが潤んだ瞳で俺を見つめる。
「自分の痛みを隠して、周りに心配かけまいと笑顔を見せる……。なんて、なんて気高いの……っ!」
(いや笑ってないし。真顔だし)
だが、空気は完全に出来上がっていた。
クラスメイトたちの視線は、もはや「病弱な同級生」を見る目ではない。
「守るべき尊い存在」「ガラスの英雄」を見る目だ。
「決めたぞ」
クラスで一番大柄な男子生徒――確か、騎士科のガストンが力強く宣言した。
「これからは、俺たちがシルを守る。魔法を使わせるな。移動は俺がおぶってやる。食事も俺が運んでやる!」
「賛成!」
「私はノートを取ります!」
「僕はマッサージを!」
わっと盛り上がるクラスメイトたち。
俺は顔面蒼白になった。
これでは「目立たず平穏な生活」どころか、「クラス公認の姫(男)」扱いじゃないか。
過保護すぎる。ポーションを作る暇もなくなるぞ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は一人で歩けるし、魔法だって……」
「ダメだ!」
全員が声を揃えて却下した。
「お前は寝てろ! 命を大切にしろ!」
俺はベッドに押し戻され、布団を首まで掛けられた。
リリィが甲斐甲斐しくリンゴを剥き始める。
「さあ、シル君。アーンしてください」
「……」
俺は天井を見上げた。
どうしてこうなった。
俺はただ、効率的に課題をクリアしたかっただけなのに。
こうして、王立魔法学院1年A組に、謎の鉄の結束「シル親衛隊」が結成された。
彼らは今後、俺がくしゃみ一つするだけで大騒ぎし、俺に敵対する者には容赦ない制裁を加える過激派集団へと成長していくことになる。
そして俺は、布団の中でこっそりと、隠し持っていたポーション(小)を啜りながら誓った。
「もう二度と、人前で本気は出さない」と。
……その誓いが、数日後のダンジョン実習であっさり破られることになるとも知らずに。
クラスメイト「シルは俺たちが守る!(過激派)」
シルヴィア「(頼むから放っておいてくれ)」
ギルバート先生の余計な解説により、シルの「命削り設定」がクラスの共通認識となりました。
これにより、シルの行動一つ一つが「美しくも儚い」とフィルタリングされて解釈されるようになります。
面白い、続きが気になる! と思っていただけたら、
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