ダウナー・ジャジー・シーカーズ~テンション低めの気怠げお兄さんによる飯テロ有の悪くないダンジョン配信~ 作:北乃ゆうひ/YU-Hi
「あ。
「あ、ああ。
なんとも顔を合わせづらい人と遭遇したな――とセイジとネオンは思っていたのだが、サイキはまったく気にした様子もなく声を掛けに行った。
「あいつの空気の読めなさに
「同感です……」
昼間に、猪見谷とバチバチにやりあった話をちゃんとしたはずなのに、普通に笑顔で挨拶しにいくのだから、恐ろしい。
「……私から言うのもなんだがな、お前――よく平然と私に挨拶できるな?」
「え? まぁケンカしたのはボクじゃないですし?」
「そういうモノなのか……」
なぜか猪見谷は助けを求めるようにこちらを見てくる。気持ちは分からなくもない。
彼も彼で、その場にサイキがいなかったとはいえアルカナムとケンカをした自覚があるからこそ、困っているのだろう。
「まぁいい。聞きたいコトがあったのだ。
学園長に言われた以上、手も口もださんつもりではある。だが全く宣伝していないのはどういうコトだ? 学園の悪い噂を払拭して欲しいのに、まったく話題になってはないではないか」
ああ、そのことか――とセイジとネオンは納得する。
確かに猪見谷からすると、そう見える面はあるだろう。
それにセイジが答えようとした時、サイキが「よし!」と声を上げた。
「猪見谷センセこれから時間ある? セイジは時間あると思うけど星庭さんは?」
「……オレは強制か……」
「まぁ時間はありますけど……」
「お、隠鉄? 急に何だ?」
セイジとネオンは何を言い出すつもりだ――と警戒し、猪見谷は困惑した面持ちだ。
まぁ学生時代から考えても、猪見谷はサイキの原液とも言えるノリと関わったことがないだろうから、困惑するのは理解できるが。
「すぐそこに
「本当に急になんなんだ?」
「猪見谷センセお酒大丈夫でしょ? セイジのいきつけのお店が近くにあるからそこで一緒に飲みましょうよそういうの好きでしょセンセ? 成人した生徒とお酒飲み交わす的なの?」
「好きか嫌いかと言えば好きだし憧れはあるが――」
「じゃあ行こう行こう飲もう飲もう」
「ま、待て隠鉄! 手を引っ張るな!!」
そうしてサイキは、猪見谷をひっぱりながらMUSOUのある雑居ビルの地下への階段を降りていく。
「……え、これ行かないとダメですか?」
「ダメですね。ああなると、止まらないでしょうし……ストッパーが必要、です」
そう言いながら、セイジはネオンの肩に手を乗せた。
「……ストッパーが、必要です。ストッパー、二つくらいあっても、いいですよね?」
「…………はい」
暗に逃げないでくれ――と言うセイジに、ネオンは諦めたようにうなずくのだった。
「二人とも遅いよ何やってるの」
「いや二人ともお前の嵐のような思考回路についていけなかっただけではないのか?」
店に入ると、すでに座敷席に座っていたサイキが声を掛けてくる。
それに対して猪見谷がとても的確なツッコミを入れている。
靴を脱いで座敷席に上がりつつ、セイジは申し訳なさそうに猪見谷へと頭を下げた。
「猪見谷先生すみません。こいつの暴走に巻き込んでしまって」
「いやいい。節村のせいではない。不慮の事故だと思って受け入れておく」
猪見谷は、どうやら受け入れるのが早いようだ――というか、この短時間で諦観極まっているようだ。
セイジのあとからネオンも頭を下げながら、席に着く。
「サイキ、何か頼んだのか?」
「一応飲み物頼んだよセイジはココで飲むときの一品目は本日のきまぐれモクテルだから頼んでおいたし星庭さんはこういう飲み会だけど仕事も兼ねてる時の一杯目は烏龍茶のコトが多いから烏龍茶頼んでおいたけどダメだった?」
「ダメではないんだがどうしてそれが普段発揮されない?」
「隠鉄さんはどうしてその察しの良さと気遣いを常時発動できないんですか?」
