猿猴捉月   作:嘘風

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すっかり言い忘れていたのですが、この作品は月輪本編の合間にあったかもしれない日常シーンを描こうというコンセプトで執筆されているため、必ずしもカップリングIFを書くわけではございません。ご了承ください。
そのため全話同じ世界線であり、燐子はモカ編の裏でも彼女みたいな顔をしているしモカはしっとり憧れています。刺されないか?


《たえ:1》うさぎ返還

 最後のうさぎは氷川先輩が捕まえてくれた。よかった。

 

「ばかたれ」

「あぅ」

「まあ……仕方がないことでしょう。別に花園さんの落ち度というわけでもない」

 

 香澄が補習でりみは羽丘へ演劇部を観に、沙綾がおうちのお手伝い忙しめでみんな集まれないからって、学校のうさぎ小屋でギターを弾いてたらはしゃいだみんなが走り出しちゃったのがさっきのこと。

 一羽ずつ捕まえてはすんなりお帰り頂いたりぶぅぶぅ怒られたりしながら、最後の一羽を探して生徒会室にやってきたら氷川先輩が待っていた、って感じ。

 冬でも元気だ。もこもこのうさぎを見て頷いているともっかい有咲に叩かれた。

 そだ、お礼しないと。

 

「ありがとうございました、氷川先輩」

「いえ。粗相もなく大人しいものですし、これくらいなら」

 

 綺麗に背筋を伸ばして座る氷川先輩は膝の上で丸くなったうさぎをそのまま寝かせてあげていた。寝息に膨らむ背中をときどき、人差し指の甲で触れるように撫でる。優しい手つきだ。うさぎを無下にしない人は良い人だと思う。

 

「あの、ほんとすみません氷川先輩……引き取ります」

「大丈夫ですよ。温かいですし……いえ、むしろ市ヶ谷さんにどうですか」

「え」

「あ、いいかも」

「え゛」

 

 ちょうどうさぎも起きた。起き上がったそいつの目を見る。よし。

 

「有咲に乗っけていいですか」

「どうぞ。スカートは寒いでしょうし」

「うん。だよね有咲」

「よければ座ってください」

「ば、そ、あ…………………はい」

 

 百面相した有咲が先輩のいた席に収まった。膝にうさぎもドン。

 入れ替わって隣に来た先輩はしばらくそのへんの棚に視線を巡らせたけど、やがて小さく溜息を吐いて目を閉じた。

 

「……案外毛がつくものね」

「コロコロ使います?」

「いいんですか? どうも」

 

 カバンから取り出して渡そうとして、ふと、校門での服装チェックでタイを直してもらったことを思い出した。

 あのとき、先輩はすっと私の襟元に手を伸ばして魔法みたいに一瞬で直してしまった。鏡を見ながら自分でやるより綺麗に。

 

「先輩」

「はい」

「タイ直してくれてありがとうございました」

「……あぁ。いいえ、こちらこそ不躾でした」

「またやってもらったのかよ!?」

「え? ううん。前に一回だけ」

「……なんで今更!?」

「お礼は大事だよ有咲」

「その時その場で言うもんだろっ」

「元気ですね」

「…………」

 

 有咲が俯いた。うさぎは大人しいよ?

 変な有咲だなぁ、と思いながらコロコロを持って、先輩の前で膝立ちになる。

 

「お礼に、コロコロします」

「……やってみたかったんですか?」

「ちょっとだけ」

「まあ、嫌でないのなら……ありがとうございます」

 

 先輩はスカートの裾をちょんと摘んで軽く張った。やりやすい。ころころとコロコロを転がして毛を取りつつ、私は前にしたやり取りを思い出していた。

 

「先輩、やっぱり抱えて歩いたりしませんか」

「しません。あんまりストレスを与えても可哀想でしょう」

「先輩ならうさぎが怖がる持ち方しなさそうですよ」

「うさぎは怖がらなくとも、うさぎを抱えて練り歩く風紀委員なんて見たら一般生徒が怖がりますよ。でしょう、市ヶ谷さん」

「私に振らないでもらえますか……!」

 

 助けて沙綾、って呟きが聞こえた。大丈夫? うさぎ増やす? いらない?

