ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有の悪くないダンジョン配信~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
ムルとマオは手招かれるままに、セイジの用意したバーベキュー台へと移動する。
そこには特徴的な山なりの鍋が置かれていた。
「タッパーも用意してあるからな、食べきれないなら持って帰ってくれていい」
:ナチュラルにダンジョンへタッパーを持ち込んでる男だ
:もうこの人ダンジョンに何しに来てるかわからねぇな!
:料理しにきてるに決まってるだろ!
:人を餌付けしに来てる可能性が捨てきれない
:あるいは人生相談員なのかもしれない
コメント欄がセイジのことで盛り上がっていることに苦笑しながらも、ムルはジンギスカン鍋を見る。
前回はすでに焼き上がったものを頂いたが、今日は焼くところから見れそうだ。
「……ダンジョンで、本当に焼肉やるんだ……」
ちなみに、ムルの横ではマオが新鮮な反応を見せてくれている。
ムル自身もセイジの配信はだいたい見ているので、ダンジョンで手に入れた素材を料理する光景は当たり前に受け入れていたが、考えて見るとトンデモな部類な気がしてきた。
なんてことを思っているうちに、セイジは鍋のフチに野菜を敷き詰め、タレを揉み込んだアイアンウールの肉を山になっている部分へと置いていく。
ジュージューという音と共に、新鮮なラム肉が焼けていく匂い、味噌だれが焦げ付いて香ばしくなった香り、肉から流れ出てタレと混ざり合った脂が鍋底の野菜と混ざり合う
「お肉の焼ける音と匂いってなんでこんなにトキメキを覚えるんだろう」
思わずムルがつぶやく。
:ぐぅわかる
:匂いは感じないのに音とビジュアルの暴力くらってる
:くそうダウナーさんのコトは嫌いなのに料理に関してはいつもいつも・・・
「…………お腹がすくってこういう感じだった……なんだか、久々に感じた気分……」
:こっちはこっちで闇が深い
:お姉さん本当に辛かったね……
:癒し枠でムルちゃん見てたのにマオさんに共感しすぎてずっと泣いてる
:ブラックは減ったと聞くけどゼロにはなってないんだなぁ
「……自覚したらずっとお腹鳴り続けて、ちょっと恥ずかしいかも……」
:恥ずかしがる姿よき
:良いことだ
:腹が減るとは健全だな
そんな様子の二人に僅かな笑みを浮かべて、お椀型の紙皿にご飯をよそった。
:白米キター!
:前回はこれがなかったからな
:ムルちゃんと二人でお米欲しがってたの覚えてるわw
そして焼き上がった肉と、脂と混ざり合った野菜を紙皿に乗せると、二人の前に差し出した。
「モンスター肉と聞くと身構えるかもしれないが、上質な羊の肉だと思って食べてみるといい」
「うーん、やっぱり良い香りだぁ!」
「確かにそう言われると……」
:ムルちゃん楽しそうな声してるなぁ
:こうやってみると確かに普通の肉なんだよな
:そういやずっと気になったけど前に何があったの?
:アーカイヴっぽいのもないし
:あー……ムルちゃんが移籍前の出来事だしな
:切り抜きくらいは探せばあるんじゃね?
コメントを横目に見ていて、セイジとの関わり合いの部分が前の事務所での出来事だったのを思い出す。
所属事務所が変わったし、あの辺りの動画は配信時のコメントも、アーカイブ動画のコメント欄も荒れに荒れていたので、残しておくのもなぁ……という意識があって、移籍時に消してしまった。
前の事務所Vヴァンプからはアーカイブは残しておいて構わないし、必要とあれば参照リンクとかは全然OKだし、なんなら電影戯演名義での再投稿の許可は貰っていたのだが――
(美味しいモノを前にして考えるコトじゃないんだけど、確かにアーカイブは必要かなぁ……どうなんだろう……)
Vヴァンプの頃から着いてきてくれている
(まぁそれは今度マネジャーに相談しよう)
考え事をしていて固まっていたからだろう。
セイジが少し、
「ムル?」
「わわ、大丈夫です。ふと考え事しちゃっただけで」
「そうか? 急に無表情になって動かなくなるから何かあったのかと」
それよりも、今は目の前のお肉である。
:どんな表情してたか気になる
:スキル連動式は臨場感あるけど配信者の顔が見えないのが欠点だよな
:ダウナーさんが心配そうな声だしてたからよっぽどだ
:心配そうだったか?
