世界滅亡級レイドボスなドラゴンさんに意味深な厨二病かましたら、なんか唯一の理解者判定された件   作:歌うたい

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第五話

 

 

 立ち香る茶の水面を、セトはじっと睨んでいた。

 カップに並々注がれる茶は、都から流れて来た上物である。特段、茶の味がセトに合わないという訳ではない。むしろ好物である。睨む理由はひとえに、黒竜と初めて出逢った朝にも飲んだ一杯だからだ。それに茶柱が立っていて、気をよくしたセトはダンジョンに潜った。

 つまり今の苦労に繋がる要因なのである。もうお茶なんて二度と飲まない。コーヒー党に鞍替えを誓った男の、しょうもない八つ当たりだった。

 

「お話は分かりました。セト、よくぞ善行を積みましたね。困ってる方には手を差し伸べる。貴方の善き行いは、子供達への善きお手本となります。私は鼻が高いですよ」

「マザー⋯⋯」

「お綺麗な方ですし、手もよく伸びたのでしょうけど」

「マザー⋯⋯!」

 

 しれっと冗談を交えながら言う修道女に、セトはたまらず茶を飲み干した。鞍替え失敗である。

 

「スピカさんとおっしゃいましたね。名前以外なにも覚えていないとは、さぞ心細い思いをされたことでしょう」

「うむ。細くて細くて仕方なかったぞ。セトが我を助けてくれていなければ、今頃糸より痩せ細っていたかもしれないぞ」

「それはそれは。ですが、もう安心して結構ですよ。フィーブル孤児院は迷える仔羊の受け皿。貴女のこともきちんと受け入れますから」

「ありがとう。だが我は羊ではない。メェーとは鳴かぬぞ」

「あらまあ」

「のわーとは鳴いたことあるぞ」

「まあまあ」

 

 なにがあらまあだ、とカップを置きながらセトは項垂れた。今、彼の心中は結構複雑である。

 というのもスピカを連れ帰るにおいて、最大の難関はやはりマザー・カタリナだった。フィーブル孤児院の主である以上、彼女に事情を説明し受け入れて貰うことが必要だろう。

 もしカタリナがノーといえば、スピカの願いは叶わない。そうなれば黒竜が不満を顕にし、最悪暴れ出す未来も見えていただけに、セトからすれば神経を削る時間だったといえる。

 が、蓋を開ければご覧の通り。カタリナはあっさりと彼女を受け入れた。とんだ肩透かしでもあり、寛容な彼女ならば想定出来た事だけに、セトは心境は複雑だった。

 

「それにしても、スピカさんはひょっとしてやんごとなき身分の方なのかもしれませんねえ」

「む、我がか?」

「ええ。自分のことを我という方は少ないですから」

「そ、そんなに変だろうか」

「変ということはありませんよ。珍しいというだけ。それにスピカさんには不思議と馴染んでいるように思いますし」

「そ⋯⋯そうかそうか。ならばよしだな、うん」

 

 スピカの色々と怪しい要素にも、少し気にした程度である。特に深入ることなく朗らかに笑うカタリナに、スピカは早くも心を許しているようだった。

 

「セトよ、これでそなたと暮らせるな。我、超嬉しいぞ」

「お、おう」

「本当に、よく伸びたのでしょうねえ」

「頼むからその下世話な感じはやめてくれ、マザー!」

「ほほほ」

 

 なにより複雑なのは、このカタリナの生暖かな態度である。これにはたまらずセトも吠えた。

 さながら初めて出来た恋人について、母親につっつかれるようなむず痒さだ。実質母親の様な相手からの弄りには、耐え難いものがあった。

 

「マザー、お話まだー? みんな待ってるよー?」

「おや、どうやら子供達がしびれを切らしてしまったようですね。では二人とも、お話はここまでにしましょう。子供達にスピカさんを紹介しませんとね」

 

 セトが悶える一方、客室の戸から顔を覗かせたのはフィーブル孤児院に暮らす少年だった。長話を待っていられなくなったのか、少年の後ろではいくつもの影がそわそわと蠢いている。

 そんな様子に微笑みをひとつ浮かべて、カタリナは入ってくるようにと促すと、小さな影達は一斉に客室へとなだれ込むや、すぐさまスピカの周りに群がった。

 

「わー、新入りだー」

「おねえちゃんだ、おとなのおねえちゃんだ」

「すごーい。しんいりさん、つの生えてる。ぼくとおなじ、あじんだねー」

「しんいり、おむねおっきい。さてはこれでせと兄をゆーわくしたのね。おとなのやることだわ」

「おい新入り、パンかってこい。だっしゅでな」

「ヒュー! 出たぜリドさんの新人イビりだ、大人相手でもビビらないリドさんのイビりだぜ。ヒューゥ!」

 

