世界滅亡級レイドボスなドラゴンさんに意味深な厨二病かましたら、なんか唯一の理解者判定された件   作:歌うたい

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第十一話

「いやあ、ついつい話し込んじゃいましたねえ。もう日が沈みそうな頃合いじゃないですか」

「年寄りになるとどうも世間話に花が咲いてしまうものですから。時が進むのが早いことです」

「あの、コリンまだ二十二歳なんですけど?」

「心がとっても大人なんでしょうねえ」

 

 フィーブル孤児院の扉を潜れば、既に真昼の太陽は夕方へと名義を変えていた。茜色に染まる世界に、幼い顔立ちの女性はうんと伸びをした。

 

「それにしても、お変わりないようで安心しましたよカタリナさん。相変わらずのたおやかさ」

「コリンの言うことです。数年ぶりになりますか。大変お世辞がお上手になったのですねえ」

「あいやいやいや、そんなそんな。本心ですってば」

 

 さらりと捻くれたことを言う修道女に、コリンは慌てて手を振った。大きな手振りに、桃色のミドルボブに被さったハンチング帽が揺れている。ラフめなスーツに愛らしいデザインのショルダーバックも相まって、コリンはまさに記者といった出で立ちだった。

 

「時が経つのは本当に早いものですねえ。あの泣き虫な女の子が今や冒険者ギルドのリーダーとは」

「えへへ、まだランク『(ツー)』のギルドですけどね。でもカタリナさんにご報告出来て良かったです! なんせ我がギルドのマザーですからね!」

「大袈裟なことを。作ると決めたのも、作ったのもコリンでしょう? 私はただ提案しただけですよ」

「あいやいやいや、カタリナさんの助言があったから今があるんですもん。ここは譲れません!」

「しょうがない子ですねえ」

 

 ブラウンの瞳を嬉しげに輝かせるコリンに、カタリナも肩を竦めるばかりである。

 

「では今日のところはこれにて! そろそろ戻らないとアルシュベイトさんに怒られそうなので!」

「ええ。また」

 

 カタリナの朗らかな笑みに見送られ、コリンは意気揚々と歩き出した。

 

「ん? なんだか広場の方が騒がしいですね」

 

 やがて耳に届いた騒ぎの音に、コリンはすんと鼻を鳴らした。秘境とも呼ぶべき片田舎で、活気とはどこか違った類の

喧囂。これは事件ではないかとコリンの直感が囁いた。

 

「もしやスクープチャンス? ゆかねば!」

 

 懐からメモ帳とペンを取り出し、シュタタと足早に広場の方へと駆け出す。やがて辿り着いた広場で、彼女は目にする事が出来た。

 人集りの中心。何故か立ち尽くしている知った顔(アルシュベイト)と、知らない男女が唇を交わすシーンであった。

 

「⋯⋯ご結婚、おめでとうございます?」

 

 紛うことなきラブシーン。衆目監視の中の熱いベーゼである。ある意味スクープっちゃスクープだけど、思ってたのと違うなあ。

 そう落胆しつつ、コリンは形ばかりの祝言を落とした。だがそこから先の光景は、若きギルドリーダーの期待を充分に満たすものであったと、ここに記する。

 

 

 気付いた時には、目の前に顔があった。

 伝わる柔らかさ。匂い。湿り。甘さ。

 キスをされている。ただその事実が頭に溶ける。意味が分からないのに、分からないまま受け入れている。

 目の前で触れる存在が、拒みがたい甘露にさえ思えた。

 

(痛っ)

 

 ふやけた思考に、鋭い痛みがはしった。

 同時に口の中に広がる鉄の味。噛まれた。そう気付いたと同時、傷口を柔らかい舌が這って、血を舐め取られる。

 

「⋯⋯うむ。はじめてしてみたが、少し恥ずかしくもあるな。次は周りの目がない時にするとしよう」

 

 繋がっていた雫の橋をまたも赤い舌で舐め取りながら、黒竜グラムスピカは頬を赤らめた。

 いや違う。そうじゃない。

 なにを言ってる。なにをやってる。いきなりキスする奴があるか。浮かび上がる言葉はどうしてか、音にならず霧散して。

 

────ドクン。

 

 いやにはっきりと自分の鼓動が聞こえたその時。

 セトは、内から湧き上がろうとしている何かに気付いた。

 

 

「⋯⋯いやはや、実に涙ぐましいな。恋仲とのラストベーゼとは。ここに幕を下ろす役割としては、少々胸が痛むものだな」

「恋仲? いや、我とセトは別にそういう関係ではないが⋯⋯」

「ほう。既に見切りをつけられるか。なかなかに切り替えの早いことだ。なれば残されるは哀れな男がただひとりと。これもこれで胸が痛むが、過ちの末路とはこういうものだ。ではスピカ殿はご退場を。これよりは幕引きなのでね」

「お前がなにを言ってるかさっぱり分からんが、良いだろう。これ以上、我の出る幕はないだろうしな」

 

 そう言って呆気なく子供達の所へ戻る背を、アルシュベイトは冷めた目で見送った。

 彼の中では、スピカがセトを見切った事になっている。先の接吻はその為の手切れ金なのだろう。残酷な結果ではある。だが力とは魅力なのだ。より力のある方へと靡くことは自然であり、世界の理なのだ。アルシュベイトはそれをよく知っていた。

 黙り込んだまま動かないセトに、アルシュベイトは杖を掲げる。この決闘に終わりを告げる、最後の魔法を唱える為に。

 

「せめてもの慈悲だ。痛みを感じる間もなく、終わらせてやろう」

 

 酷薄な宣告と共に、アルシュベイトの周囲を雷の花が咲き乱れる。いくつもの稲妻が雷鳴を起こしながら、走り、渦巻き、やがて一つの円となってアルシュベイトの正面に展開される。

