伊丹達は酒場に来ると兎耳の給仕が豪快に男を蹴り飛ばす光景を目撃した。
「喧嘩ですか?」
「うわぁ……すっごい飛びましたよ……対応します?」
「いやいや、大丈夫大丈夫」
伊丹はそう苦笑いしながら酒場へと向かうと兎耳の給仕に声を掛けた。
「おとつい来やがれ!あたいのケツは安くないよ!」
「じゃあ、いくら払えば触らしてくれる?デリラ」
さの声に兎耳の給仕、デリラは反応して伊丹達の方へ視線を向けると照れながらお尻を押さえる。
「い、イタミの旦那!やだぁ、もう!」
デリラはそう言いながら店に入ると店の店主も伊丹達に気付いて笑顔を向けた。
「イタミの旦那!奥の貴賓室、空いてますぜ!」
「いいよ料理長。此処が良いんだ!ドーラ。ビール六つねぇ」
注文を受け、ビールが運ばれて来ると伊丹達はビールを飲みながら会話を始めた。
「で、黒川。話ってのは?」
「勿論、テュカの事ですわ。症状が悪くなってきています。いつまでもこのまま放って……」
黒川は話している途中、テュカを見掛けた。
テュカは誰かを探す様にキョロキョロと辺りを見渡しながら歩く姿を見て64式自と89式は首を傾げるとロゥリィが声を掛けた。
「テュカぁ。人探しぃ?もしかして男〜?」
「違う違う!ちょっとね……」
ロゥリィのからかう様な問いにテュカは苦笑いしながら否定してその場を去ってしまった。
「誰を探してるんでしょうね?」
「……そうね」
89式はビールを飲みながら言う中、64式自には思い当たる節があった。
それは64式自がPA-15の元に訪れてカルテや書類整理等を手伝っていた時だった。
『パーソナル障害?』
『そう。テュカはその可能性があるの。きっと鉄血に故郷や友人、知人を殺された影響ね。アルヌスの名簿には存在しない生死不明の父親の事を探してるもの。……相当、重傷ね』
『……その……何とか出来るのですか……?』
『難しいわね。物理的な傷なら兎も角、精神の傷となると下手な事をすると悪化する可能性が在るわね。現状、下手に過去の事や父親の事を突き付けずに付き合ってカウンセリングをして貰う他はないかな。分かってると思うけど64式自。……間違っても無理矢理にでも真実を焚き付けちゃ駄目よ。そんな事をしたら精神崩壊しちゃうかもしれないから』
PA-15はそう言ってクスクスと笑い、64式自は冷や汗をかいた。
その事を思い出し、64式自はテュカの立ち去った方角を心配そうに見つめていると黒川が伊丹への相談を始めた。
「あぁして毎日。時分に此処にいる筈のない人を探しているのですよ。どうするおつもりですか?」
黒川が言いたい事はテュカの異常な行動の事だった。
毎日、二人分の食事や衣類を頼み、夜がふけた頃に誰かを探す。
まるで幻影を追っているかの様な雰囲気をテュカは漂わせていたのは明白だった。
「でも黒川。無理矢理にでも現実を分からせる必要あるのかしらぁ?逃げちゃいけないのぉ?」
「いけないに決まってますわ。人は現実を受け止めてこそ明日を生きていけるのです。おそらく鉄血に襲われてテュカの父親は既に亡くなっているのでしょう。現実と妄想の狭間で死者を思い描き、永遠に近い今を消費するだけでは寂しすぎます」
黒川のその言葉に64式自は考えた。
確かに普通の人とは違って永遠に生きる様な年月の寿命を持つテュカがもし、永遠に父親の妄想に囚われ続けたりしたらと不安になった。
だが、PA-15の忠告もある。
グリフィンに来る前は優秀な医療人形だった彼女が現実を無理矢理に焚き付ける様な真似をするなと言う意味を考えれば64式自はそっとしてやるべきなのではないかと言う考えに挟まれる事になった。
「どうしたのですか64式自?手が止まってますよ?」
