元バディが両腕失くして隠居生活するらしいので追っかけて同居する話   作:斎藤大五郎

1 / 1
姫野先輩が好きすぎてどうにかしたい人間が書いたものです。
ご都合主義・捏造過多・地雷配慮なし。なんでも許せる方向け。
初投稿なので至らぬ点等あるかもしれませんがどうぞご容赦を。

『』は主人公の発言。登場人物等についてはあらすじ部分をご覧ください。


1話目

襲撃を受けたあの日、本当だったら消えるはずだった。姫野は白いシャツの袖をはためかせながら窓の外を眺めて思う。

こんな仕事をしているのだから、死ぬ覚悟だっていつでもできていたし、それでよかったはずだった。

 

ピンチに陥ったバディのアキを救うために、契約悪魔のゴーストに自分の全部をやって、それで切り抜けるはずだったのに。

致命的な傷を負って、もう永くないと悟って契約を結ぶつもりで口を開いたら、息を切らした元バディが姫野のところにやってきた。

元バディ……名前を忍野シュウというが、そいつは姫野の2人目のバディだった。以前悪魔との戦闘で大きな怪我を負って一時的に戦線から離脱していた男だ。

戻るのは難しいかもしれないと言われたとき、まだ若かった姫野は病床に伏せるシュウの手を握りながらぼたぼた涙を零して嫌だと泣いた。

あの時から数年経っているが、今でも鮮明に思い出せる。あの時彼が言った言葉。

 

『使えない雑魚はみんな死ぬんだ。俺は偶然永らえてしまったけど、きっと近い内に死ぬ。だから、俺みたいな“使えない雑魚”は置いてって』

 

その言葉が今でも彼女の中に根付いて取れない。だから置いていったのに、よりにもよってピンチのときに颯爽と現れてくれやがったのだ。中途半端に契約が結ばれて両腕を失った姫野を、壊れ物みたいに大切に抱きかかえて戦闘から離脱した。

最後の力を振り絞ってゴーストの腕で倒れたデンジのスターターを引いて……色々聞きたいことが、言いたいことがあるまま彼女は気を失った。大量の血液を失っていたし、当然のことだっただろう。次に気がついたときには病院のまっさらなベッドに寝かされていて、自分を助けたはずのシュウはすでにいなかった。もしかすると死に際に見た都合のいい幻覚だったかと思って自分の頬をつねるなどしてみたが、普通に痛かったので現実であることは確かだ。

ともかく両腕がなくなってしまった姫野は今まで通りにデビルハンターをやるのは難しいと判断され、そのまま辞職に至る。そうして今は有休を消費しながら毎日家でやることもなく過ごしていたのだった。

介護士が家に来てくれるので、今のところ不便はない。が、これからどうしようかといううっすらとした不安はずっと付きまとっているのも確かで。困ったな、とため息をついたタイミングでインターホンが鳴った。

よくわからない来客なら無視でいいかと一旦インターホンのモニターを見てみれば、そこには。

 

「は。エッ。え?」

 

器用に顎で応答ボタンを押して「シュウ君!?」と声を上げると、モニター越しに呑気な声が届いた。

 

『お。いたいた……鍵あーけーてー』

「なん……も、も~!ちょっとまって……」

 

ぱたぱたと小走りで玄関まで向かい、器用に足の指でサムターン錠を回す。向こうにも鍵が開いた音が聞こえたのだろう、扉は勝手に開いた。

 

『ああ、走るなって言えばよかったか。転んだらどーすんの』

「……」

 

やっぱりそこに立っていたのは先程まで姫野の脳内を占めていた人物、忍野シュウだった。彼は両手にいっぱいのレジ袋を抱えており、当然のような顔をして姫野の家に上がってくる。当然のような顔をした彼は当然のように靴を揃えてキッチンへと向かっていった。

 

『冷蔵庫開けるねえ』

「ちょっと待って。なに……ちゃんと……え?ちゃんと説明!して!」

『んー。冷凍ものしまったらね』

「それより先に!!」

『でもとけちゃう……』

 

腕がない今、彼をむりやり引っ張ることも出来ずに後ろでタムタムと地団駄を踏むことしかできない。そうして彼がのんびり冷蔵庫に食材をしまい終えたあと、ようやくこちらに向き直った彼の顔をじっくり見ることが出来た。

 

『ソファ座ろっか。おいでね~』

 

