猿猴捉月   作:嘘風

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続くかはわからないです


《モカ:1》パンを分け合う

「……それにしても、貴女は変わりませんね。いえ、懸命に維持してるのだろうけど」

「言わぬが花ですよ〜」

 

 隣を歩く紗夜センパイの脇腹を肘で小突く。つぐが見たら怒りそー。で、勢いのまま「あぁ……」と力ない声を漏らして流される紗夜センパイを見て困った顔するんだね。

 商店街でいつも通りバゲットたちを抱き締めて練り歩いている最中に出くわして、それからなんとなくご一緒している。さっきまで事務所に用事があったのだそうで。

 

「紗夜センパイはふにゃんとしましたね〜」

「いいことでしょう?」

「うーん」

 

 事務所の帰りになんとなく散歩してた、と聞かされたあたしの虚脱感をどう説明したものか。幻想の保護を試みたいけど、明け透けにしてもなんだし……そうだ。

 

「つぐがやきもきするんで〜」

「……どうしてあんなに心配されてるんでしょうか。相手は選んでいると言っているのですが」

「真面目なあの人がナンパな男の手管で〜……! っていうのは、定番ですからねー。むっつりの」

「そっとしておいてあげなさい」

「いえ〜い」

 

 紗夜センパイの敬語を崩せた。ノルマ達成。

 センパイの振る舞いはRoseliaに戻る前と表向き変わりないけど、あたしみたいな他人──と言い切るにはすごく良くしてもらってるけど、あくまでもカテゴリーとして──にも一皮下の気の抜けたとこをあっさり見せてくれるようになっていた。

 これが元鞘に収まったことによる充足の表れなのか、プロの世界を先にゆく仲間にタダ乗りしたように見えなくもないことを気にしての疲れによるものなのか、判断する材料があたしにはない。

 都合良く捉えとけばいっか。願わくば前者であれ。

 

「ちなみに〜、紗夜センパイのお目当てはどちらでー?」

「はい? ……道的に羽沢珈琲店へ向かっているのだろうと思ってついてきただけなのですが」

「……」

 

 ゆるふわになりすぎてやしないか。

 ギターを弾くおもしろお姉さんでありたいみたいに言ってたの、もしかして冗談じゃなくて本気も本気だったりする?

 

「……紗夜センパイ、もしかしてモカちゃんらびゅーだったりします?」

「そこそこには。Roseliaとはどうしても色々あったことで重い感情が混じりますし、かと言って他のバンドで交流のある面々には敬遠されてる気配がありますから、一番気安いのが青葉さんなんですよ」

「あ〜……あぁー……」

 

 代わる代わる色んな顔が美少女回転寿司しては腑に落ちて、お腹いっぱいに納得モカちゃんなのだった。いっぱいパン買ったのになーと袋に目線を落として、ふと思いついた。

 

「しょーがないですな〜、ファンサービスしてしんぜようではありませんか」

「おや、いいんですか? 頂いても」

「どうぞどうぞー。思えばあたし、紗夜センパイがパン買ってるとこは見たことないんですよ。なにがお好きでーすかー」

 

 両手で袋をはいどーぞする。紗夜センパイはきょとんと目を丸くして「……じゃあ、遠慮なく」と言いながら取りやすい一番上の、かといって適当に選んだとは思われない程度に端っこの、ハーフサイズのバタールを取った。如才ないなぁ。

 ちょっと乱暴というか大雑把な所作でひょいと抜き取られたバタールの断面からはごろごろとチーズが覗いている。紗夜センパイは特に驚く様子もなかった。わかってて取ったらしい。

 

「チーズ好きなんですか?」

「というか、具沢山なモノが好きですね。贅沢をしている気分になれますし、これくらいなら気も咎めない」

「……センパイ、豚汁の具がでっかいと嬉しいタイプですか〜?」

「よくわかりましたね」

 

 聞く人が聞いたら解釈違いで卒倒しそうな会話だ。

 あたしにとっても憧れのギタリストなんだけどなぁ。このゆるっとした絡みが信頼というか、「一番気安い」からこその雑さなのがわかってるから無下にもしづらい。

 ……や、嫌いじゃないんだけども。フランクに接してもらえるのはふつーに嬉しいので。ただ、なんだろう、この世は色々なものがトレードオフだよねって話。

 

「前に嫌いなものの話もしましたけど〜、食べ物の好みとか聞くと、あー、人間なんだなぁ、って思えますねー」

「ガソリンを飲む木石でもないんですから。私だって食事の好みくらいありますし、人並みに生活というものをやっていますよ」

「うさんくさ〜」

「ストレートですね……」

 

 苦笑する紗夜センパイだった。ぜんぜん嫌そうじゃないんだよなぁ。

 ……うん。やっぱり、的外れではなさそうかな。

 

「もうちょっとくらい、周りの評価を鵜呑みにしていいと思うんですけどね〜」

「……貴女はしないでしょう?」

「いやいや〜……博覧強記にして容姿端麗な、花咲川の氷川紗夜ことパーフェクトモカちゃんですので。もっと褒めてくれないと商売上がったりですよー」

「私の名前では売れるものも売れないでしょうに……花咲川の白鷺千聖の方が合っていませんか」

「それはちょ〜っと恐れ多いですなぁ……」

 

 確かにあたしも水面下にバタ足を隠してすまし顔するタチですけど、紗夜センパイだけは言っちゃダメなやつじゃないです?

