幼少期の頃に好感度が最大値な美少女たちと色んな約束を交わしている主人公は成長した末に最強に至る。ヤンデレヒロイン、現代異能剣戦ファンタジー   作:三流木青二斎

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試刀館学院の受験生

三時間と二十四分。

千金楽燈は呼吸を整え、目的地へ到着を果たす。

石動京郊外の地、抜刀官組織〈大國主〉が所有する益良雄神社。

此処では多くの斬人が参拝する火と刃の神〈天照大刀神(てんしょうだいとうじん)〉が祀られている。

元々はこの山の地には、抜刀官が扱う刀に必要な鉱石が採取出来る為に、大昔の人間が神が齎す賜り物と言う事で信仰が根付いたとされている。

 

益良雄神社には予め役員達が居た。

そして三時間前に拡声器を使って発信していた女性抜刀官の姿もある。

彼女も同じく走って来たのだろうか、と言う千金楽燈の考えに、それは無いと自ら否定する。

 

(自画自賛の様だが、俺よりも早い奴は居ないだろうな)

 

幼少期の頃から鍛え続けて来た。

炉心躰火は使用すればする程に肉体の内部が強化され、炎熱耐性を得る様になるのだ。

二歳の頃に炎子炉と言う器官が覚醒、五歳の時から斬術の修行と炉心躰火を巡らせる訓練を続けて来た。

千金楽燈の自信は謂わば、積み重ねられた鍛錬の量から来ていたのだ。

 

女性抜刀官が千金楽燈の姿を認識すると、彼の元へとやって来る。

運動後の汗を流す千金楽燈を、爪先から頭の天辺まで見た末に、軽く手を叩いて拍手を行う。

 

「おめでとう、貴様で二番目だ」

 

二番目。

その言葉に千金楽燈は目を開く。

聞き間違えで無ければ、自分よりも早く、この地に早く辿り着いた者が居る、と言う事だ。

 

「……ありがとうございます」

 

先ず、千金楽燈は感謝の言葉を口にした。

曲がりなりにも祝ってくれている。

同時に何れ上官になる可能性のある抜刀官。

此処で素直に感謝の気持ちを伝える方が好感が良いだろう。

そして、次に千金楽燈は女性抜刀官に話しかけた。

 

「……あの、俺が二位、ですか?」

 

信じられないと、千金楽燈は思いながら聞いた。

女性抜刀官は、彼の態度を心地良く思っていた。

先程まで自分が一位だと信じて走っていたのに、いざ、終点へ辿り着けば二位。

それを聞かされた走者の心境を思い浮かべるだけで、楽しくて仕方が無い様子だった。

即ち、この女性抜刀官はかなり、性格の悪さが伺えた。

 

「ああ、今、衣服を着替えている……貴様も後で衣服を着替えれば良い、汗でべたべたして気持ち悪いだろう?」

 

と、女性抜刀官は益良雄神社の敷地内に設置された仮設更衣室を指差した。

確かに、肉体を稼働し続けたので、疲労感はあるし、汗で衣服が濡れて動き辛い。

千金楽燈は、一旦は納得の行かない感情を保留にして、仮設更衣室へと足を踏み入れる。

男子更衣室と女子更衣室が分けられており、男子更衣室の中に入るが、其処には誰も居なかった。

 

(……今、着替えているって言っていたけど)

 

首を傾げる千金楽燈。

男子更衣室に居ない、と言う事は。

一着を決め込んだ受験生は、女子、と言う事になる。

 

(誰なんだ?凄い気になる……)

 

心の内でもやもやを抱きながら、仮設更衣室には濡れタオルが巻かれた状態で置かれていた。

椅子に座り、衣服を脱いで、濡れたタオルで体を拭い汗を拭いていく。

そして、学院側が用意してくれた、新しい運動服に着替えた所で、千金楽燈は今一度外へと繰り出した。

当然ながら、未だ神社には到着した受験生の姿は無かった。

 

(一番の受験生もまだ更衣室かな)

 