 

「そういえば花園さん」

「はい」

「うさぎ小屋でギターを弾いている、というのは本当ですか」

「あっ」

「え? はい! 楽しいです」

「ばかっ」

「そうですか。一度見てみたいのですが、この後うさぎ小屋に戻るのでしたらご一緒しても?」

「え」

「いいですよ。先輩も弾きますか?」

「ギターを持ってきていませんから、見ているだけで十分ですよ」

「私の使ってください」

「それなら、まあ」

「え、あ、えぇ……?」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

「……なるほど、アンプなんかは使っていなかったんですね」

「もしかして、苦情とか来てました……?」

「逆ですよ。ここで弾いているというのは世間話に聞いたことがあっても、実際に演奏が聴こえてきたことがなかったので」

 

 アンプに繋いでいるとそれなりの音はするでしょう、と先輩。うん、なので学校では使ってない。うさぎたちを驚かせたいわけじゃないから。

 チューニングを終えて最後にストロークをすると、いつも通りみんなが集まってきた。さっきまで逃げてた子も大人しく座っている。

 

「……あんだけ逃げ回ってた奴らがすまし顔してんの、ちょっと憎たらしいな」

「はい、先輩」

「……前から思っていましたが、高いの使ってますね。勿論、そうでなくても丁重に扱いますが」

 

 よかった。たくさん弾いてくれるらしい。先輩はストラップを掛けて両膝を突くようにしゃがむ──うさぎポーズ。やっぱり似合うと思う──と、ピックと指でソロギター的な演奏を始めた。

 アンプを通さない細い音だけど、弾き手の個性はむしろこの方が強く出る気がする。私より正確で均一な、丁寧でぶきっちょな音。ちょっとジャズっぽい、逆アングルのピュアなベースと指弾きのまろやかなメロディが繰り広げられる。

 マリアージュ。ハンバーグにケチャップだ。……にんじんグラッセの方かも? ほんのり甘い感じで。

 

「……別に、おたえがヘタとか言うんじゃねーけど」

「うん?」

 

 有咲が耳元でこそこそする。

 

「……やっぱさ、すげー上手いよな。先輩」

「そうだね。すっごいロック」

「これはジャズだろ、たぶん。……じゃなくて」

 

 ロックだと思うんだけどな。こんなに上手いんだからたくさん練習しただろうし、好きにまっすぐ向き合ってたはずだから。

 自分の大事なものに向き合う人はロックだ。まっすぐでも、ジグザグでも、うにょうにょ迷い道でも。

 何か言おうとして口をもごもごさせていた有咲は先輩の方をちらっと伺って、それからやっぱり止めたみたいだった。

 黙って先輩が弾くのを聞く。

 

「……ぁ」

 

 うさぎが一羽、ひょこ、と跳ねた。ぽとんぽとんと先輩の隣まで近づいていって、足下をふすふす嗅いだりうろうろしたり。最終的には丸くなって眠りはじめた。

 先輩はその間手を止めるでもなく、またか、みたいな顔をしてた。気にせず演奏を続けているとだんだん他の子たちも集まって……詰め寄って来て、先輩はすっかり取り囲まれてしまった。

 

「……あの、こういうものですか」

「楽しそうです」

「…………」

 

 先輩が困った顔で手を止めると、何羽かが同時に先輩の顔を凝視した。近くの一羽がだんだんと地面を蹴る。先輩は演奏を再開した。

 

「……こういうものですか?」

「はい」

「ウソついてんじゃねえ」

 

 ペシっと後頭部にチョップが落ちる。別にウソじゃない。私のときはもっとぴょんぴょん跳ね回るし、歌も添えると走り出したりする。オーディエンスはいつだって演奏に素直だから。

