メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜   作:かわうそ☆ゆう

2 / 13
※本作には、強い執着や歪んだ愛情表現が含まれます。

優しさと狂気が紙一重の世界で、

「守る」とは何か、「好き」とは何かを描いていきます。



2話では、フィリアという存在が

“味方であり、同時に危うさを孕んだ存在”であることが、

少しずつ明らかになります。


02.狂気

フィリアの影が、地面を這うように伸びた。

 

「ライラ、下がれッ!」

 

俺が叫ぶより早く、黒い影は蛇のようにうねり、ライラの足元へ迫る。

 

「チッ……!」

 

ライラは剣で影を斬り払うように振るうが、影は霧と同質のものらしく、刃が通った感触がない。

 

その瞬間、ミリナが詠唱を走らせた。

 

光刃散華(こうじんさんげ)!」

 

眩い光の刃がフィリアの影を裂き、黒霧を弾き飛ばす。フィリアは一歩だけ後退し、まるで驚いたように目を瞬いた。

 

「…女?」

 

「ごめんねぇフィリアちゃん…だっけ?。でも、ユナトくん殺されるのは困るんだよ?」

 

ふわっと笑うミリナに、フィリアの微笑みがぴたりと止まった。

 

「…お前がユナトを馴れ馴れしく呼ぶな!」

 

「ひっ……!」

 

ミリナの肩がほんのわずかに震える。

フィリアの声には、どす黒い嫉妬が滲んでいた。

 

ヤバい。このままじゃ本当に仲間が危ない。

 

「フィリア、やめろ!」

 

俺は彼女の肩を掴んだ。

その瞬間、フィリアの身体から溢れていた黒霧がふっと弱まり、目の焦点が俺一人へと定まる。

 

「……ユナト」

 

小さく呼ばれた名前。

その声は、さっきまでの殺意に満ちた声じゃない。

 

「ごめんね。ユナトが触れてくれると、落ち着くの」

 

頬をほんのり赤く染め、フィリアは俺の服をぎゅっと掴む。

 

——まるで恋人のように。

 

「でもね、ユナト。私、怖かったの」

 

「何がだ?」

 

「……ユナトに……他の人間の匂いがしてたから」

 

「匂い……?」

 

フィリアは俺の胸に額を押し当てながら、震える声で続けた。

 

「昔、迷子だったユナトを見つけたときね……ユナトの匂いを覚えたの。

 あったかくて、優しくて……私だけが知ってる匂いだって……思ったの」

 

「……」

 

「でもね、さっきユナトに近づいたら……知らない匂いが混じってた。

 それがイヤで……怖くて……胸がぎゅってなって……」

 

ぽつりぽつりと言葉がこぼれる。

 

「……だから、消そうとしたの。

 ユナトから、その匂いの元を……全部」

 

「フィリア、それは……」

 

言葉が詰まる。フィリアは悪意ではなく、

“ユナトを独り占めしたい純粋な気持ち”で暴走している。

 

だからこそ厄介で、危険だ。

 

そのとき。

 

「ユナト、甘い事言ってると殺されるぞ!」

 

ライラが怒鳴った。

フィリアの視線が、カチリとライラに向く。

 

その一瞬で空気が凍る。

 

「……また邪魔するの?」

 

黒霧がフィリアの足元でうねる。

影が再び伸び、さっきとは比べ物にならない速度でライラに襲いかかった。

 

「ッ——!」

 

影がライラの喉元に迫る。

 

「フィリア!! やめろッ!!」

 

俺が叫んだ瞬間、影の動きがぴたりと止まった。

 

フィリアの指先が震える。

 

「……ユナトが……そんな声出すの、イヤ……」

 

影が霧となって溶けていく。

フィリアは苦しそうに胸を押さえ、俺を見上げた。

 

「ユナト……お願い。

 怒らないで……嫌わないで……」

 

涙が一粒、霧に落ちる。

 

ミリナが小声で呟いた。

 

「……この子、霧害の影響でこうなってるんじゃないよ。

 ただ……ユナトくんが好きすぎて、壊れそうなだけ」

 

フィリアはぽた、ぽたと涙を落としながら、俺の手を握った。

 

「ユナト。

 お願いがあるの」

 

「……なんだ?」

 

「私を……連れていって?」

 

その言葉に、森の霧が静まった気がした。

 

「ユナトの隣じゃないと、私……きっとまた間違えちゃうから」

 

息が詰まるほど真っ直ぐな瞳。

 

その瞳は、

“勇者に拾われることが前提のヒロイン”ではなく、

“勇者に依存しないと生きられない少女”のものだった。

 

「ユナト……捨てないで……?」

 

霧の音だけが響く中、

俺は返事を求められていた。

 

フィリアの震える手が、俺の手を必死に握りしめている。

まるで、この手を離した瞬間また壊れてしまうかのように。

 

「ユナト……捨てないで……?」

 

甘い声。弱さと狂気が混じった危うい表情。

昔の面影を確かに残しているのに、どこか別物に見える。

 

俺が返事をする前に、後ろからライラの怒声が飛んだ。

 

「ユナト!考え直せ!そいつは危険すぎる!」

 

フィリアの身体がびくりと震え、俺の腕に縋りつく。

 

「……また。邪魔……」

 

黒霧が微かに揺れた。

その瞬間、ミリナが慌てて割って入る。

 

「フィリアちゃん落ち着いて! ライラはちょっと脳筋なだけで悪気はないから!」

 

「悪気はあるだろ!」

 

「ちょっと黙って!」

 

ミリナとライラの言い合いを聞いて、フィリアの表情がみるみる不安げに歪んでいった。

 

「ユナト……どうしよう……ユナトの仲間、みんな……私のこと嫌い……?」

 

「そんなことは――」

 

「だって……だって……!」

 

フィリアは俺の胸にしがみついたまま、涙声で呟く。

 

「ユナトの邪魔をしたから……怒ってるんでしょ……?