シュウはいつも通りのヘラヘラした顔で姫野の袖を掴んでゆっくりソファへと誘導する。肩を軽く掴まれてそのままソファへ腰を下ろさせ、シュウも同じように隣に腰掛けた。

 

『煙草吸う?』

「吸う……けど。そうじゃなくて……んっ」

 

問い詰めようとすれば煙草が口に咥えさせられる。ことごとく相手のペースを崩すのが上手い男で、これはずっとそうだったなと過去のことを少しだけ思い出した。

 

『えっと……説明、だったよね』

 

シュウは自分も煙草を咥えて火をつけ、煙を吐き出しながら少しだけくぐもった声で呟く。

姫野はこくりと頷き拾われてきた当日の猫みたいな顔をしながらシュウを見つめた。

 

『ヒメちゃんのお世話するために公安辞めてきたよ。これからはずっと一緒に暮らそうね』

「え?……えぇ~?コワ~~~~!!」

 

乙女ゲームのヤンデレ監禁ルートみたいなことを言われて姫野は顔色を青くする。落ちそうだった灰をさっと灰皿で受け止めたシュウは、いつも通りの表情が読めない顔でにっこり笑った。

 

『怖くないよ。だってヒメちゃんのためだよ?』

「ちょ……え?戦闘のし過ぎで頭ダメになった?そんな人じゃなかったよね?」

『いや?』

 

姫野はダラダラと嫌な汗を流しながらシュウを眺める。本当に表情が読めなくて胡散臭い男なので、真意を掴みかねているのだ。

 

『俺は元々こういう男だったよ。怪我して戦えなくなっちゃった元バディを献身的に介護するようなさぁ……』

 

言ってることだけ聞けば優しいいい人なのだが、いかんせん顔も喋り方も何もかもが怪しすぎる。闇ブローカーと言われたほうがしっくりくるような声色だ。しかもなんとなく微妙に会話が噛み合っていないのが余計怖い。短くなった煙草はシュウが回収してもみ消してしまった。

姫野は混乱する頭で一生懸命考える。怪我をして離脱して、復帰できたはいいが結局その頃にはアキと組むことが決まっていたのでもう二度と会うことはないだろうと思っていたような相手が、どうして今になって自分を助けて、あまつさえ介護のために仕事を辞めるなどという暴挙を働くのか。たくさん疑問符を浮かべながらも導き出した答え。姫野が思いつくのはたったこれしかなかった。

 

「わかった。シュウ君、私とエッチしたいんだ。それならそうと早く言ってよ。別にそんなわけわかんない嘘言わなくたって……」

『え?エッ……チ……?』

 

初めて聞きました、みたいな顔をされた。知らないはずないのに。こいつは昔から相当女癖が悪くてあちこち手を付けたりしては頬に紅葉を作っていたような男だから。なのに急に頭の中からエッチという単語が消えてしまったみたいな反応をしてきたから、姫野も思わず立ち上がって「なんでさ!!」と大声を上げた。

 

『危ないよ。急に立ち上がっちゃ……。え?ヒメちゃんが……そういうことをしたい……ってコト!?』

 

純真無垢な瞳でそんな事を言うので腹が立ちすぎて思わず余った袖を振り回してペチペチ叩く。そんなもの痛くも痒くもないのでシュウはわざとらしく照れながら顎に生えたヒゲを触りながら『いや~まいったな~』とかなんとかほざいている。

姫野は余計シュウの目的がわからなくなってしまった。

 

「え。ほ、ほんとに何?なんで?どういうこと?」

『どういうもこういうも、言った通り。俺は純粋にキミの助けになりたいんだよ』

 

姫野は首を傾げたまますとんとソファに座り直す。人間、意味のわからないことばかりが続くと腰が立たなくなるらしい。

 

「だって……そんなの、おかしいよ。シュウ君にメリットないじゃん……」

『いやぁ。そんなことないんだな~、それが』

「どういうこと?介護したって別に給料とか出ないよ」

『別にお金がほしいわけじゃないさ。ただ……』

 

シュウはソファに座り直して前に重心を傾ける。ななめ下から覗き込むように姫野と目を合わせて、ニッコリと笑った。

 

『俺さ。ヒメちゃんのこと好きなんだよね』

 

姫野はその言葉を聞いて……脳内に宇宙が広がる。口をぽかんと開けたままシュウを見つめて「ほぁ?」みたいな間の抜けた声を出した。

 

