元プラズマ団員「旅行先が修羅の国過ぎる件」 作:タク@DMP
「結局……あのイワークがオオイ山のボスをやってたところに、キテルグマが出現。生息域がかち合って縄張り争いが起き、イワークが追い出された……ってのが事の顛末か」
「オオイ山からオヤブンポケモンは居なくなり、危機は脱せたというところでしょうか」
燃え盛るトレーラーは消防隊の懸命な作業で消し止められたという。
その後も、オオイ山に何度か立ち入った一行だったが、オヤブン二匹が居なくなった山中はあまりにも静かだった。
結果的にイワーク出没事案は沈静し、定期的な経過観察ということになったのである。
キテルグマを捕獲して数日後、彼らはあのおむすび屋で食事をしていた。
大きな爆弾おにぎりを頬張りながら──フユキはあの時の事を思い出す。
「サハリさん。コゴメちゃんのあのチカラ……以前にも発動したことが?」
「いや、あたしも今回が初めてだ。ポケモンの精神に強く働きかけるチカラ……前例がないわけじゃないが、コゴメの出自に関係があるのかも」
「ボクはそうそう使いたくないですけどね……怖いし。すっごく疲れたし。あれって結局何だったんでしょうか……」
「……」
(小さい時に一度だけ見た。N様のような──不思議な感覚だった)
フユキは──瞼を閉じる。
プラズマ団の「王」として担ぎ上げられた青年”N”。
ポケモンと言葉を通わせる存在とされ、フユキも一度だけその姿を見た事がある。
超常的な雰囲気。
言葉を発さずとも分かる浮世離れした風体。
それと全く同じものを──フユキはコゴメから感じ取っていた。
(いや、まさか。コゴメちゃんがN様と同じワケがないんだけどさ)
「あー、ちょっと暑くなってきました……」
「そりゃ暖房効いてるからだろ、オメーの恰好はいっつもむさくるしいんだよ」
「むさくるしいって! 女の子に言う事じゃないですよう!」
コゴメがフードを外す。
鮮血のような紅の髪が露わになった。
そして、眼の色もまるでルビーのような赤だ。
何より子供っぽい彼女の振る舞いを見ると──フユキは己の中に一瞬だけ渦巻いた疑念を払拭する。
(無い無い。きっと無関係だ。だけど……コゴメちゃんのチカラが、コゴメちゃんの過去に関係あるなら……やっぱり、記憶はこのまま無い方が良いのか……?)
フユキは──何処か嫌な予感を募らせる。
プラズマ団の王──”N”のたどった道を考えれば考える程、コゴメの失われた「過去」にきな臭いものを感じるのだった。
(あんなチカラがあるなら、周りの大人が放っておくわけがないもんな……)
「……」
「フユキさん、どうしたんですか?」
ルビーの眼がフユキを覗き込んでいた。
純粋で、疑うことを知らない──無垢な瞳。
フユキにとってはあまりにも眩しすぎて、遠ざけたくなる。
(……ああ、そんな目で見ないでほしいな、本当に)
「いや、なんでもないよ。お腹が空いた、って思ってね」
そう言って誤魔化す。
どうか──この少女には、要らぬ心配をかけたくない、と思ってしまった。
「もーう、フユキさんはゴハンのことばっかりです!」
「それより──お冷のおかわりをお願いしても良いかな」
フユキが手を挙げると、紫髪の女の子店員がぱたぱたと走ってくる。
「はいっ、お冷ですねっ!」
眠そうな目で彼女はフユキのグラスにお冷を入れる。
その様を見ながら──フユキは悪戯っ子のように微笑んだ。
「……昼は、真面目そうに働いてるんだね。
「ッッッ!?」
お冷が零れた。
コゴメも、そしてサハリもすぐさま店員の顔を見る。
場は一触即発となる。
「……え、えと、お客さん? 何を言ってるんですか? わ、わたし……」
