クー・フーリンのスペックで転生した僕がヒロアカ世界で理想の兄貴になる話   作:佐久間2525

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第五話 暇を持て余した愉悦人の遊び

 

[平和の象徴が折れた日]

 

◇SIDE: オールマイト

 

わたしがまだヒーローとして活躍していた当時、向けられる視線と言えば似たようなものだった。

 

憧憬、敬意、安堵、好意。

 

面映ゆくはあったが、悲しみと復讐が螺旋するこの国で、平和の象徴として歩んできた証と思えば嬉しさが勝る。

わたしに憧れた子どもが、また別の誰かを助けるヒーローを目指してくれるのなら。

喜びと助け合いが繋がっていってくれるのなら。

こんなにもヒーロー冥利に尽きることはないだろう。

 

緑谷少年にOFAを継承したときも、雄英高校に教師として勤め始めた頃も、わたしは確かにそう思っていた。

思っていた、はずだった。

 

・・・・・・・・

 

「わーたーしーが! 普通にドアから来た!」

 

「オールマイト! 本当に先生やってるんだ!」

「シルバーエイジのコスチュームだ、すげえ」

「画風が違いすぎて鳥肌が……!」

 

始めて教室で対面したとき、生徒達の目はキラリと輝いた。一番興奮に目を輝かせているのが緑谷少年なのには、やや苦笑。この前も会ったじゃないかキミ。

 

「(あの少年は…空風凜くんだったかな)」

 

その中でも一人、様子が違う生徒に目が行く。

好意的な視線ではあるが、なにか眩しいものでも見るように目を細めて、静かに唇を噛みしめている少年。見覚えがあるような、ないような…記憶の端に引っかかるものを感じたが、思い出すには至らなかった。思わずじっと見つめていると、彼は驚いたように目を見開いて、何かを小さく呟く。

 

おや、と思った次の瞬間には、隣の席の子と何でもないように言葉を交わしていたから、見間違いだったのかもしれない。

 

その時の、どこか思いつめたような表情が彼の第一印象。

 

直後に、高校1年生とは思えないプロヒーロー顔負けの戦闘力で爆豪少年に勝ってたから、すぐにその印象も塗り替えられたんだけどね。

 

「いいか、緑谷。同じ腕を突き出す動きでも、腰の入り方によって威力が変わる」

「こう、かな空風くん!」

「さっきよりはいい、が。もっとこう…」

 

緑谷少年とも随分いい関係のようで、一緒に訓練している姿をよく見かけた。他のクラスメイトにも請われれば嫌な顔をせず訓練に付き合い、体術を指導している。面倒見の良い兄貴肌な子なんだろうな、と当時の教員での共通認識。

 

体育祭での表彰の時は、正直驚いた。

 

6年前の事件に巻き込んでしまった少年が、目の前の空風少年だということ。

他でもないわたしが彼の生きる希望になっていたということ。

この雄英高校体育祭で優勝し、こうして目の前に立つほどに大きくなってくれたこと。

 

そして何よりも。

 

「我が名は空風凛。またの名を光の御子クー・フーリン。貴方に救われたこの命をもって、貴方と貴方が愛する全てを守り抜くと誓おう」

 

真っすぐ、決意を込めた視線で見つめられたあの瞬間。

 

「俺は、あんたを守れるヒーローになる」

 

新しい時代が来たんだと、そう思った。

 

わたしがヒーローとして活動し始めて随分長くなる。

以前に比べてヴィラン犯罪も随分と減少したものの、根絶されたとは言い難い。

徐々に活動できる時間が減少し、継承者を見つけねばと焦りを感じていた日々。

それが遠い過去のようだ。

 

「畳の上で大往生させてやる。覚悟してな、オールマイト」

 

OFAを継承した緑谷少年と、空風少年が、並び立って次代の平和の象徴になってくれる未来を──その時、確かに幻視した。

 

明るい、幸せな夢を、みていたんだ。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

なぜ。

何が起きている?

どうして体が冷たい。

なぜわたしが息をしているのに、彼は息をしていない。

 

なぜ…なぜわたしを庇った。

 

わたしは、ヒーローで。彼もまた、ヒーローだった。

けれどもまだ若い、学生だった。

 

わたしの背を見て、希望を見出して、ヒーローになって、わたしを庇った少年

──それはもう、わたしが殺したということに、他ならないじゃないか。

 

「あぁ…ああああああッ!」

 

 

音が聞こえない。

今叫んでいるのは、わたしの声か?

