ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有の悪くないダンジョン配信~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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055.ダルくても見て見ぬフリができないタイプ

 

 セイジは今し方、崖から投身自殺しようとしていた女性の元へと向かいながら、逡巡(しゅんじゅん)をする。

 

(ここまで追い詰められた人と接するのは初めてだからな、どうすればいいんだかまったく分からん。ダルい……)

 

 とはいえ、何らかの原因で精神的に追い詰められている人に対して、自殺の是非について話したところで無駄だろう。

 なら、自殺をするな――と当たり前の言葉を掛けるよりも、別の理由でまずは自殺できる状況から遠ざけた方が良いはずだ。

 

「まず、オレは自殺をするな――などと言うつもりはない」

「え?」

 

 泣き崩れていた女性が驚いたように顔を上げて、こちらを見た。

 セイジは胸中で、小さくガッツポーズを取る。まずこちらに意識を向けさせられたのは大きい。

 

「だが、ダンジョンのエリア外へ向けて飛び降りるのはやめろ――と探索者の一人として言わせて貰う」

「…………」

 

 分かりやすく反感を買いやすい正論ではなく、探索者の感覚で語るセイジに、僅かな興味が向いているようだ。

 いや、興味というよりも、ダメだという理由を知りたがっている方が正しいか。

 

 こちらを見あげる女性を見ながら、セイジは失礼にならない程度に観察する。

 

(……見た目、学生じゃあない。恐らく社会人で同世代か少し上。

 スーツ姿からして職場から直接ダンジョンに来た感じだ。あまりダンジョン馴れしてなさそうだが、三階(ココ)までは来れてるから超人適性はそこそこあるんだろうな)

 

 となると、ダンジョン適性が必要な仕事をしている可能性がある。

 だが、ギルドスタッフのようなダンジョン理解者という感じでもない。そこから考えられるのは――

 

(恐らくは国営ではない……民間がやってるモンスターなどのダンジョン素材解体業者。あるいは、ダンジョン素材加工業をしているといったところか)

 

 相手の情報を収集しつつ、セイジは不自然にならない程度の間を置いて、言葉を続けた。

 

「ところで、エリア外って分かる?」

「…………」

 

 セイジを見上げる女性がピンと来てないと判断して、セイジは軽く説明する。

 

「なら、ゲーム……RPGとかの経験は?」

「それは、あります、けど……」

「ならイメージしやすい。町とか野外系ダンジョンって、ジャンプで越えられそうな岩や柵が道を塞いでたりするだろう?

 けどゲームとしてはそこは越えられないし、地図にも先の表示はない。でも現実にはその先はあっても不思議じゃあない。ゲームにはそういうエリアが存在する。

 ダンジョンでエリア外と呼ばれているのも似たようなモノだ。

 ゲームでのそんなエリアが現実化した結果、柵は越えられるようになったけど、探索を推奨されない……あるいは、ダンジョンを作った神様なんてのがいるのだとしたら、その神様からすると探索が想定されていないエリアのコトになる」

 

 そこまで説明した上で、セイジはハッキリと告げた。

 

「君が飛び降りようとした崖は、まさにそのエリアの内側と外側を隔てる境界線――エリア端と呼ばれている場所だ」

 

 崖から下を見れば、そこには森が広がっている。

 だが、あの森を探索した人はいない。あるいは、探索しようなどと思う人は少ないだろう。

 

「エリア外は人の思いや感情、精神をダンジョンがストレートに拾う領域の可能性があると、最近の研究で判明したらしい。

 自殺衝動を抱くほどに追い詰められた君がエリア外に落ちたら、このダンジョンのみならず、世界中のダンジョンに何らかの悪影響を与える可能性が高い。

 ヘタしたら、君の遺体を触媒に魔王のようなモンスターが誕生する可能性すらある」

 

 これに関しては、セイジ的に割と本心だ。

 研究論文をちゃんと読んだワケではないし、ニュースサイトの記事を流し読みした程度だが、それでもこういうダルい可能性があるのは間違いない。

 

「君がどうこうというよりも、世界のダンジョン事情に悪影響を与えかねないから、ここでの投身自殺は控えて貰いたい。もちろん、君が魔王誕生の立役者としてダンジョン史に名を残したいというのなら、止めはしないが」