「え?そ、そうね……」
89式に指摘された64式自はビールを飲むと伊丹が珍しくふざけた様子もなく返した。
「じゃあ、黒川。俺達が寄ってたかってテュカに真実を認めさせたとしよう。テュカは受け止められると思うか?いよいよあっちに行ってしまうかもしれないぞ」
真剣な伊丹の言葉に一同が耳を傾ける中、伊丹は自身の考えを黒川に告げた。
「心の内が分かる程、お前はテュカを知っているのか?俺達はテュカの心に寄り添い続けられる立場じゃない。彼女達、グリフィンもだ。現実を突き付けた翌日に撤退命令が出たらどうする?」
「このままにしておけと……?」
「あぁ、悪い事は言わない。最後まで責任を持てないなら何もするな。余計拗れるだけだ」
伊丹のその言葉に黒川との間に重い空気が流れた。
89式はオロオロとし、64式自は伊丹の言葉を重く受け止めた。
グリフィンは特地において自衛隊以上に不安定な立場だ。
戦力は兎も角、使える物資、兵器は自衛隊よりも下であり、常に正規軍と交代する可能性がちらつく立場でもある。
「(軽はずみでした……もし、テュカに現実を突き付けてその後に撤退を指示されたら……PA-15はきっと、それを危惧しての事だったのですね……)」
64式自はPA-15の忠告のもう一つの意味を理解し、一瞬でも浅はかな考えを抱いた自分を恥じていた時だった。
「そうよ。伊丹の言う通り、最悪な事態になるかもしれないから止めておいた方が懸命よ?」
「ん?君は……」
「PA-15?」
険悪な雰囲気が流れていた伊丹と黒川の間に入ったのはPA-15だった。
「専門家じゃないけどね。私達の世界では沢山いるのよ。心を戦争で壊した人間達がね。その人間達の中にはテュカと同じ症状を患って無理矢理に現実を突き付けられた結果……自殺した人間は腐る程いた。今のテュカに必要なのは現実を教えて自殺する可能性があるスリルじゃなくて心の安定を促すカウンセリング。無理に急ぐ必要なんてないよ」
PA-15のその言葉に黒川は考え込んだ後、席を立ち上がった。
「……わかりました。明日の準備があるので先に失礼します」
「あ、では自分が二曹を送っていきます」
黒川と桑原は酒の席から外して帰って行き、残された伊丹達の席に新たにPA-15が加わった。
「助かったよ。サンキューな」
「別に?テュカを見ている担当としての見解を言っただけよ」
PA-15はそう言ってクスクスと楽しそうに笑う。
「それにしても伊丹。貴方ってもしかしてテュカの同じ症状を持った人間との交流があったりしたの?」
「……何でそんな事を聞くんだ?」
「さっきみたいに黒川が言ってた様な事はね。その症状に理解が少ない人がやる事なのよ。それで実行しちゃって、その人の心を壊しちゃって最終的に自殺。貴方は黒川の考えを聞いて否定した。もしかしたらそんな経験があるのかなってね」
PA-15のその言葉に伊丹は無言になり、ビールを黙々と飲む。
そんな光景を見てまた、雰囲気が悪くなる前に89式が会話に割り込んだ。
「そ、そうだ!伊丹さんの難民支援プログラムの事とか」
「それはもう良いって!」
伊丹は89式から出てきた忌避すべき話題に思わずツッコミを入れると64式自は笑ってしまい、伊丹も89式も釣られた笑った。
その様子を席の片隅で不満げにビールを飲むロゥリィがいた。
「全く触れられないぃ……寧ろ何で彼女達と仲が深まってるのかしらねぇ……!」
ロゥリィは悔しげに克つ、怨めしげにビールを飲んでいた時だった。
「おい!店主!何だ此処は!!ガキに酒を飲ますのか!?」
そんな怒号がロゥリィの後ろから響き、伊丹達は視線をそちらに向けると外衣を纏った人物が立っていた。