焼かれど絶えず   作:水狗丸

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惣国の夢跡

 水縹の海に黄金の空明。水は涼しく面は凪いで脚は苔生した朽木であった。空が銀箔に覆われ、次第にアルミが被さっていく。奔放な西風、そして秋の息吹が肌を裂く。時は霜月の終り。私は早朝より常春の国──嘗て名草や雑賀と呼ばれた土地、和歌山市へ向かっていた。

 

 天候は曇り。気温は20度前後。時刻は午前11時、私はJR和歌山駅に致着した。大股で和歌山電鐵貴志川線がある9番線へ向かい、800円を手に収めてから窓口に立つ。貴志川線は西国三社参りに便利な路線だ。一日乗車券を買えばお得且つ容易に果たすことができる。

 

「一日乗車券をお願いします」

 若い女性の駅員さんは今日の日付が書かれた赤いチケットを渡して言った。

 

「下車の際は先頭車両の駅員に見せてください」

 猫のたま駅長で有名になった貴志川線には様々なデザイン電車が運行しており、現在ホームには『UMEBOSHI DENSHA』(うめぼし電車)と書かれた赤い電車が停まっている。中は小さなログハウスのような木目調で、紅と青のシートには梅の花を描かれている。後ろの車両には赤子を入れるためであろう楕円形の柵があった。奥の車両に移ると左手に棚があり、中にはたま駅長たちが描かれた菓子や絵本。紀州漆器に湯浅醤油、和歌浦煎餅などが飾られている。私は棚の前にある座席に腰を下ろし、日前宮で降りるまでじっと土産物を眺めていた。背後の窓は銀の雲が覆っている。

 

 和歌山駅を出て田中口を過ぎると日前宮前に到着する。私は先頭の車両へ移り、運転手にチケットを見せて下車した。この旅最初の目的地は日前宮。創建2600年餘あるここは一つの境内に日前神宮及び國懸神宮という二社の大社を抱えている。

 

 日前神宮の主祭神は日像鏡を御神体とする日前大神。國懸神宮の主祭神は日矛鏡を御神体とする國懸大神。いずれも八咫鏡の前身となる鏡という。

 

「石凝姥為冶工採天香具山之金以作日矛又全剥真名鹿之皮以作天羽鞴用此即紀伊國所坐日前神也」

(石凝姥を工として、天香具山の金を以て日矛の鏡を作らせた。また鹿の皮を以て天羽鞴を作らせた。これを作り奉らせた神は紀伊国にお座す日前神である)

『日本書紀』より

 

 

 皇祖神天照大御神の前霊を祀る尊き社。その格は彼の伊勢神宮と並び、位階を超越した大社である。豊臣秀吉の紀州征伐を経て規模は最盛期の5分の1となったが、今なお紀伊國一之宮として地元からの崇敬の念は絶えていない。

 

 鳥居の前で一礼してから神域に入る。道は三つに分かれている。砂利と枯葉を踏み締めながら中央の道を抜けると、右に國懸大神、左に日前大神と書かれた案内板。私は右に曲がった。今日は風が強く、二度落ち葉が鼻先にぶつかってきた。途中幾つかの摂社が見えたが、一先ず國懸大神が祀られている社へ向かう。

 

 ところでその昔、現在日前宮がある秋月にはもう一つの紀伊國一之宮伊太祁曽神社があり木の神五十猛命が祀られていた。後にその社は国譲りと言う形で遷座され、現在は東南へ徒歩一時間ほど先に位置している。そもそも日前宮に祀られている二柱は名草の農耕神だったという見方もある。ともすれば彼らとしても征服者たる大和王権の皇祖神と成るのは不本意だったかもしれない。手を併せながら思う私はこの言葉を喉で止めて、呑み込んだ。死人に口なし。今度は手前にあった摂社・中言神社の前に立った。此処に祀られているのは名草姫命と名草彦命という姉弟神である。

 

 

「六月乙未朔。丁巳。軍至名草邑。則誅名草戸畔者。」

『日本書紀』より

 

