吾輩はロボである。名乗るほどのものではない。 作:曇らせられない北風
勝ち目が薄いのは分かっていた。
戦隊ヒーローは数人で一体の怪人と戦う。あれは一体の怪人が戦隊ヒーロー数人分で漸く対等以上に戦えるからという話だが、それは俺達のような一般改造人間には当てはまらない。記憶処置すらまともに施されていない俺は会社からすれば捨て駒同然の雑兵だろう。そんな奴が文字通り一騎当千クラスの魔法少女に敵うかと言えば、NOだ。
俺は今、彼女の猛攻を凌ぐので精一杯だった。
パッチリとした瞳の可愛らしい顔で手首や足首を執拗に狙う可愛くない戦法。おまけにほぼ透明な刃はそう簡単に捉えられない。俺が機械の眼を持っていなければたった数度の打ち合いの中で既に2、3度はスクラップになる所だった。
それ以上に嫌らしいのは──
「『黒板消し』」
──たわけた魔法で常に隙を生み出そうとする事だ。
落ちてくる黒板消しなんかに意識を取られると一気に攻め込んでくる。それに銃も役に立たない。そう感じた。機械の直感なんてアテになるか分からないが、賭けて死ぬなら自分の勘で死にたいんだ。
「しぶといですね……」
「諦めてくれ!」
「いえ、確実に仕留めます。他の魔法少女が来る前に」
床に焼き付いた光の剣の軌跡が数を増す。片手で終わらない舞踏の如く光の剣を振い続ける彼女、両手に握った得物で必死にいなす俺。どちらが不利かは明らかだった。
彼女の銀髪が風に解けて光る。この世のものと思えないのは、彼女自身もその技術もだ。あまりにも闘いに慣れているし、迷いがない。歴戦の戦士なんてのは探せば居るだろうが、それが少女の姿をしているとなると酷く歪に思える。
多分、変身する前から少女の筈だが……。
「よそ見とは甘く見られた物ですね」
「しまっ……!」
相対しているのは、そんな油断を逃す魔法少女ではなかった。
一瞬のステップと共に放たれた弾丸の様な突き。俺は合間に刃を構えたが、それも読まれてスカされる。
「浅い」
脇腹の装甲を貫通した刃を大きく捻りながら彼女は引き摺り出した。おかげで左脚のワイヤがやられて一気に動作が重くなった。自己修復機能ではすぐに直りもしない致命傷だ。人間と違って失血死しないだけマシだが。
そんな姿を見た彼女は、何か閃いた様に眼を丸くして
「手足を切り落として尋問もありですね」なんて言っている。
本当に一体何をどうすれば彼女の様な存在が生まれるのか、不思議でならない。
「……なあ、嬢ちゃんは何歳なんだ?」
青く煌く氷の様な眼差しを向けられながら、ふと呟いていた。
「何故、そんな事を」
まるで意味が分からないと首を傾げる彼女。俺はまた呟く。
「俺の妹と同い年くらいに見えてな」
「……そうですか」
「それだけだ。こんな身体になって、もう面と向かって会えないと思ってたが、嬢ちゃんを見て少し気が晴れた。ありがとうな」
本心だった。妹を置き去りにしたあの日から、俺はとっくに妹と会う資格を失っている人間だ。身体が変わったせいなのか、顔すらもよく思い出せない。
「っ……同情を誘うつもりですか。浅ましい」
「同情、か。自慢じゃないが、今の俺に同情出来る奴はそう居ないぞ。なんたって何も知らずに過労死して、勝手に改造された身なんだからな」
彼女の目が一瞬、緑色に輝いた。何かしらの魔法を発動したのだろうか、そう思ったが、俺の身には何も起きていない。
「……嘘、じゃない?」
「いや……俺みたいなのはレアケースで、大体は事情を知った上でなった奴らばかりなんだが……何か、まずい事でも言ったか?」
寧ろ、彼女の方が尋常じゃない様子だった。珍獣でも見る様な目で俺をジッと見つめている。