:本家で声フェチネキと呼ばれる自分のダメ絶対音感を舐めないで欲しい
:本家ってなんのだよ笑
:他人の配信の場合は大人しくしてられて偉い
謎に盛り上がっているコメント欄を横目に、ムルは気を改めた。
ムルが本当に問題ないのだと理解してくれたのだろう。
セイジはそのあとはムルに何も言わずに、皿を示した。
「ともあれ、問題ないなら熱いうちに食べてくれ」
セイジに促され、けれど決心の付かない様子のマオがムルを見る。
そんな彼女を安心させるように、ムルはお肉だけを箸でつまむと、それを口にいれた。
:スキル連動型配信だからこそのびっくりする食事回という醍醐味きた
:ASMR的になるんだよね
:正直助かる
「んんー!」
そして、驚く。
「これ、前回のやつより美味しい!」
「そうか。それは何よりだ」
セイジが
それが分かるようになるくらいに、ムルがセイジのことを理解したのか。あるいは、セイジの顔に表情が出やすくなったのか。あるいはその両方か。
自分の理解が深まったというのが理由なら嬉しいな――と思いながら、次は野菜を口に運ぶ。
:キャベツシャキシャキASMRいいぞー
:野菜だけ食べててどうぞ
:あ~心がシャキシャキするんじゃ~
:肉より野菜を食べて欲しい
:ムルちゃん肉禁止で
:コメントが無茶苦茶すぎるw
:ジンギスカンで肉を喰うなは鬼過ぎて草
本当に無茶苦茶言うなぁ――なんてことを思いながら、キャベツを飲み込んだ。
「タレ、変えました?」
「ああ。一度、アイアンウールは食べてるからな。改良点は分かっているなら、改良するだろう?」
「こだわる人ならそうかもですけどね」
しっかりとこだわってくる人は案外少ない気がするムルである。
「――と、いうワケで見ての通りふつうに食べれますし、めっちゃ美味しいので、是非!」
ムルとしてはセイジがどこまで考えての行動かは分からない。
けれど、わざわざ場所を変えて料理を振る舞っている以上、マオには料理を食べてもらいたいというのがあるのだろう。
ならば、セイジの行動をさりげなくフォローした方がいい。
もちろん、あわよくばセイジに褒めて貰いたいとか、認めてもらいたいとかいう下心が、あるかないかと言えばあるのだが。
そんなムルの思惑はさておいて。
実際のところは、ムルが食べたのを見た時点で、多少なりとも心は決まっていたようだ。
「……よし!」
マオは小さく気合いを入れると、意を決してアイアンウールの肉を口に運んだ。
「あ」
そして、その柔らかくも適度な噛み応えのある肉を噛みしめながら、驚いた顔をした。
「美味しい……それに、柔らかい」
ラムの香りはするけれど、ラム臭さはない。
柔らかい肉は噛みしめるたびにラムの旨味がにじみでてくる。
そして、タレを纏っているのになおも分かる脂の甘さ。
上等なラム肉とは言ったものだ。
ゆっくりと咀嚼し、味わい、
じっくりと味わったマオは、セイジに告げた。
「これ上等なお肉なんてレベルじゃないわ。極上のお肉よ!?」
「そうだな。可食可能なモンスターを適切に処理し、適切な料理にしてやれば、どれもこれもこのくらい旨いのは間違いない」
「そう、なんですね……」
驚きながら、マオは野菜と共に二口目を口に運ぶ。
歯ごたえを残しながらもしっかりと火の通った野菜が、肉の味とタレがまざった脂を身に纏っている。
シャキシャキした歯ごたえの野菜を噛んでいると、野菜の旨味が溢れ出す。
