白百合の園に咲く、肉食の黒薔薇 〜転生したガチレズが原作を守ろうとして、リリアン最強のハーレムを築くまで〜 作:@レーガン
5歳で「ここが『マリア様がみてる』の世界である」と確信したあの日から、私の修羅のような日々が始まった。
西園寺家の令嬢として恥じぬ教養を身につけることは当然として、私が特に力を入れたのは二つ。
一つは「学力」。
リリアン女学園はエスカレーター式だが、クラス分けや生徒会活動において成績は絶対的な武器になる。祥子と同じクラスになり、側で支えるためには、常にトップ層にいなければならない。
もう一つは「武」。
護身術としての合気道と、精神統一のための剣術だ。
派手な格闘技は淑女にふさわしくない。ドレス姿でも、優雅な所作のまま、相手の力を利用して制圧する合気道こそが、私の求める「美」と合致していた。
「……はっ!」
早朝の道場。
私は木刀を振り下ろす。
前世は大人の男だったとはいえ、今の肉体は少女のもの。
だが、日々の鍛錬と、西園寺家の英才教育(という名の身体改造)の結果、私の肉体は中学生にして驚異的な成長を遂げていた。
すべては、将来の楽園(パラダイス)を守るために。
◇
そして月日は流れ、私はリリアン女学園中等部の3年生になっていた。
キャンパスを歩けば、下級生たちが道を空け、うっとりとした溜息を漏らす。
無理もない。今の私は、自分でも鏡を見るたびに「何だこの完全生物は」と突っ込みたくなるほどの容姿をしていた。
身長は既に170cmを超えている。
艶やかな黒髪は腰まで流れ、制服の上からでもはっきりと分かる、モデル顔負けのグラマラスなプロポーション。
長い手足、くびれたウエスト、そして豊かな胸元。
無駄口を叩かず、常に涼しげな瞳で周囲を見渡す私は、いつしか「歩く芸術品」「クールビューティー」「氷の黒百合」などと呼ばれるようになっていた。
(よしよし、キャラ作りは完璧だ)
内心でガッツポーズを決める。
中身が「女好きの変態」だとバレたら社会的に死ぬ。この仮面は墓場まで被り続けなければならない。
「ごきげんよう、雫。……何をニヤニヤしているの?」
声をかけてきたのは、私の隣を歩く小笠原祥子だ。
パーティーでの出会い以来、幼稚舎からの付き合いである彼女は、今や誰もが認める私の「親友」だ。
長い黒髪、意志の強い瞳。中等部にして既に完成された気高さ。
ああ、今日も尊い。
「ごきげんよう、祥子。ニヤニヤなどしていませんわ。今日の風が心地よいと思っただけです」
「ふーん。……まあいいわ。それより、次の移動教室、遅れるわよ」
祥子はツンと澄ましているが、歩調を私に合わせてくれている。
この数年、私は徹底して彼女の「盾」であり続けた。
彼女の癇癪を受け止め、近づく有象無象を視線(と合気道)で追い払い、完璧なサポートに徹してきた。
その結果、祥子は私にだけは背中を預けてくれるようになったのだ。
私たちは廊下を歩く。
その時、前方から黄色い歓声が聞こえてきた。
「キャーッ! 令さまー!」
「こっち向いてー!」
「今日も素敵ですわ!」
人だかりの中心にいたのは、ボーイッシュなショートカットの美少女。
支倉令(はせくら れい)。
彼女の家は剣道場を営む一般家庭であり、私や祥子のような財閥の繋がりはない。
だから幼なじみというわけではないが、同じリリアンに通う同級生として、その存在感は際立っていた。
「ミスター・リリアン」。
まるで宝塚の男役のような容姿と、剣道で鍛えた凛々しさで、下級生から絶大な人気を誇っている。
(ふっふっふ……。令ちゃん、相変わらずおモテになることで)
だが、私は知っている。
原作ファンとしての知識と、この数年の観察眼で。
あの凛々しい「王子様」の殻の中に、驚くほど乙女で、打たれ弱い「ヘタレ」が潜んでいることを。
「……騒がしいわね」
「人気者は辛いものですわ。……おや?」
私は人だかりを抜けてきた令と目が合った。
令はファンに囲まれて笑顔を振りまいているが、その目は「助けてくれ」と泳いでいる。
根が真面目で優しい彼女は、ファンの好意を無下にできず、キャパオーバー寸前なのだ。
私は祥子に目配せをし、スッと令の方へ歩み寄った。
私の長身と圧倒的なオーラに、ファンたちが自然と道を開ける。
「ごきげんよう、支倉さん。……次の授業、準備はよろしくて? 先生が貴女を探していましてよ(嘘)」
「えっ? あ、ああ! 西園寺、小笠原! ごきげんよう!」
令は私の助け舟に飛びついた。
「ごめんねみんな、先生に呼ばれているみたいなんだ。また後でね!」
令はファンたちに爽やかに手を振ると、逃げるように私たちの元へ駆け寄ってきた。
そして、物陰に入った途端、その肩をガックリと落とした。
「はぁ……助かった……。ありがとう、西園寺さん、小笠原さん」
「あら、お礼には及びませんわ。困っているレディを見過ごすのは、私の主義に反しますから」
「レディって……。からかうなよ」
