ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有の悪くないダンジョン配信~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
日本探索者協会府中支部。
セイジはマオと、配信を終えて一緒についてきたミマと共にこのギルドにやってきていた。
ホームとして利用している探索者数人が大きく名を挙げたのもあって、良くも悪くも有名な支部だ。
セイジも、免許更新用のノルマ依頼などは、地元の支部だけでなく、この支部を利用することが多い。
元々旧市役所の建物だったものを改良こそしているものの基本的に居抜きで利用しているのもあって、古くささ溢れる外観と内装をしている。
だが、優秀な探索者が集まりやすく、それに合わせて様々なモンスターや素材が持ち込まれることから、受付スタッフや解体スタッフも、非常に優秀な人たちが集まっている場所でもあった。
「ここは優秀な探索者が多く顔を出すらしいからな。
おかげで、レアなモンスターや高級な素材が集まりやすい。だから解体場はとても広く、最新の疑似ダンジョン領域発生装置も備えている場所でもあるんだ」
セイジはそう説明しながら、地下の解体場へと降りていく。
そして、解体場の大きな扉から中へと入るなり、ミマが驚いた様子を見せる。
「普段あんまり来ないギルドだけど……ここすごい……。
疑似領域らしい違和感はあるけど、感覚的には本物のダンジョンにすごい近いのを使ってるんだ……」
「…………」
マオは特に反応はない。
いや、驚いている――が近いか。
二人を横目に、顔見知りの解体スタッフがいないか――とセイジが周囲を見回して見ると、一角に奇妙な光景があるのに気づいた。
「なんで床と天井が焦げ付いているんだ?」
床や壁、天井などに点々とした焦げ跡があるほか、一部の天井と床に大きく変色した箇所があった。
燃えた――というよりも、熱の余波で変色した感じのようだが。
首を傾げていると、セイジにとっては聞き覚えのある声がやってきた。
「よう。節村」
「久しぶりです。
振り向くと、火の付いてないタバコを咥えた、ちょい悪イケオジなキャラを目指していると自称している解体スタッフがいた。
「焦げ跡、気になってるんだろ?」
「ええ」
「春頃に、
居合わせたお嬢ちゃんたちが退治してくれたんだが、その時に軽く焦げちまったてだけだ。解体場には影響ない」
「……オレがダンジョン配信始めた頃にそんなコトが」
「地元のローカルニュースにはなってたぜ? ネットだとみんなでわりと騒いでたと思うが」
セイジが首を傾げていると、話を聞いていたミマが苦笑する。
「動画も上がってましたよ」
「そうなのか?」
恐らくはダンジョン配信をするに向けて、その準備に心血注いでいたので、ニュースなどに意識が向いてなかったのだろう。
「まぁ終わったコトならいい」
アイテムや素材に化けるモンスターが存在し、中には擬態中はSAIにまで入ってしまうモンスターが存在する以上、そういう事件があるというのも不思議ではない。
そして、その事件は解決しており、解体場も問題なく使用できるというのであれば、セイジとしてはそれ以上、深掘りする気もない。
「烏間さん、少し解体場の隅っこを借りても?