流石に、女性である以上、出待ちをすると言う行為は相手を不快にさせる可能性がある。

一旦は興味が無い振りをして、敷地内の散策でもしようか、とした時だった。

 

「あーかーしー、くぅーん……ふぅー」

 

耳元で声が聞こえて来た。

爽やかな吐息が耳に掛かり身震いを覚えると共に一瞬でその場から離れる千金楽燈。

大きく目を開き、一体だれが話しかけて来たのか視線を後ろに向けると、其処には銀髪の女性が立っていた。

包帯で目を覆う彼女の姿は、数時間前に会話をした女性だと、千金楽燈は思い出す。

 

「か、白檮山(かしやま)ッ」

 

名前を口にする千金楽燈。

すると彼女は両手を合わせて口元で笑みを浮かべた。

 

「あは、覚えててくれたんですねっ」

 

彼女は名前を口にされた事で、大いに喜びを覚えていた。

千金楽燈は、まさか彼女が一番目に到着した受験生なのか、と女性抜刀官に目を向けると、そうだ、と女性抜刀官は頷いた。

 

「お、驚いたな、まさか、お前が一番だったとは」

 

千金楽燈は耳元を抑えながら彼女に言った。

その驚きは本心であり、その半分は侮りであった。

彼女の目元を抑え込んだ姿、運動には向かない豊満な肉体。

何処をどうとっても、運動が良さそうには見えなかった。

だから、彼女が一番だと知って、侮りから来る驚愕があったのだ。

 

「はい、あたし、こう見えても走るのが得意なんですっ」

 

そう白檮山雪月花は言った。

 

「村の中でも一番の足の速さで、みんなからは驚いたなんて言ってくれたりもしたんですよ?」

「そ、それは……凄さが良く分からないな」

 

村、とは一体どれ程の範囲なのか。

みんな、とはどんな立場の人間で、どんなに多くの人間達だったのか。

彼女の言葉には曖昧さしか残らなかった。

けど、彼女が走って此処まで来て、尚且つ、自分よりも足が速いとなれば、彼女の凄さはそれだけで十分なものではあった。

 

「けど、燈くんも早いですね」

 

何気ない彼女の言葉。

それは心からの本心なのだろう。

しかし、それを一番の人間から言われるのは、皮肉の様なものを感じてしまう。

千金楽燈は素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

「……一番目に何を言われても慰めにしか聞こえないよ」

「え?そうですか?そんな事は無いと思いますけど」

 

彼女は天然なのだろう。

そう千金楽燈は思った。

 

「けど、何か運命の様なものを感じますね」

「運命?」

「はい、最初の出会い、あたしからすれば最悪なものでしたけど、それが縁の始まりだったのかも知れません」

 

縁。

吐瀉物から始まる縁とは、何か縁起の悪さを感じた。

 

「なので、あたしはきっと、燈くんとはまた出会えるだろうと思ってました、まさかこうして早く出会えるなんて思ってませんでしたけど」

「まあ、確かに……俺もそうだよ」

 

まさか自分よりも早いとは、彼女の世話をしていた時からすれば、想像だに出来なかった事だろう。

そんな千金楽燈の言葉に、彼女は会話をするのが楽しくなって来た様子で。

 

「こっち来て、お喋りしましょうよ、どうせ、後三時間はこのままなんですから」

「……三時間も喋る気は無いよ、けど、小休止はしたいと思ってたし、それに付き合ってくれるのなら、こちらとしても有難い」

 

と、二人は利害の一致を果たした。

神社の敷地内には参拝客が休める木製の長椅子があった。

其処に腰を掛ける千金楽燈と白檮山雪月花。

 

「あと、あたしの事、下の名前で呼んで下さい」

「どうした急に」

「だって、あたしは燈くんの事、下の名前で呼んでるのに、燈くんだけ上の名前で呼ぶの、変じゃないですか?」

「変じゃないですかって……」

 

普通、初対面の人間には姓の方で名前を呼ぶのではなかろうか?