 雷が集まり作る巨大な円。まるで大きな月だった。

 

「さあ、冥土の土産にするがいい。これが黄金雷卿の魔奥義──『集轟雷砲(トールカノン)』だッ!」

 

 そして月から放たれたのは、巨大な雷のレーザーだった。

 人一人を呆気なく呑み込むであろう極太のレーザーが、轟音を立ててセトへと迫っていた。

 

(ああ、このままじゃ死ぬな)

 

 耐える、耐えないの次元じゃない。このままじゃ影だって残らないのは明白だった。

 迅雷や雷鋏、雷の矢よりも遥かに危険な攻撃が、こうして迫っているというのに。セトは足を動かさない。それどころか、導かれるように右手を前へと向けていた。

 

(でも、避けなくていいな。いや、避けるなんてもったいない⋯⋯)

 

 不思議と恐怖はなかった。

 

(だってあんなに『美味そう』なんだ⋯⋯)

 

 理性は絡め取られたように、黒く深い靄の中。ただ響く内なる声に、セトは茫然と従うだけだった。 

 

(むさぼ)れ──【暴食(グラトニー)】」

 

 朧気にそう囁いた途端、前へと掲げた掌から漆黒の陣が浮かび上がる。

 どこまでも深い闇を思わせる黒の陣。そこへ達した巨大なレーザーが、まるで小さなブラックホールに貪られるかのように、どんどん吸い込まれていく。

 やがて、セトの瞳に映る景色の中から、恐るべき魔法の姿は完全に消失し。

 残されたのは、唖然と立ち尽くす魔法使いがただひとり。

 

「⋯⋯は、あ? なにが⋯⋯なにが、起きた?」 

 

 理解出来ない現象に、アルシュベイトは呆気に取られるだけだった。

 だがそんな大貴族の当惑に、信じがたい事象を起こした当人が答えることはない。

 幽鬼の様に立つセトは、闇を閉じ込めたような眼でもってぼうっと世界を見てるだけ。黙したまま何も語らず、ただ不気味に立っている。

 

「⋯⋯」

 

 だがその静寂とは裏腹に、セトの内側では音に溢れていた。

 貴族。憎い。大貴族。許し難い。

 障害。弊害。除くべき敵。斃すべき敵。

 滂沱のように言葉が溢れて、どんどん膨れ上がっていく。

 まるで充分に満たされた腹に、強制的にモノを突っ込まれていく様な苦痛と不快感があった。

 苦しい。きつい。どうすれば楽になる。

 心の悲鳴に答えるように、またも内なる声が囁いた。

 

「⋯⋯吐き、出せ⋯⋯」

 

 翳したままの右腕はそのままに、セトは一言唱えた。

 すると再び現出した黒い陣からゴウッと雷鳴が轟いて、呑み込まれたはずのトールカノンが放出された。

 

「⋯⋯そんな、馬鹿な」

 

 アルシュベイトは、目の前の光景に愕然とするだけだった。

 最高峰の魔法使いの魔奥義が呆気なく取り込まれ、更には今、自身を呑み込まんと殺到して来ているのだ。

 こんな事は有り得ない。有り得てはならない。

 だがなにより心を抉ったのは、セトが放ち返したトールカノンである。今も目の前に迫り来るそれは、明らかにアルシュベイトが撃ったトールカノンの『倍』の大きさはあった。

 

 貴族の特権である魔法を無効化し、倍以上として返される。屈辱どころの話ではない。尊厳そのものを打ち砕く、真っ黒な悪夢そのものだ。

 掌からカランと、杖が転がり落ちる。心をへし折られたアルシュベイトは、迫る死を前にして、もはや動くことすら出来なかった。

 

 

(ああ。このままだと死ぬな、アイツ)

 

 セトの目には、スローモーションに世界が流れていた。

 倍で返したトールカノンを前に、茫然と立ち尽くすアルシュベイト。このまま時が過ぎれば、その身は間違いなく消え去ってしまうことだろう。

 

(仕方ないよな。アイツだって俺を殺そうとしたし。こうなるのだって、自業自得だよな⋯⋯なら、これで、いい⋯⋯)

 

 セトとて聖人ではない。散々に嘲られ、挙げ句殺されそうになったのだ。何も思わぬ訳ではない。

 事実、今アルシュベイトを葬らんとしているものとて、元はアルシュベイトが放ったものだ。彼自身が犯したが跳ね返ってるだけなのだ。因果応報。自業自得。

 だからこれで良いのだと。自分に罪などないのだと。

 内なる声が甘く囁く────だが。

 

(⋯⋯、⋯⋯⋯⋯いい訳、ないだろっ!!)

 

 セト・アルステラは、その罪を拒んだ。

 

「ッッッ──あがれえええぇぇぇぇ!!!!」

 

 我を取り戻した途端、無我夢中でセトは叫んだ。

 トールカノンを吐き出し続ける黒陣を、右腕ごと振り上げた。力一杯、真上へと。

 その甲斐あってか、地を削りながらアルシュベイトへ迫っていたトールカノンは、グンと捻れて矛先を変える。果てしなく広い茜色の空へと、巨大な雷のレーザーが伸びていく。

 

「はぁっ、はぁっ⋯⋯!」

 

 そして、すべてを吐き出した合図とばかりに黒い陣は消え去った。

 残されたのはアルシュベイトと、観衆と、右腕を抑えながら荒く息づくセト・アルステラ。

 

 雷光が溶けた夕暮れ空。隠れ雲を消された宵月が姿を現した。

 まるで決した勝敗を告げる審判のように、大きな宵月が浮かんでいた。

 

 

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