吾輩はロボである。名乗るほどのものではない。   作:曇らせられない北風

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壊れざる祈り③

「今から私は貴方に余計な事を言います。出来れば聞かなかった事にして忘れてください」

 

 廃工場から随分と離れた場所にやって来た。河川敷を歩き、川を渡す橋の下で、彼女は突然振り向きそんな事を言って来た。

 

「私の名前はホワイトです」

 

 心底険しい表情で放った言葉はこれで終わった。

 

 ……これで、終わり? 

 

 信頼関係なんてある筈も無いのは分かっていたが、なら何故名前を教えたのか、それが分からない。だが、名乗られたら名乗り返すのが社会人のルールだろう。

 

「……私は坂下(さかした)鉄雄(てつお)。一応、この場ではあくまで私人として挨拶させてもらいたい。オオグロコーポレーションの一員ではなく」

 

 俺は腰のサーボモータを90°回転させ、鉤括弧ばりのお辞儀を見せた。目の前の彼女には一切響いてなさそうだった。悲しいな。

 だが切り替えて行こう。ミスを引き摺ると新しいミスに繋がるからな。

 

「貴方がどこに身を置くつもりでも、私には関係ありません。反省も、更生も私は評価しません」

「……あぁ、それは自分が一番よく分かっている。所属していた組織が何をやらかしたのを知ってて、あそこに立ってたからな。自認クズ野郎だ」

「それと、私に礼儀など必要ありません。貴方とは敵、勝手な言葉を使えば良いでしょう。私もそうしています」

 

 そうして、河川敷の橋の下。土手側の橋の土台の方にあるスペースへ彼女は向かっていた。よく見れば、暗がりの中に木の板とダンボールで作られた壁に、ブルーシートが掛けられた箱……のような物がある。

 

「じゃあ、失礼承知で言わせてもらうが、あれは……その、何なんだ? ペット小屋か?」

 

 目の前の白い貴婦人とも言える上品さを湛えた彼女と、茶色尽くしの謎の箱が上手く結びつかない。まさか、あの強さと物を自在に呼び出す魔法を使える魔法少女が、こんな貧相な場所に住んでる訳もないだろう。こんな場所に住んでいたらすっかり弱り果ててしまう。

 

「………………私の家ですが、何か」

 

 しかし彼女は、無限にも思える程の沈黙の果て、途切れそうな声でそう言った。勿論嘘だからだろう。思い出せば先程、致命傷を受ける前に奴は言っていた。

 

 ──『まさか……気を付けろ! そいつは幹部級を殺したイレギュ──ぐぁぁっ!?』

 

 つまり、彼女はオオグロコーポレーションにとって危険な存在だ。狙われる可能性を懸念するのは当然のことで、どこかに身を潜めるにしても、バレれば周囲に危害が及ぶ。だからこんな分かりやすい嘘を使って、本拠地は教えない、俺を警戒しているぞ、というアピールを行なっているのだろう。

 

「──ああ、分かってる。私……いや俺は嬢ちゃんにとっては敵。本当の事を教えるメリットはゼロ。こんな()()()()()()()()()()()()で魔法少女が暮らす筈ない事くらいは魔法少女をよく知らなくても分かるさ」

「……」

 

 すると、彼女はスッと杖を取り出し光の刃を伸ばし出した。そして、一歩一歩と無の表情のまま近付いてくる。

 

「……ん?」

「やはり、オオグロコーポレーションは滅ぼさなければ」

 

 湯気が立ち上るような怒気を錯視してしまう様な、恐ろしさ。

 

「……お、怒ってるのか?」

「いいえ、キレていませんが」

「それはキレてる人のセリフじゃ……」

「キレてないです」

 

 ──俺はこの後、河川敷で決死の土下座1時間コースを試み命を繋いだ。関節が河川敷の草食って調子が悪くなった気がした。

 

 

 

〉──────────〈

 

 

 

「だが、これだけは聞かせてくれ。何で俺を壊さずここまで連れて来たんだ?」

「奴らを打倒する為の手札になり得るかも知れない。そう判断したからです」

 

