「大きな、扇子?」
朝霧カナメはその日、いつものように自身の警邏巡回地域を見回っていた。
本来なら2人、ないし3人で警邏に当たるのだが、生憎とカナメのペアは武者修行と称してひとりで行っていってしまった。もう一人、警邏隊の一員である
結果。カナメはひとり小隊を務めることになりブスくれていた。
「(勝ちとか、負けとか、どうでもいいのに。それよりも仕事をしっかりとして欲しい)」
入学時、調子づいて騒ぐ同級生の男の子を「これだから。」と酷く冷めた目で見ていたクラスメイト達を思い出し、なんとなく同じ気分に陥った。
「これ、明らかに霊害のモノ。どうしよう…」
目測1mには届きそうな、明らかに大きすぎる扇子。
そんなものが堂々と道端に落ちていれば異常なことだと誰でも気がつく、はずなのだが…通報などは一切入っていないのでどうするか困っていた。
霊害に対する黎明期とも言えようこの混乱時代に置いて、学生たちは【必滅】という選択肢しか学んでいなかった。
多くの学生たちはそのことに疑問を抱かない。手に入れた強大な力を振るうのに夢中なのだ。
ごく一部の意思疎通を測る個体のために、無数の命奪おうと手を伸ばす獣に割いている時間はない。
ルシエラが言うには「ほとんどは名を保つこともできない低級」らしく、生徒よりもほとんどが弱い個体しかいないのも拍車をかけていた。
故に。
「(ダメ、電波が繋がらない。一応鏡には入れそう。。。)」
連絡はとれなかった。どちらかペアがいたら助けを呼びに行ける現状に歯痒く思うも、自分は役割を果たさなければならない。緊急避難経路だけ確認をしたカナメは、扇子に触れてみることにした。
【嗚呼、ヒメサマは何処へ行ってしまわれたのじゃ】
「だ、誰!」
【ヒメサマぁ、アコメはここに居りますぅ…】
カナメは急に聞こえた甲高い声に驚くも、瞬時にスイッチが切り替わる。
「何処にいるの?あなたは何者」
【うるさいのじゃ貴様!!ヒメサマにあたくちの声が聞こえないであろう!!!!それから、疾く、汚い手を、退 け よ!】
「…もしかして、貴方がはな、してます、か?」
一拍。明らかに震え出した手元の扇子の方を見て声をかける。カナメは人に聞かれているとわかったからか、言葉が吃りだす。
【もしかしても何も、あたくちしかいないのじゃ!疾く、どっか行けなのじゃ。ヒメサマにこんなとこ見られたら、ぜえっっっっったい、変な誤解されるうぅぅうう!!】
疑うべくもなく、明らかに骨組みをよじらせだした扇子から手を離して、西洋剣を引き抜く。
【……】 ピョン ピョン
「……」 スッ
【…あたくちを無視するなんてしk】
「…やっぱり、触れてないと、声が聞こえてこない」
怒ったウサギが地面をダンダンと叩くように、扇子の先端をベシベシと叩きつけだしたアコメに触れてやる。
【かかってこい模造品め。ヒメサマに狼藉を働こうものなら、あたくちがけっちょんけちょんにしてやるのじゃあ!!】
「…落ち、着いてください。」
【フン、フンフン!】
「あ、あの。良ければ、私がお連れ、しますから」
【フンフン、フン!】
「お身体、失礼、します」
フンフン、鼻息?荒くしている扇子を持ち上げてみると途端に騒がしい声が静まる。
心做しか扇子自体も曲がっているような気がして、カナメは以前見た、持ち上げられて顔をしわくちゃにしたネコの動画を想起した。