 

「……メタルリフなんか弾いたらどうなりますか?」

「やっても大丈夫ですよ。たまにやります」

「じゃあ……いえ、そうね。これなら」

 

 先輩が弾いたのはRoseliaじゃなくて海外の名曲だった。有咲の顔がちょっぴり曇る。

 

「あれ、有咲、Roselia聞きたかったの?」

「ちょっ、こら!」

「……まあ、イメージされるのはそちらでしょうね」

 

 先輩は一旦手を止めた。文句を言いたげなうさぎたちを指の甲で押すように撫でて、緩めのテンポで静かに王道進行を弾き始める。ピックが巻き弦に擦れて青春のブライトさ。こっちの方がケチャップかな、それともデミグラスソースかな。

 

「喧嘩別れでもありませんから、弾いたって構わないでしょうが……どうにも、なんでもないときに弾くのは憚られてしまう」

 

 灼熱だったから、と独り言みたいな調子で零す。開放弦を鳴らしっぱなしのまま、パワーコードがA、B、C♯と移ろっていく伴奏。

 

「……辞めちゃって、よかったんですか」

「決めていましたから。他に優先すべきことがあって、私はそちらを取ると約束していたんです。だから、よかったんですよ」

 

 演奏が止まった。

 

「……あの、私も、成績とか……バンドやってて、他のことが疎かになったり、大人に色々言われたりしたことありましたけど……でも、両取りできましたし、先輩なら──」

「有咲。だめ」

「……そうだ。あーっ、もう、そうだな! すみません先輩! 勝手なこと……」

「……いいえ。思えば市ヶ谷さんは白金さんの後輩ですから。責める権利がある。でも──わっ」

「あっ、ちょ、大丈夫ですか!?」

 

 立ち上がろうとするけど、膝にうさぎが飛び乗ってきて断念させられてしまった。尻餅をついた先輩は、咄嗟に掲げたギターをそろそろと私に預ける。

 

「……不格好ですみません。お返しします」

「ほんとごめんなさい先輩、どっか痛めたりしてませんか!?」

「特に変な感じは……あの、花園さん? 受け取って頂けると助かるのですが」

 

 前から思ってたけど。

 本当に音楽が好きなんだ、先輩は。

 

「先輩、楽しかったですか?」

「……ええ。楽しかったし、楽しいですよ。ギターを弾くことは」

「じゃあ、よかったです」

 

 ギターの音が素敵だった。ちょっとぎこちなく、だけど丁寧に日々のことを伝えるみたいな、真摯で不器用な音。

 いまは、なんだか大変みたいだけど。でもいつかは向き合えるだろうし。

 ロックは人に言われてするものじゃないから、戻ってきてとは言わないけど。

 ここでもCiRCLEでも路上でも、Roseliaとしてでも氷川先輩としてでもいいから、いつかまたギターを聴かせてくれたらいいなぁ。

 

「ありがとうございました、先輩」

「いえ。珍しい経験もできましたし」

 

 ギターを受け取ると、先輩は膝のうさぎを抱えて立ち上がった。降ろそうとするとイヤイヤ暴れられて、困った顔でそのまま抱きしめてあげている。私はギターをしまって背中に背負った。

 

「……市ヶ谷さんには申し訳ありませんでしたが」

「いや私こそ部外者なのにすみません……飲み物とかいらないですか、コンポタ売ってますよあの自販機」

「後輩に奢らせるのはちょっと……それに、コーンが最後に残るのが気になってしまってどうにも」

「それはー、いや、ちょっとわかるな……ていうかおたえ、うさぎ! せめて代わりに受け取ってやれって! ギター持つから!」

「先輩」

 

 呼び掛ける。ぎゅっとうさぎを抱きしめる先輩は困り顔で、可愛い。

 

「ちょっと校舎散歩しませんか」

「しません」

 

 うさぎを押し付けられた。

 

 

 

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