 ダンボールハウスの真ん中に置かれたちゃぶ台を囲み、ゴザを引いて三角座りのホワイトと俺は胡座をかいて向き合っていた。

 

「これ以上の理由は不要ですよね?」

 

 お茶を一杯呷り、彼女が言う。俺には当然のごとく出ていない。味方でも客でも無いし、お茶も飲める身体ではないから当たり前である。

 しかし側から見れば不思議な光景に違いない。一方は真っ白な魔女姿、一方は黒塗りのロボット、世界観が喧嘩している。

 

「あぁ、敵を無傷で連れて来た理由がない方が不安になるからな。一言でもあってくれた方が良い」

 

 それにしてもまあびっくりする程綺麗な少女だ。まつ毛はバチバチだが、全体が白いせいか儚げな印象の方が強い。口から出る言葉はひたすら物騒だったが。

 

「ジロジロと見ないで下さい。もぎ取りますよ、頭を」

「……それは勘弁願いたいな。なるべく見ないようにする」

 

 彼女は三角帽子のつばを引っ張り顔を隠す。見れば年頃の少女の仕草にも思えるが、果たして年相応なのだろうか。魔法少女は変身によって髪や目の色だけじゃなく、姿形も変わるという。さっきから彼女はずっと姿を変えていないので、変身は解けていない筈。なので本当の姿は分からない。実は男……なんて事は流石にないと思うが、場合によっては5歳児が出てくるなんて事もあり得る訳だ。

 

 だから、基本的に魔法少女と戦う時は下手に負傷させないよう手加減して来た。ホワイトには正直そのポリシーを守り切れたか怪しい所はあったけども。後、自分の身体の機能を把握し切れていないからどこまで行っても手加減レベルになってしまうというのもある。

 

 本気で戦おうにも、本気を出す方法が分からないのだ。

 

「で、俺はこれからどうなるんだ?」

「オオグロコーポレーションからは離れて貰います。再びアレに手を貸す素振りを見せれば、私が貴方を破壊します」

「いや、それは何となく分かってる。だが、俺はここに居なくちゃいけないのか?」

「そうですが、何か?」

 

 すると、彼女は『何当たりめぇの事言ってんだぶっ飛ばすぞ』というように真顔で首を傾げていた。……戦闘中はおっかなくて仕方なかったが、何か抜けてるな、この子。どうにも自分が女の子である自覚が無いんじゃないか。

 

「いや、ここは嬢ちゃんの家で、この家はひと部屋しかない。つまり、俺と一緒の空間にいる事になるんだぞ?」

「えぇ、そうする事で、貴方が裏切ろうとも私は即座に貴方を破壊出来ますね」

 

 何だその自信ありげな若干上向きの眉毛は。『完璧な作戦だ』みたいな顔してるんじゃねえ。俺の機械の目は少しの動きでも分かるんだよ。

 

「一応、さっきの自己紹介で俺の名前を伝えたと思うんだが……」

「えぇ、サカシタテツオ、ですね」

「……男だぞ、中身は」

「そうですか、それが何か?」

 

 さっきも似たような事を聞いた気がするが、些事は塵芥のようにスルーするタイプなんだなこの子は……しかし、年頃の妹が居た身でこれくらいの女の子がこうもアレだと気にせずにはいられない。

 ああ思い出す、俺のと分けて自分で洗いなさいって言ったら面倒臭いから一緒に洗ってと言ってきた妹よ。果たして洗濯は1人で出来るようになっているだろうか。

 

「気にならないか? 自分のテリトリーに一応の異性が居るんだぞ?」

「……?」

 

 マジかぁ……マジか。

 俺は天を仰ぎ見たが、黄土色のクソみたいな天井しか見えなかった。神は居ないのかも知れない。

 

「普通はな、女の子はそう簡単に異性に自分の領域に踏み込ませないもんだ。俺が敵として動く可能性は警戒するのに、そこを警戒しないのはどうなんだ?」

 

 と、つい口から出てしまった言葉にハッとなった。彼女を怒らせてしまわないかと。さっきもこの家を愚弄した結果謝り倒すハメになったのだ。

 

 恐る恐るその表情を見ると、特に変わった様子はなかった。杖を取り出す仕草もない。

 

