影が空間を侵食するように立体的に蠢いている中、ルシエラは尚も腕をのばし続けその領域を押しのけんとしていた。
「お前、今何をしようとした」
「なぜ先程ボクの足を気にしたんだい?!先の会話ではボクに一切目を合わせなかった君が!急に僕について質問!?ありえない!!!
なあ、やっぱり君ぃ、、ボクのこと知ってるだろ」
「っ…」
美しくもどこか怪しい表情を作りながら、ルシエラは俺に質問を続ける。ギリギリと顔を近づけてくる彼女の顔に視線を奪われ、朱禰が何かを俺に呼びかけているような気がするが、それもよく分からない。
「ボクは初めからずっと不思議だったんだ。君はまるで知っているかのようにボクを覗かない。
「コマ、意識をしっかり持ちなさい!準備が出来次第行くわよ」
「少し聞き方を変えようか。なぜ君は今も尚、ボクを恐れていない?明らかな異常事態にも関わらず、さも当然かのように受け入れている現状。胆力が座ってるとかそういうレベルじゃあない」
頭上から低い唸り声のようなものが聞こえる。
朱禰がどんな顔をしているのか、ふと気になって顔を見あげてみる。そこには犬歯をむき出しにし、ルシエラを強く睨みつけている顔があった。むき出しの殺意は、しかし彼女の美しさを刹那的なモノに昇華するだけでしかない。
「オマエ、そんな目で私を見るな。安心して任せておきなさい」
「…朱禰はいつ見ても綺麗だな」
「ッッッッ!!!!オマエはこの状況でも馬鹿なのね!?もう根っからのものでどうしようもないのよね!?むしろ狙ってやってるとかないわよね!?冗談なら早くやめてしまいなさい!!」
「おいおい、ボクは除け者かい?全く妬けるじゃないか」
【旧びた蛇のエスプリット】
ルシエラの口が異様に早く形作られる。それに伴うように何かを言ったようだが、ルシエラの声が二重になって片方は上手く聞き取れなかった。
「るしえ「私のモノに触れるな、と。何度言わせる気かしら」」
何故だろう。ルシエラの元に今すぐ駆け寄りたくなった。年来の友人に会ったかのような、胸の奥から飛び出しそうな感情が喉に詰まる。
それを吐き出そうと返事をしそうになるも、朱禰に顔を手で覆われてしまい、声が出せなくなる。
「じゃあね蛇女。お前みたいなのには二度と関わりたくないわ」
そしてそのまま朱禰に地面に押し込まれる。
ルシエラがどんな表情をしていたのか、他の部屋にいた人達はどうなったのか、確認できずに影に落下していくが、最後に金切り声が二重に聞こえたがした。
■■■■■
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「……ルシエ、、ラさま?貴方は一体、、、。
ッ貴方は一体何をなされたのかお分かりですか!!!!あなたは、今!我が日本国との契約を破られたのですよ!!!説明責任を果たしてください!今、すぐに!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
朱禰の残り香とでも言うべき、クチナシの花の香りが一面に広がる校長室の入口で。
瞬きひとつせず、朱禰と四郎が溶けて行った地面に崩れ落ちて呪詛を吐き続けているルシエラがそこにいた。
誠一が肩を揺らして尋問を試みるも、反応は変わらない。
ギャリギャリと歯を鳴らせ、床に敷かれた高級そうなペルシャ調の絨毯に爪をたて続ける。
それに追従するかのように校長室が鳴りはじめる。
さすがにこの騒音には目を覚ましたカナメも動き出す。
「鳩羽さん、校長先生、どうしちゃった、ん、、、ですか?」
「どうしたもこうしたも!」
「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけたね。さっき君のお兄さんとやらは帰ってしまったよ。僕は少し誠一君と話があるから、君も今日はかえりたまえ」
誠一が先の出来事をカナメに説明しようとしたところで、何事もなかったかのようにぬるりとルシエラが立ち上がる。何か傷を負ったのか彼女の左手は左目を覆うように抑えている。
それから右腕も掲げて、指を指揮者の様に曲げ〆の字に振ると、ルシエラが朱禰のもとに潜り込まんと踏み込んだせいでへこんだ床や、中ほどまで引き裂かれた絨毯、地響きのせいで地面に落ちた壁に飾ってあった西洋剣が巻き戻しのように直っていく。
「誠一くん。一度、その席についてくれたまえ」
「…朝霧さん。ルシエラ様がおっしゃったように、今日はもう帰りなさい」
「え、あの、、はい。失礼、します」
明らかに何か様子のおかしい二人のことが気になるが、気絶する前にルシエラの口から発された『朝霧カナメ公然告白破棄事件』のことを思い出し、カナメはこれ以上の精神負荷を受ける前に校長室を退出することに決める。
「さて、カナメ君も言ったことだし、御話合いと行こうじゃないか。君はどれについて聞きたいんだい?」
「すべてだ。あの一般人に襲い掛かった理由も、朱禰と呼ばれる霊害と争ったことも、何もかも、だ」
憮然とした態度で先の醜態を聞き出してやる、と鋭く睨みつける誠一と、ニヤニヤと虚空を見つめながら笑みを絶やさないルシエラ。しかし次の瞬間、先程の呪詛を吐いていたような昏い顔になり、歯ぎしりを始める。
「…はぁ。すまない、話を続けようじゃないか。
