"餌"が突然笑い出すことは何度もあった。
そいつらは決まって自分から死を望む。
ただの餌が自分から喰われに来てくれる、なんとも美味しい話だ。
だが、今宵俺の目の前に現れた"餌"は違った。
笑いながら、俺を殺しに来ていた。
だが、それがなんだと言うんだ。
今まで俺に喰われた"餌"と何も変わらない、こいつもただの"餌"だ。
そう思いながらオレの腕で目の前の"餌"を食べやすいように潰そうとした時、オレの腕が吹き飛んだ。
───何が起こったッ!?
オレは一瞬何が起こったのか理解できなかった。
オレは吹き飛ばされた腕を見てわかった。
───斬りやがったッ!コイツッ!オレの腕を、こんな小さい"餌"がッ!
オレがその状況を理解した頃、オレの身体が中に吹き飛ばされた。
───なんなんだこの"餌"はッ!?
オレよりはるかに矮小で劣等な生き物。
少し撫でれば肉塊になる様な動く肉の塊。
ほっておけば勝手に自分達から喰われに来る馬鹿な餌。
その後は無我夢中だった。
ひたすらブレスを撃ち、腕を振り回し、潜ったり、潰したり、なのにこの目の前の"餌"は何度も立ち上がり、傷を瞬時に治し、こちらに向かってくる。
しかも、この女も血だらけになって、少し触れれば死んでしまいそうなほど弱っても、この女は笑い続けている。
───狂ってやがるッ!
ただの餌の分際で、直ぐに死ぬ虫ケラ同然の生き物が、なぜ死なないッ!
オレは無我夢中になっていたせいか、ブレスをあらぬ方向に撃ってしまった。
その隙を見逃す餌ではない。
オレに一瞬死の予感が体を撫でる。
だが、あの餌はあろうことか自分からオレのブレスに当たりに行った。
理由はどうあれ、これであの餌は死んだ。
今までオレのブレスを受けて生きてたヤツは居ない。
どんな餌も、俺のブレスでみんな死んだ。
なのに、あの餌は
───な、なんなんだ、お前ッ!?
立ってやがる。
ば、バケモノだ。
コイツは餌なんかじゃない、バケモノだ。
俺を殺しえる怪物だ。
だが奴は弱っている。
今すぐ殺さないと、必ずまた俺を殺しにくる。
確実にこのバケモノを喰い殺すッ!
そして俺は新たに来た餌と共に、このバケモノを喰い殺そうとしたが、バケモノが餌を突き飛ばし、餌は何とか回避していた。
だが、バケモノは喰い殺した。
───死んだッ!やっと死にやがったッ!はははッ!所詮餌だ!
オレは笑った。
勝利の高笑いだった。
すると、今度は更に小さな餌が現れた。
少し手こずりはしたが、小さな餌も喰い殺した。
後は逃げている餌だけだ。
俺に怯え、他の餌と変わらない、逃げ回るだけのただの餌。
そして逃げる餌の方を見ようとした時、オレの左目が弾けた。
▶▶▶▶▶
───ギィシャア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!?!?
耳を劈くような悍ましい悲鳴。
オストガロアの瞳に突き刺さっていたのは、1本の大剣、【忘却のオストラコン】だった。
あまりの唐突な激痛にオストガロアはのたうち回り、残った触腕を振り回し、叫んだ。
「おい」
まるで地獄の底から這い出てきた、亡霊のような恐ろしい声。
その声の主に気がついた時、更なる激痛がオストガロアを襲う。
オストガロアの目玉から嘴にかけて切り裂かれたのだ。
更なる痛み、咄嗟にオストガロアは龍属性ブレスを放つ。
直撃、目の前の餌は死んだ、そう確信した。
その直後だった。
「うるせぇよ、骨もどき」
───ザシュッ
オストガロアの上顎の嘴が吹き飛んだ。
───ギャシャア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!?!?
更にのたうち回るオストガロア。
オストガロアの身体中に渦巻く感覚、それは自身を追い詰めたあのバケモノ同様の恐怖ではなく、圧倒的な怒りに支配された。
小さいだけの、矮小な餌の分際で、自身の身体に刻まれた痛み。
殺してやると、必ず喰い殺してやるという怒りと殺意。
しかし、目の前の餌を見た時、その感覚は恐怖に変わった。
───・・・・・・・
自分を静かに見つめる巨大な"なにか"が居た。
黒い煙とヘドロに塗れ、その中でうっすらと光る紅い瞳。
香る焼けた火薬と鉄の匂い。
それはまるで亡霊のように自身の前に佇んでいた。
それを見た直後、オストガロアは逃げ出した。
───殺される。
自身の死を悟り、逃げ出したのだ。
自身が弄び、殺し、喰った餌達のように逃げ出した。
「おい、待てよ」
次の瞬間、背後に激痛が走る。
「まだ俺は死んでねぇぞ」
再び轟音とともに激痛が走る。
「なぁ?」
続く轟音と激痛。
自身の青い血飛沫が舞い散る。
だが構わずに逃げるオストガロア。
勝てない、殺される。
今すぐにでもこの場から逃げなければ確実に殺される。
そんな恐怖心が、オストガロアの逃げる速度を更に速くする。
より深く、速く、遠くに逃げなくては。
次第に激痛と轟音が止んでいく。
それが無くなった時、ようやく逃げきれたのだと確信した。
そして、初めて体験した死の恐怖。
オストガロアは心に刻む。
───アレは"餌"じゃない。
───敵だ。
殺さなくては。
このキズを癒し、あの種族を一匹残らず絶滅させなければ。
そうしてオストガロアは長い眠りについた。
目覚めた時、あの生き物達を確実に絶滅させるために。
▶▶▶▶▶▶
「・・・・・・」
ダンテは静かに地面に転がる"腕"を見ていた。
かつて見た、自信を産んだ実母のように、ただ静かに見つめていた。
───独りぼっちなもの同士、仲良くしよう。
あの日差し伸べれられた、優しい手。
ダンテはそれを拾い上げ抱き抱えた。
─── お前は立派な【英雄】さ、バカ息子。
「俺、英雄になるよ」
強く、強く抱き締め
「そしたら、また褒めてくれよ」
「必ず、英雄になるから」
その日、英雄が死んだ。
しかし、その意志と心を新たな英雄が継いだ。
お母さんと師匠、お揃いだね。