何もかもが不鮮明になった感覚の中で、軽くなってゆく空風少年の身体の冷たさだけが伝わってきて。

 

立ち上がらねばと、カメラの向こう側にいる国民を安心させなければと思うのに。

体は全く言うことを聞いてくれず。

 

‘’平和の象徴‘’としてのわたしは、あの時きっと折れた。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

「…おや」

「ッ、おまえは…言峰綺礼ッ!

 

葉隠くんと尾白くんの潜入から1週間。

遅々として進まない捜査にしびれを切らし、わたし個人のツテで探れないかと動き回っていたその最中。

道端でバッタリと出くわしてしまったのは疑惑の神父、言峰綺礼その人だった。

長閑な街並みに似合わない不吉な黒い衣装が、周囲からぽっかりと浮いて見えている。

 

「会ったこともないのに、元No1ヒーローに名前を知られているとは。いやはや光栄の至り」

 

慇懃無礼、というのがしっくりくるだろうか。口調は畏まっているのに、微塵も友好性を感じられない。

はじめまして、と差し出された手を当然握るわけにはいかない。目の前の男の個性が厄介であることは重々承知だ。

 

「わたしは十二年前にも君を見かけたことがある」

「十二年前…。あぁ、まだ私が随分()()()()していた時期か」

「市民の反ヒーロー思想を扇動する活動が、やんちゃだったで済むと?」

「若気の至りの範囲だろう?思想は自由だ。それに、当時も今も私は法を犯したことは一度もない」

 

目の前の男の厄介なところは、この巧妙な手口だ。

個性を用いて何かを企んでいることは確かなのに、決定的な瞬間をつかませない。

裏で手を引きながら社会を乱そうとしている。

 

この男を直接目の前にしてよく分かった。こいつはヤツ(AFO)と同類だ。

 

「それとも貴方にとっては自分の意に沿わない相手は全て犯罪者かね」

 

言葉をまともに交わしてはいけない類の、人格破綻者。

 

返答をせずにじっと見つめるわたしの内心を見透かしたように、薄ら寒い笑みが顔が浮かんだ。

 

「──あぁ、ヒーローとしては随分前に引退されたのでしたかな。実に惜しいことだ。きっかけは…あぁ、十年前の」

…ッ!

「痛ましい事件でしたな。前途ある若者が命を投げ出す…あの歳でどうしてそこまで覚悟をもって敵に対峙できたのか」

 

空風少年については、未だ塞がらない傷口のようなものだ。

今でもあの時のことを夢に見て飛び起きるし、ふとした時にフラッシュバックする。

目の前でほほ笑む言峰は、息をのんだわたしの様子にこの話題が弱点だと悟ったらしい。

 

「実はあの映像を見た時から彼のファンでね。よければ教えてくれないか、オールマイト」

 

実に愉しそうに、言峰は言い放つ。

 

「彼は死ぬときどんな顔だった?」

「何か言っていたかね」

「血が流れてゆく肉体を抱きしめて何を思った?」

「冷たかったかね」

「力の入らない肉袋は重かったのでは?」

「俗説では魂が抜けると軽くなるなんて話もあるが…」

 

「まぁ、あれだけ臓物も血も流していたのだ。軽くなる一方だろうな」

 

いつの間にか、手を伸ばされれば触れそうなほどに距離が随分と近くなっていて。

自分の息が浅くなっているのに、今更気が付いた。

やつの、言葉を聞いてはいけない。

目の前の男はAFOと同類の、言葉で人を惑わせる男だ。

聞いてはいけない、のに。

 

「目の前で敵とはいえ人を殺した生徒を見て何を思った?」

「な、にを…」

「貴方にはアレがヒーローに見えていたのか?──あんな我欲だけで動くバケモノが?

