白百合の園に咲く、肉食の黒薔薇 〜転生したガチレズが原作を守ろうとして、リリアン最強のハーレムを築くまで〜 作:@レーガン
リリアン女学園高等部。
武蔵野の丘に佇むその学び舎は、乙女たちの最終到達点であり、私、西園寺雫にとっては「聖地」そのものである。
桜が舞い散る4月。
私は真新しい高等部の制服に袖を通していた。
落ち着いたダークグリーンのセーラー服。胸元には中等部よりも少し長めのタイ。
鏡の前で、スカートのプリーツを丁寧に整える。
「……うん、悪くない」
170cmを超える長身に、この制服は少し可愛らしすぎるかとも懸念していたが、長年磨き上げた姿勢とスタイルのおかげで、そこそこ様になっている(と信じたい)。
中身がアラサー男性(前世)だということは、鏡の向こうの自分と神様だけの秘密だ。
「雫、まだ? 置いていくわよ」
玄関から声がかかる。
そこには、同じ制服に身を包んだ小笠原祥子が待っていた。
「待たせたわね。……ふふ、よく似合っていてよ、祥子」
私は心からの賛辞を贈った。
祥子の黒髪は艶やかに光り、タイの結び目一つにも彼女の几帳面さと気高さが表れている。
祥子は「当たり前よ」とツンとしているが、口元が少し綻んでいるのを私は見逃さない。
校門までの道すがら、私たちはもう一人の友人と合流した。
支倉令だ。
ショートカットが爽やかで、スカート姿なのにどこか宝塚の男役のような凛々しさが漂っている。
「やあ、二人とも。……高校の制服って、なんか緊張するな」
「あら、令。とても素敵よ。ミスター・リリアンの名に恥じないわ」
「そのあだ名はよせってば……」
令が照れくさそうに頭をかく。
私は二人の間に割って入り、自然な動作で祥子の肩に手を添え、令に視線を配った。
「さあ、行きましょう。私たちの高校生活(パラダイス)の始まりよ」
私は内心でガッツポーズを決めていた。
中等部からの関係性を維持したまま、無事に「黄金のトライアングル」として高校デビュー。
幼なじみポジション、盤石である。
だが、私は警戒していた。
高等部には、彼女がいるからだ。
佐藤聖。
私の知る限り、3年生になった彼女は陽気なセクハラ大魔王だが、2年生の今の時期は違う。
彼女はまだ、孤独な「一匹狼」のはずだ。
◇
入学式後の喧騒の中。
私たちは、中庭のマリア像の前を通りかかった。
多くの新入生や在校生が談笑している中、その場所だけ空気が凍りついたように静まり返っている一角があった。
マリア像の台座に背を預け、気怠げに空を見上げている一人の生徒。
色素の薄い茶髪、日本人離れした彫刻のような美貌。
制服をラフに着崩し、周囲の喧騒など耳に入っていないかのような、冷ややかな瞳。
佐藤 聖(さとう せい)。
リリアン女学園高等部2年生。
現・白薔薇のつぼみ(ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン)。
(……うわぁ。本物の「2年生版」聖さまだ。尖ってる。触れたら切れそうだ)
周囲の生徒たちは、彼女の美しさに憧れの視線を向けつつも、その鋭い拒絶のオーラに恐れをなし、誰も近づこうとしない。
まさに孤高。
私が知る「陽気な聖さま」とは別人のようだ。だが、この危うい雰囲気もまた、たまらなく魅力的だ。
私が心の中で合掌していると、不意に聖さまの視線がこちらを向いた。
正確には、私を射抜いた。
「……」
聖さまの目が、スッと細められる。
獲物を見つけた肉食獣の目ではない。
それは、退屈な世界の中で、ふと「奇妙な異物」を見つけたような、底冷えする観察眼だった。
聖さまがマリア像から背を離し、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。
周囲の生徒たちが、モーゼの十戒のように道を開ける。
祥子が警戒して身を固くし、令が息を呑む。
「ごきげんよう、上級生の方」
私は一歩前に出て、完璧なカーテシーで挨拶をした。
壁になるのは私の役目だ。
聖さまは私の目の前で立ち止まると、挨拶も返さずに私の顔を覗き込んだ。
近い。
だが、そこには甘い雰囲気など微塵もない。あるのは、値踏みするような冷徹な視線だけだ。
「……君。疲れない?」
唐突な問いかけだった。
低く、ハスキーな声。
「はい?」
「その笑顔。その立ち振る舞い。……完璧すぎて、見てるこっちが息苦しいんだけど」
聖さまは冷笑を浮かべた。
「優等生の仮面を被って、中身は舌を出してる。……私と同じ匂いがするよ、君」
(ッ!?)
