すけこま!   作:糖分至上主義

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皆様の誤字報告、大変感謝しております。
こんなに誤字をしているものかと悲鳴を上げ、報告が上がる度に平身低頭しております。
感謝、かんしゃー


献身・独善

旧四郎宅。

元々は古い二階建ての賃貸で、四郎自身はそこの202号室を借りていた。

オートロック式といえば聞こえはいいが、その建物全体の玄関にひとつ、それもパスワードが4桁のものが置かれているだけの心もとない防犯設備があるだけな、築40年のアパートである。

もちろん部屋もそれ相応のもので、いわゆる1Kと呼ばれる構造だ。これを立体的な収納棚等を利用することで一時期とは言え二人で暮らしていたのだから驚きだ。

 

そんな四郎の部屋には現在、誰もいない。

ただ早朝に運ばれてきた鏡が割れ、その破片が地面に散らばっているだけだった。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

 

「(あれ、今何時だ…?仕事は休みだったけか。というかここどこだ?まぁ、、、気持ちいいしどうでもいっか。てかこの数日が忙しすぎたんだ。ちょっとくらい休んだって別に…)」

 

ただただ心地よい空気の重さと空間の温度。

目を瞑っていればこのままぐっすりと眠れてしまいそうな、空間自体が大きな布団であるかのような。

 

「おいおいおい、また寝てしまうのかい?ボクはそんな寝坊助、雇った記憶はないぜ」

 

「お前…」

 

随分と前の世界で何度も聞いた声。

そしてつい最近、ほんの数時間前にも聞いた声。

目を開くと、そこは真っ暗で何もない宇宙のような空間が広がっていた。広がってると言ったって奥行があるように見えているだけで本当は四畳半もないのかもしれない。

そんな空間で、もっと別の場所があるだろうに寛いでいるルシエラの姿がすぐそこにあった。

 

「どうだった?記憶巡りの旅は。我ながら本を捲るような形式にしたのには、少し気取り過ぎかなとも考えたんだけど、、、お気に召したかな?マイ・ポーン」

 

いちばん楽な体勢で両腕をだらんと垂らし、垂直に寝転ぶような俺とは対象的な、足を組み、空気に腰をかけるように浮いている彼女は、彼女自身の口許に触れながら俺を見下ろしていた。

 

記憶巡り?

気になる言葉を口にしたルシエラに聞き出そうとしたところで、世界に小さなヒビが入る。

が、それも一瞬で覆われてまた元の宇宙のような空間に逆戻りする。

 

「色々と聞きたいことはあるけどさ。ここどこだよ」

「どこ、ねえ。常に君は此処を見ることができ、見ていると意識できない場所、、、とでも言うべきかな。まあ難しいことはいいじゃないか。

それよりも、久々の再会を祝して、ボクに言うことがあるんじゃないのかい?」

 

片手を胸にあて、もう一方の掌を俺に差し向けてくる姿は大仰しい。

いつものように来ているフロックコートやクロスネクタイがそう見せているのだろうか。

勝ち誇ったような笑顔。

目を閉じて若干上を向いてるが、口許がだらしなく緩みそうになってるぞお前。

 

「いや、、、別に」

「…あ、そう。。。。」

 

無言。

口をへの字のように歪ませ、恨みがましくこちらを見つめてきているが無視だ。

こういう時のルシエラには、優しくすると異様に付け上がって面倒このうえないのだ。

 

というか...。

 

「お前誰だよ」

「ホンキかい!?さっきまで記憶巡りをしてきたんだろ?ボクだよ。キミの敬愛するルシエラ・クロッヒェン・サヴァトロモチカだぞ」

「いや、お前…。ルシエラはもっと阿呆だぞ。こういう洒落た()()なことはできん」

 

「・・・・・・はぇ?」

 

たしかにあいつはカッコつけで、ナルシシズムで、浪漫主義が入ったヤツだけだ。

だけどこういうことをするならこんな宇宙とかじゃなくてもっとデカイ惑星をボンと生み出すやつだ。

変身の魔法を使った時なんて、あまりにもでかくなりすぎて山の上に山があるみたいになってたんだからな。

なんというか、、、あいつならもっと思い切ったことや演出をする。絶対に、だ。

 

そもそもが、「ものを動かす」魔法で石ころ同士の速度上げすぎた結果、俺の国蒸発させるような大バカだぞ。舐めんなよ。

 

「いや、そんなこと言われても、、、」

「まあ。あいつの阿呆さ加減は置いといて、だ」

 

 

「その格好で好き勝手されるのムカつくからやめろって言ってんだ」

 