令が苦笑いをする。
近くで見ると、その肌は白く、まつ毛も長い。汗の匂いすら爽やかだ。
私は心の中で「ご馳走様です」と唱えつつ、クールな表情を崩さない。
「からかってなどいません。……ですが、支倉さん。貴女、カバンの隙間から『何か』見えていますわよ?」
「えっ?」
令が慌ててカバンを見る。
そこには、少女向けの恋愛小説の背表紙と、手作りクッキーの包みがチラリと覗いていた。
剣道少女で王子様な彼女の、密かな趣味。
お菓子作りと、夢見るような恋愛小説。
「わわっ!? ち、違うんだ! これは従姉妹(由乃)に頼まれて……!」
顔を真っ赤にして隠そうとする令。
その狼狽えっぷりは、さっきまでの「ミスター・リリアン」とは別人だ。
可愛い。あまりにも可愛い。
いじりたい。
「ふふ。……別に隠さなくてもよろしくてよ。女の子らしくて素敵じゃない」
「うぅ……西園寺さんの意地悪。絶対バカにしてるだろ……」
「していませんわ。むしろ、そのギャップが貴女の魅力です」
私が微笑むと、令はさらに赤くなって俯いた。
横で祥子が「……また雫の悪い癖が出たわね」と呆れている。
こうして、私と祥子、そして令。
家柄も性格も違う三人は、奇妙なバランスでつるむようになっていった。
私が二人の共通の「理解者(兼、保護者)」となることで、黄金のトライアングルが形成されつつあったのだ。
◇
だが、平和な日常には必ず波風が立つ。
放課後の校門前。
迎えの車を待っていると、校門の柱に寄りかかっている人影があった。
花寺学院の制服を着た男。
柏木優(かしわぎ すぐる)。
祥子の従兄弟にして婚約者。そして、私の平穏を脅かす天敵。
原作ではゲイ疑惑のある彼だが、この世界においては「女好き(ただし本命不在)」のプレイボーイとして通っているらしい。
彼にとって祥子は「妹」であり、婚約は祥子をフリーにするための方便に過ぎない。
問題は、彼が私に目をつけたことだ。
「やあ、祥子。迎えに来たよ。……おや、今日は麗しの西園寺さんも一緒かい?」
柏木が爽やかな笑顔で近づいてくる。
祥子の顔が瞬時に曇る。彼女の男性不信の元凶の一つだ。
「優……。勝手に来ないでと言ったでしょう」
「冷たいなぁ。従兄弟同士、仲良くしようよ。……ねえ、雫さんもどうだい? 美味しいケーキの店を見つけたんだ」
柏木が私にターゲットを変え、馴れ馴れしく手を伸ばしてきた。
その手が、私の髪に触れようとする。
(……気安く触るな、害虫)
私の内なる獣が唸る。
だが、私は淑女だ。暴力はいけない。あくまで優雅に、拒絶しなければ。
私はスッと右手を出し、彼が触れる前にその手首を掴んだ。
握手をするような自然な動作。
だが、その親指は、相手の関節のツボを的確に押さえている。
「ごきげんよう、柏木様」
私はニッコリと微笑みながら、合気道の要領で、彼の手首を外側へ軽く捻った。
力ではない。角度だ。
人間が逆らえない関節の可動域の限界へ、優しく誘導する。
「ぐっ……!?」
柏木の笑顔が歪む。
悲鳴を上げるほどではないが、冷や汗が出る程度の痛みと、身動きが取れない拘束感。
「お誘いは光栄ですが、私たちはこれから『女子会』という神聖な儀式がございますの。……男性の立ち入る隙間は、ミクロ単位もございませんわ」
私は静かに、しかしドスの利いた(つもりはないが迫力のある)声で告げた。
柏木は脂汗を流しながら、私の瞳を凝視した。
「……っ、痛い、痛いよ雫さん……!」
「あら、ごめんなさい。握手が強すぎましたかしら?」
私はパッと手を離した。
柏木は手首をさすりながら後ずさる。
だが、その目は恐怖だけではなく、どこか熱っぽい光を宿していた。
「……すごいな。こんなに強く、気高い女性は初めてだ。……僕の負けだよ」
「(チッ、こいつ懲りてないな)」
私は長い黒髪を優雅に払い、170cmを超える長身から彼を見下ろすように冷ややかな視線を送った。
その威圧感は、まさに「肉食の黒薔薇」。
「お引き取りくださいませ。祥子も令も、貴方と遊んでいる暇はありませんの」
柏木は肩をすくめ、退散していった。
去り際に投げたウインクを、私は視線だけで氷漬けにした。
「……ありがとう、雫。助かったわ」
「お前、本当に強いな……。合気道、だったか?」
祥子と令が、安堵と尊敬の眼差しを向けてくる。
私は二人に向かって優しく微笑んだ。
「友人として当然のことですわ。……さあ、帰りましょう。今日は私の家で、新作の紅茶をお出しします」
私は二人の背中を押し、歩き出した。
守れた。今日も、私の楽園は守られた。
この中等部時代、私は「クールで完璧な令嬢」としての地位を盤石なものにした。
祥子と令との絆も深まった。
準備は万端だ。
そして、季節は巡り、桜の季節。
いよいよ私たちは、リリアン女学園高等部へと進学する。
そこには、私の計画を大きく狂わせる「白き野獣」が待ち受けているとも知らずに。
(第3話へ続く)