白百合の園に咲く、肉食の黒薔薇 〜転生したガチレズが原作を守ろうとして、リリアン最強のハーレムを築くまで〜 作:@レーガン
4月が終わり、5月の風が武蔵野の丘を吹き抜ける頃。
リリアン女学園には、ある「秘密の恋」が静かに、しかし確実に芽吹いていた。
私のクラスメイト、久保栞と、白薔薇のつぼみ、佐藤聖。
二人の関係は、私の介入(という名のキューピッド活動)を経て、急速に深まっていた。
休み時間の図書室。放課後の校舎裏。
人目を忍んで寄り添う二人の姿を、私は校舎の陰からこっそりと(淑女にあるまじき隠密スキルで)見守っていた。
(……尊い。尊すぎて直視できない)
聖さまの、あの刺すような鋭い瞳が、栞の前でだけは甘く、優しくなる。
栞の、どこか寂しげだった表情が、聖さまを見上げる時だけは花のように綻ぶ。
これぞ「百合」。これぞ世界の真理。
二人の世界は完結しており、そこに他者が入り込む隙間はない。
だが、私は同時に感じていた。
この幸せな時間が、長くは続かないことを。
原作『いばらの森』のシナリオ通りならば、やがて栞は「神」と「聖」のどちらを選ぶかの選択を迫られ、大人たちの事情も絡み合って、二人は引き裂かれることになる。
これはリリアンという箱庭の中だけで起きる、静かで残酷な悲劇だ。
まだ誰も知らない。私以外は。
(私が……救えるだろうか?)
もし私が介入すれば、二人を駆け落ちさせてハッピーエンドに導けるかもしれない。
だが、それをやってしまえば、聖さまはあの悲しみを乗り越えて成長することがなくなる。
ひいては、将来の妹・藤堂志摩子との出会いも消滅するかもしれない。
「……難しいわね」
私は溜息をつき、双眼鏡(バードウォッチング用と偽って持参)を下ろした。
◇
そして、日曜日。
私は小笠原家の広大な屋敷を訪れていた。
恒例の食事会である。
「ごきげんよう、雫。……よく来てくれたわね」
出迎えてくれた小笠原祥子は、淡いブルーのドレスに身を包んでいた。
髪はアップにまとめられ、うなじのラインが美しい。
だが、その表情はどこか晴れない。
「ごきげんよう、祥子。貴女に会いたくて、車を飛ばしてきましたのよ」
「またそんなことを……。でも、貴女がいてくれると助かるわ。……今日は『あいつ』も来ているから」
祥子の視線の先。
サロンの中央で、大人たちに混じって談笑している男がいた。
柏木優。
タキシードを着こなし、グラスを片手に優雅に振る舞う姿は、悔しいが絵になる。
中身が私のストーカーでなければ、完璧な王子様なのだが。
「やあ! 待っていたよ、雫さん!」
私の姿を見つけた瞬間、柏木の顔がパァッと明るくなり、犬のように駆け寄ってきた。
「今日のドレスも素晴らしい! まるで夜闇に咲く黒薔薇だ。君の美しさに、会場のシャンデリアも霞んで見えるよ」
「……ごきげんよう、柏木様。相変わらず、お口が滑らかですこと」
私は冷ややかな笑顔で、差し出された手をスルーした。
だが、柏木はめげない。
「冷たい態度も素敵だ。……さあ、あちらに君の好きな紅茶が用意してあるよ。エスコートさせてくれ」
「結構です。私は祥子と過ごしますので」
「優、しつこいわよ。雫は私のゲストよ」
祥子が私を庇うように前に出る。
柏木は肩をすくめ、苦笑した。
「分かったよ、可愛い妹たち。……でも雫さん、後で少し話があるんだ。君にとって、恐らく『重要』な話がね」
柏木の目が、一瞬だけ真剣な光を宿した。
重要?