苦みや青臭さはなく、野菜の美味しい部分だけが滲み出てくるかのようだ。
そんな野菜の旨味がタレや肉の脂と
濃いめのタレを纏った野菜と肉。
それによって口に広がる、タレと脂にまみれた畑と牧場。
マオはその幻覚のような感覚が口の中にある間に、白米をかき込む。
「…………」
美味しい。ただただ美味しい。
これがモンスター肉とか、ここダンジョンであるだとか、そういうのがどうでもいいくらいに美味しい。
涙と
けれど我慢する。
こんな美味しいモノが口の中にある時に、大泣きするワケにはいかない。
だからせめて、ちゃんと
そして、そんな決意の通り、ゴクンと料理を飲み下したところで、ポツポツと涙が零れ出す。
「美味しいです……」
「ああ」
「わたし、ごはん……食べれてます……美味しいって思いながら……」
「そうか。美味しいと思って貰えたのならば作った甲斐があったというものだな」
「……そう、なんですか?」
「誰かの為に作った時、その誰かに旨いと言って貰えるのは
マオとセイジのそんなやりとりの中に、ふとセイジらしくない言葉が混ざっていたようで、ムルは顔を上げた。
セイジの視線が余計なことを言うなと語っていたので、ムルは無言でうなずいた。
「誰かの為……私の、為?」
「今回はそうなるかもしれないな」
「ムルさんもいるのに?」
マオのその言葉に、一番反応したのはムルだ。
目を輝かせるようにセイジを見る。
するとセイジはとてもダルそうな表情で、笑った。
「ノーコメントだ。ムル相手に余計な発言は炎上リスクがあるからな」
「その余計な言い回ししてる時点でリスク回避できてないですからね!」
思わずムルがツッコミを入れる。
:草
:それはそうw
:いいツッコミだ笑
:事務所変えてもまだ火種は燻ってるからなぁ
:逮捕されたアホもいるのにね
「それにダウナーさん、炎上しても数字は数字精神はどこいったんですか?」
「そんなのある程度の数字を盛りたい最初だけだ。チャンネルとしてある程度安定してきたなら炎上なんぞしたくないに決まってるだろ」
「くやしい。反論したいのにそれはそう以外の言葉が出てこない」
「反論したいのに納得してる時点でダメだろ」
「くっ殺せ!」
「不要な殺人はノーサンキューだ」
「下心絡みのボケとかしないの?」
「どうしても炎上させたいのか?」
「炎上を理由にコラボとかどう?」
「素直に依頼してくればいいだろう」
「こう男性とやりとりすると燃えるコト多いしいっそのこと燃やしてスタートしようかなって」
「だからっていちいち燃やそうとしないでくれ」
:漫才かな?笑
:ムルちゃんどうした?ww
:燃やさずに素直に依頼して笑
:ダウナーさんの言葉は一理ある
:マオさんに共感して泣いてたのに笑っちゃったじゃないかw
:元々ダウナーさんの炎上盛りも友達を守る為だったらしいしな
:最近は
:必要ないなら炎上したくないは、それはそう
:なんていうかこの程度で炎上しても痛くもかゆくもないとお互いに信用しあってるからできる応酬だよな
:ダウナーさん絡むと普段しないノリのムルちゃん見れてよき
:ムルちゃん最近積極的にコーン殺しトークしてる気がする
:いいぞもっとやれ
そんな二人のやりとりに、泣いていたマオが涙を流したまま小さく吹き出した。
涙を拭いながらもクスクス笑うマオを見て、セイジとムルは内心で大きく安堵するのだった。