「…………」

 

 恐らく彼女は、自殺を止める為の綺麗事や正論を言われると思っていたのだろう。

 だが、セイジが口にした理由が、彼女の想定外だった為に、何か言おうとするも言葉が出てこないようだ。

 

(衝動的な自殺ではありそうだが――顔色がどうにも悪い。寝不足に疲労……もしかして栄養失調のケも出てるか? ストレスで拒食になってる可能性はあるが……単純に時間が足りない感じか? どちらにしろ思考力が落ちているのは間違いないか)

 

 スーツや、身につけているアクセサリにブランドモノの感じはあれど、肌や髪の手入れが釣り合ってない……つまり、長期的に肉体や生活の手入れが難しい状態だったようだ。

 

 恐らくは激務。

 それも、繁忙期(はんぼうき)による一過性の激務の類いではなく、常時激務な上に、職場からの扱いが悪いタイプだろう。

 

(……ここまで推測しておいてなんだが、全てが正解であったとしても、どう対応すればいいか分からん……)

 

 思わず動きを止めてしまうと、ムルが(いぶ)しむようにこちらを見ている。

 あるいは、あまりにも自殺を止めるとは思えない言動に、ムルは思うことがあるのかもしれない。

 

「まぁ君が自殺をしたいというのなら止めはしない。

 投身自殺にコダワリがないなら、モンスターにでも襲われるのが手っ取り早いぞ。

 ただゴブリンやオークのような人型モンスターはやめておけ。このダンジョンに出てくる連中は大丈夫だとは思うが、奴らに襲われて敗北するとモンスターによっては、配信サイトを変更しないと一発BANされかねない目に会わされた上で殺されるという噂があるしな」

 

 人型モンスターが女性を襲ってから殺す――というのは半分嘘だ。

 そういう生態を持つモンスターが棲息するダンジョンこそ存在しているが、一般的なダンジョンに出現するモンスターが、そういうことを基本的にしてこない。

 

 だが、知識のない彼女へのハッタリとしては十分だろう。

 

 女性は何やら驚いたように目を見開いている。

 そこには、驚きだけでなく怯えが見えた。

 

 あと横でムルは、コメント欄に対して「そんな話題で盛り上がらないで。やめて」と言っている。

 どうやらセイジのゴブリンやオークの話で、彼女の配信のコメント欄が変に盛り上がり始めてしまったようだ。

 

 少しだけ申し訳ないと思いつつ、おくびにも出さずにセイジは女性への話を続けた。

 

「自殺したいのであれば、オススメはこのダンジョンのもう少し下の方にいる紫色の熊、バイオレットネイルだ。

 超人としてのレベルが低いなら一撃で殺して貰えるはずだぞ」

「いや、あの、えっと……」

 

 どうやら、自分が熊に一撃でやられるところを想像したようだ。

 完全に彼女は青ざめている。

 

一時(いっとき)の衝動で飛び降りようとした可能性があるな。冷静になってきて、明確に暴力や死に怯えた様子を見えてきた。これなら、一時的には助けられるか?)

 

 そもそもからして、本当に死にたいのであれば、このダンジョンの浅いところにいる和風スタイルのゴブリンことゴブローニンに斬られてしまえばいい。

 一撃の威力が低め故に苦痛は長く続くかもしれないが、集団にでも襲われれば確実に命を落とせる。

 

 だというのに、彼女はモンスターを避けて、こんなエリア端の崖まで来ているのだ。

 

「どうする? 自殺を続けるか?」

「…………」

 

 彼女はセイジを見あげたまま、その双眸(そうぼう)から涙を溢れさせた。

 一緒に、様々な感情も溢れ出てきてしまったのだろう。

 

 特に何かを訊ねたワケでもないのだが、彼女は嗚咽(おえつ)混じりに語り出した。

 

「同僚が、自殺したの……。運良く首に巻いた紐が切れて一命は取り留めたけど……でも私、その手があったか……って、そう思っちゃって……」

 

 思わずムルと顔を見合わせる。

 どうやら、結構なブラック企業のようだ。

 