 

 名草、後に雑賀と呼ばれる地を纏めていた者は名草戸畔という女酋長だった。彼女はカムヤマトイワレビコ( 後の神武天皇)の軍から村を守ろうとしたが敗れ、亡骸は頭と胴体、脚に分けられ今の海南市にある三つの社──頭は宇賀部神社、胴は杉尾神社、足は千種神社──に埋められた。

 

 ここを想えば思い出すのは雑賀衆最後の砦の城主、太田左近。名草戸畔も太田もこの地を愛し、余所者の支配を拒み、抵抗の末に命を落とした。しかし彼らの情熱はより強い光に隠れ、今や知る人ぞ知る程度に留まっている。

 

「悲しいものだな。報われることなく、忘れられるというのは」

 水鏡に小石が一つ、静に投げ込まれたようだった。左を向くと、琥珀の瞳と目が合う。白魚の指が山吹の首巻を弄っている。鳶色の髪は落ち葉と共に舞っている。その女性の佇まいを私にしては珍しく全ての色を覚えていた。まるで何度か写真で見返したように、鮮明に。

 

「貴女は、菰野の」

「久しぶりだな、好奇心旺盛な旅人さんよ」

 奇妙な再会にも思われたが、袖振り合うも他生の縁と言う。阿弥陀さまのお計らいならば出会いは大切にせよという思し召しやもしれぬ。斯様に思い再びこの女性と旅を共にすることになったのだ。我々はその後竈山神社、伊太祈曽神社にも参詣し無事に三社参りを終えることができた。これも単に女性の感覚が優れていたためであり、大変ありがたいことだった。

 

 今度は和歌山駅から南海電鉄和歌山市駅行のバスに乗り、宇治で下りた。私は家や住宅が混在する一般的な町並みを、彼女は四つ折りの地図を眺めている。次の目的地はここから歩いて2,3分ほどの鷺森御坊。

 

 ここの由緒については『鷺森旧事紀』に詳しくある。曰く文明2年。本願寺8世蓮如上人が河内国に居た頃のこと。紀州海士郡冷水浦に住む喜六太夫という者が賀茂谷岩の観世音に詣でて菩薩に祈ったところ、或る晩霊夢を見た──「藤代峠に赴き僧が来るのを待て」と。夢に従い、蓮如上人と出会った喜六太夫は彼に弟子入りし、了賢という法名を賜った。そして彼は飯盛山に一宇の道場、冷水道場を建立し此れが鷺森別院の前身、そして紀州真宗濫觴の地となった。尚御坊は3度移転しており、永禄6年に現在の地に至った。

 

 浮き立つ心のまま門を抜け、白い石畳を踏み締め、聳える御坊を凝視める。今、私の瞼の裏には数人の雑賀門徒の姿があった。御堂の中では信長に抗う決心を固めた教如上人と、岡をはじめとした抗戦派。信長との和睦を選択した顕如上人と孫一ら和睦派が争っている。本願寺父子の対立は同寺の東西分派の原因となった他、鈴木孫一重秀は(本願寺から制止されたにも関わらず)抗戦派だった義父土橋平次殺害を決行した。斯くて孫一は雑賀衆を牛耳る立場になった。しかし後ろ盾だった織田信長の横死により、彼の天下は僅か半年で終わった。孫一は反撃に転じた土橋の者らから逃れるため雑賀を去ったのだった。

 

 「私は思うのです。孫一は雑賀衆と言うより、雑賀門徒衆の英雄と」

「じゃあ、お前さんが思う雑賀衆の英雄は誰だ?」

「英雄と言うより最後の砦の長ですが、太田左近でしょう。既に無き太田城の城主で天正13年、豊臣秀吉の軍に抗い水攻めの末斬首されました。……もし、もし名草戸畔が雑賀衆の前に現れたら、最後まで雑賀を守ろうとした左近を称賛したと思います」

 風が耳元を通り過ぎていく。女性は山鳥の尾を右手で押さえながら空を仰いでいた。一羽の鳶が力強く空に弧を描いている。

 

