元プラズマ団員「旅行先が修羅の国過ぎる件」   作:タク@DMP

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第四話:オオイ山

 キャンピングカーで揺られて1時間程しただろうか。

 ベニ市街から少し離れた場所に──オオイ山という廃鉱山があるのだという。

 

「善は急げ、と言う言葉がある。イワークの生態調査は急務だ。アレは放置しておくとエラいことになる」

 

 車は山の下の駐車場に泊められた。ポケモンのスリーパーの目元を模したアイマスクを付けるサハリ。既に入眠の準備は完璧のようだった。

 

「ベニ周辺でイワークが本来生息してるのはオオイ山。今となっちゃツーリングやドライブスポットとしても有名だ。そしてイワークが山を離れたということは山で何かあった可能性が高い。山の周辺で情報収集だな」

「えーと、サハリさんは……」

「いい加減……寝る……後は任せたぞ」

「そうですか……」

「寝かせておいてあげましょう」

 

 よく事故らなかったな、と道中のフラフラ運転を思い出すフユキとコゴメ。

 このままぐっすりと熟睡してもらいたいところであった。

 車の中にサハリを置き、二人は何のアテも無いことへの不安を覚えながら既に暗くなりかかっている外に出るのだった。

 

「ごめんなさいフユキさん。なんだかややこしい事に巻き込んじゃって。滞在期間は大丈夫ですか?」

「旅行に来る前にバイト辞めたから、それは気にしないで良いかな」

「そうだったんですか!?」

「うん……ちょっと故郷から離れてみたくってね。……それより、何か食べないかい」

「え?」

 

 フユキははぐらかすように言った。

 

「昼間はゆっくり食事出来なかっただろ? 恥ずかしながら俺は結構大食いで──色々ありすぎてお腹が空いてしまってね」

「あの後、お店も揺れでグチャグチャになっちゃって、お好み焼きを食べるどころじゃなくなっちゃいましたもんね……」

「わざわざお代を机に置いたのに返してくれたよ。気の良い店主だったな」

 

 ──お代は要らないから!! イワーク何とかしてくれてありがとよ、アベックのお二人さん!!

 

 ──お店が直ったら、また来てくれ!!

 

 と店主が言っていたのを思い出す。今度こそゆっくり食事にありつきたいものだ、とフユキは腹を摩るのだった。

 

「ところで店主が言っていたアベックって何なんだい? 列島の流行り言葉(スラング)か何かだろうか」

「ふぇえ!?」

 

 コゴメが顔を赤くして飛び退いた。流行り言葉ではなく、カップルを意味する()()()()──即ち死語なのであるが。

 

「え、えと、ベニの方言で……仲良しって意味だったかと思います……ボ、ボクもベニの方言とかはよく知らないので何とも」

 

 大噓である。

 

「そうか。確かにイワークはコゴメちゃんが居ないと捕まえられなかった。そう言う意味では、俺達は”アベック”に見えても仕方ないのかもしれないね」

「ア、アハハハハハ……ソーデスネ……そ、それより! どこかお店を探しましょう! 折角の観光ですし、郷土料理が食べられる店が良いかと!」

「ああ、サハリさんにも何かお土産を買ってあげたいな。寝て起きた後はお腹が空くだろうし」

「そうですね! 何かいい場所は……」

 

 山道への入り口故に、登山客が訪れることも多いとされるこの辺りには、個人経営の飲食店も多い。

 名物汁なし担々麺や大衆食堂など、ラインナップは様々だ。

 そんな中、フユキの目に付いたのは──

 

「なんだい、あれは」

 

 民家を改築したかのような、素朴な建物だった。看板には「おにぎり専門店・走り処」と書かれている。

 看板の名前を見たフユキは眉をひそめた。イッシュ出身の彼は、おにぎりの存在こそ知っているものの馴染みのない概念だった。

 

「おにぎりって……所謂ライスボールだよね。お店にするほどのレパートリーがあるのかな」

「フユキさん、知らないんですかぁ? おにぎりって具の種類が沢山あるんですよ?」

「そうなのかい。生憎、ご飯もあまり食べたことがないからピンと来ないな。イッシュだとパンばっかり食べてたからね。小さい頃の食生活は……抜けないからさ」

「飽きませんか?」

「飽きたからこうして旅行に来たのさ」

「ふふーん、ですよねですよね! サイゴクは美味しいもの沢山あるので! 楽しみにしててくださいね!」

 