千金楽燈は常識的な事を思い浮かべていた。

しかし、既に彼女は下の名前で呼ぶ事に定着している様子。

千金楽燈も、上の名前で呼ばれるのも、下の名前で呼ばれるのも、どちらでも良いと思っていた。

 

「……まあ、お前が呼んでも良いって言うのなら」

「はいっ」

 

名前を呼んでほしそうに、返事待ちをする白檮山雪月花。

さながら、イヌが待てをされている状態だと、そう思った。

 

「……雪月花、あまり期待をしないでくれ、名前を呼ぶときに、なんと言うか、気恥ずかしさを感じるだろ?」

 

さりげなく、千金楽燈は彼女の名前を口にする。

 

「はいっ、雪月花(せっか)です」

 

そして、白檮山雪月花は、千金楽燈の言葉、では無く名前に反応してそう改めて自分の下の名前を口にするのだった。

 

 

 

 

一時間程経過した時だった。

益荒雄(ますらお)神社の敷地内に、ぽつりぽつりと受験生が合格していた。

その数は時間と共に到達者が続出、皆々、息を荒くし必死の形相を浮かべている。

それ以外にも適度に汗を流して早朝日課のジョギングを終えた様な素振りで運営が用意した飲料水を片手に水分補給を行っていたり、中には炉心躰火の酷使により肉体の表皮が火傷を起こして担架で運ばれる受験生もいた。

 

「段々と多くなって来たな……」

「そうですねえ……視たところ、三十人くらい、ですね」

 

と、包帯で視界が封じられている白檮山雪月花が正確な人数を当てて見せた。

千金楽燈は驚愕した、視界は封じても何らかの方法で見えているとは思ったが、正確な人数まで判るのかと彼女の能力に興味を示した。

 

「聞きにくい事だと思うけど、その包帯は……」

「え?ああ!不思議ですよねこれ、別に目が悪い訳じゃないんですよ?」

 

と、さっぱりとした口調で彼女は言う。

どうやら障害の類いでは無い事を千金楽燈は安堵の息を静かに漏らす。

 

「あたしの道場では心眼を鍛える修行をしてるんです、普通は目で見える程度の情報しか判りませんので、目には頼らない方法、心眼を鍛える事で視覚を越えた情報収集を可能にさせるんです」

「反響定位みたいなものか」

 

超音波を発した際に反射された音から周囲の物体の距離や位置を測る能力。

普通の人間では先ず得る事の出来ない能力だが、彼女の家系はそれを心眼と称して学ばせているのだ。

 

「それに合わせて、あたしは闘猛火の熱を感知して相手が何処にいるのか分かるんです」

(サーモグラフィーみたいなの……いや、どちらかと言えばピット器官、か)

 

熱を感知して視覚的に熱を視認する事が出来る複数の種類の中の有数なる蛇が持つ器官である。

彼女の場合は視覚ではなく、肌がセンサーの代わりで熱を感じ取る事が出来るらしい。

これを応用し、周囲に溢れ返る受験生のおおよその人数を言い当てて見せたのだ。

 

「なので、ちょっとした推理なんかも出来るんですよ?」

「……推理?」

 

彼女の言う推理とは一体何なのか、千金楽燈は気になって聞いた。

すると彼女は息を飲み込んだ。

静かに、周囲の受験生の群れに顔を向けると、「あっ」と声を漏らした。

 

「今、其所に息を整えている人、居ますよね?」

「ん、ああ、居るけど」

 

その場で上半身の運動服を脱ぎ捨てて、天を仰ぐ様に大きく息を吸う男性の姿があった。

彼が一体どうしたのだろうか、と千金楽燈は彼女の言葉を待っていると。

 

「あの闘猛火のカタチは……風の様な荒々しさがありますね、とすると……背丈の大きさから風島道場の跡取り、風魔鳳仙さんですね」

 

と、情報を口から漏らして言って見せた。

かなり詳しい情報で、何故そこまで判るのか千金楽燈は不思議そうに聞く。

 

「なんで分かるんだ?」

 

彼の質問に、白檮山雪月花は得意気に答えた。

 

 

 

