私は言わなければならかった。
例えこれが彼の心を打ち砕く決定的な言葉になろうとも、それでも彼に生きてもらいたいと、例え一生不幸になろうとも、それでも彼が生き続ける決断を取ってくれると信じて。
「あなたは───」
例えあなたに一緒恨まれる事になっても、私は
───英雄なんかじゃありません··········ッ!
△ ▽ △
私は受付嬢をやる前まで、ハンターでした。
次期G級ハンターなんて言われて、もてはやされ、浴びせられる賞賛と期待の眼差し。
私はその視線が、その賞賛が忌々しかった。
私がハンターになったのは、単純な理由、復讐だ。
私の父はハンターに殺され、母はハンターによって手篭めにされ、殺された。
両親は商人で、旅の途中モンスターに襲われて死んだとギルドナイトに処理された。
私の両親を殺したハンターは貴族の一人息子。
たったそれだけの理由で、その男は今ものうのうと生きている。
それが許せなくて、悔しくて、憎たらしかった。
見つけたら殺してやると、その息の根止めてやると、そう毎日決意して生きていた。
なのに周りの連中は
「あの!ひと狩り行きませんか?」
「なぁ俺達とひと狩り行こうぜ!先輩として色々教えてやるよ!」
ウザイ、めんどくさい、鬱陶しい。
「すみません、今はソロで活動していこうと思いまして··········」
残念がる奴ら。
何がそんなに面白くて、なにがそんなに残念なのか、何も考えずに生きている能無し共はいつも幸せそうで、羨ましくて、自分も脳みそを無理矢理引きずり出せばコイツらの様に幸せになれるのだろうか?
そんな思いを抱きながらも、私は常に周りの目を気にして生きてきた。
モンスターを殺す日々。
そしていつ同じハンターに裏切られ、その刃を自分に向けられるのかと言う恐怖。
「頑張ってください!」
「俺達のパーティーに入りたくなったらいつでも言ってください!」
笑顔で媚びを売る肉塊共。
気持ち悪い、吐き気がする、その声を聞くだけで不快だ。
(··········本当に醜悪だ)
そう思いながらクエストボードに向かう途中、ギルドの空気が一瞬で変わった。
「私はクエストを見てくる、その間お前はそこに座って待ってろ」
「はい、師匠」
(··········あれがG級ハンター、【番狼】リナリア=ヒガン)
見たこともない装備、そしてさ中に担ぐ大剣。
噂程度には聞いていたが、アレがかつてドンドルマで破壊の限りを尽くした伝説の古龍、【巨戟龍】ゴグマジオスを討伐して創った大剣、【忘却】のオストラコンか。
それにしても··········
(なんて存在感だ··········、まるで高難易度モンスターと裸で対峙しているみたいだ)
今着ている装備も、背中に担ぐ武器すらも役に立たない。
こちらが動く瞬間も与えず殺されると実感させる様な感覚。
彼女が本気になればこのギルドのハンター達など瞬きの間に鏖殺できるという確信。
(··········正にバケモノだな。それに比べあの男は··········)
なんと言えばいいのだろう。
普通のハンターだ。
G級特有の威圧感も、恐怖や凄みを微塵も感じない。
精々どこにでもいる腕自慢のハンター程度の印象。
他のハンター達からすれば自分の方が強い、才能があると思わせる程度のハンター。
これが本当にG級ハンターの弟子かと疑ってしまう。
このギルドに居るハンター達はそう心のの中でつぶやくだろう。
だがローズは違った。
(不気味だ)
そこに居るのに、存在が無いような、そんな感覚に近い。
そして何より不気味なのは、その鎧に染み付いた"人間"の血の匂い。
周りのハンターたちは本当に気がついていないのだろうかと疑ってしまいたくなるほど臭う、モンスターの血の匂いを塗りつぶす程臭う人間の血の匂い。
まさか、コイツらもあのグズの様に人を殺して───
「···············」
「───ヒュッ」
短いが、今一瞬私と目が合った。
こちらに顔を向け、鎧の隙間から輝く紅い瞳が私の姿を写していた。
その瞳には、まるで殺すべき相手かどうかを見定める、まるで機械のような瞳。
この人混みの中、僅かに発した私の殺気に反応し、私を殺すべき対象か、そう出ないのかを判断したのだ。
そして彼はまるで興味を失ったように目線をそらす。
───死
私があの男と目を合わせた数瞬の内に感じたのは、確かな死だった。
全身の毛が総毛立ち、背中には冷や汗がダラリと流れ、鼓動が激しく脈打ち、息が浅くなる。
今までモンスターと対峙して何度も経験した死の恐怖と似ているが確かに違う点があった。
奴らモンスターは死なない為に、あるいは食う為に、縄張りを守る為に、そうした確固たる意志のもとに殺す。
だが、奴は違った。
まるで癖だ。
何気ない気持ちで自分が気付かずに行う癖。
爪をいじったり、頭をかいたり、指を動かしたり、そんな何気ない動作と同じく感覚だ。
奴にとって殺しとは、その程度の感覚なのだ。
───ただ、殺そうと思ったら殺す。
その程度の感覚に近いのだ。
まるで生き物とは到底言えないバケモノ。
殺戮だけの為に造られ、自らそれを望む、殺戮人形。
私はそれが怖くて、とても悲しかった。
「あの」
私は気が付けばその男に話しかけていた。
「··········」
男は再びこちらを見た。
そして男はまるで奇怪なものでも見たように目を細めたのがわかった。
「あ、えと、なんて言うか··········あの········あ·······」
私は普段他人に接するように優しく話しかけて、それとなく話題を振り、相手が話しやすいような話題をそこから探し、そうして相手の話を聞く。
そう言った手段を取ろうとしたが、上手く声が出せず、ただただ「あ」だったり「う」だったりという単語を繰り返すばかり。
男は興味をなくしたのか、目線をそらそうとする。
「一狩りしませんか!?」
「やだ」
「··········」
男はこちらを見ることなく、淡々と答える。
私は何を言っているのだろうか。
私もこの男も初対面で、名前すら知らない。
複数人の狩りにおいて最も必要なのは信頼関係。
確かに数が多ければそれだけ狩りもやりやすくなるが、その一方リスクも大きくなる。
誰か一人でもミスをすればそれはパーティー全体に広がる。
故にお互いがお互いを信頼し合わなければならない。
なのに今日あって初めての人間が共に一狩り使用などと誘って来る訳がない。
「行ってこい」
突然後ろから声がした。
声の主はリナリアだった。
「··········わかりました」
───あぁ、そうか
私はこの2人が目を合わせた瞬間、この男とリナリアに対する違和感の正体に気づいた。
この不気味で、居心地の悪い、この感覚の正体。
このふたりに信頼関係や師弟としての情などない。
あるのは執着と執念。
依存し、求め、諦めている。
片方は執着し、片方は執念に囚われている。
(気持ち悪い)
私の心の呟きは、誰に対してのものでも無い。
ただそう思ってしまった、それだけの事だ。