「……キテルグマの攻撃から君を助けた時、手に傷があるのを見つけた。そう、今の君と同じ──左手に全く同じずる剥けた傷があった」
サハリとコゴメは顔を見合わせる。
あの一瞬でそこまで見ていたのか、と。
「少し違和感があったんだよ。他のメンバーがバイクやモトトカゲに乗ってたのに、君だけトレーラーの頭に乗ってたのは──ケガの所為でバイクを運転できなかったから。あるいはしたくなかったから」
「……う、あ、その」
「勿論、言い掛かりだというならそうだと言ってくれて構わないけどね。どうなのかな」
穏やかだが──圧すら感じさせる物言い。
観念したように店員は頭を下げるのだった。
「先日は……助けていただき……ありがとうございましたぁ……」
もう一度サハリとコゴメは顔を見合わせた。
そして──同時に叫ぶ。
「いやいやいや、全然違うじゃんッッッ!?」
「フユキ、お前何かの間違いだ! こいつがドクバリ団のリーダーなワケねーよ!」
「……その人の言う通り……ですぅ」
ぐすぐす、と泣きそうになりながら──店員、改めマヤは言った。
「……うち、マヤっていいます。昼はおにぎり屋、夜は……ドクバリ団のクランヘッドやってます……トホホ……」
【ドクバリ団”クランヘッド”マヤ】
※※※
──その後。
休憩時間の間に、マヤをキャンピングカーに案内した。
こんな気弱で眠そうな目をした少女が、あの荒々しいマヤと同一人物とは思えないサハリは未だに疑わしそうな目をしていた。
「うちぃ……夜に一人でツーリングするのが好きでぇ……でも、ある日山道で大怪我してる暴走族さんたちを見つけて……助けたら、滅茶苦茶感謝されちゃってぇ……トホホホ……」
「それで、彼らが半ば強制的に子分になってしまった、ってわけだね」
「いつの間にか舎弟も沢山増えててぇ……こんなはずじゃ、なかったのにぃ……」
「善良な小市民が一晩で暴走族のボスになっちまったってわけか。現実は小説より奇なり、だな」
サハリが珈琲をマヤに出した。
彼女は小さく頷きながらそれを受け取る。
「あ、でも、あんまり悪い事はしてない……と思いますっ! うちがトップになってからは……”道交法を守って楽しく爆走”! それがドクバリ団のルールなんですけどぉ……あはは……」
「法の遵守と爆走って両立できるんですか、フユキさん……?」
「さあ……俺に言われても知らないよ」
「爆走は必ず夜の山道で、迷惑のかからないように、とも決めてるので……大丈夫じゃないかなあって……トホホホ……」
「現代の暴走族はコンプラ守って大変だな……」
マヤがトップであるうちは、ドクバリ団も悪さらしい悪さは出来ないのだろうな、とフユキは考える。
彼女は自らの意思に関わらずボスとして担ぎ上げられてしまっているとはいえ、マヤの善良さに他の団員もすっかり充てられてしまっているのだろう。
そうでなければ、ドクバリ団の悪行や悪名はもっと各地に轟いているはずだ。
(そうじゃないってことは、本当に現状は面白珍走団の粋を出ていないんだろうな。良かった……)
「待って下さいッ!! ボク、まだ信じられませんッ!! だって、その、別人じゃないですか完全にッ!!」
「それを言われるとぐうの音も出ないけどね」
「確かに数日前とは全然違うな。猫を被ってたのか、こっちが本性か」
「……証拠というかぁ、うち……暴走族のリーダーなんてシラフでやれるわけがなくってぇ……」
マヤが取り出したのは、例の世紀末感溢れる仮面だった。
「……昔見てたアニメの悪役の真似をしてたら、いつの間にかサマになっちゃってぇ……トホホ……」
「なりきってるうちに楽しくなっちゃったヤツか……」
「局長の知り合いにも仮面を被ると人が変わるヤツが居るから、不思議じゃねーけど……」
(そんな人が何人も居て堪るか!)