「あたしの村には旅館があって、近くには稽古をする道場があるんです。

で、そこでは色んな斬人たちが訓練の為にやって来ては疲れを癒すのですが、私は其処で見稽古と言いますか、相手の動きを目隠しで覚えるんです。

勿論、前提としてですけど、事前に『今日はまるまるの道場から人がやってくるよ』なんて旅館のおばちゃんたちから聞いてるので、あらかた有名処の斬人だったら覚えてるし、それに近しい斬人も分かると言う訳です」

 

彼女の出生を何となく理解した千金楽(ちぎら)(あかし)だったが、一つ腑に落ちない事があった。

 

「ちょっと待ってくれ、それで名前も分かったのか?」

 

何故名前すら理解出来たのか、と言うと彼女は気恥ずかしそうに舌を出していた。

 

「えへへ……実はここに来る前に旅館でお偉いさんのお話を聞いておりまして、あたし、その旅館で働いてるんですけど、抜刀官のお偉いさんも来るんです、其処で今年、優秀な受験生の話題で盛り上がってたんです、そこでお話を盗み聞きして、今回の試験で合格しそうな人の名前を聞いてたんです」

 

成る程。

それならば納得のいく内容だった。

ならば、と千金楽燈は新たに気になる事を彼女に聞いた。

 

「それで、その話題には俺の名前は出てたのか?」

 

とても気になる事だった。

少なくとも、千金楽燈にとっては重要な内容である。

お偉いさんがどれ程の地位に属する存在かは知らないが、そこに話題が上がれば、少なくとも千金楽燈は抜刀官関係者にとって実に興味がある人材だと言う証明になり得た。

 

期待に胸を膨らませる千金楽燈に対し、白檮山雪月花は、「にはは……」と苦笑いをしていた。

 

「燈くんのご期待に添えませんが……話題には上がって居ませんでしたね……」

「あ……そ、そうか」

 

少し千金楽燈は気分が落ち込んでいた。

有名な道場から出てきたので、少なからず目に留まると思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「ま、まあ……元気出して下さい、仕方無いですよ、何せ今年は戦極さんの話題でいっぱいだったんですから……」

 

と、そこで話題が断ち切れた。

千金楽燈と、白檮山雪月花の前に、汗を流している受験生たちの顔が、不満を抱いた表情で此方を見ていたからだった。

彼らの表情からは一切の余裕を感じられなかった。

大量の汗を掻き、今すぐにでも横になってしまいたいのが表情から伺える。

けれど、決してその様なはしたない真似をしないのは、彼らなりの教育の賜物だろう。

 

「退けッ」

 

そう言いながら彼らは千金楽燈と白檮山雪月花を木製の椅子から退かそうとした。

多少、強引なやり方であるが、彼らの言い分も分かる。

千金楽燈と白檮山雪月花は一番早くこの益良雄神社へと到達した。

当然、他の人間よりも休み時間が長く、既に体力は回復している。

本来ならば、他の受験生が休める様に席を譲るのが人としての良識だろう。

 

「ああ、悪かったよ」

 

その点を素直に認め、千金楽燈は立ち上がろうとした。

同じく、白檮山雪月花も物分かりの良い娘であり、彼らに席を譲ろうと席を立つ。

息を荒々しくしているその受験生は、汗を手の甲で拭いながら千金楽燈たちを睨んだ。

 

「待てやオイッ」

 

口調は荒く乱れている。

その言葉に千金楽燈は振り向いた。

受験生は木製の椅子に向けて指差すと、怒りを交えながら告げる。

 

「俺の前に座っていた癖に、汗で汚れた椅子に座れと言うのか?」

 

と、千金楽燈と白檮山雪月花に向けて難癖に近しい言葉を投げかける。

 

「……はあ?」

 

流石の千金楽燈もそのイチャモンに眉を顰めた。

しかし、近くに居た白檮山雪月花が慌てる様に千金楽燈の隣に立ち、耳打ちをする。

 

「燈くん、あの人、阿久刀川さんです」

 