 

この男は、空風少年をヒーローではないと、言ったのか。

ひどい侮辱だ。許してはならない悪だ。

未だかつて、自分がこんなに怒ったがあるのかというほど、一瞬のうちに頭に血が上る。

 

見え透いた挑発だと分かっていたのに、反論せずにはいられない。

 

「貴様ッ…!」

 

「おい」

 

怒りのままに掴みかかろうとした手を、不意に制止された。

黒い男だった。

不思議な赤い文様の入った褐色の肌。大きなコートの下から異形の尻尾が覗く。

フードで隠れた顔を覗き込んで、思わず息をのんだ。

 

「空風少年ッ」

「…あいつに関わるとロクなことにならない。やめておけ」

「おや、私のことを言っているのかねオルタ。失礼な」

「事実だろうマスター」

 

姿は全く違う。話している様子も。けれども分からない筈がない。目の前に立つのは、この一か月探し続けた空風少年だ!

彼は言峰綺礼に伸ばしていたわたしの手を引っ込めさせ、壁になるように立ちふさがっている。

 

「わたしと帰ろう空風少年!みんな、君の帰りを待ってる…!」

 

こうして外を出歩けているのになぜ帰ってこないのだとか。言峰綺礼に何をされたのかとか。

色々な疑問は渦巻いていたけれど、衝動のままに言葉が飛び出した。大きな声を出したからか、また喀血してしまったが、今はどうでもいい!

 

「…行くぞ、マスター」

「話をしなくていいのかね」

「あぁ」

 

「そん、な。どうして、空風少年…」

 

「ふふっ…あぁ、お前がそう言うなら行こうかオルタ」

 

わたしの声は聞こえていたはずなのに。チラリと流された視線はすぐに逸らされて。

追いすがるように伸ばした手も、コートの上を滑り落ちた。

 

「あぁ1つ言っておくが、ここにいる男は君たちが探す空風凛という男ではないよ」

 

戸籍を調べてみるといい。面白いことが分かる。

ニタリと愉しげに顔をゆがめた言峰綺礼が去っていくのを、呆然と見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆SIDE:オリ主と言峰

 

【知らぬは本人ばかり】

 

「オルタ。話もせずに去っても良かったのかね」(オールマイトの愕然とした顔が見れたので、私としてはよかったが)

「いや…あんなに体調悪そうなのに立ち話なんかできるかよ」

「(あんな顔をさせておいて!心配!!明らかにお前のせいなのに!!)」

「オールマイト血吐いてんだけど大丈夫かな…なんか痩せてたし」

「(多分お前が行方不明になってから録に食事も出来てないんだと思うが…気づかぬのは本人ばかりだな)」

「心配だなぁ」

「ふ、ふふふ…。さあ、ヒーローを呼ばれて厄介なことになる前に戻るぞオルタ」

 

 

【オールマイトフリーク】

 

「てかおい。さっきオールマイトに個性使おうとしてただろ」

「あれだけの善性の塊が反転したら面白いことになると思わないか?」

「全く面白くない。マジでオールマイトに手を出したらキレるからな

「お前は彼のことになったら口うるさいな…」

 

 

【嫌がらせに余念がない】

 

「ところで戸籍ってなんの話だ?」

「お前の元の戸籍は死亡届が出されていてな。変更手続きが出されていたが、信者に止めさせておいた」

「役所にまでいんのかよお前の手下…」

「代わりに新しい戸籍を作っておいて、お前を私の養子ということにしておいた。よろしくな息子よ」

「ハァ!?」

「名前は言峰折多(おるた)だ」

「ネーミングセンスねぇな!」

「ふふふふ、自分が息子にしたかったのに私にそのお株を奪われていると知ってオールマイトはどんな顔をするのか…!」

「趣味わりィ…」

 

 

 

 

 

 

 

◇SIDE : 心操

 

「言峰さまよ…!」

「あぁ言峰様ッ!」

 

男が姿を現した瞬間、聖堂が一斉にざわめいた。正気を失ったような目で、信者たちは口々に言峰さま、言峰さまと叫んでいる。

 

「(あれが、言峰綺礼)」

 

周囲に合わせて頭を下げながら、壇上の男を覗き見る。うさんくせぇおっさんだ。

 

「(空風は…流石にいないか。出来れば姿を確認したかったが)」

 

潜入している立場であることがバレないように、まずは自然にふるまうことが大切だ。

 

「(今回ばっかりは失敗できないからな)」

 

