白百合の園に咲く、肉食の黒薔薇 〜転生したガチレズが原作を守ろうとして、リリアン最強のハーレムを築くまで〜 作:@レーガン
季節は巡り、武蔵野の丘にも冬が訪れていた。
リリアン女学園の並木道は枯れ葉を落とし、冷たい風が生徒たちのコートの裾を揺らしている。
1年藤組の教室。
私の視線の先には、日に日に透明になっていくような久保栞の姿があった。
そして、休み時間のたびに彼女を連れ出しに来る佐藤聖さまの表情もまた、張り詰めた弦のように危ういものになっていた。
(……始まった)
私はカイロで指先を温めながら、重い溜息をついた。
二人の恋は、限界を迎えていた。
学園長である上村佐織や、周囲の大人たちの干渉があったことは事実だ。
だが、栞を一番苦しめているのは、それら外圧ではない。
彼女自身の内にある**「信仰心」と、「聖さまへの愛」**の板挟みだ。
シスターを目指す彼女にとって、同性への恋慕は神への裏切りに近い苦しみだろう。
けれど、それ以上に彼女が恐れていることを、私は知っている。
それは、自分がそばにいることで、佐藤聖という人間の「未来」や「可能性」を閉ざしてしまうことだ。
「……雫、またあの子を見ているの?」
隣の席の祥子が、心配そうに声をかけてきた。
「ええ。……少し、思い詰めているような顔をしていたから」
「……貴女は優しすぎるのよ。他人の痛みまで、自分のことのように背負い込んで」
祥子が私の冷たい手を、両手で包み込んでくれる。
その温もりに救われる。
だが、ごめんね祥子。私は優しいんじゃないの。
ただ、この先に待つ結末が、あまりにも切ないことを知っているから、胸が痛むのよ。
◇
冬休みに入る直前の放課後。
私は図書室で、一人本を整理している栞に声をかけた。
「久保さん」
「……あ、西園寺さん」
栞が振り返る。その笑顔は、どこか吹っ切れたように澄んでいた。
まるで、旅立つ前の鳥のような。
「……もう、決めたの?」
私は思わず、核心を突くようなことを聞いてしまった。
栞は少し驚いた顔をしたが、すぐに静かに微笑んだ。
「……西園寺さんは、不思議な人ね。何も言っていないのに、私の心の中を見透かしているみたい」
彼女は手元の聖書を撫でた。
「聖さまは……太陽のような方です。あの方には、こんな狭い鳥籠ではなく、もっと広い世界で、自由に輝いていてほしい」
「でも、貴女がいなくなれば、聖さまは傷つくわ」
「ええ。……でも、私がいたら、聖さまは私を守るために、ご自分を傷つけてしまう。……あの方の未来を、私の『迷い』で鎖に繋ぎたくないのです」
その言葉には、一点の曇りもなかった。
誰かに言われたからではない。彼女自身が、聖を愛し抜いた結果、導き出した答え。
「別れることが、聖のためになる」。
それは悲しいけれど、あまりにも尊い愛の形だった。
(……ああ、やっぱり。私はこの子には勝てない)
もし私が権力を使って、無理やり二人をくっつけたとしても、それは栞の矜持を踏みにじることになる。
私は拳を握りしめ、そしてゆっくりと開いた。
「……そう。貴女が決めたことなら、私が口を挟むことではないわね」
「ありがとうございます、西園寺さん。……聖さまのこと、よろしくお願いしますね」
栞は深々と頭を下げ、去っていった。
私はその背中に、何も言えなかった。
◇
そして、運命の12月24日。
クリスマスイブ。
二人は「駆け落ち」の約束をしていたはずだ。
だが、栞は来ない。
彼女は今頃、誰にも告げずに荷物をまとめ、リリアンを去る準備をしているだろう。
聖さまに「待つ」という残酷な時間を与えてでも、断ち切らなければならない想いがあるから。
午後8時。
雪が本降りになってきた頃。
私は西園寺家の車を降り、駅へと向かう通学路に立っていた。
祥子とのパーティーを抜け出してまで、ここに来た理由。
それは、傷ついた野獣を保護するためだ。
通りの向こうから、ふらふらと歩いてくる人影が見えた。
傘も差さず、雪に濡れるがままになっているその姿。
佐藤聖。
その表情は抜け殻のようだった。
いつも不敵に笑っていた唇は紫色に震え、瞳からは光が失われている。
彼女は悟ったのだ。
栞が来なかった理由を。それが裏切りなどではなく、自分を想うがゆえの「サヨナラ」であったことを。
だからこそ、怒ることもできず、ただ絶望だけが残った。
(……見ていられない)
私は傘を開き、聖さまの元へと歩み寄る。
「……聖さま」
声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
焦点の合わない瞳が私を映す。
「……あ、れ? ……一年生の、西園寺……?」
「こんなところで、何をしてらっしゃいますの。風邪を引きますわ」