二人から半眼を向けられると、サイキは眉を顰めて首を傾げる。
「あれ? 今ボクって二人からディスられた?」
「思い切りディスったぞ」
「はい心の底からディスりました」
「えー……」
真顔で返してくるセイジとネオンに対して、サイキが心外そうに口を尖らせた。
そんな三人のやりとりに、猪見谷が少し申し訳なさそうに入ってくる。
「あー……すまん。聞いてもいいか?」
「どうしました?」
三人を代表してネオンが訊ねると、猪見谷はバツの悪そうな顔をした。
「ディスる――とはどういう意味なのだ? いや、文脈からして悪口とかそういうニュアンスだろうコトは理解できるから、今まで訊ねてこなかったのだが、気がつくとみんなが普通に使うようになっていたものだからな?」
そう言われてみるとそうかもしれない――と、ネオンは納得したようにうなずく。
「でも、そのニュアンスで間違っていませんよ。
相手を否定する、侮蔑する、批難する、無礼、尊敬できない――という意味合いの言葉ですので」
「
ネオンの解説にセイジが補足すると、猪見谷が安堵したように息を吐いた。
「大筋間違ってないようで安心した。気がつくと知らない
確かに、教師にとってなかなか大変な問題だ――と、セイジとネオンは理解を示す。
「ちなみになんですが元々はヒップホップという音楽ジャンル界隈で使われていた言葉でしてヒップホップってその場で即興の歌詞を作って相手とぶつけあう対戦というかケンカというかみたいな文化がありましてそこで相手を批難し下げる歌詞を使って歌うコトをディスリスペクト・ディスる・ディスり合うと使っていたのがインターネットのスラング化しそれが若者に広がって今ではふつうに使われるようになった経緯があるんですよ」
「……な、なるほど……」
水を得た魚のように語り出したサイキに、やや引き気味に猪見谷が相づちを打つ。
「だいぶザックリしてますが、概ねそんな感じです。もう少し詳しく知りたいのであれば、自分でお調べになられた方がいいかと」
「あ、ああ……そうさせてもらおう」
このままだとずっとマシンガンのように語りかねないと判断したネオンが流れを断ち切り、それに乗るように猪見谷もうなずいた。
そんなタイミングで、店員がやってくる。
「お飲み物と先付けをお持ちしました」
飲み物がそれぞれの前に置かれ、続けて小さな四角い木皿に乗った先付けが置かれる。
「本日の先付けは、クリームチーズの生ハム巻き、焼き鯖の押し寿司。ちくわ磯辺の揚げだしとなっております」
小指の爪ほどのサイズのクリームチーズを、だいぶ大きな生ハムでキャンディ巻きしたモノ。
四角く一口サイズに押し固められた押し寿司。
小さなガラスの器に、一口サイズの半月型にカットされたちくわの磯辺揚げが二つ、その半身を温かい出汁に沈めている揚げだし。
どれも地味だが、見ただけでも丁寧な仕事で作られているのが分かるモノだ。
「ほう。店名からチャラチャラした料理の店なのかと勝手に思っていたのだが、しっかりとした先付けではないか」
「先付けを見て、店の料理がしっかりとしていると分かるくらいには、食べ歩いてますね?」
感心したように声をあげた猪見谷に、セイジは小さく笑う。
「節村の行きつけだと言っていたか? こういう店を知っているというコトは、お前も相当に好きだろう?」
お互いに皮肉げな笑みを向け合っているのだが、冷めた空気も嫌な熱気もそこにはない。
ならば、今のうちに気持ちよく進めてしまおうと、ネオンは少しだけ声を上げた。
「で、では! なんか成り行きで飲むことになってしまいましたけど、せっかくだからお料理を楽しむとしましょうか。今日も一日、皆さんお疲れ様でした。乾杯」
その意図はセイジと猪見谷に正しく伝わっていたので、二人もお疲れさまと、自分のグラスを掲げた。
「音頭、ボクやりたかった……」
――なんだか、謎に拗ねているヤツが一人だけいるようだが。