インビジブルとテイルマンのことがあってから、捜索本部は潜入調査に及び腰になっていた。それもそうだろうな。下手をすれば潜入したヒーローが敵側に寝返る可能性もあるんだ。一度失敗して警戒されている中、危険を冒してまでわざわざ敵の懐に飛び込む道理もない。

 

だがそうも言っていられない事情が出来た。それがここ最近の犯罪率の上昇だ。

大きな事件こそまだ起きていないが、じわじわと窃盗や傷害などの軽犯罪が増えている。

 

それに加え、世論が徐々にではあるがヒーローを排斥する方向へと向かいつつある。

まるで誰かに誘導されているかのように。

 

公安からの情報によると、裏から手を引いているのが言峰綺礼である可能性が高いらしい。

その具体的な手口、目的、及び空風凛の現状を探るのが俺の任務だ。

 

アングラ系ヒーローとして活動している俺は、世間に顔が知られていない。

それを利用して、こうして真正面から信者として潜入し、奴の講話を聴いているというわけだ。

 

「…さて、今日はここまでにしましょう」

 

「神父サマ!本日の聖杯はぜひワタクシめに!」

「いいえ俺に!」

 

「(なんだ…?聖杯?)」

 

一時間ほど続いた話も終盤に差し掛かったころ、前列に座った信者たちが騒ぎ始めた。見れば俺でも知っているレベルの有名人ばかりだ。IT企業の社長に、新進気鋭のモデル、あの人もなんか見たことあんな…。

 

耳を澄ませてみるが、なにか小さな声で話しているらしい。内容は分からなかった。急に近づくのも不自然だ。そうヤキモキしている間に神父と数名がどこかへ向かっていった。どうにも怪しい。

 

残りの信者たちが出口に向かう中、こっそりと横道にそれる。どこからでもいい、言峰綺礼たちの後を追わねば。道に迷っているふりをして、キョロキョロと周囲を見渡す。

 

「あの。今日の講話は終わりましたよ」

 

暫くうろうろしていると、信者らしき人物に声をかけられた。ちょうどいいところに。

 

「それはすみません。『あの、お尋ねしたいことがあるのですが』

「はい、なんで──。…」

『質問に答えろ』言峰綺礼は講話の後どこへ行く?」

「教会地下の…聖杯のもとへ…」

「聖杯とはなんだ」

「万能の願望器…願いの叶う聖なる器」

「教会地下に繋がる道は一本だけか」

「道は一本ですが、空気の循環の為、地上から繋がるダクトがあります」

 

虚ろな目をした男の回答に、一つ頷く。なるほど。そこからなら潜入できそうだ。

 

「ありがとう。『今のやり取りはすべて忘れて、巡回に戻れ』

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

薄暗いダクトの中を、匍匐前進で進む。音をたてないように慎重に進むが、それでも動くたびに大量の埃が宙を舞った。くしゃみと咳に気を付けなければ。

 

「…~!!」

「……!!」

 

しばらく無心で進んでいると、薄っすらと声が聞こえてきた。声の発生源の方へ移動し、小さな穴から漏れる光をめがけて進む。覗き込んでみると、言峰綺礼と先ほど教会にいたIT社長とモデルがいた。

ここは、どうやら聖杯がある部屋の天井らしい。

 

「では、願いを」

 

言峰が言葉と共に社長に手渡したのは妖しく光る金色の器。正直に言ってそんなにすごいものにはとても見えない。両手で持てるほどのソレを、唯一無二の宝物であるかのように社長は掲げ持っている。

 

「我が社に業界で一番の地位を!」

「もっと細く、綺麗になりたい!」

 

聖杯とやらに、二人は熱心に祈っている。必死の形相だ。本当にあんなもので願いが叶うとでも思ってるのだろうか。

 

眼下に広がる狂気的な光景に、そう思ったのもつかの間。社長の方には目に見えた変化はなかったが、モデルの女が目に見えて細くなった。

 

「やったわ、これでワタシはもっと綺麗になれる…!」

 

一瞬、思考停止した。…いやいやいや。さすがにそんな訳…。

驚いている間にも社長の方も秘書からの電話を受け取り、何やら喜びの声を上げている。

 

「(本当に、万能の願望器とやらなのか…?あんなものが…)」

 