『あ。その顔カワイイ』

「バ!…………何言って…………。だって、別に、そんな感じじゃなかったじゃん、今まで……さ。す。すす、す」

『好きって?』

「も~~~~~~~!!!」

『はは。牛だ』

 

ごちんと思い切り頭突きをかました。流石に痛かったのかシュウは目をバッテンにしてデコを押さえる。

 

「ホントに何言ってるかわかんない!!私は別にシュウ君のこと好きじゃないし!」

『アキ君のことが好きだから?』

 

事実を突きつけられて、姫野は閉口した。押し黙ってしまった姫野を優しく撫でてシュウは穏やかに笑った。その微笑みには胡散臭さの欠片もなく、本当に好きな相手に向けるそれでしかない。

 

『いーの、それで。俺は自分のエゴでここまで来たんだもん。困ってるヒメちゃんを助けたいな~って』

「介護士さんいるし……」

『でも高いでしょ。俺なら永年無料。お買い得ですよ、お客さん?』

「返せるものとか何も無いし……」

『俺のエゴだからいいんだってば。見返りなんかなんにも求めてないよ』

「わけわかんない……」

 

姫野はそう呟いたきり、顔を背けてソファで蹲ってしまった。シュウはそれを、愛おしいものを見る目で見つめてぽんぽんと背中を撫でる。

 

「そんなの、利用されたいって言ってるようなもんじゃん……」

『利用して。そのために来たよ』

 

追い詰められた姫野は哀れにも蹲ったまま「ゔゔ~~~」と唸り声を上げるしかできなくなってしまった。姫野が困っていることはわかっていたし、なんなら来る前から困らせるだろうなと思っていた。それでもここまで来たのはひとえに姫野のことが好きだからだ。それ以外に理由は本当に無かった。ヘラヘラした喋り方や表情からいつも勘違いされるが、実は一途で愛情深い男なのだ。忍野シュウという男は。ただヘラヘラしているせいで胡散臭いだけだった。

 

『利用するのが嫌だったらさ……俺のエゴに“仕方なく”付き合ってよ』

 

姫野は沈黙したままゴモゴモ蠢いて……少し間をあけた後にちろりと横目でシュウを見遣る。

 

「……も、知らない。好きにすれば……」

 

言質が取れてしまったのでシュウはものすごく嬉しそうににっこり笑って『やった』と言った。

 

『じゃあ好きにするね。さ、晩御飯作るよ。何食べたい?』

「……、…………ぎょうざ……」

 

まるで不貞腐れた子供みたいな声だった。くすりと小さく笑って腕まくりをする。

 

『オッケー。餃子の皮は流石に買ってきてないから作るね。ちょっと時間ちょうだいね』

「あたまおかしい……」

 

悪口を言われた気がしたが、構わない。だって好きな子の役に立てるなんて、これ以上の男の誉れはないのだから。

嬉しくって宙に浮きそうな気分になりながらガサガサと皮を作る準備をしだす。

鼻歌まじりに準備をする彼の背中を眺めながら、姫野は重たいため息をついた。だって本当に最低な気分だ。付き合っていた男を奪われ、それでも未練たらしく思っていたら仕事じゃ使い物にならなくなり、そこにちょうどよく利用されるためにやってきた別な男を使うとかいう状況に立たされているのだから。

しかもその男が、昔想っていた相手だったのだからなおさらだ。

もう一度ため息を深く長く吐いて、ソファにこてんと転がった。腕がなくなってからというもの、体のバランスが取りにくくて起き上がっているだけでも疲れてしまうから……。

気づけば意識は泥のように沈んでしまっていた。

 

 

***

 

『ヒメちゃん。ヒーメちゃん。起きて~』

 

頬をつつかれる感触と、低くて静かな心地の良い声で意識が浮上する。

緩慢にまぶたを持ち上げれば月の薄い灯りに照らされたシュウの顔が見えた。彼はひどく優しくて、愛おしそうな顔をしながら姫野を見下ろしている。無意識にその顔に腕を伸ばそうとして、彼に触れるための手のひらが……腕が無いことを思い出して「ああ、」と小さく吐息を漏らした。

周りを見ればベッドの上で、きっと運んでくれたのだろうとすぐに理解する。

 

『お待たせ。お腹すいたでしょ。餃子できたよん』

「ん……」

 

