メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜 作:かわうそ☆ゆう
※本作には、歪んだ愛情や強い執着表現が含まれます。
3話では、
この世界が抱える“霧害”の異常さと、
それに対してフィリアがどれほど“異質な存在”なのかが
少しずつ浮き彫りになります。
優しさと危うさが、静かに並び始める回です。
銀霧の森を抜け、俺たちは次の目的地――街道沿いの小さな集落へと向かっていた。
霧は森の外に出るにつれ徐々に薄れていく。 だが、完全に消えることはなく、足元に名残のようにまとわりついている。
「……意外と大人しいな」
前を歩くライラが、ぼそりと呟いた。
「何がだ?」
「その……エルフだよ。もっと暴れると思ってた」
ライラの視線の先―― 俺の真横には、当然のようにフィリアがいる。
距離は近い。 というより、近すぎる。
俺の腕にしっかりと両手でしがみつき、歩調を一切乱さず、ぴったりと寄り添ってくる。 森の中で見せた狂気の片鱗が嘘だったかのように、今は穏やかな表情だ。
「ユナト、疲れてない?」
「大丈夫だよ」
「ほんと? 歩くの遅くしよっか?」
「……いや、平気」
少しでも距離を取ろうとすると、即座に気配で察したように腕を引き寄せられる。 逃げ道がない。
ミリナが後ろからその様子を眺めて、にやにやと笑った。
「いや〜、完全に恋人じゃん。新婚旅行?」
「違う!」
即座に否定すると、フィリアが首を傾げた。
「……恋人じゃ、だめ?」
その一言に、ミリナが目を丸くする。
「え、そこ拾う?」
「……」
フィリアはじっと俺の顔を見つめている。 冗談でも何でもない、真剣な眼差しだ。
「ユナトの隣にいるの、私が一番落ち着くの。だから……恋人じゃなくても、ここがいい」
そう言って、胸元に頬を寄せてくる。 柔らかい髪が頬に触れ、微かに森の香りがした。
「……ちょっと距離近すぎだろ」
ライラが眉をひそめる。
「近くないよ?」
フィリアはきっぱりと言い切った。
「これくらいが普通。ユナトは……昔も、これくらいだった」
「昔って……子供の頃だろ」
「うん」
一切悪びれず頷く。
「迷子で泣いてたユナト、ずっとこうしてた。 私が離れると……もっと泣いた」
記憶が蘇る。 確かに、あの時は彼女の服を掴んで離さなかった。
「……今は泣かねぇよ」
「でも、不安にはなるでしょ?」
図星だった。 霧害の調査、魔王、仲間の命―― 不安がないと言えば嘘になる。
フィリアはそれを見抜いたように、満足そうに微笑んだ。
「だから私がいるの。 ユナトの“不安”、全部ここで止める」
胸に手を当てる仕草。 その指先が、少し震えている。
(……重い。でも)
放っておいたら、本当に壊れてしまいそうだった。
◆
街道の途中で、小さな村に立ち寄った。 霧害の影響を調査するためだ。
村の空気は、どこか沈んでいた。 人々の表情は暗く、笑顔がない。
「最近……夜になると、変な夢を見るんです」
村人の一人が、震える声で語った。
「誰かに心を……覗かれてるみたいで……」
ミリナが静かに頷く。
「霧害の初期症状ね」
「……でも」
その時、フィリアが一歩前に出た。
「それ、霧のせいだけじゃないよ」
村人が驚いてこちらを見る。
「心に穴があるとね……霧はそこに入ってくるの。 寂しいとか、怖いとか……誰かに分かってほしい気持ち」
一瞬、空気が凍った。
「……どうして分かる?」
「分かるよ」
フィリアは静かに微笑む。
「だって、私も……そうだったから」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
フィリアは霧を嫌悪している。 だが同時に、霧が“何を餌にしているか”を理解している。
(霧害と……似てる。でも、違う)
彼女の狂気は、外から与えられたものじゃない。 内側から、歪んで育ったものだ。
「……だから」
フィリアは、俺の手を握った。
「ユナトがいなくなるの、イヤなの。心に穴が開くから」
村の空気が、さらに重くなる。
ライラが一歩前に出て、低い声で言った。
「……お前、分かってるのか。それは“守る”じゃない。“縛る”って言うんだ」
フィリアの笑顔が、すっと消えた。
「……縛ってない」
「縛ってるさ。お前は――」
「やめろ、ライラ」
俺が制止する。
「今は…この話はやめよう」
フィリアが、俺の服を掴む力を強めた。
「ユナト……怒ってない?」
「怒ってない」
「……ほんと?」
「ああ」
その一言で、彼女はようやく息を吐いた。
黒い霧が、足元から完全に消えていく。
ライラは舌打ちし、ミリナは小さく肩をすくめた。
◆
夜。 野営の準備をしていると、フィリアが当然のように俺の隣に座った。
「……寝る場所、どうする」
「一緒」
即答だった。
「いや、さすがにそれは――」
「ダメ?」
潤んだ瞳。 計算じゃない。 本気で不安そうな顔だ。
「……せめて、近くだ」
「……うん」
少しだけ、残念そうに頷く。
焚き火の明かりの中、フィリアは静かに言った。
「ユナト……ありがとう」
「何がだ?」
「連れてきてくれて」
小さな声。 でも、心からの言葉だ。
「私ね……一人だと、また間違える。ユナトのいない世界……たぶん、全部壊す」
淡々と告げられるその未来は、冗談には聞こえなかった。
「だから……そばにいる」
俺は答えられず、ただ焚き火を見つめた。
炎の向こうで、霧が微かに揺れている。
――霧の魔王アザゼル。 心を喰う存在。
だが、俺の隣にいる少女もまた、 “心”だけで世界を壊しかねない存在だった。
それでも、俺は彼女を拒めなかった。
この旅は、世界を救うための旅だ。 そして同時に――
一人の少女の、歪んだ愛と向き合う旅でもある。
そう、覚悟するしかなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
霧害は、この世界では
「外から壊す災厄」ですが、
フィリアの執着は
「内側から壊れる危うさ」を孕んでいます。
どちらが本当に恐ろしいのか。
その答えは、物語が進むにつれて
少しずつ見えていくはずです。
次話では、
霧害が“はっきりとした脅威”として動き出します。
よろしければ、続きを読んでいただけると嬉しいです。