何度見ても、そこらのアンティークショップで買えそうな代物にしか見えない。仮にあれが本当に何でも願いをかなえられる器だとしたら、それが言峰などという危険人物の手にあるのは非常にまずいのではなかろうか。最悪の展開がいくつか頭をよぎった。

 

「言峰様!」

「きみ!止まりなさい!」

「言峰様!お願いします!」

 

驚愕している間に、何やら入口の方が騒がしくなっていた。信者の一人が周囲の制止を振り切って、ここまで走ってきたらしい。

 

「私の子どもを生き返らせて下さい!お願いします!お願いしますッ」

「すみません言峰様!すぐに下がらせます!」

「いい。話を聞こう」

 

言峰は聖杯をもとにあった台に戻した後、床に倒された女性のもとに近寄り、優しくその肩に触れた。

 

「先月、わ、私の一人息子が交通事故に遭って…ッ。聖杯のお力なら何でも叶うとききました!お願いします!息子を…息子を生き返らせてっ

 

涙を流して叫ぶ女性は、声をからさんばかりに懇願している。悲痛な声が空間を裂いた。がりがりと搔きむしる胸元には、おそらく息子さんお写真が収められているであろうロケットが揺れている。

あまりに痛ましげな様子だ。俺は目をそらしてしまったが、下では言峰神父が柔らかな声で答えている。

 

「…聖杯について少々誤解があるようだ。アレは信者の皆さんの力をお借りして作ったもので、決して魔法のように全てを叶えられるものではない」

「そんなッ」

 

万能ではない?だとすれば先ほどの二人の様子は何だというのだろうか。下では先ほどの女性が髪を振り乱して叫んでいる。

 

「嘘よ!!願いを叶えてもらった話をいくつも聞いたもの!!」

 

「出来る事には限りがある上…代償もあるのです」

 

言峰神父の言葉に疑問を抱く前に、視線を黒いものが蠢いた。台に置かれた聖杯から、ゴポリゴポリと泥のようなナニカが溢れている。空っぽだったはずの聖杯は、いつの間にか黒くてどろどろとしたソレに満たされていた。床にべちゃりと広がって、不気味に蠢く黒い泥。

 

「ヒィッ、言峰神父!あれは何だね!?」

「あなた方の願いを叶えた代償ですよ、社長」

 

バケモノ、とそう呼ぶべきだろうか。

蠢いていた泥は独りでに纏まり始めた。重力に逆らうように縦横無尽に触手が伸びて、形を成していく。数秒と待たないうち。不気味な泥は、頭が獅子で尾が蛇で…兎に角、見たこともない無茶苦茶な生き物の形になった。

 

「きゃあッ、こっちに来てる!」

 

呆然としていた思考を、悲鳴に引き戻される。

モデルの女性がしりもちをついて、呆然とその巨躯を見上げていた。バケモノがじり、っと足を踏み出す。見ただけで3mはありそうな巨体だ。襲われたらひとたまりもないだろう。空気が緊迫感に満たされた。

まずい、潜入したことがバレてでも下に降りて助けるべきか…!正直俺が下りたところで倒せるかも怪しいが、人を見捨てるようじゃヒーロー失格だ。

 

そう、決意してダクトの蓋を蹴り開けようとした瞬間──

 

「ご安心を。我が教会にはバケモノ退治をしてくれる()()がいますので」

 

言峰綺礼の言葉と同時に、黒い影が一同の横を通り抜けた。

 

「遅いぞオルタ」

「……」

「ふ、愛想のない奴だ」

 

ソレは赤と黒で構成された外套を身に纏い、真紅の槍を振り回していた。一撃のうちに巨大なバケモノを屠り、疲れる様子もなく次の獲物に飛び掛かる。

 

「(あれは空風、なのか…?)」

 

あまりに異様な姿と刺々しい空気感に思わず息をのむ。

かつてC組だったころの俺は直接の関りはなかった。けれど校内ですれ違うことはあったし、雄英体育祭の戦いは全部見ていたから空風に関しては快活で明るいイメージが強い。その印象と今の姿があまりにも重ならない。

 

葉隠の報告で聞いてはいたが、雰囲気が変わりすぎではないだろうか。なにあの尻尾。

 

こちらの驚愕をよそに、下では聖杯から次々に産み落とされるバケモノを空風が倒し続けている。突然の事態に怯えていた社長たちも、容易く一刀両断されている様子にホッと胸をなでおろしていた。