と言いたくなったフユキだったが、やめておいた。えらい。
「でも、そんな中……あの事件が起きたんですよぉ……」
辛そうな顔でマヤは言った。
「あれは3か月前の事でしたぁ……いつものように皆で爆走してたら、火の玉がいきなり目の前に飛んできたんですぅ……」
「火の玉……?」
マヤは頷く。
「その勢いで先頭を走っていたうちは転倒して手をケガして……」
「むしろよくそれで済んだな……」
「でもその後に、雷が幾つも降りそそいだんです……それで、団員の友達が一人……感電して……」
「そういうことだったのか」
「……ヌシポケモン同士の争い、だな。間違いない。3ヵ月前ってなら時期も合ってる」
腕を組むサハリ。
オオイ山でマヤが言っていた「ヌシ同士の争い」とは、この事なのだろう。
「うちがケガしたのは良いんですっ! でも……団員が……友達がケガするのは許せなくって……でも、誰も今のおやしろには逆らえないし……」
「ヌシポケモンが独断で喧嘩してるのを誰も咎められないだろうからな」
「サハリさん、何か知ってるんですか?」
「度々起きてるんだよ。ヌシポケモンがおやしろを抜け出して、他所のヌシポケモンと争いを繰り広げてるのがな。最早、人間は誰もヌシポケモンを制御できてねえ」
「そんな! じゃあ、おやしろは何のためにあるんですか!」
「ヌシポケモンの為だよ」
呆れたようにサハリは言った。
「サイゴクってのはヌシポケモンがそれぞれの地域をナワバリにしてるに過ぎねえ。あいつらは……カミサマのような存在だ」
「神様……」
「ヌシポケモンの世話役……キャプテン。それもヌシポケモンが選定する。もしキャプテンがヌシの意向に沿わなければ……ヌシの方からキャプテンを外される」
「じゃあ、完全に……人間じゃなくてポケモンが支配しているってことですか……?」
「勿論、各町には町長だとか市長が居る。だけど……それ以上にキャプテンの影響力は強い。何より、そのキャプテンすら支配しているヌシポケモンこそこの地方の真の支配者だろ」
故に──ヌシポケモンの喧嘩を咎められる者など誰も居ない、とサハリは言い切る。
「ヌシポケモン同士の関係が安定していた時期はこんな事は無かったんだがな……代替わりした途端にこれだ」
「こんなの間違ってると思います……!!」
声を絞り出すマヤ。
「……ヌシポケモンは、キャプテンは、サイゴクの調和を守ってるって聞かされて、うちら育ってきました……でも、今のヌシ様は違う! 喧嘩をして辺りを巻き込んで……人間までヌシ様と争いを起こして……こんなん、調和でもなんでもないっ……!!」
彼女は──目に涙を浮かべていた。
どうしてマヤがキテルグマの力を求めたのか──フユキは彼女の行動を責めることが出来なかった。
「うちらは、ヌシポケモンに振り回されて……ずっと、縮こまったまま生きてかなきゃいけないんですか……? うちらがチカラを手にしようとしたのは……そんなに間違ってたんですか……?」
「……原因を突き止めるべきだと思う」
泣きそうなマヤの手を──フユキは両の手で優しく握り締めていた。
「……俺はこの地方に来てまだ浅いし、ポケモントレーナーとしても未熟だけど……それでも、オヤブンやヌシポケモンが暴れてるこの状況が……良いものとは思えない。調査局なら、原因を突き止めて調査する。そうですよね?」
「相手はおやしろ、そしてヌシポケモンだ。局長が不在の今、おやしろを下手に敵に回すのは避けたい」
「そんな……ッ」
「だけど。オヤブンポケモンの調査をしているうちに──いずれ、ヌシポケモンの異変の原因に辿り着くこともある……かもな」
「サハリさん……っ!」
「いずれにせよ、あたし達は……あたし達に出来る事しか出来ない。でも、善処はするよドクバリ団のクランヘッド」
「……うんっ……お願い、します」
涙を流しながら──マヤは頷いた。
そして彼女はフユキの両手に傷を負った自らの手を重ねた。
「フユキくん……だっけ……うちを助けてくれてありがとうございました。あの時は……素直になれんかったけど……君が居なかったら、うち……今頃……」
「当然のことをしたまでだよ。でも──ひとつだけ」
努めて穏やかな口調のまま、フユキは人差し指を立てる。
「ドクケイルの鱗粉の事──あんな戦い方は、もうやめた方が良い。あれだけ……俺は怒っているんだ」
「……あ」
「あの……フユキさん、ボクはもう……」
フユキが言うのは──野良試合とは言え、辺りにドクケイルの鱗粉を大量にばら撒いた件だった。
結果的にサハリが用意した解毒薬で速やかにコゴメは回復したものの──
「……ヌシポケモンの喧嘩で君の友達が傷ついたように。君とのバトルで──コゴメちゃんも危うく傷つくところだった」
「う、うち……は」
「野試合に礼儀や安全を求めるなってサハリさんの言い分も分かるよ。だけど……俺には君がとても危なっかしく見えた。ヌシポケモンに対抗する為にオヤブンを無理矢理捕獲しようとしたり、バトルの時に周りを巻き込んだり」