【ヒメサマ。あたくちはダメな子ですぅ。う、うううう。捨てないでぐだじゃいぃぃいい!いやじゃいやじゃ、こんな下賎な身のものに好き勝手にされるなど、いやじゃあああ】
「うるさっっっっ!あ、あの。私があなたを、返します、から。お姫様、探しますから。だから落ち着いて、ください」
【ぐす、ほんとうじゃな?お前は嘘をつかないのじゃな??】
「本当、です」
とりあえずすすり泣き程度に収まったアコメに胸を撫で下ろすカナメ。
とはいえ勢いで返すと言ったものの、姫様とやらにはまったくアテがない。なんならほかの人に退治されていない保証もない。
そのことからアコメと話し合ってみる。
【そんなことなら心配する必要はないのじゃ!ヒメサマはとこしえの身じゃて。それよりもあたくちを落としたヒメサマに遭うほうが不味いのじゃ。暗い者共であったならばまだ良いが、まれに輝くような、それこそ貴様みたいなやつもいる。そういう奴らは出会ったが最後、即刻根の国行きじゃな!】
心做しか胸をはっているアコメを尻目に、カナメは冷や汗が流れ出すのを感じていた。姫様というのはおそらく意思疎通の可能なタイプ。入学して間もない頃にうんざりするほど聞かされたあの話が脳裏をよぎる。
『いいかい?君たちは新しく変わっていく世界に適応した
意思疎通なタイプとは絶対に【出会うな】。出会ったら自決することを考えなさい。迷ったら即、自決だ。いいね?できなければ、簡単に殺してくれたらラッキー、程度に思った方がいい。ああ、死体も残しちゃいけないよ。そんなちょうどいい入れ物があったら大抵の奴らは再利用するからね』
じっとりと濡れた手のひらに握られている小型の手榴弾。
この重さが、今の自分にとっての命の重量だと思うと固唾を飲まずにはいられなかった。
(自決、それとも脱出?まだ取り返しはつくんだろうか。それとももう…自決、脱出、自決自決脱出自決自決自決自決自決自決自決自決自決自決)
カナメは足に力が入らず、ふつと地面にうずくまるように崩れ落ちる。呼吸が上手くできない。まるで金縛りにあった体の上から毛布を被せられたような、そんな違和感が身体中に走る。
(お兄さん、何してるのかな…)
ベチンッ
【何をしているのじゃ!あたくちをヒメサマの元に早く連れていけ!!この、この!】
「アコ、メ?」
【ええい、ヒメサマの気に当てられおって!はようあたくちを口許まで持ち上げるのじゃ!このポンコツ人形め】
「え、うん。わかっ、た」
アコメに言われるがまま、そっと中骨をもちあげてみる。
(あれ?思ったより軽い、どころか力が自然とはいる。空気も吸いやすい…)
【あたくちにへいしんてーとーして感謝の意を示すのじゃ!この身はヒメサマ1番の側仕えにして高貴な高貴な付喪神なのじゃあ!】
「ありがとう、アコメ」
【うむ。好きなだけ感謝するのじゃ!それでは先ずはあちらに進むのじゃ!ヒメサマはそちらに歩いてゆかれたのでな】
カナメは希望はうすいだろうな、と考えながらもどこかで霊害に対処しているだろう2人に連絡だけ送る。
アコメに叩かれながら重い足をあげ、ヒメサマとやらの捜索に向かうのであった。
少し、この数か月の間に切り捨てた怪異たちのことをおもいながら。
■■■■■
【おんむじゅるく・ふるぐんせきやな・いかいかいさいかさきねおべげでも】
(ああもう!!最近こういうのばっかだな!!!!)
