ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有の悪くないダンジョン配信~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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025.『隠者』の家で『星』と一緒に

 

「配信見てたよ大変だったね」

「面倒だったが、大変だったというほどでもない」

 

 イノシシ狩り配信をした日の翌日の夜。

 セイジは友人である『隠者(いんじゃ)』こと隠鉄(オノガネ) 斎忌(サイキ)の家へとやってきていた。

 

 キッチンを借りているのだが、親のあとをつけ回す幼児や、人懐っこい犬かのようにうろちょろしていて鬱陶(うっとう)しい。

 

「角煮みたいのつくるの?」

「その手の手間や時間のかかるモノは家でだいたいやってきた。自宅になら電気圧力鍋があるからな」

 

 煮物以外にも、スパイスに一晩つけ込むような料理や、下処理が必要な手間のかかるもの、時間がかかるようなものは、あらかた家であれこれやってきた。

 

 ここでするのは、仕上げや温めくらいである。

 大きめのオーブンもあるので、持ってきたものでオーブン焼きみたいなものも作れるのだ。

 

 セイジが、サイキとそんなやりとりをしているとこに、女性の声が一つ混ざってくる。

 

「あの……私までご一緒して良かったんですか?」

「構いませんよ。せっかく居合わせたんですから、ダン材料理が嫌でなければ」

 

 おずおずと声を掛けてきたのは、アーティストであるサイキことded(デッド)のマネジャーをしている星庭(ホシニワ) 願音(ネオン)だ。

 

 化粧っ気も薄く、地味な格好をしたメガネの女性だが、美醜(びしゅう)にあまり興味のないセイジでも、素材はかなり良いのでは? と思うくらいには美人だ。

 

 美容師のツカサ辺りが見れば、是非ともヘアアレンジだけでなくトータルコーディネートをさせてくれと喜びそうな人でもある。

 本人は、タレントじゃないんだから目立つ格好をする必要はないです――と、断りそうだが。

 

「コイツのマネジャーなんてさせられてるんです。多少の役得はあってもいいでしょう」

 

 音楽の才能には天賦(てんぷ)のモノを持ちながら、社会人というか人間というか――そっち方面はからっきしなのがサイキだ。

 

 それ故、サイキのマネジャーというだけであまりにも気苦労が目に見えている。なので、セイジは機を見て彼女を労いたいと思っていたのだ。

 

「『節制』。時々ボクに辛辣(しんらつ)じゃない?」

「そう思うならもう少しダメ人間の自覚をしろ『隠者』」

 

 不満げに口を尖らすサイキに、セイジはにべもなく切り捨てる。

 

「仲いいんですね」

「……高校時代からのダルい腐れ縁ですよ」

 

 嘆息混じりにそう答えながらも、セイジの手はテキパキと動いていく。

 

「サイキ、いい加減邪魔だ。星庭さんとあっちで待ってろ」

「えー」

「うざい」

 

 文字通り口を尖らせるサイキをひと睨み。

 それで怯むようなサイキではないのだが、さすがにこれ以上は怒られるとでも思ったのか、素直に引き下がっていった。

 

「さて、皿は……っと」

 

 この家のキッチンに関しては、ほぼセイジの庭だ。

 もっと言うならば、壊滅的な生活オンチのサイキの為に雇っている家政婦さんと整えた共同庭園に近いか。

 

 サイキがこういうところに一切の意識を持たないので、セイジが依頼して定期的に来てもらっている家政婦さんと二人で、使いやすいように色々と配置したのである。

 

 あの家政婦さん、間違いなく元ヤンキーで学生時代の素行は間違いなく悪かった雰囲気たっぷりなものの、家事全般完璧だし、必要とあらばサイキすら叱り飛ばしてくれるパーフェクトな仕事っぷりを見せてくれる。

 おかげで、セイジも安心してこの家のことを任せられるというものだ。

 

 ともあれ、今日はその家政婦さんもオフだ。

 ただ明日は出勤日だったはずなので、今日用意したモノのいくつかはタッパに入れて彼女用に残しておくつもりである。

 

 三歳になったばかりの息子が可愛すぎるとやたらと自慢してきた覚えがある。子供がダン材料理を楽しめるかは分からないが、彼女の旦那さんはお酒好きだそうだし、味の濃い料理はそう悪くないはずだ。

 

(……冷静になって考えると、俺はこの家の何なんだ……?)