 わたし、ユナトの隣にいたいだけなのに……!」

 

黒い霧が、その感情に呼応してゆらりと揺れる。

 

(……まずい。このままじゃまた暴走する)

 

俺はフィリアの肩に手を置き、ゆっくりと顔を覗き込む。

 

「フィリア。俺はお前を嫌ってなんかない。

 ただ……一緒に行くには、少し話し合いが必要なんだ」

 

「……話し合い?」

 

フィリアは小首を傾げ、涙で濡れた瞳を瞬かせる。

 

「そう。みんなで安全に旅を続けるために」

 

「安全……?」

 

「そうだ。お前の力は強すぎる。俺もミリナもライラも、ちゃんと協力し合わないと危ない」

 

そう言うと、フィリアは一瞬だけ黙り込んだ。

そして、俺の手をぎゅうっと握り、

 

「……ユナトが言うなら……がんばる」

 

小さく、弱々しい声で答えた。

 

その瞬間、黒霧がすっと消え、周囲の空気が軽くなる。

 

ライラは険しい顔で腕を組み、ミリナはほっと息をついた。

 

「……ほんとに大丈夫か? ユナト」

 

「危険なのは分かってる。でも、彼女を放ってはおけない」

 

俺がそう言うと、フィリアはほわっと嬉しそうに微笑んだ。

 

その笑顔は……危うくて、でもどこか守りたくなるような。

 

だが次の瞬間。

 

「……ねえ、ユナト。

 一緒に行くってことは……寝る時も起きる時も、一緒だよね?」

 

「は?」

 

「だって……ユナトの匂い……消したくないから……」

 

ミリナが「おぉ……」と妙な声を出し、ライラは頭を抱えた。

 

「ユナト、絶対ムリだろ! こんなん連れて旅とか!」

 

フィリアの表情が一瞬で陰る。

 

「……また、邪魔……?」

 

黒霧が足元で蠢き始めた。

 

「ちょ、落ち着こうね!? フィリアちゃん!?ライラもう黙って!」

 

ミリナが慌てて腕を広げて宥める。

 

フィリアは俺の袖をぎゅっと握りしめ、小さな声で呟いた。

 

「ユナトがいいって言ってくれたら……私、ちゃんとするから……

 暴れたり、壊したりしないから……

 だから……連れてって……?」

 

その言葉は、あまりにも必死で、あまりにも脆くて、あまりにも――危うい。

 

胸が締めつけられた。

 

幼い頃のあの小さな手。

迷子だった俺を導いてくれた、あの優しさ。

泣き虫だったくせに、俺を必死で守ろうとしたあの子。

 

目の前のフィリアは、その延長線上にいる。

 

ただ……

好意が強すぎて

想いが偏りすぎて

愛が歪み切ってしまっただけで。

 

俺は深く息を吸い、言った。

 

「……分かった。フィリア」

 

「っ……!」

 

ぱっと顔が明るくなる。

 

「一緒に来い。ただし――」

 

フィリアがぴたりと固まる。

息を飲んで続きを待っている。

 

「仲間に手を出すのは、絶対に禁止だ。

 俺の旅は一人じゃできない。

 お前だって……俺が死んだら困るだろ?」

 

フィリアの瞳がゆっくりと揺れ、そして――

胸に顔を埋めて、すすり泣き始めた。

 

「……うん……うん……!

 ユナト……ユナト……!

 一緒に……いる……!」

 

泣きながらしがみつくその姿は、

“敵”にも“味方”にも分類できない、ただ一人の少女の姿だった。

 

ミリナが肩を落として笑い、ライラは深いため息をつく。

 

「……やれやれ、マジで連れてくのかよ」

 

「仕方ないだろ」

 

「お前らがそう言うなら……もう知らんからな。守れよ、フィリアも世界も」

 

「もちろん」

 

フィリアは涙を拭い、俺を見上げた。

 

その瞳は真っ直ぐで、危険で、そして……悲しいほど純粋だった。

 

「ユナト。

 ぜったい離れないからね?」

 

霧が静まり返る中、

こうして――

メンヘラエルフは勇者パーティへ加入した。

 

“世界を救う旅”は、

同時に“彼女の心を救う旅”でもあることを、

この時の俺はまだ知らなかった――。

 




読んでいただき、ありがとうございます。



フィリアはこの物語において

「守られるヒロイン」ではなく、

「守る力を持ちすぎてしまった存在」です。



彼女の執着は、正義にもなり、

破滅にもなり得ます。



次話から、霧害と魔王軍の影が

本格的に動き始めます。

よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。