「··········ぐッ」
長い、長い夢を見ていた気分だ。
気が付けばここは即席で作られた簡易キャンプ。
俺は朧気な意識が少しずつ回復していき、今の状況を理解する。
「あ、あぁ··········ッ!師匠ッ!!」
俺はすぐに走った。
武器を持つことすら忘れ、ただ師匠が向かったであろうあの骸の山に。
山のように積まれたモンスターと人間の骨の数々。
俺の背中に冷たい汗が流れる。
師匠なら大丈夫。
あの人は最強なんだ。
あの人は英雄なんだ。
どんな状況も、師匠ひとりで前ひっくり返しちまう。
師匠は選ばれた英雄なんだ。
だから師匠なら───
「なんだ··········あの光···············」
極太の巨大な赤い光線はまるで天にまで届きそうなほど大規模の龍属性ブレスに俺は一瞬唖然とする。
これがオストガロア。
全てを喰らい尽くす天災。
一瞬よぎる師匠の敗北。
しかしすぐに俺は前を向き、足を動かす。
ありえない。
そんなはず··········ない·····ッ!
▶▶▶▶▶
「師匠ッ!?」
鼻を刺激する肉の焦げた匂い。
その匂いの元は師匠だった。
装備の殆どは焼け焦げ、剥がれ、剥がれた装備から皮膚が焼け爛れ、血が垂れ流れている。
師匠のオトモアイルーであるパンケーキさんがいない。
師匠の目はどこか虚ろだった。
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!
「師匠ッ!」
頼む、返事をしてくれ。
少しでいい、動いてくれ。
こっちを見てくれ。
「師匠ッ!」
「・・・・バカ弟子が」
師匠はどこか呆れたような、うんざりしたような顔でこちらを見ていた。
生きていた。
オストガロアの姿は見えない。
師匠の事だ、きっと撃退に成功したんだ。
俺はそう言って自分を納得させ、無理矢理にでも師匠を連れ出したかった。
一秒でもこの場に居たくない。
全身を支配する嫌悪感と寒気が、俺の本能が、すぐにこの場から離れろと言っている。
「帰ろうぜ、まだ間に合う!オストガロアが居ない今のうちに!」
そうだ、帰ろう師匠。
俺が師匠を背負って簡易キャンプまで移動する。
そこでまずは体を治療しよう。
師匠は頑張りすぎなんだ。
こんなになるまで戦って、もう師匠は引退して、隠居するべきなんだ。
あとのことは全部俺に任せてくれよ。
例え師匠が認めなくても、俺は師匠の後任として、G級ハンターとして頑張るからさ。
もう師匠はこんなに頑張る必要も、こんなに傷つく必要もないんだ。
だから師匠、帰ったら少し休もう。
俺、師匠にしてやりたい事、話したいことが沢山あるんだ。
だから───
───ドンッ
「・・・・ぇ?」
「後は、頼んだよ」
─── お前は立派な【英雄】さ、バカ息子。
───ギシャアアアァァァァッ!!
次の瞬間、禍々しい嘴が現れると、師匠が消えた。
残ったのは地面に突き刺さる師匠の大剣と、"腕"。
「師匠・・・・?」
尻もちを着き、今おこった光景に未だ脳が理解することを拒んでいる。
なんで、師匠の腕が、腕だけがあるんだ?
だって師匠はさっきまで俺と話して、師匠はそこにいて・・・・
「し、ししょ・・・・、師匠・・・ッ」
次の瞬間、赤い光が俺の視界を包む。
───ぁ
「ダンテッ!」
そう言って小さな何かが俺を突き飛ばす。
そのお陰で俺は龍属性ブレスを喰らうことは無かったが、代わりにその小さい何かが俺を庇い龍属性ブレスに巻き込まれる。
「パンケーキさんッ!」
それは師匠のオトモアイルー。
それを視覚した直後、眩い紅い光が俺の視界を埋め尽くす。
光が消えた時、あったのは血だらけになりながら焼け焦げたパンケーキさんの姿。
「パンケー・・・・」
「ぐる゛にゃッ!」
近ずこうとした時、パンケーキさんの静止で体がピタリと止まる。
次の瞬間、師匠の大剣と、大剣を掴む腕がこちらに飛ばし、俺の目の前に突き刺さる。
「にげるに゛ゃァッ!」
俺はその言葉に「嫌だ」と否定しようとした。
しかし、目の前のバケモノは師匠を喰った。
俺よりもずっとずっと強い師匠を殺した怪物。
───ガシャガシャガシャ
笑っている。
自分が食した残骸を鳴らし、あのバケモノは笑っていふ。
俺はそれを見て
「ひッ」
情けない、小さな悲鳴を上げてしまった。
「おばえがい゛でもッ!じゃまにゃぁ゛ッ!」
その言葉と共に、俺は逃げ出していた。
情けなく、無様に、俺は逃げ出したのだ。
師匠の仇の目の前で。
恐怖と絶望の感情で支配された人間は、こうも無様な姿を晒せるのかと驚いたほどだ。
「・・・・それで、いいニャ」
その姿を見てパンケーキはあんどしていた。
そしてパンケーキは瞼を閉じて自身の主人であるリナリアの言葉を思い出す。
───パンケーキ、私が死んだらダンテ··········バカ息子の事は頼んだぞ。
───··········私はアイツの師匠にも母親にもなれなかった。
───それでも、アイツには生きてほしんだ。
「ご主人、アナタは立派な母親ニャ」
そう言って目の前のバケモノに武器を構える。
「··········地獄の果まで、お供させてもらうニャ」
▶▶▶▶▶
俺はなぜ逃げている?
なぜ逃げられる?
怖いからだ。
後ろにいるバケモノが怖くて怖くて、俺は逃げている。
息を切らしながら、必死こいて逃げている。
───ガシャン
その時、後ろから瓦礫が崩れる音がした。
不意に振り向く。
「・・・た、たす・・・・け・・・・」
頭から血を流し、瓦礫に潰された小さな少女の姿。
その姿に俺の足は止まった。
そしてバケモノの方を見る。
そこには
「・・・・・ぁ」
パンケーキさんがオストガロアに喰われている光景だった。
師匠と喧嘩した時、いつも仲介に入ってくれたパンケーキさん。
俺が悩んでいた時、悲しかった時、いつも一緒に寄り添ってくれたパンケーキさん。
師匠と共に一緒に毎日修行に付き合ってくれたパンケーキさん。
そのパンケーキさんが、喰われた。
───英雄ってのはなっちまえば前にしか進めないんだ。
───辛いのも、痛いのも、苦しいのも、全部受けて前に進むしかない。
───1歩でも下がっちまえば、その後ろにいる奴らがその苦しみを背負っちまう。
───だから前に進み続ける。
───だからもし、辛くて苦しくて、止まりたくなっちまったらこう言うんだ。
───笑っていこうぜ、地獄まで
─── お前は立派な【英雄】さ、バカ息子。
なぜ俺は下がった。
守れたかもしれない命を捨て、なぜ逃げた。
これが英雄の姿か?
師匠の言った、英雄の姿なのか?
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!」
気が付けば、俺は叫びながらオストガロアに向かって走っていた。
笑えよ、英雄なんだろ?