「『雑賀の地は一方、或いは二方は海により。また一方は水多き川により、第四は非常に険しく高い山によって囲まれ、入り口は一つしかない』……フロイスが語った通り、或いは私が交通の便の悪さを感じている通り、紀北の地理は守りに優れていたが故に自立心の高さが培われたのでしょうか」

「根来惣国が人脈と権力という打算によって拡大したのならば、雑賀惣国は各々が理想と言う木材を持ち寄って建てた城だったのだろう。しかし全ての木材が自由な形をしていたが故に城は脆く不安定なものになった。軽い一突きで恐ろしいほど揺れ、軈て理想のぶつかり合いによって崩れ去った」

 幾つもの出入り。石山合戦、太田城攻め、紀州征伐……氷でできた瓶のように雑賀の国は日に日に崩れ落ちていた。

 

 

「根来寺ノとをり焼、煙立テヨリ、其夜大焼、天カガヤク也、根来寺放火、雑賀モ 内輪散ぢりニ成テ自滅之由風聞アリ。慥之注進いまだ無之。」

「廿四日巳刻、雑賀御坊より注進有之。鷺森寺内、宇治、岡無別儀、湊、中嶋一圓ニ放火、其外之在々所々ハ、半分三分二程ヅ、何レモ焼了。秀吉御人数乱入より巳前ニ、在々所々にてソレゾレ内輪相破テ如右云々。」

『宇野主水日記』(貝塚御座所日記)より

 

 

 優れた鉄炮衆として名を馳せた彼らは最後にお互いに昏い銃口を向け合い、所によっては秀吉の手に掛けられることもなく自ら滅びの道へと進んでいった。雑賀衆崩壊後、秀吉は弟秀長に対し「岡山」(虎伏山)に築城を命じ、此れが後に紀州徳川家の居城となる和歌山城の基礎となった。

 

「根来も雑賀も全てを守ることはできなかった。城も社も寺も焼かれ、惣国は悉く終焉を迎え、跡には灰だけが残ったか」

 和歌山駅に引き返し太田城跡へ向かう間、彼女は誰にでもなく語った。その眼は東を向いていた。

 

 太田城は延徳年間、64代国造俊連が日前宮の社領を守るべく築いた3つの城の一つである。安土桃山時代に入ると城は太田氏のものとなり、天正4年には太田左近が戦乱の世に相応しい形に改修したという。堀は東西250メートル、南北200メートルに及び、東に大門を構えていた。天正6年5月、鈴木孫一は報復のため太田城を責めたが根来寺衆の支援もあり堅固な城を落とせず1ヵ月後に和睦、停戦となった。

 

 更に8年後、豊臣秀吉による紀州征伐が始まった。粉河寺の他、雑賀衆と並び鉄炮で名を馳せた根来寺も焼け、太田城は再建されることなく、今は『太田城址碑』と刻まれた石碑と案内板があるのみ。太田城陥落の後、刀狩りや兵農分離、城下町の再編により紀州惣国は完全に崩壊──日本の中世は終わりを迎えた。

 

「孫一のように強者に阿ることで生き延びた者がいる一方、抗った者たちの多くは落命した。どちらかが正しかったわけじゃない。まあ、何方であれ阿弥陀さまは衆生をお救いくださる。その件で化けて出てくることはないだろうな」

 抵抗の果てに満ち足りて亡くなった者もいたかもしれない。紀州を捨てて後悔した者もいたかもしれない。

 

 結局のところ私は人が築いた人の欲に満ち、何度も隣人間でぶつかり合った惣国を好いていた。そして彼らを知りたい、覚えていたいと思ったが故に此度この地に足を踏み入れたのだ。思案を脱し面を上げると腹の虫が鳴いた。彼女は呆れたように頭を振る。

 

「全く、お前さんはいつもマイペースだが重度の空腹には敵わんだろ。和歌山ラーメンでも食べに行こうぜ」

 この提案に私は素直に首肯いた。

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