黒い小型の箱、中身が指輪だったら困るだろうとおもい、仕方なく帰路を遠回りにして工事現場へと戻ってきた四郎。
しかし箱を置いて帰ろうとした彼を待っていたのは、よく分からない言語を介す空飛ぶアメーバのような異形だった。
「くそ、脇腹が痛えなぁもう!誰でもいいから助けてくれよ!!」
「おう、そうか。そんじゃまあこれで貸し借りはナシだオッサン」
突如、上空から聞こえてくる粗野な声。
上を見上げると、工場現場の屋上、鉄骨がむき出しの部分に、月を背景にしている男が1人居た。
【あえうでえうべるな・ぐら・ぐらもん】
「うるせえよ雑魚が。くたばり、やがれ」
屋上から飛び降りたかと思うと、落下の勢いそのままにアメーバの上に拳を振り下ろす。
ぐしゃり、とペットボトルを踏み潰したような音と共に、いつか見た不良少年と、アメーバが降ってきた。
「ようオッサン。旧人類のくせして「お前!あの時の不良少年」残るなn、ハア?てめぇ舐めたこと言ってるとぶっ殺すぞまじで」
「オレは剣崎 充だ。次ふざけた事抜かしたら、ぶん殴る」
「あ、ああ。悪かったよ。俺は助駒 四郎だ。助かった」
「おう、そりゃあ良かった。そんじゃサクサクと話進めようじゃねえか。オッサンなにもんだ?」
そう言うや否や、どこから取り出したのか分からない速度で掌に収まった、金属製のバットを刀のように突きつけられる。
何者だ、って。いや一般人だが?
「なんか変な勘違いしてないか?剣崎くん」
「いーやァ?オレの感覚は狂ってねえ。あんたこの前オレを病院に運んだ後、何事もなく帰ったんだってな。それにさっきもえげつないモン持ってたくせにケロッとしてやがる。
もう一度、詳しく、丁寧に、聞いてやるよ?あんたなんであんな汚泥みてーな物に触れて平気なんだ?」
金属バットをより近く、喉元に触れるかどうかといった距離まで突きつけられる。
消して言い逃れなんて許さないと、鷹の目のように茶色の瞳が鋭くこちらを睨みつけてくる。
「いや、どうって言われても、なあ。先天性の体質的なものとしか」
「…おーけー、一旦それでもいい。じゃあもうひとつ。なんであんたあの時、あの黒髪女に合った時に逃げ出さなかった」
剣崎はあの時気絶していたはず…、そう目を見開いたのが良くなかった。
ガンッ
「ああそうか。
「はは、普通のおっさんには冗談きついぜ」
どうする、なんて選択肢を選んでいる程の余裕などない。
真っ直ぐに突き出されたバットをしゃがむことで躱し、蜘蛛のような四足歩行で酷く無様なスタートダッシュをきる。
視界の端で、無造作に振り下ろされただけのバットが、地面の一部を消し飛ばす。
「(落ち着いて話がしたい…なんて聞き入れて貰えやしないよなぁ。1度冷静になるまで逃げるしかない。けどなぁ、絶対逃がさないって目ぇしてるわ)」
我ながら情けないことこの上ないなと思いつつ、胸を前に突き出した弓なりの形で少しでも距離をとらんと歩みを進める。
正直こえーもん。昔、結婚式台から連れ出せっていう依頼で連れ出したお姫様と同じ目。もしくは薬売りしてた時に出会った妖怪女の雰囲気にも似てるかも。
「おいおい、前は「逃げない」なんて格好よく言ってたのによぉ。俺からは逃げんのか、アァ!?」
「なんでもいいから話を聞いてくれ!」
「おお、そりゃあいいな。ならお前をタコ殴りにしてから改めて聞いてやるよ。だぁああ、かああ、ゥらァ!手加減できなくなる前に捕まっとけや!!」
「ぅぐ、、、!」
背中を押されるような感覚が伝わり、仮囲いに胸から突っ込む。打ち付けた肘と胸が痛む、がそれよりも空気を上手く吸えない。
視線だけ後ろにやった先では、片手でバットをもち、それを無造作に振り抜いた姿勢の剣崎少年がたっていた。
まるで空気が殴りかかってきたかのような。
ボールサイズの衝撃による点の攻撃じゃなく、上半身を押し出すような面の攻撃を食らわされた!
「お、結構良いくらいに手加減できたか?あんまやりすぎるとあのお人形様に怒られちまうからな」
「ぅ、ん。んぐ、があっ」
「あー、打ちどころが悪かったか?まあいいわ。とりあえず気絶してくれ」
後ろから足音が近づいてきて
ガッ
あ、k、、絶すr、、う、、、、