「ッッッ!へぇ。随分と彼女のことが大事みたいじゃないか。彼女から目を逸らしたくせに」

「いや、あいつと最後に会ってからどんだけ時間が経ったと思ってんだ。そもそも俺はあいつを1回殺したようなもんだぞ。

現にあの時、朱禰がいなかったら、確実に俺を殺してただろアイツ」

 

目の前でルシエラの皮を被ったナニカがニタニタと。きおくのなかにあるルシエラじゃあ決してしないような、『悪意』に満ちた表情でせせら笑う。

やっぱり腹が立つ。

 

「で。お前は誰なんだって聞いてんだ。こんなところに呼び出したんだから、お前にもなんか話くらいあんだろ?」

 

今の無力な俺を害さず、あんな回りくどい手で拘束するなんて馬鹿げてる。俺を殺せないのか、なにかに利用したいのか。何かしらの理由があるはずだ。

はなから話して時間を稼ぐこと自体が既に目的なのかもしれないが。

 

「その冷たい目。自分のことを交渉材料の勘定に入れて、そのうえでオレ様に要求してくるその雰囲気。オマエムカつくね」

「おお、じゃあお互い様じゃねえか。ドコカノ・ダ・レカさん」

 

「ま、いいか。それじゃ、聴き逃し厳禁だぜ♡」

 

 

「ある時は偉大なる天使の首領として巡礼の道を歩むもの、また時は地獄の底で天を睨み怨嗟をはくもの、そしていつかの楽園にて、貴様ら無知蒙昧たる人類を導きしもの。

人々はみな、その側面をさして様々な名でオレ様を呼ぶ」

 

「明けの明星」

 

「天主の怨敵」

 

「旧ぼけた蛇」

 

 

「お待たせ御免、オレ様こそが」

お前の与えた祝福が誘因(ルシファー様)だ」

 

背面で輝いていた星の数々が 『Lucifer』の文字をかたどって煌めき出す。

そしてどこから取り出したのか、ルシファーは黄金色のラッパに口をつけた。

 

「さあ、そもそもの始まりを語ろうぜ。

きっとこの役はオレが適任だからなァ。聞きたくなければ耳を塞げ!開演の喇叭はすぐそこだ!!()()()捨てるも、咀嚼し尽くすも、貴様の自由だ!!!」

 

【旧き蛇の悪魔的誘惑】

 

俺でも知っているようなこの世界の悪魔の名を叫ぶ目の前のなにかは。

ルシエラの皮を被りながら、矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。

その語り仕草はまるで敬虔な老人のように。あるいはホラ吹きの道化師のように。

 

そうして俺の脳内には、高らかなる、喇叭の音色が鳴り響き出した。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

「オマエ、朝餉の支度が終わったわよ。ほら、いつまでも布団で寝てないで。今日は起き上がってみない?」

 

返事のない四郎。

朱禰はそんなすっかり魂が抜け落ちたかのような空蝉に、せっせと給仕をする。

盆をひとたび側に置き、まずは四郎の身を座らせる。枕を腰の辺りに据えてやり、そして虚空を見つめる四郎の口元に食事を運んでやるのだ。

 

あの校長室から抜け出して時間は既に1週間近く立とうとしていた。正確には「この空間」に来てから、都度6回、朝と夜を迎えた。

 

 

 

朱禰の住まう屋敷。

はるか昔、四郎がまだコマであった時に何度も訪れていたそこは、姿を変えず、隔絶された空間で形を維持していた。

 

ここには屋敷とそれ以外とを区切るように流れる川に、それに架かった赤い木造の橋、梔子の木がいくつかと、5人の大人が両手を回してもなお余りあるほど長い注連縄が飾られた大樹が1本。そして家の裏手に空間の端まで広がっている雑木林。

 

 

 

そんな大屋敷の奥座敷、中庭がもっともよく見えるようにふすまを四枚開け放たれた一間で、真っ白な布団に横たわっている四郎がいた。

 

「今日は麦飯に漬物、それからニジマスの塩焼きよ。さ、冷めないうちに食べましょ?」

 

ルシエラの怪しい雰囲気行動から咄嗟に四郎を引き連れ自分の影に沈んだ朱禰は、無事にアパートの一室に到着すると、まず最初に四郎の部屋に届けられた全身鏡を破壊した。

その時、既に虚ろな表情をしていた四郎だったが疲れたのだろうと朱禰はあまり気にとめず、自身の領域へと引き込んでしまった。

 

『オマエ、大丈夫?ケガはなかった?』

『……ラ』

『オマエ…?四郎、返事をしなさい!四郎!!』

『ル…ラ…歩にいけ』

 

以来四郎はすっかりと魂が抜け落ちたかのような、それでいて掠れた鳴き声で何事かを話し続ける状態になってしまった。

しかしよくよく耳をすませば、「ルシエラ」とあの女の名前を呼んでいることに気がついた朱禰はそれはもう怒り狂った。

その怒りを押さえ込もうとして手を強く握り締めすした結果、己の爪は折れ、手の皮膚も裂けてしまい、中から真っ黒な厄がもれでるほどだった。

 