まだ意識はまどろみの中なのか、ぽやんとした顔でシュウの手に顔を擦り寄せて――一気に覚醒した。

ガバっと起き上がればそのままバランスを崩して後ろに倒れそうになる。そこにシュウは腕を伸ばしてしっかり支えてやった。

 

『急に動いちゃ危ないってば。怪我するよ?』

「あ。ああ、アハハ。……ごめん……」

『寝ぼけてた?俺に甘えてくれるヒメちゃん死ぬほどカワイイからいっぱい甘えていいよ』

「ヤダ!!」

 

シュウはくすくすと笑ってゆっくり姫野を立たせる。隣で静かに寄り添って、重心を支えてやりながらテーブルへと向かった。

部屋いっぱいに広がる餃子の香りが鼻腔をくすぐって、腹がぐうと音を立てる。席にはすでにご飯も汁物も副菜まで丁寧に準備されており、椅子に座ればシュウは隣に座って姫野の胸元にエプロンをかけた。エプロンというか……もはやスタイだが……。ものすごい赤ん坊扱いされているような気持ちになって、非難の目を彼に向ける。

 

『怒んないで。仕方ないよ。食べさせてあげるときに俺が醤油とかこぼしちゃうかも知んないし』

 

姫野が零すかも、とはひとつも言わなかった。食べ零すことがあるならそれは俺のせいだと、そういう口ぶりだった。それ以上何か言う気にはなれず、姫野はふいと目をそらす。

 

『さ。いただきますしよう』

「いただきます……」

 

シュウは餃子を箸で掴んで姫野の口に運ぶ。出来立ての餃子を口の中に入れて奥歯で噛みしめれば薄い皮が破れて中からじゅわっとジューシーな肉汁が溢れてきた。熱々のそれを口の中で冷ましながらはふ、と息を漏らせばすかさず白飯が運ばれてくる。それも一緒に口の中にいれて咀嚼すれば肉の旨味やニラとにんにくのパンチが効いた香り、醤油に少し混ぜられた酢がさっぱりしていて、それら全て白米と絡んだ。

あんまりに美味しいので、思わず口をモグモグしながらシュウを見上げた。

可愛い顔をしているな……と微笑ましくなりながら『おいし?』と尋ねれば、姫野はコクコクと一生懸命頷く。

口の中のものをちゃんと飲み込んでから「ビール欲しくなる……!」と言った。

 

『あるよ。ビール。飲む?』

「飲むー!」

 

さっきまで不機嫌だったのに、あっという間にごきげんになってしまった。その変わり身の早さにまた少し笑って、頭をポンポン撫でる。

待ってな、と立ち上がって冷蔵庫からキンキンの缶ビールを出してきて、プルタブを起こした。カシュッ、と小気味よい音が鳴って缶の中から炭酸のはじける音が立ち始める。

 

「ん!ん!」

 

早く早くと足をパタパタさせる姫野にはいはいと返事をして缶ビールを口元に運ぶ。上唇を尖らせて飲み口にしゃぶりつき、缶を傾ければ勢いよくゴキュゴキュ嚥下していった。

 

「っぷはー!!最高!これ最高だねシュウ君!おいっし!」

『それはよかった。いっぱい食べて飲みなね』

 

餃子、米、ビール、とルーティンで姫野に与えていけば徐々に食べさせてもらうという行為に慣れてきたのか口の中のものがなくなれば次を待ちわびるように口がぱかっと開かれるようになった。

 

『(小鳥に餌やりしてるみたい……)』

 

姫野は体力仕事をしていたせいか、一般的な女性よりもかなり食べるほうだった。

 

「あー!食べた食べた……お腹いっぱい!」

 

だが、今では体を動かしていないからかすっかり食べる量が減ってしまっており、少しだけさみしい気持ちを覚える。

それと同時に『俺がヒメちゃんの恵体を守らなきゃ……!』という気持ち悪い思想が芽生えていた。愛ゆえではあるが。

 

『お腹いっぱいになってよかった。俺も食べちゃうからちょっとだけ待ってね』

 

炊飯器からご飯を盛って、残った餃子といっしょに大きな口で綺麗に食べていく。姫野はそれを眺めながら、過去一緒に食事をしたときのことを思い出していた。

 

