もう数話分だけ投稿を続け、票が増えればなと思っています。
元アビドス自治区の近郊に、聳え立つ廃ビル。
その屋上は、地上とは違って気圧差が激しく、砂漠の風が下界よりも一層力強く吹き荒れている。
「...数は...三十ぐらいか? 結構いるな...」
そんな強風を物ともせず、屋上の縁に直立したまま地上を見下ろす人影──五条英一。
──ふと、風が吹いた。
彼の身に着ける黒い目隠しによって、たくし上げられた純白の髪。
その一本一本が、生きているかのように揺れ、やがて静まる。
「...」
この間にも、ヘルメット団は進軍を続けている。
乱雑に隊列を組み、とても統制が取れているとは思えない。
逆に言えば、
そう考え、英一は上着に付いたポケットへと手を突っ込む。
だが、違和感を覚えた。
否──何も、感じない。
「...無線は──」
校舎にある部室。
自身の鞄の外ポケット。
一瞬で己の失態に気付き、舌打ちを零した直後──耳に届く火薬の炸裂音と、視界に走る小さな閃光。
加勢。
その二文字が、汗となって頬を伝った。
既に、戦闘は始まっている。
「っ...」
それでも、すぐには加勢できない理由が英一にはあった。
──誰かの視界に映っている状態での、無下限呪術の行使禁止。
引き換えに得た呪力出力と精度は、目を見張るほどの向上を遂げた。
だがそれは、実質的に実戦での術式使用を禁ずる縛りでもある。
(...
例え戻るにしても、今の自分はただのお荷物だ。
「...まぁ、補給が本当なら大丈──」
英一は思考が擦り切れ、吹いていた風が止まったように感じた。
──本当なら。
その言葉を、その希望を、いつから信じていた?
あの大人は、殆ど手ぶらだった筈だ。
シロコが手に持っていた、大人の所持品であろうタブレットと財布。
それ以外は、何も無かった。
──あの大人は、本当に補給を持ってきたのか?
そう英一が考えた頃には、彼の姿は既に屋上から掻き消えていた。
*
視界が、表と裏を入れ替えた直後。
気付けば、校舎の四方を囲うレンガ造り外壁に背中を預けていた。
「ふーッ...」
浅く使い切った空気を吐き出し、入れ替える。
今回の蒼による瞬間移動は、あらかじめ確保していたルートではなかったこともあり、距離相応の集中力と呪力が削がれてしまった。
「...元より、短期間で連続運用するもんじゃないしな」
そう呑気に言うが、本来立ち止まっている暇はない。
(戦況は...)
頭の半分だけを出す形で隙間から覗くと、最前線にはホシノがいた。
大型のシールドに身を隠し、淡々と射撃を続けている。
その少し後方で援護に回っているのは、シロコ、ノノミ、そしてセリカ。
弾の使い方、タイミングからして補給は受けられたようだ。
(...?)
だが、個々の動き、そしてこの状況に違和感がある。
決して悪い意味ではない。あの大人はきっと、何かしらの方法にて補給をしてくれたのだろう。
ただ、シロコ、ノノミ、セリカの各々の動きが異様に洗練されているように感じた。
其々がインカムを身に着けているので、誰かが指揮を執っているのだろうか?
(なら、アヤネは...?)
更に少しだけ、顔を乗り出して視野を広げる。
だが、アヤネどこにも居ない。
隠れて指揮を執っているにしても、ドローンが飛んでいないことから視界が確保できていない筈だ。
加えて校舎の窓を見渡した。
見つからない。
(一体、誰が指揮を...)
ついに壁から身を乗り出し、門を潜る。
直後──
「は?」
腑抜けた声を零すと同時に、視線が、一人の大人に吸い込まれる。
理解がすぐには追いつかなかった。
(防具無しでその位置は駄目だろ...!)