「それから同僚は、職場に来なくなって……どうやら自殺した時の影響で記憶喪失みたいで、辛いコト全部忘れた彼女が(うらや)ましくて……私には彼女の仕事のしわ寄せが来てるのに、彼女は仕事やめてるし……しかも、なんか最近は探索者のイケメンとイチャイチャしだしてるの! それを見たら、なんか、すごい怒りと空しさが溢れて……」

「同僚さんに凄い主人公属性味を感じますね」

 

 思わず――といった様子でムルが苦笑した。

 

 セイジも口には出さないが同感だ。

 恐らくムルの配信のコメント欄にも「追放ざまぁかな?」とか「WEB小説かな?」みたいなコメントが流れている可能性がある。

 

「最近は職場にダンジョンエージェントや警察や、税務署の関係者がちょくちょく来るし、そのストレスが、私によく向かってくるの! 前の仕事は終わらないのに次の仕事は来るし、時間が足りないっていうのに、次々仕事を取ってくるし!!」

「穏やかじゃないな」

 

 正直、自殺する前に仕事やめれば手っ取り早いのでは――と思わなくはない。

 しかし、それをしないのは何か理由があるのだろう。

 

 セイジがそう考えていると、ムルが彼女に尋ねた。

 

「仕事、辞めた方がいいんじゃないですか?」

 

 流石にストレートに行き過ぎだ――と、セイジは思ったのだが、女性はその言葉に首を横に振った。

 

「ムリよ。だって、その自殺未遂の同僚は、自殺の少し前に『ミスを取り返すまで減給だし、逃げるなら家族に追い込みかけるからな』って言われてたし、実際に私が彼女の自宅に様子を見に行ったのも、無断欠勤した日に、逃がすな無理矢理連れて来いって指示されたからだし……」

 

 それこそ辞めるべきだろ――と、二人は思う。

 そういう職場を企業だの工場(こうば)だの呼びたくない。

 

 だが、思考が縛られてしまっているのだろう。

 精神的な余裕のなさと、日常生活の余裕のなさ、そこからくる食生活の乱れや睡眠時間の喪失など。今の彼女は、無自覚で不健康な(かたく)なさに支配されていると言っていい。

 

 さてどうしたモノかとセイジが考えていると、ムルは女性の横で両膝を突くと彼女を優しく抱きしめた。

 

「え?」

「自殺したっていう同僚さんも、ここにいるお姉さんも、こんなになるまでがんばったんですから、(ねぎら)いは必要ですよね」

 

 別にムルは狙ってやった行動ではないのだろう。

 ただ、労いたいと、辛くて苦しい思いをしている目の前の人を、まずは(なぐさ)めたいとそう思って抱きしめただけかもしれない。

 

「……あ」

「休んでいいんですよ。自殺なんて方法じゃなくて、ちゃんと心と体を休める休息は、誰も禁止なんてしてないんですから」

 

 ただ、恐らくそれが一番の正解だったのではないかと、セイジは思う。

 同時に、自分に出来る手段ではないな――とも。

 

「う、あ……」

「本当は飛び降りるのも、モンスターに食べられるのも……もっというと、ダンジョンにいるコトそのものも怖かったんじゃないですか?」

「うん、うん……! そうです! 怖かった、った……死にたく、なかった……でも逃げたかったんです……!!」

「偶然でも、あたしとダウナーさんが貴女の心の悲鳴を聞き届けました。だから今は、いっぱい泣いてくれて大丈夫です」

「あ、うう……ああああ……!!」

 

 ムルに抱きしめられ、泣きじゃくる彼女の姿を見て、彼女をあそこまで追い詰めた会社に対して僅かな怒りを覚えながら、セイジはポケットからスマホを取り出す。

 

 すると、連絡しようと思っていた相手から、Linker(リンカー)へとメッセージが届いていた。

 

 幡内(ハンナイ) 教子(キョウコ)

 セイジが、今のうちに連絡しておこうと思っていた相手だ。

 

[セイジ]

 見ていたのか

 

[キョウコ]

 お! やっと気づいてくれた!