「シュウ君ってさー。おっきい口開けて食べるのに、食べ方綺麗だよね」

『ン。……あんま見ないの。恥ずかしいんだから』

「だって食べっぷり良くてつい見ちゃう」

『食べ方汚い男って嫌じゃん』

「まーねー」

 

それだけ会話して、あとはシュウが食べるところをずっと見ていた。見られているシュウはかなり居心地が悪かったけれど、まあやることもないだろうし、と思ってそのままにしておくことにする。テレビ見る?と尋ねたが、シュウ君見てる、と返されてしまってはもうお手上げだった。

さっと食べ終えたら食器を台所に下げて水に浸けておく。

 

『お風呂入ろっか』

「え!?お風呂……!?」

『え、うん。だって入りたいでしょ』

「いやでもそれって一緒に入るってことだよね!?」

『一緒にっていうか……湯に浸かったり出たり、あとは洗ったりするときに手伝うだけ。必要なときに呼んでくれたらいいよ。俺脱衣所にいるからさー』

「えええ………………」

 

姫野は顔を赤くしたり青くしたりしながらオロ……オロ……としていた。その間にもシュウはさっさと風呂場にいって準備をしており、気づけば脱衣所に連れられてきてしまった。

 

『脱がすね~』

 

シュウは後ろから手を回して姫野の服を脱がせていく。これはなるべく裸体を見ないようにというせめてもの気遣いであった。姫野は女性にしては背が高いほうであるが、シュウは更に高い。だいたい20cm差くらいある。彼は姫野のつむじだけを見て服を脱がせてやったので、最低限の肌しか視界に入れていない。後はなるべく彼女を直視しないようにしながら腰を支えつつ浴槽に入れてやる。入浴剤で湯を白く濁らせたので完璧だった。

 

『それじゃ俺は脱衣所にいるから。何かあったら呼んで、絶対に一人で浴槽から出ようとはしないでね』

「過保護~」

『過保護でもなんでも。ね。約束』

「うん……」

 

シュウはやりきった……という顔をして浴室から出て脱衣所の壁に背中を預けてしゃがみ込む。エッチなことをするつもりはないが、男ではあるので好きな女の裸を見てしまっては流石に平常心ではいられない。だがそれよりも何より、姫野が嫌だろうな、と思ってしまう。彼女が嫌がることはこれ以上したくない。右手で目元を覆って天井を仰いで、ふー……と息を吐けば幾分かは落ち着けた。あとはいつもの表情ができるよう努めるだけだ。

しばしそうしていると浴室から「シュウ君……」と控えめな声がかかる。扉の前で『開けるよ~』と声をかけて中に入って、濡れた彼女を支えるために上着を脱いだ。シュウの体は悪魔と戦ったときについた傷がたくさん残っている。しっかりついた筋肉の上に走る傷跡はどれもでこぼこしていていつまで経っても痛々しい。

立ち上がった彼女を寄りかからせればしっとりホカホカむちむちの体が胸板にむっちり吸い付いてきて、先程取り戻した冷静さは簡単にぶち壊されそうだった。

本当ならば壁に額を打ち付けて冷静さを取り戻したいところだったが、シュウは平静を装うのが得意なので流血せず済んだ。

姫野を風呂椅子に座らせて、頭を洗ってやるためにカランを捻ってシャワーを出す。

温度を確かめている間、姫野はひとつも喋らなかった。

 

『大丈夫?ヒメちゃん。具合悪い?』

「え。あ……いや、大丈夫」

『そう?なんか大人しいからさ』

 

実を言うと姫野は姫野でちょっと緊張していた。別にこれまでだって男と風呂に入ることがなかったわけではない。なのに相手がシュウであるということだけでやけに居心地が悪いような気になってしまうのだ。それにいつもなら緊張していることを悟らせないためにあえて色々喋ることだって、逆に男を手玉に取ってドギマギさせて楽しむことだってできるはずなのに。

なのに、シュウが相手だとどうにもそれが上手く出来なかった。

シュウは『やっぱり嫌だよね~……』と嫌になるほど性差を感じてしまっている。ゆっくり髪の毛を濡らして柔らかい毛先に触れた。

 

『俺が女の子だったらよかったね。ごめんね?』

「……」

 

姫野は俯いて、シャワーにかき消されてしまう音量でぽつりと呟く。

 

「……女の子じゃ困るでしょ」

『えっ?ごめん、聞こえなかった。なんて?』

「なんでもない!」

 

