風呂から上がると、どっと疲れが出た。
タオルで頭をガシガシと拭く気力もなく、適当に水気を切っただけでリビングへ戻る。
そのままソファに沈み込もうとした、その時だった。
「あーっ! ストップストップ!」
おねいさんが慌てて駆け寄ってくる。
「もう、ビショビショじゃん。高い革張りのソファなんだから、濡らさないでよ」
「あ、すみません……」
「謝るくらいなら拭く! ほら、こっち座って」
ソファの前のラグに座らされる。
抗議する間もなく、背後からふわりとバスタオルを被せられた。
「じっとしててね」
「いや、自分でやりま──」
「──いーいーかーら」
「これも治療の一環。患者さんは大人しくされるがままになってること」
ブォォォォォ……
温かい風が頭皮を撫でる。
ドライヤーをかけてもらっている
「ねえ」
ドライヤーの音に負けないよう、少し大きめの声でおねいさんが言った。
「どうして苦手なの?」
「……?」
「女の人だよ」
「ああ……」
「教えてよ」
「でも……」
「ヒミツにするから。誰にも、先生にもわたしからは言わないからさ、ね?」
「じゃあ……はい」
「やった!」
「学生の頃、仲のいい女性が居たんですよ。サークルも一緒で、二人で飲みに行くくらいには気が合ってて」
僕は膝の上で拳を握りしめ、視線を床に落としたまま続けた。
「距離が近づいていくのを感じてた。だから僕は、ある日の帰り道、思い切って告白しました。好きだ、付き合ってほしいって」
「うん」
「でも、その言葉を口にした瞬間……彼女の表情が、一変したんです」
今でも夢に見る。
さっきまで笑っていた彼女の顔が、能面のように凍りつき、そして露骨な嫌悪感に歪んだあの瞬間を。
「『え、無理』って。言葉はそれだけでした」
その短く鋭い拒絶が、僕の存在すべてを『生理的に受け付けない汚物』だと断定したようだった。
「これ以上ないほど明確な、僕という人間への答えでした……」
自分は誰かに好意を抱くことすら許されない側の人間なのだ。
身の程を知れと、世界から烙印を押された気がした。
「以降、僕は女性との関わりを諦めました……」
吐き出すようにそう告げて、僕は視線を落とす。
目の前に座る彼女――自他ともに認める美貌を持つ彼女が、どんな顔をしているか見るのが怖かった。
「それは、つらかったね」
だが、降り注いだのは意外なほど柔らかな声音だった。
「君が自分のこと汚いって思う気持ち、分かるよ。わたしも自分が嫌いだから」
思わず顔を上げた。
彼女は悲しげに眉を寄せ、まるで我が事のように僕を見ていた。
共感の言葉。寄り添う姿勢。
しかし、僕の心には温かさよりも先に、冷たい違和感が走った。
「……どうしてわかるんですか? 自認美女なのに?」
口をついて出たのは、皮肉めいた問いだった。
彼女は美しい。
誰がどう見ても、選ばれた側の人間だ。
そんな人間が、汚物の何をご理解できるというのか。
「わたしだって、鏡を見て絶望することくらいあるんだよ」
「……」
僕は言葉を失い、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。
どうせ今日のメイクのノリが悪いとか、目元に小さなしわを見つけたとか、おそらくはそんな次元の話だろう。
僕が抱える「存在そのものの否定」と、彼女が抱える「美の追求による苦悩」とは違う。
「むー、どうも納得出来てない感じだね」
彼女が小首をかしげ、不満げに唇を尖らせた。
「……」
図星を突かれ、僕は返す言葉が見つからない。
彼女は僕の卑屈な心中など、すべてお見通しらしい。
気まずい沈黙が流れる。
だが次の瞬間、彼女はあまりに突拍子もない提案を口にした。
「じゃあ、セックスする?」
「えっ!?」
「する?」
「なんで……?」
「言葉では、わかりあえなかったから!」
「……どうしてそこまでしてくれるんですか? 仕事だから?」
そう、彼女にとってこれは仕事なのだ。
僕のような「汚物」扱いされた男が相手でも、金銭という対価が発生するなら体を重ねる。
それは慈悲でも好意でもなく、ただの業務遂行に過ぎないはずだ。
けれど彼女は、僕の卑屈な問いかけを吹き飛ばすように、にかっと笑ってみせた。
悪戯っぽく、けれどどこか挑発的な、あざやかな笑顔だった。
「仕事だとしても、わたしが愛のない完全なマシーンだと思う?」
白いふとももをみて、僕はごくりとなまつばをのんだ。
そしてこのあとめちゃくちゃセックスした。