現代ダンジョンがローグライトだった。 作:目標不明
20XX/4/14
ある日、家の庭に隕石が降ってきた。
祖母が大切に手入れをしていたヤマモモの木の根元に、野球ボール大の地球外物質が落ちた。庭木はぽっきりとへし折れて、手当てのしようもないほどだった。
落下の衝撃波によって我が家の窓という窓が割れた。面白いところだと、妹の部屋の姿見も割れていたらしい。余程大事にしていたのか大泣きする妹へ、大したことじゃないだろうにと俺はつい笑ってしまった。泣き顔をさらしたまま殴りかかってきた妹の横で、母も “高かったのに” とマイペースに嘆いていた。
さらに聞いた話では、数キロ離れたお宅でも窓にヒビが入ったとか。隕石って本当に隕石なんだな、と我ながら馬鹿みたいな感想を抱いた。
何の変哲もない閑静な住宅街に隕石が降ってきて、ウチの小さな庭に直径3mほど、深さに至っては底が見えないほどのクレーターまで出来ているとなれば、それはもう大層な騒ぎになった。
地元メディアに留まらず、この『事件』から1週間ほどはテレビやらリポーターやらが家の周りを賑わせた。
お茶の間をお騒がせして、しかも折悪く全国放送かつ生放送のインタビューに答えたのが祖母で、どうにもボケた回答をしてしまったことについては全国の皆さんに申し訳なく思うが、そんなことが些事に思えるほどの一大事が、このとき我が家では起こっていた。
報道よりも前、隕石落下の直後のことである。
平日の夕方のことだったので、父と母は仕事で家にいなかった。妹はとっくに友人と遊びに出かけていた。留守番をしていたのは俺と祖母の二人で、もう色々とボケてしまっていた祖母は体の芯から震えるようなズンと響いた衝撃にも、家中の窓が割れた音にも気が付かず居間で蜜柑を剝いていた。
彼女が無事であることに一旦は胸をなで下ろしつつ、泡を食った俺は何が起きたのかと庭先に出る。そして目にしたものが、庭の中央にぽっかりと黒い口を開けたクレーターである。
呆気に取られた俺は、何を考えるでもなく四つん這いになって穴の中を覗き込んだ。危険だとか、通報だとかを考える余地もない、ほとんど衝動的な行動だった。
今になって思えば、迂闊だったと言わざるを得ない。
穴の中でほんの一瞬、何かが光った。
俺がその光について何かを思考するよりも早く、俺の目元には粘液状の物体が張り付いていた。驚くべきことに、ソレは明らかに意思を持って、眼球の表面をまさぐるようになぞった。
反射的に手で拭おうとも、吸盤でも付いているかのように強く吸着して離れない。
角膜に直接触れられる痛み、それに未知の事象に対する恐怖もあいまって、俺はパニック状態に陥った。
あっ、と思った時にはもう遅かった。
すぐ目の前に空いていた大穴のことも忘れて、立ち上がろうとした足を踏み外し。
前後不覚、極度の混乱状態で穴へと転がり落ちた俺は、頭部への強い衝撃とともに意識を失った。
―――そして目が覚めたとき、俺は女になっていた。
◇
「あなたは、生物学的に女性です。しかし同時に、現代医学の観点からして男性でもあります。極めて矛盾した存在です」
予め言っておくが、フタナリではない。
俺の体には女性の生殖器が構造的に完全に存在しており、そして男としてのそれらの一切は失われてしまった。胸にも膨らみができた。
事件の後数日の内にして、婦人科医による体の隅々に及ぶ検査、外科医による手術痕の検査、超音波やMRIによる生殖器の確認までが行われ、『俺こと近衛凛は女である』との結論が出た。
出生証明書では医師、助産師によって確認されたイチモツに基づいて “男” と丸で囲まれて届け出られているにも拘らず、女であると。これまでのあらゆる日常生活において、たとえば家庭内、学校や公衆浴場での更衣状況においても男であることは度々確認されていたにも拘らず、女であると。
目の前の医師は意味が分からない、という顔をしているが、俺も言いたい。
意味が分からない。
手術による瘢痕や皮膚の移植、組織の再構築を示唆する痕跡は体表面のどこにも存在しない。つまり、性適合手術が行われた形跡は確認できなかったそうだ。実のところ、俺も受けた覚えがない。
そのこと自体はずっと主張していたのだが、残念ながら俺の身体の、特に腹部や股間部周辺は執拗なまでに辱められてしまった。結果、何も分かりませんでした、と。いや、そこまでひどい扱いではなかったが。
この時点では、とりあえず俺は身体的に女であると認識されていた。
俺にも何も分からなかったが、俺は何故か女になってしまったのだと理解していた。フィクションにおいてあさおんと言われるようなもので、隕石が降ってきたクレーターを覗いていたら女になっていた、クレおんとは中々新しいなと自分を納得させようとしていた。
だが問題はここからだった。
次に言われたのは、いやお前は男だと。
重ねて行われた検査は、どうやら遺伝子、ひいては染色体の評価であるとのことだった。22対の常染色体と1対の性染色体でXYがどうのこうの、と。加えてホルモンを調べたところ、エストロゲンは標準的な女性と同程度でありながら染色体は男なので男だと。
話によれば、遺伝情報というのは不変であるらしい。この不変性が故に、ヒトからトリが生まれてくることはなく、トリがヒトを生むこともないのだと偉そうな顔をした医師が言っていた。
どう見ても外見上は女にしか見えない俺を前にして、自信満々にいやお前は女性器を備えているだけの男だと断言するのだから、あの偉い先生は昨今のデリカシーに欠けた変人である。むしろ最先端を行っているのかもしれないが。
だから、結論として俺の主張は受け入れられた。
時代錯誤にも今まで女であることを隠して生きてきたわけではなく、家族にも知られないうちに手術を受けた元男でもなく、何か現代科学では解明できない不可思議な現象によって突然女になってしまった元男である、とあらゆる検査と調査の結果が肯定したのである。
こんな事があったので、俺、父や母、妹はてんやわんやであり隕石が降ってきた、庭にデカい穴が空いた、なんて世間の話題に付き合っている暇はなかった。
唯一、俺が女になっていたことをあり得ないほどの寛容さで即座に受け入れていた祖母を除いては、だ。
傍迷惑にも我が家に次々と突撃してきた名だたるメディアに対し、ズレた回答をしてはインタビュアーに言葉を失わせ、挙句生放送でもすっとぼけた話を延々と垂れ流す様は、もはやわざとやっているのではないかと思わせるほどだった。
というか、母に言わせれば祖母はまだあそこまでボケてない、とのことだった。つまり故意であろう。
さて、そんなドタバタも一月が経つ頃には落ち着いた。
庭に空いた大穴はブルーシートで覆われて、なにやらひっきりなしに迷彩服やら白衣やら様々な服装の人が出入りしていたが、出てくる人の顔と言ったら時間が経つほどに深刻になっていくので大層不穏ではあったが、専門家に任せておけばよかろうと家族揃って態度を決め込んでいた。
俺の性別が突然変わったことに比べれば、隕石なんて大したことはない、とそういう扱いだったわけだ。
実際は、この隕石の方が性転換などよりも遥かにヤバいシロモノであった。それこそ、地球の存亡とかそういうレベルで。
隕石によって出来た穴は、ダンジョンであった。