世界滅亡級レイドボスなドラゴンさんに意味深な厨二病かましたら、なんか唯一の理解者判定された件 作:歌うたい
「セトよ。そういえば昨日、肉屋が良い豚を仕入れたと言っていたぞ。良い豚とそなたの腕があれば、今晩の食卓は一層笑顔に満ち溢れたものになると我は思うぞ」
「豚か。最近はあんまり買ってなかったし、悪くないな」
「う、うむ、そうであろうとも。これは有力な情報提供といえる。その成果には報いてあげるべきじゃないかなって我思うなー?」
「⋯⋯成果ねえ」
真上に昇っていた太陽が、ゆっくりと水平線へと降りる頃。フィーブルの市へ繋がる道を、セトとスピカは歩いていた。目的は夕飯の買い出しである。
その最中、上目遣いでチラチラとセトを窺うスピカ。ドラゴニックぽいぽい事件の裁定による、晩飯抜きが辛いのだろう。なにとぞ温情を求めるスピカの姿は、威厳もなにもなかった。
「ま、ちゃんと手伝ってくれたら考えなくもないか」
「本当か! ならば任せておけ、我のスペックを遺憾無く発揮してみせるぞ!」
「さっきなんで失敗したのか、もう忘れたのかよこいつ⋯⋯」
こうやって過ちは繰り返されるんだな、とセトは遠い目で宙を見つめた。とはいえ彼はちゃんとスピカの分も用意するつもりだった。
セトもセトで、スピカのスペックの凄まじさを忘れていた負い目がある。今後はもう少し上手く手綱を握ってやらなくてはと考えてる辺り、セトのお人好しな性分が顔を出していた。
「ん?」
「どうしたスピカ」
「広場の方、なにやら騒がしいぞ」
「騒ぎ?⋯⋯喧嘩か?」
不意に足を止めたスピカが、市場とは異なる方へと顔を向ける。スピカの並外れた聴覚が何か騒ぎを聞きつけたらしく、セトも倣って耳を澄ませる。
セトもスピカほどではないが、優れた聴力の持ち主だ。目を閉じ集中して向きを辿れば、彼もまた騒ぎの音を拾い上げた。
どよめき。口論。そして──子供の悲鳴。
「っ!」
「セト!? 急にどうしたっ」
瞬間、セトは広場の方へと駆け出した。
突然の行動に目を丸くするスピカだったが、セトは振り向かない。振り返る余裕がない、とも言えた。
彼の耳が拾った声には聞き覚えがあった。間違いなく、フィーブル孤児院の子供の悲鳴だったのだ。
間を置かず到着した広場には、群衆の輪が出来ていた。
小さな動揺がざわめきとなって聞こえては、時折セトの名を呼ぶ声もする。
人集りを掻き分けながら、輪の中心へと向かうセト。辿り着いた先には、武装した兵士達と華やかな格好に身を包んだ男が一人。そして、男達に剣を向けられ尻餅をついている、二人の子供の姿があった。
「リド! ヒューイット!」
「兄ちゃん!」
「せ、セト兄⋯⋯」
半ば反射的に、セトの足は動いていた。
立てない二人の子供の前に庇い立ち、男達と対峙する。
「なんだ貴様は。この無礼なガキ共の知り合いか?」
「⋯⋯ええ、そうですよ。ウチの孤児院で面倒見てるチビ達でして。なにかありましたか?」
先頭の一人が高圧的に切っ先を突き付けてくるが、セトは慎重だった。男達の身形はしっかりしたものであり、アーマーにヘルムに帯剣と、兵士の装備に近い。更にその胸元に何らかの家紋章さえ施してある。
少なくともならず者ではない。恐らく都からの派兵か、誰かの護衛団と推測出来た。刺激すれば大事に及ぶ。セトはあえて下手に出た。
「その無礼者共が、此方のアルシュベイト様のお召し物を汚したのだ! どう責任を取るつもりだ、貴様!」
「っ。もしや、貴族の⋯⋯」
兵士が声を荒げると同時に指し示したのは、護衛に囲まれた美丈夫だった。
金髪に精悍な顔立ち。青い瞳を持つその男が纏うのは、豪奢なタキシードとマントである。そのタキシードの一部が、土で汚れている。恐らくは兵士のいう子供達した無礼の証拠だろう。
その風貌、立ち姿。間違いなく貴族だと確信したセトに緊張が走った。
「⋯⋯貴様が、その子らの保護者か? 私はアルシュベイト。アルシュベイト・フライ・ギルジーナスである」
