階段を駆け下りる音が、やけに大きく響き続けていた。
それに重なるように、断続的な銃声が自身の鼓膜を震わせている。
一階の廊下に足を踏み入れた瞬間、
壁面に設けられた小窓が視界の端に映った。
──敵が撒いたであろう煙幕に視界を取られ、掃射を受けているシロコ。
──タクティカルシールドを展開し、敵弾に押されながらもシロコを守るホシノ。
──慌てて赤いドローンを展開し、煙を越える高さから敵を索敵しようとするアヤネ。
「──っ」
これ以上、見ていられない。
私は視線を切り、ただ前だけを見て走った。
校舎玄関を抜けた次の瞬間、
砂埃と火薬の匂いが一気に押し寄せてくる。
だが、それは
「...みんなッ!」
声は掠れていて、
自分でも驚くほど必死だった。
振り向いたのは、一人だけ。
「せ、先生!?」
後方でコントローラーを操作していたアヤネが、目を見開く。
その肩は小刻みに震え、表情には余裕がない。
「なんで...? シロコ先輩が閉じ込めた筈じゃ...」
私は答えず、彼女の隣まで駆け寄る。
「アヤネ、状況を」
短く、それだけ告げる。
「え?」
一瞬の戸惑い。
だが、戦場であることを思い出したのだろう。
彼女はすぐにコントローラーの画面へと視線を向ける。
「て、敵は二十弱まで減っている筈です。ただ、煙幕の中で足音が徐々に散開していて...前線を押し切ろうとしている気がします」
「こっち側で弾薬が足りてない人は?」
「...ドローンカメラで見た所では、ホシノ先輩とノノミ先輩がやや少なめです」
「分かった、ありがとうね」
「ッ先生!? 何をなさっ──」
全身を覆っていた砂嚢から身を乗り出し、アヤネの声を振り払って声を張った。
「ホシノ! 前線は維持でいい! 無理に押し返さないで!」
「──ッ」
ホシノの肩が一瞬だけ揺れ、彼女の持つショットガンが一秒の経過も赦さずにこちらを向く。
ノールックエイム。
こっちを見ず、音だけで正確な位置を割り出す高度なテクニック。
だが、その様子を見かねたのか、アヤネがすぐ隣で叫ぶ。
「ホシノ先輩っ! 撃たないで下さい! こちらは先生です!」
「...あれ?」
まるで、的中すると思っていた勘が外れたかのような声。
そんな彼女の反応を見て、背筋が強く張った。
当然だ。
この距離、この状況で、
背後から突然、
「っ...」
アヤネは地面に座り込み、ほっと息を吐く。
だがホシノは単純に、この状況おいて
「え~っと、先生~? いつの間に来たのかな~?」
腑抜けたように
「...驚かせてごめん。ホシノはとりあえず、前線の維持をお願い!」
「あ~ね...りょ~か~い」
その声は、彼女と初めて出会った時より──
少し、低かった。
*
しばらくの間、膠着状態が続いていた。
理由としては、敵はスモークグレネードを断続的に投擲し、
双方の視界を強く遮り続けている。
つまり、お互いが音と熱、もしくは匂いでしか探知ができない状況。
(なにがしたいんだろう...?)
正直な所、それしか思い浮かばなかった。
単純な目眩ましではないとは分かっているが、敵の根底が読めない。
もし敵の装備にサーマルスコープやナイトビジョンがあるのなら、
優位な状況である今、早急に総攻撃を仕掛けないメリットがないだろう。
だが敵の銃弾は、後方に居る私、アヤネ、そしてノノミは兎も角、最前線にいるホシノの頭上すらを優と超え、通り過ぎていく。
──何故、何も無い空を狙う?
数秒が経った頃。
たった一つの疑問が、頭に浮かんだ。
「...アヤネ。あのドローンにサーマルカメラはついてる?」
「付いてませんけど...」
その回答が、私の疑問に確信を与えた。
「...分かった。一回、ドローン下げて」
「...え?」
一瞬、彼女の指が止まる。
「今は前線に出さない。高度も落として、完全に引っ込めて欲しい」
「...でも、視界の確保が...」
「煙幕のせいでどのみち見えないよ。それに──」
──音でドローンの位置が割り出されたら、撃墜される可能性もある。
「...恐らく、敵の狙いはそれだと思う」
そう私は答えた。
ドローンの出す駆動音は大きい。
軍用の小型機や、高級な機体であれば別だが、アヤネの操るドローンは中型。
軽い貨物や物資の一つや二つを運ぶことの出来る高回転であり、大型のモーターが搭載されている筈だ。
「今は、限りある
数秒の沈黙の後、アヤネはすぐに理解したように唇を噛んだ。
「...なるほど。私のドローンの利点が活かせない以上、今使うのは勿体ないんですね」
頷き、肯定を返す。
「必要な時に
「...はい、分かりました!」
彼女の指が素早く端末を走り、
上空にてホバリングをしていたドローンが静かに高度を落とす。
「セリカ!」
次に、私は声を飛ばした。
「え、なっ、なに!? 誰っ!?」
「先生だよ! そして前に出すぎないで! 今はホシノの左右をカバー、煙の左右からはみ出した敵の狙撃をお願い!」
「りょ、了解!」
「弾数は!」
「まだいけるけど、余裕はない!」
「十分! 三割切ったら必ず言って!」
「あぁもうっ! 分かってるってば!」
ドローンを撤退させてから、しばらくした頃。
銃声のリズムが整っていき、ばらついていた音が、意図、そして制御を持った。
「ノノミ!」
「は、はいっ!」
少し離れた位置から、高い声が返ってくる。
「無理に撃ち続けなくて良い! 今は残弾数の管理を優先して、ホシノの側面に敵が見えた時だけ牽制をお願い!」
一拍。
「それと! もし誰かが下がる判断をしたら、迷わず支えて!」
「...はい!」
短い返事。
けれど、その言葉にほんの一瞬だけ胸が軽くなる。
「シロコ!」
「先生...」
煙幕のせいでぼやけて見える表情。
ただ、どこか悲しげな声色で、応答する。
「煙幕の外に出ないで! 敵が動いたら、位置と数だけを教えて!」
「...了解」
返事は短く、マガジンを引き抜き、差し替える音が聞こえた。
やがて、戦況がわずかに落ち着いてきた。
敵の突撃が鈍り、人員の配分、そして流れが読みやすくなる。
「...あの、先生」
視界の端で、アヤネがこちらを見た。
その瞳にあった混乱は、もうない。
代わりに宿っているのは――判断という名の責任を委ねるという心配だった。
「っ...どうして...」
数秒が経っても、彼女が次の言葉を言うことはなかった。
だが、その沈黙の意味を、私は知っている。
一瞬言葉を探したが、特に着飾る必要もないと同時に思った。
「私は、みんなの先生だから」
「生徒が前に進むなら、背中を押して。間違えたら、止める」
「泣いて立ち止まるなら...隣に立つよ」
戦場の音が、少しだけ遠くなったように感じた。
「
アヤネは暫くの間、黙っていた。
やがて、口を開ける。
「...分かりました」
彼女は、コントローラーを握る手に力を入れる。
「皆さん!以降の指示は、先生の判断を優先します!」
その声は、もう震えていなかった。
この行動の
私は、知らずに。
セリカのエミュに難航して投稿が遅れてしまいました。
書き溜めって大事ですね。
無下限呪術の設定に対する誤解や、描写の矛盾点等があれば、ぜひ教えていただけると嬉しいです!
最強孤高の青い春について
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