自分の発言に一番動揺したのは姫野だった。だってこれじゃあ私が、まだシュウ君のこと好きみたいじゃん、と。しかしすぐに頭の片隅にほわりとアキの顔を思い浮かべて……ふるりと頭を振った。しぴぴ!と雫が飛んできてシュウが『わああ』と情けなく声を上げる。

と、まあ……こんなことがありつつ頭を洗い終えて、顔も洗ってあげて。あとは体を洗うだけになってしまった。

 

「か、体……自分で……自分で洗うよ!」

『どうやって……』

「えっと……」

『……ま、大丈夫だよ。何にもしないから。洗うだけ。嫌かもだけど任せて』

 

いつもの顔で笑えば、姫野はいくらか安心したように僅かに表情を緩ませた。やっぱり求められているのはこの顔の俺なんだよな、と何となく思って、精神統一しつつ両親の顔を思い出しながら姫野の体に手を滑らせた。

泡で滑る手のひらで、傷をつけないように丁寧に体を清めていく。肩や鎖骨、胸の谷間を滑るシュウの指は細くて節くれだっていて、男性的なセクシーさがあった。そんな指が自身の体に這っているのがなんだかひどく官能的で、見ちゃいけないものを見ているみたいな気持ちになってしまって姫野は目を逸らす。

 

「(シュウ君は洗ってくれてるだけ……洗ってくれてるだけ……)」

『(これは介護……これは介護……)』

 

ふたりとも必死だった。

さて、体を洗う際に避けて通れないのはもちろんデリケートゾーンの洗浄だった。ここはもっとも清潔に保たねばならぬが、もっとも他人に易易と触らせてはいけない部分でもある。流石に少しだけ躊躇って『その……』と所在なさげに言えば姫野は顔をほんのり赤くしながらゆっくり足を広げた。その仕草に男として何か……腹の底から……得も言われぬ感情が湧き上がったような気がしたが、誰より恥ずかしいのは姫野のはずだ。そう思い直して、冷静さと理性の端をかろうじて掴むことが出来る。

ぐっと姫野の頭を自分の肩に抱き寄せて視界を覆い、耳にほど近いところで『ごめんね』と囁いた。

 

『嫌だね。すぐ終わらせるからね……』

 

姫野は耳にかかる吐息に息を詰まらせて、ぎゅっと目を閉じる。敏感なところに触れられれば思わず「ふ……」と声が漏れるが、ぎゅっと唇を噛み締めてなんとか耐えた。

丁寧に、しかし素早く終わらせたあとはものすごく速やかに体を流して『終わったよ』と声を掛ける。これは自分にもかけた言葉であった。

 

「あ……あり、がと……」

『んーん。お礼なんていいんだよ。俺がやりたくてやってる……っていうのは、この状況だとちょっとダメだね』

 

シュウが困ったように笑えば姫野もなんとなく安心して小さく吹き出した。

 

「たしかに。ふっ、ふふ……変態っぽいかも」

『変態?傷つく~』

 

ひとつも傷ついていないような口ぶりで彼女を笑わせてあげて、最後に浴槽にもう一度浸からせた。脱衣所に出たシュウは洗面台に手をつき冷水を顔に被って大きく深呼吸をする。本心を隠すのが上手くてよかったな、と鏡に写る自分に語りかければ鏡の中の自分は情けない顔で笑った。後で自分で使うためのタオルで顔を拭いてもう一度鏡を見れば、そこにはすっかりいつもの“忍野シュウ”がいて、少しだけ安心しながら壁にもたれかかる。

一方姫野は暑いせいか、それとも別な要因のせいかはわからない赤い顔のまま、なにもない浴室の壁を見つめながら「(全然たってなかった……悔しい……)」とシュウの股間へ思いを馳せていた。

 

「(もしかしたら好きっていうのも恋愛的な話じゃなくて……友愛とか。家族愛みたいなやつかもなー……。じゃあ私が考えすぎなだけじゃん。はずかし……)」

 

良いのか悪いのか、そんな方向への勘違いをしようとしていた。

シュウの運命や如何に。

ちなみにこの後はホカホカむちむちの姫野に服をきちんと着せてあげて、お布団に入れてから自分も風呂に入った。

いつもより入浴の時間が長かったかもしれないが、それはそれ。仕方のないことである。




むちむちが好きです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。