心臓が跳ねた。
バレたのか? いや、中身が男だとバレたわけではない。
彼女は、私が「西園寺雫」という完璧な淑女を演じていることを見抜いたのだ。
なぜなら、今の彼女自身が、学園生活という退屈な舞台で「白薔薇のつぼみ」という役割を演じさせられていることに、倦怠を感じているからだ。
同族嫌悪、あるいは同族への興味。
「……買いかぶりですわ。私はただの、平凡な新入生に過ぎません」
「平凡、ねぇ。……名前は?」
「西園寺雫と申します」
聖さまは「ふーん」と鼻を鳴らすと、ポケットから手を出した。
そして、私のネクタイの結び目を、無造作に指で弾いた。
「ねえ、西園寺。君、私の妹(スール)になりなよ」
周囲が静まり返る。
それは、情熱的なプロポーズではなかった。
「退屈しのぎに付き合えよ」という、命令に近い、冷たい響きだった。
「君なら、私の邪魔をしないだろうし。周りの五月蝿い連中への魔除けにもなりそうだ。……どう? 私のロザリオ、欲しい?」
聖さまの瞳には、私への好意はない。あるのは「利用価値」への期待だけ。
この時期の彼女は、誰とも深く関わろうとしない。だからこそ、自分と同じように「他人に興味がなさそう(に見える)」私を選んだのだ。
もし私が普通の生徒なら、その圧倒的なカリスマと美貌に飲まれ、頷いていただろう。
だが。
(断る!!)
私の脳内会議が即決した。
理由は明白だ。
ここで私が妹になったら、この後現れる運命の人・**久保栞(くぼ しおり)**との物語が始まらないからだ!
今の聖さまに必要なのは、私のような「共犯者」ではない。
彼女の氷のような心を溶かし、情熱の炎を灯してくれる、運命の少女なのだ。
私は、合気道の呼吸で心を鎮めた。
そして、聖さまの鋭い視線を、真っ直ぐに見つめ返した。
「……光栄なお誘いですわ、白薔薇のつぼみさま。ですが」
私は一歩も引かず、静かに告げた。
「私は、誰かの『魔除け』になるつもりはありません。それに……貴女が本当に求めているのは、私のような人間ではないはずです」
「……は?」
聖さまの目が、驚きで見開かれる。
図星を突かれたからか、それとも一年生に拒絶されると思っていなかったからか。
「貴女のその冷たい瞳を、熱く焦がしてくれる方……。そんな方が、きっと現れますわ。私はその席を奪うような無粋な真似はいたしません」
私はニッコリと、しかし拒絶の意思を込めて微笑んだ。
聖さまはしばらく私を凝視していたが、やがて「……っ、はは」と乾いた笑い声を漏らした。
「生意気だね、一年生。……予言者気取り?」
「いいえ。ただの勘です」
聖さまは興味が失せたように、くるりと背を向けた。
「ま、いいよ。気が向いたらまた遊んであげる。……せいぜい、その重たい仮面で窒息しないようにね」
ヒラリと手を振り、聖さまは去っていった。
その背中は、どこまでも孤独で、痛々しいほどに美しかった。
◇
「……雫! 大丈夫!?」
「何よあの人……! 失礼にも程があるわ!」
緊張が解けた祥子と令が駆け寄ってくる。
私は大きく息を吐き出した。
背中には冷や汗がびっしょりだ。
「……大丈夫よ。ただ、挨拶をしただけだもの」
(怖かった……。でも、最高にかっこよかった……!)
今の聖さまは、切れ味鋭いナイフだ。
触れれば血が出る。だが、その危うさがたまらない。
これから彼女は、久保栞と出会い、禁断の恋に落ち、そして別れを経験する。
その過程で、あの冷たい瞳がどう変化していくのか。
それを特等席で見守るためにも、私はここで妹になるわけにはいかないのだ。
「行きましょう。教室へ」
私は二人の手を引き、歩き出した。
だが、運命は皮肉だ。
教室に入り、自分の席についた私の視界に、一人の少女が入ってきた。
長い黒髪、伏し目がちな瞳。
どこか聖さまに似た、しかしもっと儚げな雰囲気を持つ美少女。
久保 栞(くぼ しおり)。
聖さまの運命の人。
そして、祥子のクラスメイトでもある彼女が、教室の隅で静かに本を読んでいた。
(……始まった)
私は拳を握りしめた。
原作における悲劇のヒロイン。
彼女と聖さまの恋路は、茨の道だ。
だが、もし私が介入することで、少しでもその結末を変えられるとしたら?
いや、変えてはいけないのか?
葛藤する私の横で、祥子が不思議そうに首を傾げた。
「雫? あの子のこと、知っているの?」
「……いいえ。ただ、少し気になっただけよ」
私は嘘をついた。
まだ、誰にも言えない。
ここから始まる物語が、どれほど切なく、美しいものになるかを。
まずは、この学園での基盤を固めよう。
学年主席を取り、生徒会に顔を利かせ、力を蓄えるのだ。
いつか来る、聖さまの涙を拭うその日のために。
(第4話へ続く)