メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜   作:かわうそ☆ゆう

12 / 13
※本話には、
 戦いの後の描写・畏怖と救済の混在・
 消えない感情の余韻が含まれます。

すべてが終わったあとに、
本当の意味で始まるものがあります。

救われたはずなのに、
何かが戻らない。

これは、
勝利の話ではありません。
残ってしまったものの話です。


12.余燼

霧は、ない。

 

空は青く、風は乾いている。

 

それでも街には、まだ戦いの匂いが残っていた。

焼けた木の香り。血の鉄臭。壊れた石畳の粉。

そして何より――「もう二度と戻りたくない」と思ってしまう、あの夜の記憶。

 

妖精王権域(フェアリードミニオン)の光は薄れ、街は元の色を取り戻しつつあった。

泣き声が止み、呼吸が整い、震えていた手が誰かの肩を掴めるようになっていた。

 

救われた。

確かに、救われた。

 

だが――

 

救われたことで、別のものが生まれていた。

 

 

「……あの、エルフの子は……」

 

朝の市場跡。

瓦礫を運ぶ住民の中で、誰かが小声で言った。

 

「守ってくれた。分かってる。分かってるけど……」

 

言葉の続きが、誰の口にもならない。

 

フィリア・ネクロルナ。

 

昨夜、街を覆っていた恐怖を“洗い流した”存在。

同時に――一瞬で百を超える霧兵と霧獣を消し、上級霧将を三体、跡形もなく処理した存在。

 

助けられた。

でも、怖い。

 

その感情は、霧害とは違う。

浄化では消えない、人間の自然な反応だった。

 

「……王、って……ああいうものなのか」

 

瓦礫の上に座った老人が、呟いた。

 

誰かが、祈るように頭を下げる。

誰かが、距離を取る。

 

救いと畏れが同じ場所に立って、街の空気を重くしていた。

 

 

詰所の奥。簡易寝台。

 

ユナトは、まだ起き上がれなかった。

意識ははっきりしている。呼吸も安定している。

けれど腹部の傷――グリードが刻んだ“楔”だけが、どうしても残っている。

 

「……痛む?」

 

ミリナが問いかける。

 

「痛み、っていうより……引っ張られてる感じがする」

 

ユナトは自嘲気味に笑った。

 

「剣を握ろうとすると……一瞬だけ、手の中が空になる」

 

“奪われた”概念が、まだ身体に刺さっている。

 

ミリナは目を伏せ、魔法陣を指でなぞった。

 

「……四天王クラスの上位存在が刻んだものは、格が違う。

 治癒は肉体を埋めるだけ。概念は埋まらない」

 

「フィリアの権域でも、抜けなかった」

 

ライラが低く言った。

 

昨夜の戦いの最中、あれだけの光を見てもなお、ライラの顔には悔しさが残っている。

守れたはずの街。守れたはずのユナト。

それでも四天王の置き土産は消えない。

 

「……俺がもっと早く“押し返せて”りゃ」

 

「ライラのせいじゃない」

 

ユナトが言い切る。

 

「相手は四天王だ。――俺が弱いだけだ」

 

その言葉に、ライラの拳がきしむ。

 

「……弱いって言うな。俺たちは、まだ進める」

 

 

寝台の傍。フィリアは黙って座っていた。

 

ユナトの手を両手で包むように握っている。

昨夜、王域の中心に立っていた時の“王”の表情はない。

今はただ、幼い頃と同じように、怖いものから目を逸らさないために手を離さない少女の顔だった。

 

「……ごめん」

 

突然、フィリアが言った。

 

ミリナとライラが顔を上げる。

 

「いっぱい……消した」

 

言い方が、淡々としている。

それが逆に、怖い。

 

「命令で動く霧、全部……いらなかった。

 ユナトを殺しに来た。だから……いらない」

 

理屈は正しい。

正しいのに、胸がざわつく。

 

ミリナは小さく息を吐いた。

 

「フィリアちゃん。あなたがいなかったら、全員……死んでた」

 

「うん」

 

フィリアは頷くだけ。

 

そして視線が、ユナトの腹へ落ちる。

 

「……治らない」

 

「……ああ」

 

ユナトが短く答えた。

 

フィリアの瞳が、少しだけ暗くなる。

黒い影が動きそうになって、すぐに止まる。

 

「次は来るのか?」

 

ライラが問うと、フィリアは即答した。

 

「来る」

 

匂い憑き。

彼女は感情と意志を匂いとして捉える。

 

「“欲しい”の匂いが……まだ遠くにある。

 消えてない。逃げてもない」

 

「……グリード」

 

ユナトが呟く。

 

フィリアは頷いた。

 

「また奪いに来る」

 

その言葉は、断言だった。予言ではなく、確信。

 

 

昼過ぎ。街の責任者が詰所に訪れた。

 

昨夜まで、震えていた声が、今日は少しだけ芯を取り戻している。

妖精王権域による“浄化”が、確かに効いている。

 

「……皆、眠れました」

 

責任者は深く頭を下げた。

 

「怖さが……消えたわけではありません。

 ですが……霧に見られている感じが、なくなった」

 

フィリアに視線を向けかけ、すぐに逸らす。

感謝と畏れを同時に抱えた人間の仕草だった。

 

