「うつですね」
僕と対面する白衣の男は、天気の話でもするかのようにあっさりとそう告げた。
男の背後の大きな窓からは、澄んだ日差しが部屋の隅々まで差し込んでいる。
暖房が効いた部屋は心地がいいが、僕の内心は重苦しかった。
「……」
返事をすることすら億劫だった。
言葉が喉の奥にへばりついて、音にならない。
今朝、職場へ向かう道すがら。
僕は駅前のコンビニの前で座り込み、スーツのままアスファルトの上で声を上げて泣いた。
大の大人が、人目を憚らずわんわんと泣いた。
周囲の人々は、そんな僕を奇異の目で見ていたに違いない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「まあ、一般的な抗うつ剤も出すことはできますが」
医師は、にこやかにカルテをめくる。
どうにも胡散臭い。
友人に紹介されてきた手前、大丈夫だとは思いたいが……
「当院では、ちょっと特殊な治療法も取り入れていましてね」
「はあ……」
「とりあえず"おねいさん"のほう処方しときますね」
「えっ、おね……?」
聞き間違いかと思い、僕は思わず聞き返した。
そんな僕などお構い無しに、医師はデスクの端にあるボタンを押した。
すると診察室のドアがノックされ、ひとりの女性が入ってきた。
「こんにちは!」
二十後半、あるいは三十代前半だろうか。
黒い膝丈のタイトスカートに、白いブラウス。
知的なファッションだが、胸元のボタンがギリギリ悲鳴を上げている。
長い黒髪を揺らし、その口元はどこか物憂げな微笑を浮かべていた。
「今日からあなたの"おねいさん"になります。綾香です。よろしくね!」
「えっ!?」
「なるべく週二~三くらいはセックスしてくださいね」
「エッッッ!?」
僕の絶叫にも似た声は、静かな診察室に虚しく響いた。
目の前のおねいさんは、ただ静かに微笑んでいる。
「ちょ、困ります、僕は女性が苦手なんですよ」
ドクターに詰め寄り、小声で講義する。
「まあまあ、落ち着いて、うつにセックスセラピーは効果が高いんだよ」
「そ、そんなの聞いたことないですよ!」
「わたしが君の"おねいさん"としてサポートするから、大丈夫だよ」
「いや、無理ですって……!」
「あ、ちなみにお給料や生活の心配は無用ですよ。治療期間中、衣食住、全て当院が面倒を見ます。治療に専念してくださいね」
「えっっっっっ!?!?」
即断だった。
そして、医師はこう結んだ
「ただし、この治療には、一つだけ絶対に守ってもらいたい条件があります」
「条件……?」
「ええ、それは────おねいさんの部屋は、決して覗かないこと」