 

「紗夜センパイの方が似合いますよ」

「……そういうところですよ、気に入ってるの」

「どーもー」

 

 気の抜けた安堵混じりの苦笑に、はーあ、と大袈裟な溜息ひとつ。あたしより、ともすれば千聖センパイより、紗夜センパイの方がよっぽど女優さんだ。

 Roseliaのギタリスト氷川紗夜が一時脱退した動機、進学準備──如何にもありそうな立派なお題目だけど、そんなの半信半疑だ。そして全国模試順位一桁の伝説や真面目な振る舞い、脱退までのサポート期でさえ満ち足りたような顔で演奏していたことを知っていれば、半分どころか一滴の疑いが混ざった時点でもう信じるに値しない。日頃の準備で十二分に事足りそうな学業ごときを理由に不義理を選べる人だとは思えなかった。

 そんな人じゃないでしょって意味でも……あたしの感じてるシンパシーという意味でも。

 

「あむ……出来立てだったりしますか? もちもちしてるというか、硬すぎないので」

「お〜、流石ですなぁ。ですです、焼き立てを買えましてー」

「自分で焼くとこんなに上手く行かないんですよね。水分がすぐ飛ぶというか、固くなるまでが早くて」

「……センパイ、案外自分でやってみるタイプですよねー。好奇心旺盛なイメージはないですけど、実際は結構チャレンジャーっていうか」

「周りが多趣味だったり、芸達者な人ばかりだからでしょうかね。あれこれ勧められては付き合いで一度だけ手を出してみて、その都度挫折している気がします」

 

 紗夜センパイは苦々しいような嬉しいような、複雑な面持ちで片眉を顰めていた。そのままバタールをもうひと口、もっちりした生地が上手く噛み切れなかったみたいで、イ、とちょっぴり乱暴に噛み千切る。

 あたしへのダル絡みとか、こういうところとか。ときどき見せる荒っぽく大雑把な側面が面白かったりする。

 この人はどうも、二面性がある。

 

「あたしはちょっとだけ、みんなと違うイメージ持ってますよ〜?」

「というと」

「自分はよく失敗してるぞー、大したもんじゃないぞ〜! って、言い回ってるイメージですねー。買い被りにずーっと困った顔してる感じ」

「……本当に、まあ」

 

 感心と呆れが半々、や、サンナナくらい?

 

「ここまで気楽でいられるのは青葉さんくらいですね」

「いえーい。仲良しですもんね〜」

「……ええ。仲良しですからね」

 

 へっ、と生温い笑いが漏れた。

 たぶんあたしだけだろうなぁという、これは自認というか自嘲かもしれない。

 こんな物語がありました。

 夢にひた走る不器用な女性が作ったバンド。最後のピース足るギタリストはしかし、どうしたことか道を同じくすることができないのです。

 時が来て離れていくそのひと。引き止めても虚しく別れてふたつ。しかし諦めなかったバンドメンバーたちは大博打に出るのです。出て行った彼女がライブを観に来る千載一遇の好機にて、大観衆の前で真っ向から叩きつけられる痛切な説教と熱烈なラブコール。

 あまりに劇的。結局あの人は舞い戻った。不死鳥はぼうぼうと燃え上がりめでたしめでたし。収まるとこに収まったわけで、これ以上のハッピーエンドなんかないでしょうなぁ。

 だから、こんなことを考えるのは、冷めたあたしだけ。

 あまりに劇的。異存なし。

 ないけど、あたしも強いていえば観衆側、読者側の奥ゆかしい乙女なので、熱狂するニュースに流されて火照る頭の片隅でぼんやり思うのです。

 

 ──紗夜センパイは。

 

「あたしは、もし、センパイがもーっとダメダメでふにゃふにゃで、ギターも弾けない人になっちゃったとしても」

 

 ──渦潮のように押し寄せる期待が。怒濤のように移ろう日々が。

 恐ろしいのではないか、なんて。

 

「こうやってパン食べながら、へら〜っと笑ってあげますからね〜。仲良しとして」

「……ありがたいですね、まったく」

「もうひとつどうですかー? お裾分けも楽しみのひとつなんでー」

「じゃあ、そうね。これとか……」

 

 ま、言わないけど。

 

 

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