ゆっくりと、自分が寝ているであろうベッドから身体を起こす。
角度を上げる度に身体のどこかで鳴るボキッという軽い音が、自身の睡眠時間による関節の疲労を強く主張していた。
「──ッ...シャーレの、先生...ですよね」
万全じゃない体から放たれる声は、少なくとも
「そうだよ」
そして、目の前に居る大人の女性──先生は、顔色一つ変えずに答える。
薄い膜のような光沢を持つ黒色の髪に、深い黒色の瞳、整った顔。
それらは、瞬き一つをする間には
(...?)
直後、その情報の一つが、
「...ここは何処ですか? アビドスの保健室には見えませんけど」
「アビドス自治区の外縁部にある病院だよ。それから、私からも質問してもいいかな?」
簡潔かつ、あっさりと答え、少し顔を緩ませて言う先生。
「まぁ、僕にとって答えられる範囲であれば」
「分かったよ。ありがとね」
有耶無耶な了承を返したものの、先生は嫌味の一つすら言わずに頷く。
その直後、僕が想像していた質問を、先生は大きく歪めた。
「君の立場について、教えて欲しい」
「...立場についてですか?」
「うん」
意味がわからない、という表現は恐らく少し正しくないだろう。
言葉の意味は、当然分かる。
だが、意図も理由も全く持って分からない。
だからこそ、
「アビドス高等学校の三年生、五条英一...これで十分ですか?」
「答えてくれてありがとう。それと、昨日聞いたんだけど...アビドス廃校対策委員会の副委員長をしてるんだよね?」
僕は先生の口から出てきたその事実に、つい心の中で舌打ちをした。
(...もうそんなに、時間が経ってたのか)
キヴォトスで極めて大きな意味を持つ先生が、前線に出るという危険な状況だったといっても、少し理性に欠いていたかも知れない。
ただそれより、自分の身分について話した人物について、大きな心当たりがあった。
「...シロコ辺りから聞きましたか?」
「え、凄っ! よく分かったね...」
驚愕したような表情の先生に、僕は溜息を付いた。
「...僕とは違ってシロコは、余裕のないアビドスで貴女を拾うぐらいには優しいんですよ」
「...?」
自嘲気味なその発言を、僕は表情を動かさずに言う。
だが、疑問符を浮かべる先生を見た直後、奥歯を静かに噛み締めた。
(...クソ、寝起きだからか口が滑ったな)
今の発言で、シロコが部室に先生を連れてきた
いや、余りにも違和感が大きすぎた、既にバレていると考えた方が良い。
相手は
(...無下限呪術の全容が先生にバレたら、首輪を
確かに縛りは強力な力で、呪術界においては必須の知識と言ってもいい。
だが同時に、結界術のようなデメリットとメリットの足し引きが重要だ。
元々、緻密な呪力操作を可能とする
後者については
今結んでいる
──一年半の間、この縛りを解くことができない。
この縛りを結んだのは高校一年生のかなり後期だ。
つまり、あと数ヶ月はこの縛りを解くことが出来ない。
だからこそ、元々下手だった呪力操作と精度、ついでに出力も更に底上げできた。
そして先生は、僕の沈黙を急かさなかった。
ただ、ベッド脇の椅子に腰掛けたまま、こちらを見ている。
視線は鋭くない。
だが、逸らしてもいない。
(...嫌な見方だ)
探るようでも、値踏みするようでもない。
それなのに、逃げ場だけが削られていく。
僕は一度、視線を窓の外へと向けた。
砂嵐の名残を残した空は、薄く黄色に濁っている。
「...」
沈黙。
先生は、何も言わない。
それが逆に、僕の警戒心を刺激した。
(...質問を重ねないのは、情報が足りているか、もしくは)
――聞く必要がないと判断しているか。
どちらにせよ、厄介だ。
僕が口を開こうとした、その直前。
「無理に話さなくていいよ」
先生は、そう言った。
「今は、体も思考も万全じゃないでしょ」
否定する言葉が、喉で止まる。
その指摘は正しく、同時に踏み込み過ぎていない。
(...なるほど)
この人は、押してこない。
だが、退いてもいない。
「じゃあ、一つだけ」
先生は、声の調子を変えずに続ける。
「君が、どういう風に周りを見ているか。それだけ、教えて欲しい」
核心を避けた質問。
それでいて、逃げ道を一つ潰す聞き方。
僕は、内心で短く息を吐いた。
(...やっぱり、大人だ)
「...みんなから聞いたよ。自分達に何かあった時...一番強く叱ってきて、一番強く励ましてくれる人だって」
「...っ」
その言葉に、僕は一瞬だけ声が出なかった。
胸の奥に、触れられたくない場所がある。
自覚はしていたし、誤魔化して、逃げてきた部分でもある。
「...だからこそ君は、誰よりも思──」
「もういい」
耐え難かった空気を、たった一言で叩き折る。
...いや、正確には
そのまま声を出来る限り冷やし、心の奥で転がしていた言葉を口にした。
「御託は良いんですよ。僕が戻らなきゃいけない理由ができたんでしょう?」
「...なんでそう思うの?」
「説明は色々と面倒なのでしませんが、
「...」
先生は黙り込んだ。
この手法自体は前々からやってきた事だが、今回も同じ手を使い、先生という相手を威圧する。
他勢力から見た
まさに、今のような状況だ。
僕は決して、弱く見られてはいけない。
「セリカがアビドス砂漠の内部を
あえて口角を上げ、同意を促す。
「...うん、そうだね」
先生は椅子に座ったまま頷き、僕は素早くベッドから降り立った。
「僕は助けに行きますが、貴女は?」
「...勿論、私も一緒に助けるよ」
今、この時点で──ようやく解った。
この大人。
いや、先生はこのキヴィトスにおいて、
限りなく模範的であると...少なくとも、
それが僕自身にとって正しいかどうかは、まだ分からないが。
縛りの要素を擦りすぎている気がします。
誤字脱字、矛盾点などがありましたら、報告をお願いします!
空色のカメレオン様
評価ありがとうございます!
最強孤高の青い春について
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