「肉体が死んでいるから機械の身体に。つまり奴らは既に魂すら操る魔法を? いや、その割には動きが無さ過ぎます……なら、彼が特殊体質だったから?」
「待った、急に自分の世界に入り込まないでくれ!」
「……命乞いは聞き入れます。貴方には、聞きたいことが沢山ありますので」
「いつ命乞いしたんだ俺は……」
かと思えば、目が据わり、俺の腕を一瞬で掴む。機械の馬力を超える力で。出来る事ならば会社から逃げ出したいのは山々だが、それが出来ない訳がある。
「いや待ってくれ、俺は命令に背くと自爆する仕掛けが──」
「もう取っています」
「──あるんだってえ?」
困惑と驚き混じりで何とも間抜けな言葉になってしまったが、確かに彼女はその手に機械の残骸を握りしめていた。いつの間に、と思ったが逆算すればあの一瞬しかない。
「貴方の中に不審な魔力の流れがあったので、念の為に抜き取っておきました。やはりロクでもない装置だった様ですね」
そう言って彼女は自爆装置を放り投げ、微塵切りにしてしまった。あれが少し前の俺の未来だったとすると、ゾッとしない。
「……さて、次は貴方の手足を」
と思ったら俺の未来が収束しそうになっている。どこかのアドベンチャーゲームのバッドエンドばりに殺意が高い。いや、殺そうとしてないのは分かるが。
「待て待て待て! 別に俺は抵抗しない! そもそも自爆装置が無ければとっくに逃げる算段を考えてたさ」
「疑わしきは罰せよ。この地球で最も良い言葉ですよね」
「推定無罪って言葉も素敵じゃないか? そう言ってくれ」
剣呑としていて惚けた会話、間違えば明日は無いかも知れない。1番恐ろしいのは真っ暗闇ではなく、消えそうな光を頼りに闇の中を進んでいる状況なのかも知れない、そう思わされる。
しかし、神は俺を見捨ててはいなかった。
「……足音?」
「どうやら、他の魔法少女が来た様ですね」
一目見て分かる程うんざりした様子で、少女は杖から伸びる光の刃を解き崩す。残念そうな様子だが、どうやら殺意は一旦脇に置いてくれるらしい。
「私について来て下さい。迷子になったら……いえ、別に何をする訳でもありませんが」
「……お、おお、その言葉を信じるぞ」
いちいち不穏な言葉遣いをする彼女に既に不安しか無いが、それでもこの状況では、彼女が蜘蛛の糸だ。切り落とされないように注意を払わなければならない。
そして気がかりなのは、もう一つ。
「なあ……アイツは、死んだのか?」
未だ倒れ伏している同僚の事だ。死んでしまったのなら仕方ないと割り切りも出来なくはないが、そうじゃないのなら助けても良いんじゃないかと俺は思っている。
問いかけた瞬間の彼女の目は酷く冷ややかだった。
「貴方も、他の魔法少女と同じですね」
「え? 魔法少女と同じって……」
「致命傷で済ませています。魔法少女が間に合えば命を繋げますよ」
そう言って彼女は歩き始める。
その後ろ姿は、何故か寂しげに映った。カメラアイの故障じゃなければ、彼女にも何か思う所があるのだろうか。
どの道、ここで残った所で俺に出来る事もない。そう思った俺は彼女の後を追う事を決めた。
お兄ちゃんは私にとって何なんだろう。
学校の宿題で出された作文を書く手が止まったまま動かない。
家族には違いない。けどお兄ちゃんは私を置いて遠くの街に行ってしまった。けれど嫌いになった訳じゃなくて、凄く寂しくなった。お兄ちゃんが大切だったから。世界で1人だけのお兄ちゃん、どんな時も私を守ってくれたお兄ちゃんだったから。
そんな思いのままに鉛筆を動かせば、きっと先の丸くなる頃には作文用紙からお兄ちゃんが溢れ出しちゃうと思う。それくらい、大切な人。
だから私は、またお兄ちゃんに会いたい。けれどお兄ちゃんは何かと理由を付けては手紙のやり取りだけしかしてくれない。最後に会えたのは、中学校の入学式に来てくれた時。もう1年以上会えていない。