「あなた方がいてくれて……助かった。

 ですが――この街は、もう戦場にはできません」

 

分かっている。

昨夜は“勝った”のではなく、“消された”だけだ。

 

四天王が本気で踏み潰しに来たら、街など残らない。

 

「この街を、離れるべきです」

 

責任者は、勇気を振り絞るように言った。

 

ユナトは頷いた。

 

「……分かった。準備する」

 

 

夜。

 

焚き火の前に、四人が座る。

 

街の灯りは戻りつつある。

泣き声は減り、笑い声が、ほんの少しだけ増えた。

 

それでも、焚き火の音がやけに大きい。

 

「次の行き先、だな」

 

ライラが言う。

 

「王都に戻るのも手だ。情報が集まる。

 四天王の動き、上級霧将の増え方、霧の都の状況……」

 

ミリナが続ける。

 

「でも――ユナトくんの傷。

 “楔”を抜く方法が必要」

 

フィリアが焚き火を見つめたまま、ぽつりと言った。

 

「……抜けるところ、ある」

 

全員の視線が集まる。

 

フィリアは一度だけ目を閉じた。

妖精王視(フェアリーサイト)ではない。

もっと個人的な、匂い憑きの“勘”だ。

 

「霧の都……ネブラ・アザル。

 あそこに、刺さったままの“元”がある」

 

「元……?」

 

ユナトが聞き返す。

 

「グリードの“欲”は、あそこにつながってる。

 だから、楔が抜けない。ここに残る」

 

ミリナが息を呑む。

 

「つまり……本体に近づかないと、治らない可能性が高い」

 

「危険すぎる」

 

ライラが即座に言う。

 

「今の俺たちで、霧の都に踏み込めば――」

 

「分かってる」

 

ユナトは静かに答えた。

 

「でも、行かなきゃ終わらない」

 

沈黙。

 

その中で、フィリアだけがまっすぐだった。

 

「ユナト、行くなら……私も行く」

 

「……もちろんだ」

 

ユナトがそう言った瞬間、フィリアの表情が少しだけ緩む。

 

“王”ではない。

“好きな人の隣にいる”顔。

 

だが同時に、焚き火の光が彼女の瞳に映って、ひどく危うい輝きにも見えた。

 

 

夜更け。

 

ユナトが寝台に戻る前、フィリアはひとり外に出た。

街の外れ。壊れた見張り台。

星が見える。

 

そこに、ライラがいた。

 

「……眠れねぇのか」

 

フィリアは首を振る。

 

「匂い、うるさい」

 

ライラは苦笑した。

 

「この街は、まだ震えてる。俺も同じだ」

 

フィリアは空を見上げたまま言う。

 

「怖い?」

 

「……怖い」

 

ライラは正直に答えた。

 

「でも、逃げるのはもっと嫌だ」

 

「うん」

 

フィリアの返事は短い。

 

ライラは、しばらく黙ってから言った。

 

「……昨夜の、お前。

 正直……味方なのに、背中が寒くなった」

 

フィリアは、少しだけ視線を落とす。

 

「……ごめん」

 

「謝るな」

 

ライラは首を振った。

 

「お前がいなきゃ、ユナトは死んでた。街も終わってた。

 ……だからこそ、思う」

 

ライラの声が低くなる。

 

「お前が本気で壊れたら、俺たちには止められない」

 

風が吹く。

フィリアの影が、ほんの一瞬だけ濃くなる。

すぐに消える。

 

「壊れない」

 

フィリアは言う。

 

「ユナトがいるから」

 

それは救いの言葉であり、同時に――鎖でもあった。

 

ライラは息を吐いた。

 

「……なら、そのユナトを守るために。

 俺も、もっと強くなる」

 

フィリアは頷く。

 

「一緒」

 

 

翌朝。

 

街はまだ完全ではない。

でも、歩き出していた。

 

そして四人も、歩き出す。

 

霧が消えた空の下で。

霧よりも厄介な“欲”の気配を背に感じながら。

 

焚き火の余燼(よじん)のように、熱だけが残る。

消えたはずの夜が、まだ指先に絡みつく。

 

ユナトは腹部の傷を押さえ、立ち上がった。

 

「――行こう」

 

フィリアが、指先を絡めるように手を握る。

 

「うん。ユナトの隣、離れない」

 

ミリナが小さく笑う。

 

「次は“街を守る戦い”じゃない。

 ……私たち自身が、試される」

 

ライラは剣を背負い直した。

 

「霧の都に行くなら――押し返すだけじゃ足りねぇ。

 俺は、進ませない」

 

四人の影が伸びる。

 

その影の端で、黒いものが微かに揺れた。

光では浄化できない、人間の恐怖と、魔王軍の意志と、そして――執着の火種。

 

夜は終わっていない。

 

ただ、次の夜へ向けて、余燼だけが静かに燃えていた。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

第12話は、
「終わったあと」を描いた回でした。

霧は晴れ、
街は守られ、
命は救われました。

それでも、
恐怖は消えず、
距離は残り、
熱だけが、胸の奥に残っています。

余燼は、すぐには消えません。
忘れようとしても、
なかったことにはできないものです。

だからこそ、
この物語は、まだ続きます。

次話では、
戦いのない時間の中で、
その余燼がどう扱われるのかが描かれます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。