 

 これ以上に思考を深めていくと、面倒な哲学面に堕ちてしまいそうなので、思考を切り上げることにする。

 

「……ダる……」

 

 気を取り直し、温め直したモノや仕上げをしたものなどを皿に盛って、リビングのテーブルに並べていく。

 

「え? え? こんなのごちそうになっちゃっていいんですか?」

「こいつや友人相手に時々振る舞ってるものなので、気にしないでいいですよ」

 

 恐らくは想像以上のモノだったのだろう。

 ネオンは目を見開いて驚いている。

 

 角煮はないが、似たような手法でカシス酒を加えたタレで煮たもの。

 スパイスに漬け込んだ肩ブロックの塊に切り込みを入れ、リンゴとチーズを挟んでローストしたもの。

 昨日も作った塩わさびで食べるソテー。

 モツをこんにゃくと一緒に煮込んだ土手煮。

 分厚く切ったイノシシカツに、薄切りを重ねたミルフィーユカツ。

 

 豚汁ならぬイノシシ汁もあれば、ジャガイモやキャベツと一緒にブロック肉を煮たポトフもある。

 

 それ以外にも色々と用意した。

 

 大きい部屋の大きいテーブルは、こういうのをまとめて全部おけて便利だ。

 

 見ての通りかなりの量だが、余ることが大前提。

 最終的にはサイキの明日以降のご飯や、ネオンに持って帰ってもらう分もある。

 その為に、わざわざ保存用のジッパー付きパックやタッパーも多数用意してあるほどだ。

 

 さておき、料理の他にカトラリーやお茶などもささっと用意したセイジは、待ってましたと手を合わせるサイキに告げる。

 

「そら! ご依頼のダンジョン食材による肉料理――鎧甲イノシシづくしだ。堪能しろ」

「待ってた! セイジの全力ご飯は久々だしいっぱい食べさせてもらうから」

 

 明らかにそわそわするサイキを横目に、セイジはネオンにも声をかけた。

 

「星庭さんも、気にせずどんどん食べてください。パンや白米はもちろん、お酒も含めて各種料理もまだおかわりもありますので」 

「は、はい……」

 

 なぜだか恐縮してしまった。

 

 そして、セイジが席に着いたのを確認すると、サイキがいち早く「いただきます」と口にして箸を伸ばす。

 

 それに仕方なさげな顔をしながら、セイジも「いただきます」と口にする。

 

 ネオンはテーブルの上の料理に気後れしながら、けれども自然体な二人を見、意を決したように「いただきます」と言うと、恐る恐る手を伸ばした。

 

 

 

 サイキが最初に手を伸ばしたのはポークソテーだ。

 

「昨日の配信で食べててすごい食べたかったこれ本当に美味しいねわさび乗ってるのに全然辛くないしお肉は柔らかくて脂は甘くて美味しくてすごいね」

「口に入れたまま喋るな。喋るなら飲み込め」

 

 テンションをあげるサイキに、セイジはそう言ってイノシシ汁を啜る。

 ネオンも恐る恐るイノシシ汁に口を付けた。

 

 豚汁の肉をイノシシ肉に変えただけのものだが、肉が違うからが独特の旨味と風味があり、ひと味違う。

 

(うわ! すごい美味しい……豚汁なのに、ちょっと違うというか、甘みやコクが豚肉とは違うのかな? ヘタなお店のやつより全然美味しいかも……!?)

 

 お肉が違うだけではない。本当にセイジの料理の腕が良いのだろう。

 

「うん。悪くないな」

 

 セイジはそう口にしながら、小さくうなずく。自分で用意したものながら、イノシシ汁は良い味になった。

 用意してある七味を加えると、ピリリと味が引き締まり、よりセイジ好みの味になった。

 

 二人がイノシシ汁に口をつけたのを見て、サイキも口につけ、それから訊ねる。

 

「セイジ、バターある?」

「え? バター? 何に使うんですか?」

 

 ネオンが不思議そうに訊ねると、サイキも不思議そうに首を傾げた。

 

「豚汁。バター入れない? 結構好きなんだけどボク」

「初耳です」

「北の方ではやるっぽいんですよ。味噌ラーメンにバター乗せたりするじゃないですか。たぶんあの感じで」

「あ。なんか納得です」

 