ちょっと、彼女のクラフトスキルの確認とかしたいんで」
そう言ってセイジがマオを示すと、烏間はうなずいた。
「いいぞ。今は暇だし俺が見てていいなら、そこらでやってくれても構わん」
烏間に感謝を告げると、セイジはマオへと向き直った。
「それじゃあ、ここでもう一度、さっきのナイフを作って貰って良いか? 完成品は、ミマに渡して構わない」
「はぁ……」
マオはよく分かってなさそうな返事をしつつも、セイジが取り出したアイアンウールの角を受け取った。
意味が分からずとも、これまでの経緯からセイジが意味のないことはしないと理解したのだろう。
彼女はその場で腰を下ろすと、自分のSAIから作業道具を取り出して削り始める。
そしてすぐに首を傾げた。
「……あれ?」
そのリアクションを待っていたかのように、セイジは小さく答える。
「これが最新の疑似領域環境だ」
「……最新……」
「まずは加工してくれ。終わったあとで、さっきダンジョンでやった時の感覚との違いを話して貰いたい」
「わかりました」
マオはすぐにナイフを削り出す。
それを見ながら、烏間が感心したようにセイジに訊ねた。
「おい、節村。こんな逸材、どこで見つけた? 結構高レベルなクラフターじゃないか」
「え? 私って、そんなにレベル高いんですか? 私だけじゃなくて、もう一人の同僚も、職場だとウスノロとか、この程度の仕事もまだ終わらないのかとか、お前程度の速度なんてごまんといるって、ずーっと言われ続けてたんですけど……」
「は? え?」
思わずポカンと口を開けてしまった烏間の口から、タバコがポロリと落ちる。
「おい、節村。こんな逸材がどうしてこんな扱いなんだ?」
「確証はなかったから、ここへ連れてきたんですよ」
そう答えてから、セイジは少し言葉を選ぶように天井を見上げる。
僅かな間、天井についた焦げ跡を目で追い、
「あー……疑似領域発生装置は、テン・グリップス社が開発した、ダンジョンエミュレータとも言える装置だ。
現状、正規品とも呼べるモノは、テングリ社以外からは出ていない。テングリ社以外のメーカーから出てるモノであっても、技術協力等のクレジットで、基本的にはテングリのロゴが入っている」
「節村、わざわざ説明が必要なのか、それ?」
不思議そうな顔をする烏間に、セイジは「超重要だ」とうなずく。
「だが、世の中には模造品が出回るものだ。テングリ社の出している正規品や、テングリ社が技術協力している公認品などと比べても半値以下の、未認可メーカーによる劣化量産品とかな」
「セイジさん。実際のところ、テングリ公式のモノと非公式のモノってどれくらい違うの?」
「そうだな……」
ミマの問いに、セイジは僅かな思案をしてから、答える。
「ダンジョンにおけるスキルを使うコストを1とするなら、この解体場でスキルを使うコストは1.2って感じだな。だが、スキルの効果はダンジョンと等倍に近い。
この差は、本来ダンジョン内に満ちているマナが、解体場には存在しないから発生する誤差と言っていい」
ダンジョン内のマナは、超人化していると無意識に体内に取り込んでいる。
だからこそ、消費した体内のマナを無意識に補給できているのだ。
とはいえ回復する量は微々たるモノ。今のセイジの例えで言うのであれば、0.2くらいであろう。
「テングリの装置は、可能な限りダンジョンの環境に近づけようと企業努力が垣間見える。
一方で、劣化量産品はとりあえずスキルやSAIが作れれば、探索者のコトなんてどうでも良いという造り方がされていると言える」
「そんなにか? いや、俺も偽物の実物なんてモノは見たコトがないから何とも言えねぇが……」
「出回っているとはいえ、そうそう遭遇するものではないですからね」
烏間にそう答えてから、セイジはマオの顔を見る。
「キミの職場の装置がどれほどのモノかは分からない。
だが、粗悪な装置だと、スキルコストは2倍どころか3倍かかるのに、スキル効果は半減以下になる環境を作り出すコトも少なくない」
「そんなの、まともにクラフトスキル使えないんじゃ……!?」
思わずといった様子のミマに、セイジはうなずいた。
「そういうコトだ。だから、マオ――キミは常に重りを付けられた状態で効果の薄いクラフトスキルを使い続けていた。
それがダンジョンであったなら、もしかしたら大幅にクラフトスキルのレベルが上がっただろう。
しかし、ダンジョンの中と異なり、疑似領域では超人レベルやスキルレベルは上がらない。だから上がったのは、純粋なキミの技量だけなんだ」