「(之は確実にあの女の仕業だ。あの蛇女、なにか聞いたこともないような音を発していたけど…。

でも、大丈夫。落ち着け、私は、大丈夫。ここなら時間もあるし、この状態をゆっくり治して行けばいい。

幸いここはコチラから繋げなければ侵入なんてできない。侵入してきたとしてもここならどうとでもできる。大丈夫。大丈夫。)」

 

朱禰は自身の本質は「人の理」より「獣の理」であることをよく知っていた。自分の本能を優先し、面倒事や問題など全て成り行きで踏み潰す方が好みなのだ。

人の姿を取り、獣の姿を戒め、そして人の理をとったのはその方が美しいと思ったから。何より獣の姿は醜かったから。

しかしそれもある村の、汚い人間を見て考えを改めた。

どちらも美しくなんてなかったのだ、と。

 

けれども、ここにはコマがいる。四郎と名を変え、姿を変え、しかし魂の本質はそのままのあの子が、ここに。

死に別れた彼と、ただただ同じ姿でありたいと言う願いだけで、人型を保ち続けていた彼女は。

それだけで理性を保つのに十分であった。

 

 

「さて、と。ずっと寝てばかりでは体に悪いのでしょう?人の身は、脆くて大変ね」

 

四郎に問いかけるように、そして自分に言い聞かせるように呟いた朱禰は四郎の手を取り、しっかりと立ち上がらせる。

今の四郎は甚兵衛を来ただけの簡素な格好だ。

 

「ほら、帯を締める、首元も開きすぎない。全く、オマエは手がかかるわね」

 

上機嫌に服装を整えて、それから四郎の片腕を己の首に回し、腰を支えて立ち上がらせる。

これも日課として行っている散歩だ。

何が変わる訳でもないのに、朱禰はひたすらに日常を繰り返していた。

 

「今日はどこまで行こうかしら。裏にある池はまだ行ったことなかったわよね。今日はそこまで行こうか」

 

相変わらず「ルシエラ」と名前を呟いてから何かを言っている四郎の姿に犬歯同士、奥歯同士のギャリギャルとした摩り合わせる音を鳴らしてしまうが、足の指に力を込めることでその怒りを逃がす。

 

「ここはね、ずっと変わらないの。オマエは本当に一時期しかいなかったから気が付かないかもしれないけどね。

もちろん四季の変化くらいはあるわよ。動物もやってくるし。

でもね、それでもここは変わらないのよ。ずっとあの時のまま。オマエとの生活が行われていたあの時のまま。あの時間が、温かさがそのまま込められている世界」

 

己の匂いを刷り込むように、あるいは自身の存在すらも刻み込むようにゆっくりと囁く。

もちろん反応はない。記憶に残るのかすらも怪しいが、この際だから別にいいか、と朱禰は少しの欲をぶつけることにした。

 

程なくして、裏手にある小さな池にたどり着く。

木々に囲まれた、周りからさらに閉じられたひとつの世界のような。

流れもなく、しかし淀みもなく、鏡のように澄んだ小池。

 

「私たちの世界も、こうだったら良かったのに…」

 

朱禰は自身の影から呼び出した猿に腰掛け、四郎には狼をあてがいそれに座らせる。

肺を満たす爽やかな空気と静謐な空間。

2人だけの穏やかな、無言の心地よい雰囲気を共有する。

 

「四郎?」

 

すっと四郎が意思を持ったように立ち上がる。

急な事態の進行にしばし固まる朱禰。

そんな彼女のことを無視して池を覗き込むようにフラフラと、しかし迷いなく一直線に歩いて行く四郎。

 

「(このままでは足を滑らせて池に落ちるかもしれない!)待ちなさい四郎!!」

 

胴体に抱きつくようにして何とか四郎の歩みを遮る朱禰。

だが。四郎の目は既に池の水面を覗き込んでいた。

四郎の姿とそれを止めるように抱きつく朱禰の姿を。

四郎自身の瞳の中を。

そこに映る干からび、皮が張り付いたよう蛇の姿を。

 

 

「運命、とは必ず複雑に絡まっている。

しかし時には触れてしまうだけで切れてしまう、張り詰めた糸のようにまっすぐ伸びていることがある。

ただそういう時は必ず張り詰めた()で複雑に絡まるものなんだ。

まあ、何が言いたいかと言うとだね」

 

 

「2度目はない、と言ったはずよ蛇女」

 

 

 

「ソレは()のものだ」

 

 

 

独善的な献身と、献身的な独善が相交わる。

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