 そう言いながら、セイジは小皿で持ってきていたバターの欠片をサイキに渡す。

 

「星庭さんも試してみます?」

「えーっと、はい。挑戦してもいいですか?」

「どうぞ」

 

 セイジは、同じようにバターの乗った小皿をネオンに手渡した。

 

 ネオンは恐る恐るまだ温かいイノシシ汁の上にバターを落とす。

 それがじんわりと溶け出したのを確認してから、軽く混ぜて口を近づける。

 

「あ。まろやかなコクと塩気が増えるんですね。確かに味噌バターラーメンっぽくなるかも……」

「バターのコクが増えるとまた味わいが変わっていいんだよねココに七味がっつり振りかけるのも好き」

 

 言いながら、サイキは七味をたっぷりかける。

 

ded(デッド)さん……レコーディング近いですけど、喉とか大丈夫ですか?」

「このくらいならへ~きへ~き~」

「実際、辛いのは平気なタイプなんで、このくらいなら大丈夫かと」

「そうですか」

 

 節村さんが言うなら――と、納得してネオンは小さく息を吐いた。

 

「え? ボク自身が言うよりセイジが言った方が説得力あるの!?」

「それはまぁ」

「むぅ……」

 

 思わずネオンはうなずいてしまい、サイキは口を尖らせる。

 

「お前の日常の発言から思えば当然だ」

 

 その様子に、セイジはそう口にしてから、オーブン焼きを切り分けたものをサイキの口に放り込んだ。

 

「むむ……!? スパイシーだけどチーズのコクとリンゴの甘みと(ほの)かな酸味がいい……!」

 

 目を見開いてモグモグと口を動かす。

 

「初めて作ったが、悪くなさそうだな」

 

 言いながら、ブロックのままオーブンで焼いたそれを切り分け、一切れネオンの皿へと乗せた。

 

「ありがとうございます。でも、リンゴと一緒に焼くなんて珍しいですね」

「日本では珍しいかもですね。でもチキンローストのオレンジソースとか、鹿肉ステーキのベリーソースとか、そういうのもありますからね」

「あ。言われてみればそうですね。ソースではないけどフルーツなんかと合わせるバリエーションと思えば珍しくないかも」

「スパイスとリンゴの組み合わせならシナモンアップルとかもありますし、すりおろしたものをカレーに入れたりしますね。それにほら、市販のカレールーでもリンゴとハチミツのやつがあるじゃないですか」

「確かに!」

 

 そう言われると、肉、スパイス、リンゴ、チーズという組み合わせもあまりおかしくはないのかもしれない。

 

 ネオンは、最初に組み合わせに感じていた奇妙さが薄まり、むしろ味が気になる方向へと気持ちが変わってきた。

 

 自分の皿に置かれたものをナイフとフォークで切り分けて、チーズやリンゴと共にお肉を口に運ぶ。

 

 肩ロースらしい歯ごたえのある肉ながら、硬すぎずかといって柔らかすぎず。

 スパイスに漬け込まれていた肉だからこそ、肉汁と一緒にスパイスの風味と香りが溢れてくる。

 

 ピリリとした辛みを感じるのだが、チーズとコクがそれをまろやかにしてくれて、熱されて甘みだけになったリンゴが、さっぱりとした後味を演出してくれる。

 

「あ。これすごい美味しいです」

「それはよかった」

「いや本当に美味しいからこれ毎日差し入れて欲しい」

「例え豚だろうと手間がかかるからダルい」

 

 一晩スパイスに漬け込んだ肉に数カ所切り込みを入れて、その切り込みへリンゴとチーズを挟んだあと、オーブンでじっくり焼く。

 工程だけ見ると簡単なようで、結構時間がかかる。

 

「ちなみに、焼くときに鉄板へ流れ出たスパイスと肉の旨味たっぷりの脂は残してある。後でこれをパスタに絡める予定だ」

「聞いてるだけで危険なシロモノそうですね」

 

 口ではそういいつつも、興味は隠せないのかネオンは前のめりだ。

 

「これだけ料理を作ってあるのにまだ隠し球があるとかやるね」

 

 サイキも上機嫌になっている。

 

「まだまだ色々あるが、この時点で依頼完了になってるか?」

「もちろんだよ! 想定以上すぎてびっくりする!!」

 

 本当に楽しそうに、サイキはそう答えた。

 

 

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