その言葉に千金楽燈は首を傾げる事しか出来なかった。

名前を聞いてもピンと来なかった為だ。

 

煌族(こうぞく)ですよ、あの人」

 

 

煌族(こうぞく)

その名前は何となく理解していた。

所謂、華族や貴族と同じ存在であり、特権階級の権力者であった。

煌、と言う名称は、国を守護し続けた大名に対し、現石動京の代表・『天磐門(あまのいわと)』の生き神『天照大刀神(あまてらすたちのかみ)』から賜る貴族階級であった。

そして、阿久刀川と言う男は貴族の出である受験生であるらしい。

 

「ああ……で、俺にどうしろって?」

「なんだその口の聞き方は、お前の父親、何処の人間だ?」

 

阿久刀川の質問に千金楽燈は脈絡が無い為に目を細める。

 

「お前の父親が働いてる場所なんて、俺の権力で辞めさせても良いんだぞ?」

 

そう言われて納得した。

親の権力を使い、千金楽燈の家族を路頭に迷わせる事も出来る、と言いたいのだろう。

 

「俺の家族は居ない、死んだ……いや、大切な妹が一人いるが」

 

それ以上を口にする事はしなかった。

阿久刀川と言う男に教える気は無かったし、これが切欠で大事になり妹に迷惑が掛かる可能性もあった為だ。

 

「……燈くん」

 

傍に居た白檮山雪月花が彼の服の袖を強く掴んだ。

彼女の行為に千金楽燈は同情でもしたのだろうと思った。

だが、相手は同情をする気は一切無いらしい。

 

「ふん、ならお前が末代か?それなら利口に生きてろよ、父親と同じ様に間抜けな死に方をしたく無かったらな」

 

その言葉に、千金楽燈の目の色が変わった。

相手にする気など無かったが、その侮辱は千金楽燈にとって許せぬものだった。

 

素早く手を振り上げる。

相手が自らの殺意に気が付く前に、首筋に向けて手刀を振るった。

流石の千金楽燈でも、手刀で人の首を斬る程の切断能力は無い。

だが、相手の頸椎を確実に折半する事は出来る、それ程の威力で阿久刀川の首を、命を断とうとした、最中。

 

「だめ、ですよ」

 

彼の手首を抑える、白檮山雪月花の両手。

恐らく、他の受験生は気が付かなかっただろうが、彼女の動きは千金楽燈よりも素早く動いていた。

その手を強く握り締めて、白檮山雪月花は彼の手を自らの胸元に沿える。

彼女の豊満な胸に掌を押し付けられて、千金楽燈の怒りは次第に冷めていく。

 

「手を出してはいけませんよ、燈くん、確かに酷い事を言ったのは事実ですが……此処で人生を棒に振るってはいけません……あたしは、燈くんが抜刀官に成る姿が見てみたいです」

 

千金楽燈は、自分の役割を思い出す。

試験に合格し、試刀生となって試練を突破して、そして抜刀官になる。

胸を張って、正面を切って妹を迎えに行くのが、千金楽燈の役割。

抜刀官になるまで、我慢をし続けて来た、もうじき、それが報われるのに、それを不意にしようとするなど、決して有り得ないし、してはならない。

冷静になる千金楽燈は、息を吐いた。

 

「ああ、悪かった、目が醒めたよ、ありがとう雪月花」

「はい、それは良かったです」

 

ご機嫌にはにかむ白檮山雪月花に、千金楽燈は手を引っ込めようとする。

 

「……なあ、雪月花、もう手を出さないから、手を離してくれ」

「こちらの方は手を出しても大丈夫ですよ?」

 

強く自らの胸に千金楽燈の手を押し付ける。

その手を引っ込めようと引っ張るが、彼女の力の方が強かった。

 

「おい、何を無視してんだ、テメェッ」

 

すっかり蚊帳の外になった阿久刀川(あくとがわ)が怒りをぶつけようとした最中。

 

「ちょ、待て、お前!!」

 

