「...」
砂が後方に蹴られ、僕の肉体は前へ押し出される。
「...まだ移動して...こっちか」
ふと、独り言のように呟き、進行方向を傾ける。
あれから、数十分は走った。
「はぁっ、はぁっ...!」
後方から聞こえてくるのは、先生の荒い息。
そして、自分が裂いた空気の音だった。
(...なんで、付いてこれて...)
何故か、今考えるべきではない言葉が頭に浮かんだ。
途中で切り、何度引き剥がそうとしても、更に強く張り付いてくる。
「はぁっ...英一君! あと、どれぐらいで...着くの...!」
先生は息を切らしながら問いかけてくる。
だがその足は、消して止まることはなかった。
「あと5分も経てば着きますよ」
「わか、った...!」
おかしい、明らかに。
違和感は絶えることなく、背中に深く突き刺さった。
「...」
先生には呪力どころか、神秘の一欠片もない。
それは僕の瞳が
(...何か種があるな。まぁ、今考えるべきではないけど)
だが、その考えるべきでない違和感を──僕は捨てきれなかった。
だからこそ、誰が何を言おうと、僕は観測を止めない。
──それが僕自身に宿った、
*
やがて、砂の丘を越えた先に──複数の人影が見えた。
無意識のうちに、視線が一点へと吸い寄せられる。
桃色の髪。
強い日差しの中でも、その色だけがはっきりと浮いていた。
「...ホシノ」
名前を呼んだ瞬間、彼女の肩がわずかに揺れた。
振り返ったその顔に、いつもの余裕はない。
笑みも、冗談めいた空気もなく、ただ張り詰めた表情だけがあった。
次の瞬間。
武器も盾も、その場に放り出される音がした。
そして、衝撃。
ホシノの身体が、真正面からぶつかってくる。
「――えいいちッ!」
胸に顔を埋められ、制服越しに強く掴まれる。
息が詰まるほどの力だった。
「なんで...あんな無茶を...!」
声が震え、掠れている。
アビドスの制服に、温度を持ったものが滲んでいく。
涙だった。
言葉が、出てこない。
六眼も、思考も、何も役に立たなかった。
自分がいなかった時間。
空席だった時間。
その重さだけが、遅れて胸に落ちてくる。
「...ごめん」
ようやく、それだけを絞り出す。
ホシノは何も言わない。
ただ、しばらくの間、離れなかった。
やがて、背後から小さな足音。
「...英一」
落ち着いた声。
聞き慣れた、短い呼びかけ。
顔を上げると、シロコが立っていた。
その隣には、セリカとアヤネ、そしてノノミ。
全員、傷はあるが、立っている。
シロコは一度だけ、はっきりと頷いた。
「...おかえり」
その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、静かにほどけた。
「...ただいま」
それ以上の言葉は、必要なかった。
ようやく、周囲が視界に入る。
地面に転がるヘルメット団。
誰一人、命を落としてはいない。
気絶、もしくは軽傷で動けずにいるだけだ。
その中でセリカは、正面にいるシロコの背後から顔を出し、こちらを睨んでいた。
「...後で、話あるから」
短く、低い声。
逃げ道はないのだろう。
それでも、今はそれで良かった。
──五条英一の席は、もう空いていない。
砂漠の中央で、ようやくその事実を受け入れながら...