と言ってもどこから話したものか…。
アア、そういえば君にはボクの目的を話したことがあったね。『新たな伴侶となる存在を探している』と。
実はね。随分と昔、それはそれは遠い、今よりも更に悪辣だった時。それでも尚、
「それは…はい。貴方がこの世界に来られた理由は、、何となく分かりました」
今度はまたニヤケ面で足を組みだすルシエラ。
誠一は先からずっとその様が不気味で仕方なかった。百面相もそうだが、明らかに何かを見ている彼女の顔が、誠一からすると妄想に溺れている薬物中毒者のようで、下手に触れると爆発しそうに感じたからである。
「彼は、助駒四郎は。おそらく遥か昔にボクの夫だった男だ。彼を覗いた時に見えたんだ。彼とボクとが話している景色がね。きっと彼は生まれ変わり、、、なんだろうね」
「(生まれ変わり!?妄想や都合のいい想像の範疇じゃないのかそれは…。)その、生まれ変わり、というのは」
「ん?言葉通りだよ。生まれ変わり、あるいは輪廻転生、いや、最近風に言うなら、、、異世界転生、か。この世界で広く流通していたろ?今は…ほら、新法か何かで著しく規制されちゃったアレ」
「ハ…?」
急に飛び出した「異世界転生」なんて言う言葉に、一瞬思考奪われる誠一。
しかし至って真面目そうな声音(表情は相変わらず百面相をしている)が真実だと、少なくともルシエラはそう信じて疑っていないと伝えてくる。
「よく考えてみたまえ。ボクらは言ってしまえばこの世界にやってきた渡航者だ。その中に死者がいたとしてもおかしくはないだろ?」
「いやいやいや、それだと世界が繋がったのが10年以上前ということになるじゃないか!仮に転生したとして、魂?だけが世界の隔たりを突破した、だなんてこと…」
「それについても一応の仮説なら立てれるさ」
1、そもそもこの学園にいる生徒たち、所謂「新人類」だね。彼らは何も最初から高い力に目覚めていた訳じゃない。
2、この世界にいるボクのような存在、君らで言う「意思疎通型」の霊害にはあるルールがある。少なくともボクはそう。アコメくんもそうだった。
それは
「そこから考えられるモノとしては、別の世界の魂が宿った子らは代わりとして超常的な力を得た。まあ、まだ世界が繋がって1年とたっていないんだ。全てはボクの仮説さ」
「(なんてことだ。死者が生者に宿る?転生?そんなことが起こっているとすれば、逆にこちらの死者があちらの世界に行くなんてことも…)き、記憶は引き継がれないのですか?他には、今いる子供たちの体調に問題が出たり、寿命に影響がでたり…!」
「そこまではボクも分からないし、興味もないなあ。ま、君らのお上に掛け合って調べてみたらいいんじゃないかい?」
誠一は喉の奥から出る文句を全て飲み込む。
今は一刻も早く、自分の上司と相談しなければいけないからだ。
しかし、それでもこの仕事に従事して、常につきまとい続けた疑問を吐き出さずにはいられなかった。
「わ、かりました。先の件は飲み込みます。
しかし、子供たちをわざわざ危険のある場に送り出したのは、死者が彼らの年代にしか、宿らないからなのですよね?
子供たちは仕方なく、我々の未来のために、この学び舎で戦うことを学んでいるのですよね?」
誠一は見た。
この会話をしていて初めてルシエラとの目線があったから。彼女の瞳に宿る心底理解ができないという感情を。
「何を言ってるんだい?あの年頃の子供を利用するのは、まだ社会に出る前でこの国のシステムに関わってないからに決まっているじゃないか!」「それにあの年頃は多感だからね。法律で守られている彼らを裁くのは面倒だろう?」「ボクとの契約は
「(ああ、無理だ。コレとは・・・子供を使い潰すようなコイツとは)はは、、、それは、そう、、かもしれませんね」
今になってようやくルシエラという存在の一部分に触れた誠一は酷い落胆に見舞われた。
しかしルシエラの目にはその姿が映っていないのだろう。笑みを浮かべて誠一を送り出す言葉を投げかける。
「理解を得られたみたいで感激したよ!さ、他に質問はあるかい?ないのなら今日のお話し合いは終了だ」
「はい。その、先程は、、、失礼いたしました。それでは」
茫然自失とした状態で、いつもの丁寧な態度も忘れ、誠一は校長室の扉を開け放つ。その足で電話をかけながら胸元からロケットペンダントを取り出した。愛する妻と子に背中を押してもらいながら、心の中にある叫び出したい欲求を押さえつける。
校長室には1人、クスクスと笑い声を漏らすルシエラだけが残っていた。
瞳にかざした手の裏で、虚ろな目で話し続ける四郎を覗きながらソファの上で幾度となく体制を変える。
一瞬、互いの姿を目に入れた瞬間に取り憑かせたアレがある限り、いつだって四郎を見つめることができるのだ。
ルシエラは初恋をした生娘のように足を忙しなく動かせては、身のうちを突き破ってしまいそうな衝動に合わせて体を伸ばす。
「(きっと彼はボクを求めてやってくる。その時が運命の日だ。)嗚呼、早く、早く帰っておいで。君には伝えたい言葉がたっくさんあるんだ」
「ルシエラ…」としか話さない四郎を見て、怒り狂う朱禰の様子を写した自分の瞳に、気分を一層良くしたルシエラはしばし眠ることにした。とてもいい夢が見れそうなのだから。