 飽きたから──というのは、半分本当で半分嘘だった。

 フユキは空腹になる度にプラズマ団の施設でひもじい思いをしたことを思い出す。

 訓練で良い成績を出した時にのみ与えられるパンは、空腹からの解放の象徴だったからだ。

 

(パンでも食べられるだけ有難いんだよね……本当はさ)

 

 もうそんな思いをする必要は無いのだが、それでも空腹になるとついついパンに手を出してしまう。

 異国に来ればイヤでも偏った食事を正せるだろう、と考えたのも遠い場所に旅行先を選んだ理由だった。

 店の暖簾をくぐると、客の姿はなかった。既に午後2時。昼飯時は過ぎているからだろう。ランチタイムももうじきに終わりだ。

 

(おにぎりと……ミソスープ。列島の家庭料理だろうか)

 

 味噌の出汁の美味しそうなかおりが鼻腔をくすぐる。食欲がにわかに湧いてきた。

 

「あんまりイッシュでは見ない注文形式だな」

「券売機にお金を入れて、注文したい料理を選んだら良いんですよ。ボクは、この昆布のおにぎりで」

「それだけで良いのかい?」

「一応ボク、さっきお好み焼き食べてるんで……」

「んじゃあ俺は──どうしようか。種類がありすぎて悩むな」

「あ、ベニと言えばベニ菜漬けですよ」

「なんだいこれ……葉っぱでおにぎりをくるんでいるのかい? まるでクルマユみたいだな」

「クルマユ?」

「ああ、列島には居ないんだっけか。葉っぱに身を包んで身を守る虫ポケモンさ」

 

 何処となく既視感を覚えるビジュアルにフユキは好奇心をくすぐられてしまい、注文するのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ん、うまいっ。これは……漬物ってやつだろうか」

「ベニ菜はベニシティの郷土野菜なんです。葉が厚くて食べ応えがあるでしょう?」

「それに適度な酸っぱさがご飯に合うね」

 

 握りこぶし大のベニ菜漬けおにぎりを頬張る。

 初めての食感、そして適度に効いた酢が食欲を煽った。

 

「お冷を注ぎますね」

「ありがとう。ところで──」

「はい?」

 

 女の子の店員が眠そうな眼でグラスにお冷を注ぐ。そのタイミングで──フユキは問うた。

 

「店員さん。最近、この辺りの山で何か変わったことは無かっただろうか」

「か、変わったこと……ですかぁ?」

「ああ。さっきニュースにも出たと思うけど、イワークが一匹、この辺りの山から下りたらしいじゃないか」

「イワーク……は、普段廃鉱山に閉じこもってるはずなのでして」

「そうなのかい。地元の人は不安なんじゃないかと思ったのだけどね」

「あはは……確かに。怖いですよねえ。私もお店がいつ襲われるかって思うと」

 

 くるり、と女の子は背を向けた。

 そこで──畳みかけるようにフユキは問う。

 

「ところで、バイクによく乗るのかい? あるいはライドギアを装着したポケモン」

「……えッ」

「ちょっとフユキさん……ッ!?」

 

 店員の女の子の顔が蒼褪めた。ギョッとした顔でコゴメはフユキを見遣る。

 

「な、なんのこと、ですか?」

「いや、掌にずる剥けたような傷があったからね。少し前に何か酷いケガでもしたんじゃないかと」

「ッ……も、もう直ってるから大丈夫ですっ! お気遣いなくーっ」

 

 そう言って女の子は奥の方に引っ込んでしまった。

 コゴメは怪訝そうに顔を顰めて、フユキの脛を軽く蹴った。

 

「あいた」

「ちょっと。デリカシーってもんが無いんじゃないですか?」

「いやいや、少し気になっただけさ。ただ、この辺りはツーリングスポットだって言うだろう? そういう人に話を聞いてみても良いかもしれないな」

 

 店の奥を見据えたフユキは──そのまま残りのおにぎりを頬張るのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ツーリング? んまあ夜は絶対やめといた方が良いって聞くけぇの」

「アギャス」

 

 

 山道から帰ってきたと思しき地元住民の男はそう言った。

 跨っているのはバイクではなく、大きなトカゲのようなポケモンのモトトカゲだ。

 バイクのようなサドル・ライドギアを背中に付けることで、人を長時間乗せて走ることができるのである。

 

