焼かれど絶えず   作:水狗丸

3 / 3
静岡県・浜松市舘山寺編。ほぼ掌編です


2億5000歳の仏さま

 浜名湖の波が赤い岩を絶えず掻き続ける。日本列島が今の形になったのは1500万年前、最古の恐竜の存在は2億4000〜3000年前に遡るという。一方私の足元で美しい層を描いているこれらチャートは2億5000年前に成形されたものだ。

 

「弘法水の名の通り、舘山寺を開いた弘法大師は各地で清水を湧かす逸話を遺している。故に地学に長じていたと今では考えられているようじゃないか」

 鳶色の人は足元に転がっていた岩の欠片を摘み上げ、じっと目を凝らしている。チャートは生物の殻や骨片が堆積した岩石で、赤色は酸化鉄によるものだ。海に沈み、固まり、血色を取り戻したものが今、我々の足元を支えている。

 

「正確な時代や由来までは分からずとも、この岩が特別なものであることは薄々感じ取っていたかもしれないな」

「沿革によれば旅する者たちの心を清めるべく山紫水明のここを選んだそうですから、強ち誤りではないやもしれません」

 我々からそう遠くないところで漁師と思しき人が船を立ち漕いでいる。浜名湖の豊かな水は数多の命を抱き締め、人々はその恩恵に与っている。そしてその湖の底でチャートたちは永く営みを見上げ続けていただろう。

 

「草も花も、土も大地も仏になるための種がある。幾星霜を経て無数の生命やその断片が一つの岩になるというのもは転生の形でしょうか」

「宗派にもよるが岩の形の仏になったのかもしれないな。黙し波に打たれるがままを是とするならば、それもまた悟りを得た姿なんだろう」

 鳶色の人は摘み上げた石をそっと下ろした。この何の変哲もない一欠片すら仏ではないかと彼は語る。私は肯った。念仏を唱える喉を持たない動物や草花が仏になるとすれば人に導かれるか土に還る他ないだろうと。

 

「俺たちは無数の仏の上で生きている。生かされているんだ。今までも、これからも」

 汽水の上を滑った風が我々の髪を掻き乱す。弘法大師はこの岩や湖、あるいは山に何を見たのだろうか。あるいはただ清水を求めただけかは、彼のみぞ知るところだろう。

 

「そして悠久を生きた仏さまの上で腹を空かせているのが俺達さ」

 腕時計を見ると針は10時を回っている。朝餉を抜いた私の腹はとうに虫も不貞寝していた。つい先ほどまで仏性について語っていた彼は打って変わって俗な人の顔を見せている。

 

「そうですね。食を経て学ぶのも一興でしょう」

「都合のいい解釈だが、悪くないな」

 かくて我々は赤い海岸を後にした。豊かな波音と赤色層状の美しさは、それから長く明瞭に私の五感に残っている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。