私にも秘密はあるけど、お兄ちゃんも秘密にしたい事があるのかな。なら仕方ないけど……やっぱり会いたい。
「どうした
すると鉛筆を握る私の指先で、妖精の指輪の声がした。
「……ううん、何でもない」
「何でもない様に見える訳ないじゃないか。また兄の事を考えてたのかい?」
「うげ、何でバレてるのよ」
「同じことでずっと悩んでるからさ」
この指輪に宿った精霊の名はユリン。遠い世界からやって来た存在で、私達の世界に危機が訪れている事を教えてくれた。最初は信じなかったけど、おじいちゃんとおばあちゃんがオオグロコーポレーションのエアコンに生気を奪われて倒れた時、私に2人を助ける力……魔法少女の姿をくれた。
おかげでエアコンに刻まれた魔法を解除し、2人を助けられた。
だから私はその恩返しに、魔法少女として、オオグロコーポレーションの魔の手から皆を守るために戦っている。
ここ最近で1番の私の秘密……お兄ちゃんが聞いたらきっと倒れちゃいそうだから言わないけど。
「最近は戦いも激しさを増してる。本当はこんな事、君に任せきりじゃダメなんだけど……世界ごと消えて、僕はもう魂だけの存在だからね。せめて相談くらいには乗らせてよ」
最近は、ただ魔法を解除するだけじゃなくて、戦う事も増えて来た。最近だって、銃と光の剣を使うロボットと戦って良いようにあしらわれてた。子供扱いされて、そのまま逃げられたりして……次会ったら絶対にボコボコにする。
そんな事は置いておいて、やっぱり私はお兄ちゃんの事が気掛かりだった。就職した、って報告してくれたばかりのお兄ちゃんは元気そうだったけど、最後に会った時はすごく痩せてたし……。
「……黙っていたけど、実はこんな魔法があるんだ」
「えっ?」
「物の記憶を読み取る魔法。この世界じゃサイコメトリーって言うのかな。そんな魔法だよ」
「それがあれば、お兄ちゃんの手紙から何か分かるの?」
「精度はそこまで高くないけどね」
指輪に前のめりになり、私はユリンに聞いていた。
「どうして言ってくれなかったのよ? それがあれば……」
「人には秘密がある。秘密があるからこそ生きられる人も居る。それを暴き立てるこの魔法は、あまり好きじゃなくてね。信頼出来る人にだけ教えたかったんだ。ごめんね」
「……そういう事なら、別に良いわよ。お兄にも、見知らぬ人はすぐ信用するな、って言われてるし」
そう言ってくれた事が少し嬉しいけど、今更怖くなってきた。もし、手紙を通して見たものが、私にとって良くない事だったら……。
「大丈夫だよ、きっと。手紙だってこうして来てるんだから」
「そう、よね……ううん、お兄の事だから、頑張り過ぎて会いに来れないだけよね」
良い事を考えよう。悪い事を考えても悪い事にしかならないから。きっとこれで、お兄ちゃんに会える道が開ける。
……でも、会えたらまず何しよう。ずっと会ってくれなかった事を怒る? それとも泣く? いや、まずは思い切り抱きつこう。
私はお兄ちゃんのハグが大好きだった。鼓動の音と優しい熱で包み込まれるあの瞬間が。だから今まで会えなかった分を取り戻すように、目一杯抱きつこう。
そう決めて、私はユリンから魔法の使い方を教えて貰った。詠唱も魔法陣も要らない、ただ触れて強く祈るだけ……想いの強さがあればそれだけはっきりと向こうが見えるらしい。
瞼を閉じ、1番新しい手紙に触れて、祈る。
どうか、私にお兄ちゃんを見せて、と。
そうして、瞼の裏に景色が映った。
けれど、それは私の望んだものじゃなかった。
「……なん、で」
そこには、私と戦ったロボットが居て──お兄ちゃんの名を騙り、手紙を書く姿が映っていた。