「何で夜はダメなんですか?」

「そりゃあアイツらが出るからよ」

「イワークですか?」

「イワークは普通、廃鉱山の施設から出て来やせんけぇ。わざわざ山道に飛び出してはこんよ」

 

(そう言えば、町に出てきた時も地面から湧いて出てきたんだっけか)

 

 イワークは地底に穴を掘って住み、鉱物を食するポケモンだ。洞窟以外では地面から出てくること事態がレアケースである──それを裏付けるかのような証言が次々に出てくる。

 

「本当にヤバいのは……山道から外れた山の中やけん」

「そうなんですか」

「ああ。オヤブンが出るって話じゃ。そしてオヤブンに住処を追われたポケモンが、最近山道に飛び出してくるようになって困っちょってな」

「……それがさっき言ってた”夜になると出てくるアイツら”ですか?」

 

 コゴメの問に男は首を横に振った。

 

「ドクバリ団だ」

「ドクバリ団?」

「あっ、ちょっと聞いた事あります! ベニシティで有名な走り屋グループ!」

「走り屋……暴走族みたいなものか」

「ああ。集団でバイクに乗って爆走してるんだとよ。最近はこのオオイ山を根城にしてるらしいがな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ドクバリ団? どんな奴らかって聞かれても、ウチら知らんから」

「そうですか……」

 

 ジャージ姿の女性二人組は「ドクバリ団」そのものにはあまり関わりが無いようだった。

 否、関わり合いになりたくないと言った方が正しいのだろうか。

 

「ただ、ベニに居たチンピラたちが次々にドクバリ団にやられたって話は聞いたよ」

「辺りに喧嘩を売って、他のクランを縄張りから追い出してるみたいだ」

「クランって何なんだい?」

「トレーナーの集まり。だからトレーナーズクラン。今、サイゴクでは流行ってんの。ほら、オヤブンポケモンって強いじゃん? そいつらをゲットするのに徒党を組んでるってわけ」

「それがいつの間にか、クラン同士の勢力争いになっちゃったってカンジ」

「サイゴクって戦国時代か何かなのかい、コゴメちゃん」

「ボ、ボクに聞かれましてもぉ……」

 

 いずれにせよ──ドクバリ団というのが走り屋トレーナーの集まり、即ち「クラン」であるということは収穫であった。

 

「そこまでしてオヤブンポケモンを皆捕まえたいのかな」

「捕まえてしまえば、オヤブンとしての強さは消えてしまいます。只の大きなポケモンです。調査局も知らない事をクランが知ってる可能性はあるかと」

「それと──参ったな。今になって、治安はミアレシティの方がマシだったんじゃないかって少し後悔してるよ俺は」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で、今に至る……と」

「それとサハリさん、お持ち帰りのおにぎりです」

「サンキュ! 此処のおにぎり好きなんだよ」

 

 

 キャンピングカーに戻った頃にはとっぷりと日が暮れていた。

 サハリにこれまでの事を話しつつ、フユキは「トレーナーズクラン」について問う。

 

「クラン、か。ドクバリ団とやらが、どうしてオオイ山を根城にしてるのかがちょっと気になるな」

「何でですか?」

「オオイ山には色々曰く付きのお話があるって言うからな。鉱山って過酷な労働で命を落とした人も多いって言うし……」

「そうです! 大体、あんな怪談が伝わってる山に居座るなんて」

「……怪談?」

 

 サハリの顔が青くなった。

 コゴメが得意げにカバンからボロボロのノートを取り出す。

 その見出しには「怪談ノート」と書かれていた。

 

「そうです。実はノートを探したところ、どうやらボクは以前、この山の怪談について調べていたみたいで」

 

(みたい……? 自分の事なのに、伝聞系なんだな)

 

 何処か他人事な口ぶりのコゴメに違和感を覚えつつもフユキは「続けて」と告げた。

 サハリは首をぶんぶんと横に振る。

 

「お、おい、怪談? そんなオカルト、まだ信じてんのか?」

「あれ? サハリさん、ひょっとして怖いんですか?」

「こ、怖くねーし。あたしは立派な大人だし」

「じゃあ良いですよね」

 

(力技で捻じ伏せた……)

 

 何処か楽しそうにノートを開くコゴメは静かに語り始める。

 

「……これは20年ほど前のお話です。とある登山家二人組がオオイ山に登りました」

「登山?」

「当時のオオイ山は道路がまだ整備されてなかったんだ。それでも廃鉱山目当てに登山をする人は後を絶たなかった、らしいぜ。今じゃあ、生身で登る奴はよっぽどのモノ好きだ」