僕は優しく、ホシノを抱き返した。
*
「...なんで、正座なんだ...?」
自分の口から零れた声は、思っていたよりも乾いていた。
アビドス廃校対策委員会の部室──その一番奥。
見慣れたはずの椅子の上で、僕は膝を揃え、背筋を伸ばして座らされている。
正面には、腕を組み、
視線を落とす四人。
ホシノ、セリカ、ノノミ、アヤネ。
誰も座っていない。
誰も、視線を逸らさない。
そして、その少し後ろ。
壁際に立ち、静かにこちらを見ている先生。
空調は付いているはずなのに、空気が重く、冷えている。
「...」
最初に口を開いたのは、ホシノだった。
「ねぇ、英一。改めて聞くよ」
声は低い。
怒鳴ってはいない。
けれど、いつもの気の抜けた調子とは決定的に違う。
「なんで、あんな無茶したの?」
問いかけというより、確認に近い。
答えを求めていない言い方だった。
「それは...っ」
反射的に口を開きかけて、言葉が詰まる。
ホシノの視線が、揺れている。
泣いてはいない。
それでも、声がわずかに震えているのが分かった。
「ねえ。なんで?」
同じ言葉。
同じ調子。
理屈を挟む余地が、どこにもない。
「...」
頭の中で組み立てていた説明──もとい言い訳が、音もなく崩れた。
──先生を助けるためだった。
──最善だった。
──間違っていない。
でもそれらは、ここでは使えない。
思考が、白く染まっていった。
「...黙ってんじゃないわよ!」
次に叩きつけられたのは、セリカの声だった。
一歩前に出て、こちらを睨みつける。
「自分が何したか、分かってる?」
言葉は鋭い。
感情は、隠す気もない。
「先輩が居なくなったら、どうなるか考えたことある!?
私達が、どんな気持ちになるか!!」
胸の奥が、その言葉に震える。
救ったつもりだった。
結果は、生きているはず。
──でも。
「勝手に一人で突っ込んで、勝手に倒れて!
それで戻ってきて、何事もなかった顔するつもりだったの!?」
違う...そんなつもりは、なかった。
けれど──
その仮定が、ようやく現実味を持って頭を打つ。
「...」
言葉が、出ない。
「英一先輩」
柔らかい声。
ノノミだった。
怒っていない。
責めてもいない。
それが、逆に逃げ場を塞ぐ。
「英一先輩が居たからこそ、助かりました。
それは、本当です」
一度、区切る。
「だからこそ...勝手に居なくなるのは、違うと思います」
助かった。
でも、許されない。
その二つを、同時に差し出される。
心が軋んだかのように感じた。
「...」
最後に、アヤネが一歩前へ出た。
表情は、比較的落ち着いている。
けれど、目だけは真剣だった。
「正直に言います」
短く、息を吸う。
「英一先輩の判断と懸念は...正しかったかもしれません」
胸が、僅かに緩んだ。
──だが。
「でも」
その一言で、全てが引き戻された。
「私達は、
淡々とした声。
だが僕からすれば、意表をついた問いだった。
運命共同体。
それが...対策委員会の
「...」
数秒の沈黙の中で、一人だけ――動いた影があった。
「...英一先輩」
シロコだった。
腕は組んでいない。
怒っている様子もない。
ただ、一歩だけ前に出て、僕の正面に立つ。
距離が、明らかに近かった。
「先輩が居なくなってから」
淡々とした声。
感情を殆ど乗せていないからこそ、重い。
「私、ずっと外を見てた」
「先輩が絶対に帰ってくるって、信じてたから」
唾をぐっと飲み込む。
「...でも」
シロコは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
「信じてるのと、何も感じないのは別」
「──っ」
反射的に顔を上げる。
責めていない。
叱ってもいない。
ただ、事実を置いていくだけだった。
「...後で、頭撫でてほしい」
それ以上、何も言わず。
シロコは、元の位置に戻った。
「...」
僕は、完全に言葉を失った。
その沈黙を、破ったのは――後ろに立っていた先生だった。
「...ここまででいいよ」
誰も責めない声。
誰も庇わない声。
全員の視線が、先生の方に静かに向いた。
「英一君が無理をした理由は、分かる」
先生は一歩、前に出る。
「それは、私のせいだったんだよね」
沈み込んでいた胸が、小さく跳ねた。
「でもね」
続く言葉は、穏やかだった。
「君の判断を実行するのは、英一君一人じゃない。ここに居る
先生は、僕の目を真っ直ぐ見る。
「それが無理でも...せめて、私と考えてもいいんじゃないかな」
一拍を挟んで。
「責任は、
──その瞬間。
僕の中で、何かが静かに折れた。
背負っていたものを、略奪されたような感覚。
それでも――
取り返そうと、思うことすら出来なかった。
その理由すらも...どこかへ奪われ、身の内から去ってしまった。
今更ではありますが、私は基本修正箇所を告知したりはしません。
気になった方は、申し訳ございません。
最強孤高の青い春について
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