 

「御覧のとおり、私が目指していた聖杯と違って、まだアレは完全ではないのです」

「完全では、ない…」

「ええ。代償が大きすぎる上に、叶う願いも人ができることに限られます」

「そんな…じゃあ、息子は…」

 

言峰神父の言葉に、信者の女性はふるりと唇を戦慄かせた。一縷の望みに縋ってここまで来たのに、それを直前で断ち切られるのはどんな心地なのだろうか。頬をつたう涙があまりにも痛い。

 

「いいえ。打てる手がないわけではない」

 

項垂れる信者の手をそっと掬い上げて、言峰は語り始めた。低い声が惑わすように朗々と響く。

 

誰かの願いを叶えれば、あの聖杯は代償のようにあのバケモノを産み落とす。

それは偏に、神の御意志によって、この世の不幸と幸運は釣り合っているからだ。

誰かが幸運になれば、別の誰かが不幸になる。

しかし社会を見れば、あまりにも持てる者と持たないものが偏っているのではないか?

生まれ持って優秀な個性を持つものはヒーローとなり、喝采を浴びる。

一方で持たざる者は日陰に生きるばかり。

 

「…そう、今の社会ではヒーローが幸運を独占している」

「ヒーロー、が」

「貴方の息子は不幸にも交通事故に遭ってしまった。ヒーローがこの社会でのうのうと幸運を享受している間に」

「悪いのは、ヒーロー…」

 

詭弁だ。あまりにも破綻した論理とも言える。

その理論に沿って言えば、ヒーローに限らずこの社会で幸せに暮らす誰もが不幸な人の敵になってしまう。

 

馬鹿馬鹿しいと一笑にふせば済む話だ。無茶苦茶な理論なのだから。だというのに、信者の様子がおかしい。言峰神父の手に縋り付いて、ヒーローが、ヒーローが…と繰り返し呟いている。目には、狂気的な光が宿っていた。

 

「今のヒーローファーストの社会が変わり、幸運と不運のバランスが戻れば。あるいは聖杯で貴方の願いが叶うかもしれませんな」

「ヒーローさえ、いなくなれば、息子が…」

「貴方の願いが叶うことを、私も神にお祈りしておきましょう」

 

ニヤリ、と顔を歪めてヤツは言葉を締めくくった。

 

かつてない怒りがこみ上げた。あいつ、息子を亡くして悲しむ人の心を利用するつもりか…!

 

現在、社会で上昇しつつある犯罪率と、ヒーロー排斥の論調。おそらく同じように全部こいつが唆した可能性が高い。自分は手を汚さずになんて卑怯なやつだろうか。そこまでして社会を乱して、何をしたいというのか。

こみ上げてきた怒りを必死に鎮めている間に、茫然自失といった様子の信者や社長たちがその場を去っていた。その場には言峰と空風だけが残っている。

 

「おい。今日はいつまでだ」

「さぁな、昨日よりは短いだろう」

「…昨日で四時間はこうだったが」

「じゃあ三時間くらいじゃないか?まぁ午後からも別の信者が来るのだがね」

「キリがねぇな」

 

聖杯からは次から次へとバケモノが沸いている。それを淡々と斬り捨てながら空風が話しているが、先ほどの願い2つの代償であれだというのだろうか。嫌な予感が胸を満たす。

空風が食い止められるうちはまだいい。だがアレが街に解き放たれたらどうなる?

 

言峰綺礼はアレを信者を働かせるエサにしている。教会に貢献した者に聖杯を使う権利を与えるとなれば、だれでも必死に動くだろう。しかし、その先。信者が際限なく願いを言い始めたら、とんでもないことになるのが目に見えている。

 

ヤツのやり口は悪辣だ。

個性を使用して自身への好感を稼ぎ、その口でヒーローへの憎悪を煽る。教会に貢献できた人物の願いを叶えると唄って信者を扇動し、自身は影から動かない。そして、おそらく目的はヒーロー社会の崩壊。

経験則上、ああいう動機を理解できない思想犯は一番やっかいだ。

 

「(空風…お前はなぜそんな奴に従っている?)」

 