「うち……そういうつもりじゃ……」
「そういうやり方をしていると……いずれ、君自身に大きなしっぺ返しがやってくる。チカラに頼るものは、もっと大きなチカラに叩き潰される」
(それこそ……プラズマ団みたいに、ね)
何か言いたげだったマヤだが──そのまま俯いてしまった。
「……ごめん……なさい……コゴメ、さん……フユキくん……」
「あのっ! ボク、もう気にしてませんからっ! 不用意に近付いたボクも悪いですし……」
割って入ったのは──コゴメだった。
「だから今度は、ボクともバトルしてくださいね、マヤさんっ!!」
「……良いんですか……? うちと……?」
「はいっ! それでいいですよね、フユキさんっ!」
「もちろん。君が良いなら、俺はそれでいいよ」
「やたっ!」
明るく振る舞うコゴメ。
フユキも──これでもう怒ってはいない。
今回の件でマヤもすっかり懲りただろう、と考えたからだ。
それを見ていたサハリも満足したように珈琲を啜った。
「……じゃあ、オオイ山の怪異、改めて一件落着……だな」
※※※
「……それでサハリさん。次はどうするんですか?」
「今回捕まえたキテルグマは、シャクドウ大学に転送した。新種のリージョンフォームだからな、調べねえといけないことが沢山ある」
「じゃあ行先はシャクドウ大学……ですね」
「そうだ」
キャンピングカーの中ですっかり寝てしまったコゴメ。
そんな彼女を起こさないようにしながら、運転席と助手席で会話するサハリとフユキ。
行先はベニシティを抜けて──シャクドウシティだという。
「とかく、山道をひた走れば良い。着くのは夜明けくらい後だろーが……」
「……そう、ですか」
「どうした浮かない顔だな」
「……浮かない顔に見えますか?」
「お前、クールぶってるけど顔に出やすいタイプだぞ」
「……いや、ヌシポケモンの事を……ずっと考えていて」
「昔はこうじゃなかったらしいけどなあ」
サハリが遠い目で答えた。
今、サイゴクで起きている全ての不和の発端は──ヌシポケモンにある、と言っても過言ではない。
そして、マヤのようにヌシポケモン同士の争いに巻き込まれてしまい、おやしろへの下剋上を狙う勢力も現れている。
「俺に出来る事は無いのかな、って思って……もし暴れるポケモンが増えたら……人間とポケモンの関係が、このままじゃ崩れてしまうような気がして」
「……そう思うなら先ずは強くならなきゃ、だろ」
「そういうサハリさんも自分のポケモン持ってないじゃないですか」
「あたしは──あたしは良いんだよ、研究者だから。むしろ、誰のおかげでキテルグマを止められたと思ってる?」
「……サハリさんと、コゴメちゃんのおかげです」
「そうだな。コゴメが居ないと危なかった。……あいつのチカラも、一体何由来なのか、それがあいつの過去に関係してるのか。分からん事だらけだ」
「研究者なのに、ですか?」
「逆だよ。分からん事が多いから研究者やってる。勉強しても勉強しても……次から次へと、だ」
「……俺は、どうすれば良いんでしょうか」
モンスターボールを握り締めるフユキ。
マヤとの勝負には勝てたものの──キテルグマ相手には、触れる事すら叶わなかった。
「……折角ポケモンを手にしたんだ。徹底的に向き合ってみれば良いんじゃねーか?」
「向き合う……?」
「ああ。あたしにはもう、それが出来ねえからな」
「……何か、あったんですか?」
サハリは口を噤んだ。
そして──何処か意を決したように目線を前に向けた。
──その時。アスファルトが突如、爆ぜた。
「──はっ……えッ……!?」
勢いよくサハリはハンドルを切り、爆発を避ける。
そして──急ブレーキをかけながら路肩にキャンピングカーを辛うじて止めるのだった。
「な、なんで……これって、ポケモンの技──ッ!?」
「一体何処から……!!」
すぐさまキャンピングカーから降りる二人。
山道の側面は切り立った崖になっている。
そこに──何かが立っている。煙を噴き出しながら。
「シュポポポポポーッッッ!!」
蒸気が噴き出す音と共に、それらは斜面を勢いよく降りて来た。夜の闇にはっきりと浮かぶ赤い目。
それがオヤブンポケモンであることは明らかだった。
「……こいつ……セキタンザンか……!!」
「セキタンザン!? 列島にもいるんですか!?」
「それも……子分まで一緒みてーだぜ」
立ち塞がるは、固形燃料を山のように積み上げた巨大なポケモン。
そして、その取り巻きと言わんばかりにトロッコのようなポケモン達まで現れる。
「セキタンザンに……進化前のトロッゴンの群れだ……ッ!!」
【セキタンザン(サイゴクのすがた) エスエルポケモン タイプ:炎/水】
【トロッゴン(サイゴクのすがた) ねんりょうポケモン タイプ:炎/水】