私は何も聞かなかった。
ただ、傘を差し出し、雪を遮る。
聖さまは、しばらく呆然としていたが、やがて糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
「……いなかった」
掠れた声。
「あの子は……来なかった。……分かってたんだ。あの子が優しすぎるってことくらい……。私のために、全部一人で背負って……」
アスファルトに手をつき、聖さまは子供のように泣きじゃくった。
「馬鹿だよ……! 私なんかのために……ッ!」
聖さまの慟哭が、クリスマスの夜に響く。
私は傘を捨てた。
そして、雪の冷たさも構わず、聖さまを抱きしめた。
私のコートの中に、彼女の震える体を包み込む。
「……泣いていいです。誰も見ていません」
「う、あああぁぁぁ……ッ!!」
聖さまは私の胸に顔を埋め、泣き続けた。
その涙は冷たかったが、彼女の中にまだ「人を愛する熱」が残っている証拠でもあった。
私はその背中をさすりながら、心の中で栞に語りかけた。
(久保さん。貴女の想いは、ちゃんと届いているわよ。……あとのことは、私に任せて)
◇
3学期。
久保栞の姿は、教室から消えていた。
転校したのだ。
聖さまは学校に戻ってきたが、以前のような尖ったナイフのような雰囲気は消えていた。
その代わり、どこか達観したような、深い静けさを纏うようになっていた。
悲しみが、彼女を大人にしたのだ。
放課後の薔薇の館。
私は祥子に連れられ(祥子が紅薔薇のつぼみの妹になったからだ)、その部屋を訪れていた。
「……やぁ、西園寺」
ソファの奥で、聖さまが気怠げに手を挙げた。
やつれた様子はない。むしろ、悲恋を乗り越えたことで、退廃的な色気が増している。
「ごきげんよう、聖さま。……お元気そうで何よりです」
「君のおかげだよ。……あの夜は、ありがとね。高いコート、涙でぐしゃぐしゃにしちゃって」
聖さまは苦笑いをした。
そして、手招きをして私を近くに呼んだ。
手には、白薔薇のロザリオが握られている。
「ねえ、西園寺。君に頼みがあるんだ」
聖さまの瞳が、真剣な光を帯びる。
「私、もうすぐ3年生になる。今の白薔薇さまが卒業したら、私が『白薔薇』だ。……そうしたら、妹を作らなきゃいけない」
聖さまはロザリオを見つめ、寂しげに笑った。
「本当なら、あの子に渡すはずだった。……でも、もういない」
そして、聖さまは私を見上げた。
「西園寺。私の妹になってくれないか?」
「……お断りします」
私は即答した。
ここで受けては、原作ルート(聖×志摩子)が消滅する。
「私のような無粋な女は、貴女の隣にはふさわしくありません。貴女には、もっと純粋で、天使のような子が似合います」
聖さまは「ははっ」と笑った。
「頑固だねぇ。……分かったよ。無理強いはしない」
聖さまは立ち上がり、私の手を取った。
そして、私の掌に、そのロザリオを押し付けた。
「え……?」
「じゃあ、これは君に**『預ける』**」
聖さまは、私の指を握らせ、ロザリオを包み込んだ。
「私は、君以外に妹を作る気はない。……でも、君がそこまで言うなら、君が探してきなさい。私が納得するような、天使のような『妹』を」
「……私が、ですか?」
「そう。それまでは、そのロザリオは君が持っていなさい。……言わば、君は私の『仮の妹』であり、共犯者だ」
聖さまは私の耳元で囁いた。
「もし、卒業までに誰も見つからなかったら……その時は、覚悟を決めてもらうからね? 雫」
ゾクリと背筋が震えた。
これは、猶予期間(モラトリアム)の提示であり、事実上の「予約」だ。
だが、私にとっては好都合だ。
私がロザリオを預かっておけば、他の有象無象が聖さまに近づくのを防げる。
そして、来年藤堂志摩子が入学してきたら、「聖さま! 最高の子を見つけました!」と言って、このロザリオを志摩子に渡せばいいのだ。
(勝った……! これで原作ルートへの布石は完璧だ!)
私は内心でほくそ笑みながら、ロザリオを強く握りしめた。
「承知いたしました、お姉さま。……必ずや、貴女にふさわしい『天使』をお連れしましょう」
「期待しているよ、私の可愛い黒薔薇ちゃん」
聖さまは楽しげに私の頭を撫でた。
こうして私は、白薔薇のロザリオを「預かる」ことになった。
これが、周囲から見れば「実質的な婚約」に見えることなど、この時の私は気づいていなかった。
そして、私が連れてくるはずの「天使」が、聖さまではなく、私になついてしまう未来も……。
季節は巡る。
1年生が終わり、私たちは2年生へ。
いよいよ、物語の主人公・福沢祐巳と、私の運命の妹・藤堂志摩子が入学してくる春が訪れる。
(第7話へ続く)