「……いま私は、貴方に怒られているんですか?」

 

 何を言われているか分かっていないのか、俺は尋ねられた。

 おべっかを使う事も出来たかも知れないが、意地になっていたのか、俺は言い切ってしまった。

 

「ああ、そうだぞ。魔法少女だろうが、何だろうが、嬢ちゃんは1人の女の子だ。戦いの事ばかり気にしてたら、敵の前に悪い男に捕まるぞ」

 

 俺は彼女の目を見ていた。

 透き通る薄い青、薄氷のような眼差しが、少し揺らいでいた。怒り、じゃない。動揺のそれに近い。瞬きの後には収まっていた。

 

「そうですか。…………参考にします」

 

 彼女は一言。それから立ち上がってダンボールハウスから出て行こうとする。

 

「待った。どこに行くんだ」

「……付近に魔力の反応がありました。もう既に交戦が始まっているようなので、狩りに行きます」

「俺は居残りか?」

「はい。大人しくしていて下さい」

 

 子供に言い聞かせるような言葉を残し、ダンボールハウスの出口から彼女は跳び立った。白い流星のような速さで。

 

 そうして、1人になったダンボールハウスの中が静けさに満たされる。さっきまでの騒がしさも嘘のようで、川の音が染み込んでくる。

 

「……ラジオでもかけてみようか」

 

 俺の頭部にはラジオ機能が存在する。ラジオ中は喋れないのと、受信した内容は音声に変換するまで俺自身も理解出来ないが、1人なら別にさしたる問題じゃない。それに、俺が扱えるのはオオグロコーポレーションが作戦で使用する幾つかの周波数も登録されている。まあ、俺が逃げ出した以上、まだ使われてる筈も無いだろうが──。

 

『…………主任』

 

 しかし、ラジオは聞こえる筈のない声を捉えていた。ノイズ混じりだった音は、濁った音は徐々に鮮明になっていく。

 

『……計画は順調です。統計によれば、魔法少女と戦闘中にイレギュラーが乱入する頻度が高いと出ています。その前に人質を取れば……」

 

 人質、穏やかなワードが飛び出したが、俺は「有り得ない」と思った。

 

 オオグロコーポレーションの奴らが現場に出る際、現場には一般人から知覚されない為の人払いの結界を貼る事が職務規定で定められている。これはオオグロコーポレーションの裏の顔が露呈する事を防ぐ為のルールだ。

 

 社会に普及させた製品を通し、人間から生気を奪うという目的の為には、魔法少女の打倒よりも会社が運営出来る事が重要である為、評判を落とさない様にこのルールは絶対遵守。それに伴い、リスクを伴う一般人に対しての人質作戦も禁止されている。だから有り得ないのだ。

 

『えぇ、()()()()は順調に追い込んでいます』

「──そうか、魔法少女か!」

 

 俺はラジオをブチ切り、思わず立ち上がってしまう。

 ラジオでは順調だと言っていた。このままだと不味いんじゃないか。幾ら彼女が強くても、人質を取られたら……。

 

 そう思う一方で、それでも彼女は勝つんじゃないかとも思った。容赦の無い態度を思えば、人質を無視して戦う可能性もある。

 

 ──『そうですか。…………参考にします』

 

 けれどそれは……そんな選択を彼女にさせるのは、あまりにも惨い。

 あの時、怒られたのに、実はほんの少し()()()()()彼女の姿を思い出すと、させたくないという思いが勝った。

 

 悩んでいる暇は無かった。

 ホワイトに力を貸したいと考えた俺は、自分の素性を隠す為のものをダンボールハウスから探し始める。周波数がそのままという事は、俺の離反はまだ向こうに伝わっていない可能性がある。バレると不都合になる事を考えての事だ。

 

 そうして俺は青いバケツ、ゴザと使えそうな物を拾っていく。しかし、身体全体を隠すにはまだ足りない。

 何か無いかと外に出て振り返ると、風にたなびく青いシートが目に入る。

 

「これだ……っ!」

 

 最後のパーツを揃えた俺はそれを装備し、電波を拾った方角へ跳び出していく。

 

 ──その目を赤く輝かせて。




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