喉の奥が冷え、背筋が凍ったような気がした。
武器や防具の一つも持たず、
見た所、僕とは違って呪力や術式を持っている訳でもなく、狙い撃ちどころか、流れ弾、爆発の小さな破片すら当たる可能性のある極めて危険なポジション。
ヘルメット団全員に目を配り、銃口を警戒しながら総勢四名の戦闘指揮を執る。
そんな事、普通の人間、ましてや一回の被弾やミスすらも致命的なヘイローのない人間に出来るはずがない。
「──っ!?」
極めつけには、女の羽織っている白を基調としたコート。
その表に縫い付けられているロゴを見て、僕は生きた心地がしなかった。
──S.C.H.A.L.E
「...ッ、クソ...!」
その文字を読み終える前に、僕は動き出していた。
目隠しを脱ぎ捨て、最速で情報を読み取る。
ヘルメット団はまだこちらに気づいていない、背後を取っている。
そして先生に銃口が向いているわけでもない、対策委員会がなんとかカバーしている。
だが、この状態がいつまで持つかなんて見なくても理解できた。
「間に合うかッ...!」
小さく息を吐き、足元の砂を後方へ強く蹴る。
それは覚悟でも、合図でもあった。
次の瞬間、視界が激しく揺れ、世界が横へと引き裂かれる。
瞬間的な高機動と、加速に乗せた高威力の打撃によって、敵を分断し、各個撃破を狙う戦術を試みる。
だが、その前提条件は致命的なほどに厳しい。
──僕の姿は、誰かの視界に捉えられていてはいけない。
誰かの目に映っている状態での、無下限呪術の行使は禁止。
その縛りがある限り、正面戦闘という選択肢は、最初から存在しないのと同義だ。
解決策など、無いように思える。
だが答えは、異様なほど単純至極だ。
──この場にいる全員の死角を取り続け、奇襲し、駆け抜ければいい。
ただそれだけ。
誰にも見られず、誰にも認識されない速度で、場を制圧する。
幸いにも、この場所には条件が揃っていた。
かなり前に対策委員会の皆で設置した土壌の隆起、瓦礫、簡易的なコンクリートの遮蔽物。
それらが連続して死角を作り、少なくとも対策委員会の視界であれば断ち切ってくれるはずだ。
限りなく少ない時間の中で、速度を極限まで積み上げる。
練り上げた呪力は即座に肉体へ流し込み、筋繊維と内臓を強化する。
自壊を防ぐための最低限の補強。
それでもなお余った呪力だけを、術式へ回す。
姿勢を極限まで低く落とす。
重心を下げ、空気抵抗を削ぎ落とす。
──加速、旋回。
視界が流れ、景色が線になる。
ヘルメット団の背後が、一瞬だけ視界に映る。
頭部が振り向く方向を予測し、その逆へ移動。
極限まで圧縮された速度と呪力を乗せ、
衝撃が伝わる前に、相手の意識は落ちる。
一人目撃破。
思考を切り替える暇はない。
次。
二人目、三人目を撃破。
旋回。
次。
肺が焼けるように軋み、空気が足りないと警告を上げている。
残った呪力を使って、強化と補強を上書きする。
四人目、五人目、六人目撃破。
加速。
旋回。
左手の拳が裂けた。
多量の出血が、遅れて痛みに変わる。
打撃は右手のみに切り替える。
負傷の少ない方を使う、それだけだ。
次。
七、八、九、十人目撃破。
加速、旋回、さらに加速。
右手にも激痛と出血が走る。
だが痛いだけ。
見られたら終わる、速度がまだ足りない。
次。
十一、十二、十三人目撃破。
旋回。
加速。
十四、十五、十六人目、半数を撃破。
残りは──
(...既に、逃げたか)
蒼による反対方向への引力で、強制的に急停止を試みた。
だが直後、それどころではなくなる。
「──ぐッ...!?」
突然呼吸が浅くなり、思考が鈍る。
視界の端々が、黒い点で汚れた。
「はぁっ...はぁ...はぁっ...」
全身が痛む。
筋肉と骨格が、同時に悲鳴を上げている。
左手は血で濡れ、右手の拳は大きく腫れ上がっていた。
銃で撃たれるよりかはマシだが、痛いものは痛い。
「けほッ、ゲホッ...っ、はッ──」
突然、視界が弾ける。
光が砕けたかのように、暗転が始まる。
六眼があった所で、短期間での術式多用は限界を超えていた。
脳を雑に扱いすぎた。
意識が、もう保てな──
*
(...ここは)
短く思考を切り、まったく動かないままゆっくりと瞼を動かす。
目を開いた理由は特にない。
強いて言うなら、開けてもいいかなと思ったからだ。
動かない理由は、明確だった。
全身が痛んでいて、動かそうという気すら起きない。
周囲はほとんど見えない。
それでも、
布の感触。
柔らかく、清潔で、身体を包み込むような感覚。
──病院だろうか。
しばらくして、等間隔で進む時計の針の音に気づく。
静かな部屋に、その音だけが浮いている。
(...待て)
──
「おはよう」
「──」
突然聞こえた声に、思わず肩がわずかに動く。
「始めましてだよね」
その言葉を否定できる記憶は、どこにもなかった。
今まで、一度たりとも聞いたことのない声。
優しく、穏やかで、聴力が完全に戻っていない耳にも、はっきりと届く。
心当たりは、一つしかない。
「...いたんですか」
そう言った瞬間、何かが頬に触れる。
「いたよ」
これは──指、だろうか。
「...ずっとね」
...温かい。
もりもりバナナ様
the takeru様
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最強孤高の青い春について
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