「そして登山家たちが山に登ってしばらくすると”おーい”、”おーい”と声が聞こえてきました」

「ふむ。それで?」

 

 興味を惹かれたフユキは続きを促す。一方のサハリは既に耳を塞いでいた。

 透明感のある声がキャンピングカーの中で怪談の続きを語り始める。

 

「……登山家の一人は、声のした方に向かおうとしました。誰か助けを求めているのかもしれない、と。もう一人はそれを引き留めました。山道から外れると危ない、と」

「おいおい、絶対行かない方が良いヤツじゃねーか……」

「しかし勇んだ一人は山道から外れて飛び出してしまい──そのまま待てども待てども帰ってきませんでした」

「ほらぁ」

「結局、後に捜索隊が登山家の片割れを探したのですが……終ぞ見つかることは無かったそうです」

「声の正体は何だったんだ……やっぱユーレイか?」

「多分、キテルグマだよね」

 

 フユキの答えに、コゴメは頷いた。

 

「流石イッシュ出身のフユキさんです。登山家を襲ったのはキテルグマだろう、と言われています。数日前にもキテルグマを見たって声があったとか」

「アローラにキテルグマが出るって話はよく聞くよ。威嚇の鳴き声が、山の中だと反響して”おーい”って呼び声に似てるってこともね」

 

 フユキは合点が行った。

 クマポケモンの鳴き声が「おーい」に聞こえるから「オオイ山」ということだ。

 

(そんな危ない場所に鉱山施設を作ってたのか……人間の欲望は底知れないな)

 

「マジかよ。じゃあ登山家の片方はキテルグマに襲われ……て……? おい。おかしくねーか?」

「そうです。おかしいんですよ」

「何がおかしいんだい?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()。何なら列島にキテルグマは生息してません」

 

 フユキもサハリも黙りこくった。

 そもそも、登山家がクマに襲われたというのならばこの怪談自体におかしな点が出てくる。

 

「じゃあ何なんだこの話は。サイゴクにキテルグマは生息してないし、別に熊ポケモンなら何でも成り立つだろ。威嚇の鳴き声が人の声に聞こえるなんてのはリングマやガチグマでもある話だ」

「サハリさんは2年前にサイゴクに来たばかりだから知らないのも無理はないですね」

「……どういうことだよ?」

「このお話の主役が()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 怪談ノートに貼られた新聞記事をコゴメは見せた。

 

「……”外来種駆除、キテルグマの群れ全滅”。大分古いけど、これ」

「あッ……」

「30年前、ペットとして持ち込まれたキテルグマが増えてしまったことがあったんです。人死にが出た事もあって、サイゴク地方の有力者は総力でこれを根絶したんです」

「……根絶って……命を奪った、ってことかい」

「はい……そして、キテルグマが当時生息していた場所の1つが……このオオイ山なんです」

 

 何処か悲痛そうにコゴメは言った。

 キテルグマ──その進化元のヌイコグマは愛らしい容姿ゆえにペットとして可愛がられた。

 しかし、進化すると巨体になり、腕力でも手が付けられなくなる。

 故に──山の中に捨て置かれたのだという。

 

「……サイゴクからキテルグマは姿を消しました。しかし、駆除を先導した有力者の一人は熱病で魘されてこの世を去ったと言います」

「……キテルグマの祟り、か」

「そうです。そして、このオオイ山の一件も……”おーい”と呼ぶ声の正体は……仲間を呼ぶキテルグマだったのかも……と」

「──とても興味深い怪談だね……そして悲しいお話だ」

 

 フユキは目を伏せた。

 キテルグマの件は──人間と関わったがばかりに不幸になってしまったポケモンの話だった。

 

「人間とポケモンの関係は、決して幸せなものばかりじゃない、ってことか……」

「自然は無慈悲ですから。その距離と力を見誤ってはいけないんです。そう言う教訓がこの話には込められているんだと思いますよ」

「教訓、か。他にもそういう話があるのかい」

「はいっ! でも──今はやめておきましょう」

 

 コゴメがサハリを指差した。

 彼女は──口から泡を噴き出して気絶していた。

 

「……怪談がとても苦手な人も居るので……」

「なあ、可哀想だから今度からはやめてあげようよ、サハリさんの前では」

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