世界滅亡級レイドボスなドラゴンさんに意味深な厨二病かましたら、なんか唯一の理解者判定された件   作:歌うたい

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第十五話《一章完結》

 

 そこは一面、真っ暗闇だった。

 深淵。黒暗。どこまでも無機質で冷たい空間は、奥行きも底も分からない。月も星も銀河も居ない夜の様だった。

 

「⋯⋯いよいよだ」

 

 唐突に、男の声が闇に響く。

 

「我らの悲願がもうすぐ叶う。払い終えた代償を、いつまでも求める蝗共め。貴様らの明日を終わらせた時、我らの明日が始まるのだ」

 

 零した声色。幾つもの絵の具を混ぜ合わせて出来た、極彩色の感情を、男は隠そうともしない。

 男が睨むのは闇でなく、その向こうに潜む憎き敵である。

 

「必ずやこの仕組まれた黎明に終焉を。忌まわしき呪いを打ち破り、太古の栄光を再び取り戻す」

 

 握り拳を軋ませながら、男は誓う。

 揺るがぬ意志に満ちた独白が、闇の静謐へと吸い込まれていった。

 

「その為に、貴様の力を存分に使わせてもらうぞ」

 

 同時に闇に浮かび上がったのは、精密な造りの封印装置と、その中で眠る人型の影だった。

 角が生え、尻尾を垂らし、背に生えた竜翼を閉じ畳む。

 穢れを知らぬほど白く、穢れを殺すほど白い。

 深き眠りに囚われたままの、純白の少女がひとり。

 

「帝が封じた負の遺産──『白竜アルクトゥルス』よ」

 

 呼ばれた名に、まだ答えはない。

 いずれの時を待つかのように、白竜と呼ばれし者は眠り続けていた。

 

 

 

 

 フィーブルよりも遥か離れた、異国とも呼べる地の大聖堂。祈りの間と呼ばれる部屋には、蓋のない石棺に水が満ちていた。

 石棺の中には一人の少女が祈り手を組み、沈んでいた。

 透明な水に、エメラルドの髪がふわりと舞う。眠るように目を閉じる褐色肌の容貌も相まって、神秘な光景であった。

 しかし、唐突にその目は開かれた。

 

「────はっ、はっ、はぁっ⋯⋯」

 

 瞑想から覚めた少女が身を起こす。

 荒く乱れた息を整えるその表情は、焦りと恐怖に染まっていた。

 

「⋯⋯今の、ヴィジョン⋯⋯もしかして⋯⋯!」

 

 少女は目をハッと見開くと、必死に

 ずぶ濡れになった薄衣一枚の格好のまま、部屋を飛び出す。濡れた足がベタベタと廊下に跡を作るが、少女は構わず走り続けた。

 

「大巫女様! 大巫女ディーリン様! 聞いてくださいったら聞いてください!」

「ファーレン様? そんなに慌てられて、どうされましたか。瞑想儀服のままここまで来られたのですか? なんと、聖女様ともあろうものがはしたない」

「え、ぁっ。や、やだ、わたしったらびちゃびちゃ⋯⋯き、着替えるの忘れてた」

 

 少女ファーレンが訪れたのは、大聖堂の最奥地だった。

 天井から差し込む光に、巨大な石碑が照らされる。その石碑の前にて祈りを捧げていたのは、彼女がばば様と呼び慕う大巫女ディーリンだった。

 

「変にいかがわしい言い方をされて。まったく。慌てるとすぐに我を見失われる。聖女としての自覚が足りておりませんのう」

「う、うう、お恥ずかしい限りです⋯⋯」

「それで、なにごとでありましょうか? 瞑想中になにかありました?」

「それです! そうですったらそうなんです! わたし、恐ろしい光景を見たんです⋯⋯!」

「⋯⋯まさか、星詠(ほしよみ)が降りられた、と? それで、ファーレン様はなにを見られたのです?」

 

 食い入るようにまくし立てるファーレンに、ディーリンの目の色が変わった。これはただ事ではないと老いた大巫女が背筋を伸ばせば、場が緊張に包まれる。

 

「深い深い闇一面でした。闇がぐるぐると渦巻いて、やがて一枚の衣の様に⋯⋯そして、何者かがそこに居たんです。その者には、竜の翼がありました」

「!!」

「闇より深き黒纏い、竜の翼を持つ者。それが翼を羽ばたかせると、世界が闇に包まれたのです⋯⋯! わたしの見たヴィジョンは、そこで終わりました」

「なんと⋯⋯なんという⋯⋯黒い衣に、竜の翼⋯⋯まさか、それは⋯⋯」

「⋯⋯はい」

 

 ファーレンの言葉を聞けば聞くほどに、ディーリンの顔が見る見る内に強張っていく。遂には細腕で己が身を抱き締めるディーリンに、ファーレンは頷きながら視線を石碑へと移した。

 

「最初の聖女の遺した預言⋯⋯『災厄の王』が、目覚めるのかもしれません」

 

 大聖堂最奥地。預言の間と呼ばれるそこに、ただ一つ鎮座する大石碑。そこに描かれたのは、背より竜翼を生やしたローブ姿の何者か。

 その絵を不安げに眺めながら、ファーレンはもう一度「災厄の王⋯⋯」と呟いた。

 

 

「では、書簡はこちらに置かせていただきます」

「⋯⋯」

「それでは失礼致します、陛下」

「⋯⋯」

 

 恭しく礼をしながら退室する使用人へと、ついぞ言葉と視線が向けられることはなかった。

 だが使用人は気にしていない。不敬だからという訳ではない。むしろ労りの言葉が向けられれば、彼女は腰を抜かしていただろう。それほどまでに、当たり前のことだった。

 

──この国の王が、無気力に満ちていることは。

 

「⋯⋯」

 

 誰も居なくなった私室。王はゆっくりと立ち上がる。

 使用人が置いた書簡を一瞥したきりで、手に取ることもない。王は傍らの窓に手を添えて、鍵を捻り、窓を開けた。

 風が吹いて、王の髪が凪いだ。長い髪が翻り、若く精悍な顔立ちが現れる。

 だがその顔に、目に、光はなかった。どこまでも虚ろな王の目は、奥底に絶望を飼っていた。

 

「陛下、か⋯⋯こんな俺を見たら、お前はなんて言ったのだろうな」

 

 静かに、王の唇が紡ぐ。

 その時はじめて、虚ろな王が色を見せた。

 

「⋯⋯、──セト。

 お前はなんて、言ってくれたんだろうな」

 

 王は囁いた。測り知れない後悔を。

 虚ろな瞳の奥には、もう戻らない過去が浮かんでは千切れていった。

 

 

 

〈第一章 完結〉

 





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