 実はムルちゃんの配信は時々見てるんだ。

 

[キョウコ]

 さっきも送ったけど仕事を辞めたあとのお金に不安があるなら

 ウチの会社で次が見つかるまで雇うのは問題ないよ

 

[キョウコ]

 しーちゃん的にも

 解体、加工、錬金あたりのクラフト系スキルを持ってそうだから

 顔見知りになっておきたいって言ってるし

 

[セイジ]

 お手伝い屋ヨハンナは、退職代行業もやるのか?

 

[キョウコ]

 そこは知り合いに頼むかな

 退職となると弁護士とか法務な専門家が必要だろうし

 ちゃんとツテのある代行業者じゃないと面倒がありそうだもんね

 

[キョウコ]

 なにより相手も相手じゃん?

 犯罪組織じみた会社相手ならこっちは強い後ろ盾は必要っしょ?

 

[セイジ]

 頼りがいがあるな

 なら落ち着いたら彼女に聞いてみるか

 

[キョウコ]

 そうしてあげて

 あと泣き止む頃にはお腹がぐーぐー言い出すだろうから

 食べたいモノを聞いて可能ならその場でダウさんが作ってあげるといいかも

 

[セイジ]

 コンビニやファミレスじゃダメか?

 

[キョウコ]

 栄養を取るだけならそれでもいいけど

 目の前で誰かが自分の為に作ってくれている姿

 それって今の彼女からすると結構な癒しになると思うから

 

[セイジ]

 なるほど勉強になる

 ダルいが関わった人がまた追い詰められるよりマシか

 

[キョウコ]

 どうあれ話を聞く限り彼女の勤めている会社は近いうちに消えるだろうし

 変に夜逃げや犯罪的な隠蔽(いんぺい)工作に巻き込まれるより前に

 とっとと退職しちゃうが吉だと思う教子ちゃん社長なのでした

 

[セイジ]

 それについては同感だ

 最悪はスケープゴートにされかねないしな

 

[キョウコ]

 あとしーちゃんから伝言で

 可能ならダンジョン内で一度彼女にクラフトスキルを使わせて見た方がいいって

 その上でどっかのギルドの解体場に彼女を連れていくのがオススメだとか

 意味はよく分からないけど

 

 

 キョウコから伝えられたシヅルの伝言に、セイジは少し(いぶか)しむ。

 ややして、ブラック企業であることを前提に考えてみると答えが見えた。

 

 

[セイジ]

 なるほど 劣悪な非正規品環境での激務ってコトか

 ゾッとしないが 目を覚まさせるにはそれくらい必要か 

 

[キョウコ]

 うわ

 しーちゃんのよく分かんない伝言から何かの答え辿り着いてる!?

 二人とも頭の中どーなってんの?

 

[セイジ]

 君はあとでシヅルからデコピンでもされろ

 ともあれ話が早くて助かった

 

[キョウコ]

 真面目で優秀な人っぽいからね

 貴重な人材が失われるワケにはいかないんで

 お手数おかけしちゃうけど面倒をヨロ

 

[セイジ]

 ダルいが承った

 オレとしてのあんな涙を見せられて見て見ぬフリはしづらいからな

 

 

 最後のレスを返し、セイジはスマホをポケットへと戻す。

 

 それからムルと女性の様子を見れば、少し落ち着きはじめているようだ。

 セイジが、女性へと声を掛けようとした時――

 

 ぐぅ……と、彼女のお腹から音が聞こえた。

 

「…………」

 

 恥ずかしそうにお腹を押さえる女性へ、セイジは微かな笑みを浮かべながら訊ねる。

 

「今、何か食べたいモノはあるか?」

「え? あの、えっと……タレの味の濃い、お肉……とか?」

「なるほど。ならちょうどいい」

 

 それであるならば、セイジとしては手っ取り早い。

 

「元よりここへ来たのはリベンジも兼ねてたしな」

「リベンジ?」

 

 よく分かっていない彼女に手を差し伸べて訊ねる。

 

「ああ、リベンジだ。少し場所を変えたいが動けるか?」

「は、はい……」

 

 セイジは女性が自分の手を取ったのを確認すると、引っ張って立ち上がらせる。

 それと同時に、ムルも立ち上がると、ワクワクした様子でセイジを見た。

 

 そんなムルのことはとりあえず無視して、セイジは女性に問う、

 

「最後の確認だ。君、ラム肉は大丈夫か?」

 

 

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