疑問は絶えない。だが今はここで得た情報を、確実に持ち帰らなければならない。

想像以上にとんでもないことが起ころうとしている。未だに槍をふるい続ける空風に視線をやって…俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[聖杯の真実]

 

心操が去った後の地下にて。

 

「…」

「なんだやけに口数が少ないなオルタ」

 

無心に槍をふるい続ける男に、言峰は声をかけた。話しかけられた方はどこか憂鬱な様子でひたすら体を動かしている。

 

「…いや、さっきの人が可哀そうでよ。息子さんを亡くして意気消沈しているだろうに、こんな非道神父にいいように利用されて…」

「その辺の情緒はあるのか」

「は?」

 

オールマイトや元クラスメイト達の心境を1ミリも察せていないなりに、誰かが悲しそうなら自分も悲しいという感性は持ち合わせているらしい。自分のことになると判断が鈍るのかね、と内心で呟きつつ、言峰は首を横に振った。

 

「いや、何でも。…ちなみに君は私が言峰綺礼だからといって、本当にあんなにひどいことをすると思っていたのかね」

「本当に、って。実際かわいそうなことしてただろうが。人の弱みに付け込んで…」

 

つい、責めるような言葉が飛び出した。思い出すのは泣き叫んでいた信者の女性。自分の子が生き返るのであれば、とどこか狂気的な光を浮かべて退出していった様子だ。下手な希望に縋って身を崩すのはあまりにも可哀そうだと空風として思うわけで。目の前の男が悪趣味なのは分かっていたが、あんまりだ。自然と目つきも鋭くなる。

 

対する言峰はキョトンとした様子で首を傾げた。

 

「あの人は佐藤道子さん(39歳)。劇団に所属している演技のプロだ。今日はお客さん(ヒーロー)がおこしだったのでね、特別ゲストとして来ていただいた。息子さんも元気だ」

「はぁ!?あの人役者!?」

「本当に私が息子を亡くした人を利用する外道だと思っていたのか」

 

「いやだってお前…俺のこともなんか勝手にいろいろしてるし…最近AFOクラスに悪い奴なのかと思ってたが…???」

「心外だな。君が理想の兄貴ロールプレイをしたい転生者なら、私は黒幕ロールをしたい転生者というだけだ。人としての道を踏み外したつもりはない」

「マジかよ。ヒーロー社会ぶっ壊す気かと」

「そんな悪行はせんよ。精々ヒーローの歪む顔を見たいだけだ」

「…いや、それだけでも随分悪趣味だけどな?」

 

なんだかドッと気が抜けた様子で空風は溜息を吐いた。心労が現れた深い吐息だ。

 

「てかお客さんって?」

「またヒーローが来ていてな。私も随分警戒されているものだ…フフ…」

「へぇ、誰だろ。緑谷とか?」

「今日は心操人使が来ていた筈だ。さて、今日のことをどう報告するのかな彼は」

 

心操…ああ、C組の。雄英体育祭で緑谷と戦ってたやつ、と記憶を掘り起こす。普通科だったのにヒーローになれたんだ、頑張ったなぁ。なんてことを考えながら、また一体キメラを斬り捨てる。

 

「なァ、このキメラいつまで湧いてくるわけ?」

「止めようと思えば止めれるぞ?」

ハァ!?じゃあ何だったんだよこの時間!てか聞こうと思ってたが聖杯って作れるのか!?」

「いや。作ろうと思ったはいいが、こんな失敗作しかできなかった」

「バケモノが湧いてくるのは確かに失敗だわな」

 

「いや、そうではなく。ロクに願いも叶えられない点だ」

「え?でもさっきのモデルとか、社長とか…」

「あの二人もエキストラだ。体の細さを変えられる個性を持ったモデルのemiと、ただの敏腕社長の館川さん。その聖杯もどきはスイッチを押したらバケモノが出てくるだけの…よくわからんガラクタだ

「欠陥品じゃねぇかッ!」

 

 

 

 

 

 

 





聖杯は、'もどき'ですらないオモチャみたいなものです。形だけ再現。信者からいろいろ個性かきあつめても、そんな便利なもん作れなかったよ、的な。まぁヒーロー側は盛大に勘違いしますけどね

オールマイト曇らせパートは当時書いててめちゃめちゃ楽しかった覚えがありますね〜誰かに刺さると嬉しい〜
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