 喧々囂々。もはや小さな台風である。図らずも台風の目となってるスピカは、目を白黒させる他ない。

 つい困ったようにセトを見やるが、セトはがんばれーと疲れた目で見返すだけであった。

 

「小さき者らよ。よいか、我は新入りなどではない。我が名はスピカ。新入りなどと侮らず、スピカとちゃんと呼ぶように」

「「「「はーい」」」」

「夜露死苦ぅ」

「ヒュー! リドさんのメンチ切りだ! 垂れ目のせいで全然迫力ないメンチ切りだぜ、ヒュー! あ、よろしくっす」

 

 個性的に過ぎるフィーブル孤児院の子らだったが、スピカもまた引けを取らない我の強さである。むしろあっという間に打ち解けていて、セトの目には台風の強さがより増したようにも映った。

 その憶測はきっと事実であり、煽りを受けるのは主に自分という事になるのだろう。苦労を免れぬ未来に、セトはぐったりと天を仰いだ。

 

 

「美味い。美味いぞセト! 大変に美味だぞセト! セトー!」

「わ、分かったから、一口ごとに感想言わなくたっていいから」

「だが美味いのだ。我は感動しているのだぞ、セト! これを伝えずしてどうする!」

「充分伝わってる。伝わってるって。だから食べながら喋るな!」

 

 賑わう食堂で一際黄色い声を上げるのは、満面の笑みでグリルチキンを振り回すスピカであった。そのはしゃぎぶりは凄まじく、十にも満たない年少達よりも幼い挙動に、(たしな)めるセトも必死であった。

 

「セト坊の作るお料理は本当に美味しいものねえ。お店だって開けるくらいですもの、スピカさんが騒いだって仕方ないことですよ」

「そうだ、仕方ないのだ。我はこんなに頬が落ちそうなほどに美味なるもの、食べたことがなかった! あ! 覚えてないだけかもしれないがな! セト、我はそなたの飯を毎日食べたいぞ!」

「あらまあ熱烈なこと。いいですねえ、なんだか私も少し前の青春を思い出します」

「いや少し前ってか遠い昔⋯⋯」

「ジャスティス」

「ぐぼぁっ!?」

 

 かつてない体験による感動か、言動にも少々迂闊な箇所が見え隠れするスピカ。しかし、より迂闊な男がいたらしい。これには修道女も思わず正義執行。悪は滅びた。

 

「そういえばセト坊。スピカさんのお部屋なんですが、今空いてる部屋はひとつだけでしたね?」

「ああ、リドの隣の部屋だな」

「ですが、なにぶん急なことでしたので、少々お部屋に(ほこり)が積もってましてねえ」

「分かった。この後掃除しとくよ」

「ありがとうございます」

 

 田舎町の孤児院ともなれば規模もそれなりで、部屋数も多くない。スピカを新たに迎え入れるは良いが、すぐ用意出来る部屋はしばらく使っていなかった。

 故に黒竜が美味い美味いと舌鼓を打つ一方、カタリナはセトに掃除を願い出たのだが。

 そこに待ったをかけたのは、当の黒竜であった。

 

「セト。今、我の名が聞こえたが」

「スピカに用意する部屋のことだよ。しばらく使ってなかったからな、掃除しないと寝るのに不便だろうし」

「⋯⋯なにを言ってるのだ? 別に必要なかろう」

「遠慮するな。ほこりぐらいって思ってるのかもしれないけど、そういうのは気にしといた方がいいぞ」

「ちがう、そういう意味ではない」

 

 中身が黒竜でも、外見は亜人の女性である。

 言外にそれらしく振る舞ってくれと促すセトだったが、どうやらスピカが言いたいことではなく。

 つまりどういう事だと目で尋ねるセトに、スピカはにこりと笑って────爆弾を投下した。

 

「我はそなたと共に居ると言ったろう。ならば当然、部屋も寝床もそなたと一緒だぞ!」

「⋯⋯⋯⋯は?!」

 

 衝撃のあまり、セトの頭は真っ白になった。

 部屋も寝床もセトと一緒。だから自分に部屋は必要ない。それがスピカの主張であると。

 突きつけられた要求の大胆さに、セトの脳の処理速度が著しく低下した。そして処理されていくと同時に、セトの眼球がゆっくりとスピカの全身を見渡していく。

 

 大きく膨らんだ胸元。ふっくらとした太腿。官能的な腰くびれ。しなやかな腕。綺麗過ぎる顔立ち。薄い唇。覗く舌。

 今宵から。これと一緒にベッドイン。

 中身が黒竜だと訴える理性さえ、容易にふやけさせる色香が満ちた女の姿に、セトは生唾を飲み込んだ。

 

「本当に、よーく伸びるんでしょうねえ⋯⋯」

「おい聖職者ァ!」

 

 下世話というにも酷すぎる、修道女の一言であった。

 

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