「私の、技量……」
「超人化によって得られるいわゆるパッシブと呼ばれる、武器の扱いや身体能力の常時向上効果などの常時発動スキルは、元の技量に作用して向上させる効果がある。そしてそれらは元の数値が良ければ、より効果的になる。
一般人とアスリートに全く同じ強化値の身体強化パッシブを与えた場合、後者の方がより強く強化されるような感じだな」
だからこそ、セイジはダンジョン探索者としての仕事を再開するに辺り、肉体メンテナンス程度でやっていた筋トレの量を少し増やした。
例えば、スキルで筋力×2が発生した場合、元々の筋力値が2なのか3なのかで効果が大幅に違ってくるからだ。
厳密に数字が存在しているような効果ではないのだが、感覚としてはそういうものだと、探索者関連の資料などを調べれば書いてある。
「適性があれば誰もが超人になれるダンジョンだが、最後にモノを言うのは結局はダンジョン外での地力だ。身体能力、技量、知識……そういうモノを多く持っているのに越したコトはない」
それを踏まえて、とセイジは続ける。
「そんな劣悪な環境だからこそ磨かれたキミの技は、超人化せずとも超人的な技量となっているといっても過言じゃない。
そしてそれを本物のダンジョンや、ちゃんとした疑似領域で、スキルと共に使えば大幅に作用が向上するのも不思議ではないワケだ」
「…………」
自分の手を見下ろすマオの表情からは何を考えているかは読み取れない。
けれど、決してネガティブな思考にはなってなさそうだ。
「あれ? それでいくと、さっきダンジョンの中でナイフを作ったのってやばくない?」
「ん? どういうコトだ?」
「いやだって、その状態で低いままだったスキルレベルが上がってる可能性があるワケでしょ? 普通の人のスキルレベルとは比べものにならないやばい成長の仕方した可能性あるんじゃないかなって」
「ああ。そうだな。大いにあり得る」
実際、どれくらい成長したのかを読み取る手段はない。
けれど、ダンジョンとココとでスキルを使用したマオ本人は、それをよく分かっているはずだ。
「よくわかんねぇが……劣化品環境だろうがなんだろうが、姉ちゃんの技量の高さを理解できねぇで冷遇する会社なんぞ、辞めちまった方がいいぞ?
今の会社の給料がどんなもんか知らんが、今見せてもらったナイフの加工速度と、完成したナイフの質を見る限り、会社によっちゃヘッドハンティングで今の十倍くらい出しても良いとか、そういう会社もあるだろうしな」
「……私の技量じゃあ、どこの会社に行っても通用しない。ウチくらいだぞ。雇ってられるのは……って言われたけど……」
「はっはっは。若いな、姉ちゃん。ンなモン、便利な奴隷を自分の会社に縛り付ける為のクソ上司・クソ企業の決まり文句だ」
烏間がそう笑ったのを見て、マオは怒り任せに床を殴りつけた。
超人化しているのもあってちょっぴし床にヒビが入る。
それから大きく息を吐くと、マオはセイジを真っ直ぐに見た。
「あの、節村さんのお友達の会社……バイトとして雇って欲しいです」
「了解した。ちなみに、弁護士と退職代行も紹介できると言ってたけどどうする?」
「それは……」
僅かに迷いを見せる彼女に、烏間が軽く首を横に振る。
「代行してもらっとけ。話を聞いていると、どれだけお前さんをバカにしようとも手放したくはなさそうな会社だ。直接、退職届をだしたところで受理されるかどうかもわからんしな」
「わかりました。じゃあ、それでお願いします」
「あと、そうだな……いくつか話を決めてしまいたいんだが」
「ドンと来いです! むしろお願いします!」
そうして、セイジとマオはこの場で話をいくつか詰めていく。
時折、烏間やミマも口を挟み、よりよい状況になるように誘導する。
それらが全てが終わったあと、マオはとても清々した表情を浮かべていた。
「――その様子を見ながら、ダルかったが結果は悪くなかったなと思うダウナーさんであった」
「ミマ、勝手なナーレションを付けるな」
「え? 違った?」
「…………違くは、ないな………」
何であれ、あとは社長のキョウコに丸投げしてしまった良いだろう。
たまの休日がとんでもない日になってしまったな――などと思いながら、無事に一日が終われそうな気配に、セイジは安堵する。
ミマのナレーションではないが、大変な一日だったが終わってみれば悪くない――そう思える日だったのだが。
(明日以降のスケジュールを思うと憂鬱だな……)
なんであれ、明日以降は明日以降の自分に任せることにするのだった。