激情の嵐が過ぎ去ると、部屋には重たい静寂と熱気だけが残された。
思考は白く霞み、指一本動かせない。これが「治療」なのかは分からないが、胸の内の重苦しさが肉体的な疲労に塗り替えられたのは確かだった。
「…………」
ふわりと気配が動く。
おねいさんが身を起こしたのだ。
カーテンの隙間から射す月明かりが、彼女の華奢な背中を白く縁取る。
直前までの熱が嘘のような、冷ややかで非現実的な美しさだった。
「……おねい、さん?」
掠れた声に彼女は振り返らない。
何も言わずベッドを降りると、迷いのない足取りでリビングの奥――例の『おねいさんの部屋』へと向かっていく。
そのまま彼女は、音もなく扉の向こうの闇へと吸い込まれていった。
カチャリ。
無機質な施錠の音が、静寂に響く。
あの暗闇の中で何をしているのか。疑問を抱く気力すら残っておらず、僕は再び泥のような眠りに引きずり込まれた。
あれから、僕の奇妙な療養生活が始まった。
スーパーで食材を選び、夜はゲームに興じて本気で悔しがる。
まるで新婚夫婦のような穏やかな日々。
彼女の明るい声を聞いている間だけは、呼吸をするのも辛かった胸の重苦しさが嘘のように薄らいでいった。
夜になれば身体を重ねる。
だが、不可解なのはその後だ。
深夜二時、あるいは三時。
隣で眠っていた彼女は、必ずベッドを抜け出す。
ふわりと香るシャンプーの匂いを残し、彼女が向かうのはリビングの奥――例の『おねいさんの部屋』だ。
カチャリ。
無機質な施錠の音が響き、朝まで彼女が戻ってくることはない。
中からは物音ひとつ聞こえなかった。
『決して覗かないこと』
医師との約束は守らなければならない。
だが、禁止されればされるほど、想像は悪い方へと膨らんでいく。
満ち足りた日常の裏で、正体不明の疑念だけが、僕の中で黒い染みのように広がり始めていた。
そんなある日のことだった。
深夜、ふと喉の渇きを覚えてリビングへ出た僕は、信じられない光景を目にした。
暗がりの中、人影があった。
おねいさんではない。
背が高く、肩幅の広いスーツ姿の男だ。
「……っ」
男は僕に気づく様子もなく、迷いない足取りでリビングの奥――『おねいさんの部屋』へと向かっていく。
まるでここが自分の家であるかのように自然な所作でドアノブに手をかけると、音もなく扉が開いた。
一瞬、隙間から漏れ出したのは紫がかった奇妙な光と、鼻をつく薬品臭。
男はその中へと吸い込まれ、すぐに扉は閉ざされた。
カチャリ。
無機質な施錠音が、静寂に響く。
「……は?」
今の男は誰だ? どうやって入ってきた?
そして何より、おねいさんはあの部屋で男と二人きりで何をしているんだ?
「……治療って、まさか」
脳裏に最悪の想像が過ぎる。僕にしているようなことを、あの男にも?
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
恐怖よりも先に、どす黒い嫉妬と疑念が湧き上がる。
「決して覗かないこと」
医師との約束が頭の中で音を立てて崩れ去った。
僕は震える足で、あの扉へと歩き出す。
もう、確かめずにはいられなかった。