「フライ⋯⋯フライ!? 七大貴族の!」
七大貴族。王家に連なる七つの大貴族。よりにもよって。
目まぐるしく情報を駆け巡るセトの頬に、冷や汗が伝った。
どうしてそんなやつが此処に居るのか。こんな秘境とも呼べるような田舎に居て良い人物ではないのに。
疑問は尽きないが、少なくとも揉めて良い相手ではないことは確かだった。
どうする。どうすれば穏便に事を収められるか。
焦りに顔色を失うセト。その様子を黙って静観していた貴族が、再び口を開く。
「フ。このような片田舎であっても、我が権威は届いているか。さて、此度の無礼についてであるが⋯⋯」
「とぉぉぉーーーう!」
「!?!?」
貴族の言葉は、空から降ってきた闖入者によって防がれた。正確には衝撃でどばっと散った土砂によって、物理的に。
惨劇である。セトは顔色のみならず、声さえ失った。
「ふう。我を置いていくとはひどいではないか、セトよ」
「お、おま⋯⋯」
「む? どうした? 震えておるぞ、寒いのか? 我が暖めてやろうか?」
「お、おま、おまぁぁー!!!!」
そして惨劇を招いた主は、つらっとセトに文句を吐いた。
言わずもがなトラブルメーカーの大災厄さんである。空気ガン無視で素っ頓狂なことを言い出すスピカに、セトは奇声をあげた。
「き、き、き、貴様ァ! 貴様が撒き散らした土砂のせいで、アルシュベイト様のお召し物が⋯⋯よ、汚れたってレベルじゃないだろうが! ほんとどうしてくれるんだ貴様!」
「む? そうか、すまん」
「すまんで済むかぁぁぁ!!!」
兵士の叫びはもっともである。着地の余波をもろに浴びた貴族は、見るも無残な有様だった。ボロ雑巾一歩手前である。
なのにこの詫びるようで悪びれないドラゴンクオリティ。兵士のこめかみは血管がぶち切れそうな勢いであった。
「黙れ」
「そうだ黙れ⋯⋯って、へ? わ、私めですか?」
「貴様に言っている。さっきから一護衛の分際でこの私よりも喋り過ぎだ。下がれ」
「で、ですが」
「下がれと言ったぞ!」
「は、はい!」
しかし、兵を厳しく制したのは他ならぬ貴族であった。口ごもる兵士だったが、二の句も告げさせる気はないらしい。
邪魔だとばかりに兵士の肩を掴んで無理矢理引き下げ、数歩前へと歩み出る。
そして、自らを汚した主犯たる女と、貴族は対峙して。
「美しい」
「は?」
溜め息交じりに、貴族はスピカを褒め称えた。
「なんという、なんという美しさか。夜を閉じ込めた様な漆黒に、月光を浴びたラベンダーを潜めた髪の色。エメラルドを閉じ込めたような瞳。名のある彫刻家ならばこぞって目に焼き付けるであろう尊顔。まさに美の化身! よもやこのような地に、これほどまでの美と出逢えようとは。麗しき方。どうか、貴女の名を教えて欲しい」
「⋯⋯我の名か? 我はスピカだが」
「おお、スピカ殿か。夜天を着飾る星々を思わせる、麗しき響きか。まさに貴女の為にある音の並びであろうとも」
「で、あろうな。当然のことである。だがありがとう」
「礼を申されることなどない。私はただ、この目に映る真実を述べたに過ぎない。そしてこちらこそ感謝を告げよう。今日この時、貴女に出逢えたこの奇跡に!」
どうやらスピカの外見が、大貴族の胸を大いに打ったようである。出るわ出るわの美辞麗句。身振り手振りで感動に酔いしれる貴族、アルシュベイト。
その勢いに気圧されたのか、セトの背に下がったスピカは、キュッとセトの裾を握った。
「⋯⋯セト」
「どうした」
「こやつ、ちょっと怖いぞ」
「心配するな、俺もだ」
まさに偉業である。かの大災厄を怯えさせるという、国から褒賞を賜るべき偉業を、アルシュベイトは達成していた。
だが今の彼からすれば真逆の成果だろう。そうと気付かぬまま、仰々しくスピカへと手を差し出した。
「スピカ殿」
「な、なんだ」
「私と共に来ないか。私のものになって欲しい」
「!?」
大胆な告白に、セトのみならず周囲は騒然となった。