私の胸に、嫌な予感が走った。
◇
食事会は、退屈な社交辞令の応酬だった。
私は完璧なマナーで食事を進めつつ、隣の祥子の皿に嫌いな野菜が残らないよう、さりげなく自分の皿に移して処理してあげた(祥子は目で感謝を伝えてきた。可愛い)。
食後。
大人たちが葉巻と酒を楽しんでいる隙に、私はバルコニーへと抜け出した。
夜風が心地よい。
佐藤家はこのような場には呼ばれない「新興の家」だ。だからここには聖さまもいない。
この世界と、あちらの世界(リリアン)は隔絶されている。
「……ここだったのかい」
背後から声がする。柏木だ。
今日はしつこく追い回してこないと思ったら、このタイミングを狙っていたのか。
「……何の御用ですの? デートのお誘いなら、お断りですが」
「はは、それも言いたいけれど、今は違うよ」
柏木は私の隣に立ち、夜空を見上げた。
そして、静かに言った。
「君、最近……学校で『何か』悩んでいるだろう?」
ドキリとした。
なぜバレた? 私は完璧にポーカーフェイスを貫いているはずだ。
「……何のことでしょう?」
「誤魔化しても無駄だよ。僕は君のことなら何でも分かるんだ(だってずっと見ているからね)」
サラリと怖いことを言う。
「最近の君は、どこか上の空だ。……まるで、これから起こる『悪いこと』を予期して、どうしようか迷っているような顔をしている」
柏木は、私の方を向いた。
その瞳は真剣そのものだった。
「雫さん。君は賢く、そして優しい。……だが、他人の物語に深入りしすぎて、君自身が傷つく必要はないんじゃないか?」
(ッ……)
こいつ、鋭すぎる。
もちろん、彼が聖さまと栞のことを知っているわけではない。
ただ、私が「誰かのために」悩んでいること、そしてそれが「厄介な問題」であることを、私の微細な表情の変化から読み取ったのだ。
ストーカーの観察眼、恐るべし。
私は手すりをギュッと握りしめた。
「……ご忠告、感謝しますわ。ですが」
私は柏木の方を向き、毅然と言い放った。
「私は、私の友人を裏切るような真似はいたしません。……たとえ結末が分かっていたとしても、私は最後まで見届ける義務がありますの」
柏木は少し驚いた顔をし、それからフッと優しく笑った。
「……やっぱり、君は強いね。僕が惚れただけのことはある」
彼は一歩下がり、恭しく頭を下げた。
「分かった。僕からは何も言わない。……ただ、もしその『重荷』が支えきれなくなったら、僕を頼ってくれ。君のためなら、僕は悪魔にだってなってみせるよ」
キザな台詞。
だが、今の私には少しだけ頼もしく響いた。
こいつ、ウザいけれど、敵に回さなければ使える男かもしれない。
「……覚えておきますわ」
◇
柏木が去った後、私は一人、夜風に吹かれていた。
「雫?」
ガラス戸が開き、祥子が顔を出した。
「こんなところにいたのね。……体が冷えるわよ」
「祥子……」
祥子は私の隣に来ると、自分のショールを半分、私の肩にかけてくれた。
温かい。
幼なじみの体温。
「……何か、悩み事? さっき優と話していたでしょう。あいつ、何か変なこと言った?」
「ふふ、いいえ。ただの戯言よ」
私は祥子の肩に頭を預けた。
彼女のシャンプーの香りがする。
「ねえ、祥子。……もし、大切な人が『選ばなければならない時』が来たら、貴女ならどうする?」
「選ぶ?」
祥子は少し考え込み、夜空を見つめた。
「……私は、その人が後悔しない道を選べるように祈るわ。……でも、もしその選択でその人が傷ついたなら、私が全力で支える。それだけよ」
祥子は私の手を握りしめた。
「雫、貴女が何を悩んでいるのか知らないけれど……私だけは、絶対に貴女の味方よ。それだけは忘れないで」
その言葉に、私は胸が詰まった。
ああ、なんて尊いんだろう。
この世界は残酷で、面倒くさいしがらみに満ちているけれど、こんなにも美しい絆が存在する。
私は祥子の手を強く握り返した。
「ありがとう、祥子。……愛しているわ」
「ば、バカ! 急に何を……///」
顔を真っ赤にする祥子を見て、私は心に決めた。
聖さまと栞の物語は、悲劇に向かうかもしれない。
原作の強制力は強い。栞はきっと、転校してしまうだろう。
けれど、私はただの傍観者では終わらない。
傷ついた聖さまが、再び立ち上がれるように。
そして、未来の妹・志摩子へとバトンを繋げるように。
私が、その「クッション」になろう。
「さあ、戻りましょう祥子。……私、お腹が空いてしまいましたわ」
「もう。さっきあれだけ食べたのに」
私たちは笑い合い、光溢れるサロンへと戻っていった。
季節は夏へ。
「いばらの森」の悲劇は、もうすぐそこまで迫っている。
(第6話へ続く)