彼の取り巻きの一人が木製の椅子に目を向ける。

先程の騒ぎで誰も木製の長椅子に座らなかったのだが、その雰囲気を無視して堂々と長椅子にごろりと仰向けになって休息を取る男が居た。

大量の汗を流し、顔には渇いたタオルを乗せて、ひと眠りしようとしている男性だった。

 

「おいッ、其処は俺の席だ、聞いてんのかッ!!」

 

叫ぶ阿久刀川が長椅子からはみ出る足を思い切り蹴る。

その一撃を受けた事で、長椅子で休んでいた男が起き出した。

 

「ぎゃ、ああああッ!!」

 

叫び声が響く。

その声に、胸に手を押し付ける白檮山雪月花と、掌を剥がそうと必死になる千金楽燈は視線を其方に向けた。

たった一瞬である、阿久刀川の取り巻きはその場でしゃがみ込んで口元を抑えて血を流していた。

そして、当の本人である阿久刀川は、長椅子を占領した男の五指を頭部に減り込ませて激痛を喉奥から発していた。

 

「が、ァ!!て、テメェ!!こ、こんな、事して、タダで、済むと、思ってんのかッ、お、俺はッ、煌族の、阿久刀川、だ、ぞォ!!」

 

彼の名乗りに対して、男はタオルで顔面を拭いながら気怠そうな声を漏らす。

 

「身分勝負が御望みか?確かに身分が上だと都合が良い……こうして、貴様を殺してもお咎めは無いのだからな」

 

めきり、と。

頭蓋骨が砕ける音が皮膚の内側から響く。

白檮山(かしやま)雪月花(せっか)は、その長椅子に座る男性の姿を見て、あ、と声を漏らした。

 

「戦極さん」

 

名前を呼んだ事で、千金楽燈は彼女に視線を向けて問う。

 

「知っているのか?」

「はい、……戦極(せんごく)京兵(きょうへい)さんです、煌族の上、十家の一角、戦極家の斬人(きりゅうど)です」

 

十家。

その名前は、千金楽燈も知っていた。

多くの大戦、小国・石動京に多大な貢献・優れた斬人を排出し英雄として活躍した血筋に与えられた称号。

その中でも戦極家は特殊な名を持ち、大戦において極めて優秀な功績を齎した家系。

古き記録では千五百年頃に発生した大禍事変(おおまがじへん)の首魁討伐、近代では第二次世界大戦にて国内で発生した祅霊の群、最多数の百鬼夜行を戦極家総出で討伐し被害を最小限に抑える事に成功した。

 

生きる軍神、伝説の武神。

それが、戦極家であった。

 

「何の騒ぎだッ」

 

その言葉と共に、女性の抜刀官と職員が騒動の輪に入る。

阿久刀川と戦極京兵の姿を見て、先ず事情を聴く前に女性の抜刀官は叫んだ。

 

「暴力行為は禁止だぞ、その手を離せ……失格になりたいのか!?」

 

と、女性抜刀官の言葉で漸く、戦極京兵は手を離した。

 

「う、うぅぅう」

 

顔面を抑えながら阿久刀川はその場にしゃがみ込んだ。

少なくとも彼の頭蓋骨は罅が入っているだろう。

すぐさま、女性抜刀官は阿久刀川の容態を確認。

 

「医務室だ、運んでやれ」

 

職員に命ずると、阿久刀川の方を掴んで歩き出す。

近くに居た取り巻き達も、同じ様に阿久刀川と医務室に向かい出した。

 

「戦極京兵、だったな」

「説教は止めろよ、面倒臭ぇ」

 

戦極京兵は悪びれた様子も無く椅子の上に横たわる。

彼の行為を女性抜刀官はこれ以上責める事はしなかった。

 

「何を見ている? 馬鹿騒ぎは終いだ、散れ、散れッ」

 

女性抜刀官は周囲の人間の野次馬を散らす様に叫んだ。

そして、千金楽燈は、白檮山雪月花の手から離れる。

 

「戦極、か」

 

その様に呟き、長椅子で呑気に眠る男の姿を認識していた。

 

 

 

 

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