男の大半はぐんと敵意を募らせるが、一部で色めき立つ女性も居た。田舎町の美女を、大貴族の青年が見初めたのである。場面だけ切り取れば、シンデレラストーリーの幕開けにも等しかった。
「やだ。絶対やだ」
「!?」
なお、幕は爆速で降りた模様。当のシンデレラ役は断固拒否を示し、鼻息荒く腕組みのポーズである。ロマンスの神様もこれには即時撤退を決め込むだろう。
「⋯⋯理由を、聞いても?」
「我にはセトという同胞にして理解者がおる。共に歩むならばセトと決めておるのだ。お前は知らん」
「セトとは、そちらの男か」
「!」
こっぴどく拒否された貴族は、ジッとセトを見定めた。突然にスポットライトを向けられたセトからすれば、居心地が悪くて仕方ない。これだけ恥をかかされたのだ、貴族からしたら面白くない事態だろう。一体何を言われるかと肝を冷やすセトだったが、声を挙げたのは貴族ではなく兵士だった。
「ハッ、馬鹿な女だ。アルシュベイト様を拒み、そのような下らん男を選ぶとは。流石は田舎者、価値というものがまるで分かっておらんようだな!」
「──価値だと?」
瞬間。スピカの纏う空気が、一気に剣呑なものに塗り替わった。睨まれた兵士の背筋が凍り付く。まるで巨大な蛇に睨まれたかの様な錯覚を覚えたのだ。
己の価値観にのみ基づいた兵士には、知る由もない。
兵士は愚かにも、大いなる災いの逆鱗に触れたのだ。
「セトは我を理解してくれた。枯れた悠久に水を注いだ。冷たい夜に熱をくれた。我に、世界を見せてくれた。我の隣に居てくれた」
「⋯⋯スピカ」
「我にとってセトは、比ゆるものなき唯一無二。至上にして至宝。これ以上に価値あるものなどない。哀れな人間よ。貴様の戯言に答えよう。我は価値を、知っているとも」
「こ、この⋯⋯!」
だが黒竜が示したのは怒りによる力ではなかった。セトという存在が自分にとってどれほど価値ある者なのかを、朗々と語ったのである。
超越的な存在である故に抱える孤独を、満たしてくれた。共に居たいというワガママを、受け入れてくれた。今もこうして。
これより敵うものなどない。だから隣に居たいのだと。
改めて聞かされたスピカの全霊の想いに、隣立つ男も気付かされるものがあった。振り回される事ばかりだが、賑やかさに拍車がかった今の日々は、決して悪いものではなかったのだと。
しかし。そんな綺麗に話が纏まってくれるほど、世界は寛容ではない。
「この私が、田舎の平民に劣ると? フ、フフ、こうまで袖にされるとはな。失礼、確かに兵の言う事はもっともだ。価値を測る教養とは、相応しい環境にあってこそ身に付くもの。これほどの辺境で過ごしていれば、無知にもなろう。なればこそ、私と共に都へ来て欲しい。そうすればすぐに、己が間違いを認められるだろう」
「はん。鬱陶しいぞお前。貴族だか金属だか知らんが、我は軟弱な男などお断りだ。貴様のような口だけの青二才など笑止千万。あと髪の色が金ピカなのも我は好かん。眩しい」
「⋯⋯はっきりと物を言う。その気の強さは悪くないが、言葉が過ぎたな。私が脆弱? 口だけ? そこの片田舎の平民以下とまで侮られるか。実に、愚かな勘違いだ」
スピカの断固とした拒絶は痛快ではあったが、貴族の顔に泥を塗ったに等しい。
貴族とは面子で生きているものだ。屈辱を味合わされたまま、引き下がるはずもない。青の瞳を怒りに染めて、アルシュベイトは自らを侮辱した女へと腕を伸ばすが。
その魔の手はセトによって阻まれた。
「⋯⋯放せ、下郎」
「スピカに、なにをする気だ」
「教育だとも、
「⋯⋯」
交差する視線。セトからの答えはない。しかし退くこともない。貴族を前に、己が愚行を改めない。アルシュベイトにとってはもう、それだけで充分だった。
「良いだろう。自惚れた田舎者に、私自ら道理というものを叩き込んでやるとしようか。恨むならば、身の丈に合わぬ女に好かれた己が不運を呪うがいい」
掴むセトの手を振り払い、アルシュベイトは堂々と宣言した。
「貴様に決闘を申し込む。逃げはしまいな、ナイト君?」