メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜 作:かわうそ☆ゆう
4話では、
フィリアの“優しさ”と“危うさ”が、
はっきりと形を持ち始めます。
守ることと、縛ること。
その境界線が、少しだけ揺れる回です。
集落を出てしばらく歩いた先、街道沿いの森で異変は起きた。
霧は薄い。
だが、確実に“質”が違う。
「……この霧、気持ち悪いな」
ライラが足を止め、剣の柄に手をかける。
「森の中より静かすぎる。魔物の気配が……逆に濃い」
ミリナも周囲を見回し、眉をひそめた。
その時だった。
――ぞわり、と背筋を撫でるような感覚。
フィリアが、ぴたりと立ち止まる。
「……来るよ」
「え?」
問い返すより早く、彼女は俺の腕を掴んだ。
「三つ。左から二、後ろに一。全部……ユナトに近づこうとしてる」
匂い、か。
フィリアは視線を向けていない。
それでも断言するその声に、確信が滲んでいた。
次の瞬間。
霧の中から、異形が飛び出した。
四足の獣――いや、獣だった“何か”。
骨格は歪み、皮膚は黒く硬化し、口からは黒霧を吐き出している。
「魔獣、いや……変異体!」
ミリナが叫ぶ。
「普通の魔物じゃない! 霧害に完全に取り込まれてる!」
二体が正面から、もう一体が背後から回り込む。
「チッ……俺が前を抑える!」
ライラが前に出て、剣を構えた。
「
低く腰を落とし、剣を斜めに構える。
次の瞬間、正面の魔物が突進してきた。
ガンッ――!
重い衝撃。
だがライラの剣は弾かれず、攻撃の勢いを流すように受け止めている。
「受けて、流して、返す……!」
踏み込みと同時に地面を踏み鳴らす。
「――
衝撃波が地面を走り、魔物の体勢を崩した。
「今だ!」
ライラの声に反応し剣の柄に手を置く。しかし
「ユナト!」
フィリアの声。
振り向いた瞬間、背後の魔物が跳びかかってきていた。
距離は近い。
剣を振るには、僅かに遅い。
――そのはずだった。
俺の手が、自然と剣の柄にかかる。
「……
抜刀。
音はなかった。
ただ、空気が“切れた”。
目の前の霧が真っ二つに裂け、
次の瞬間、魔物の身体が遅れて崩れ落ちる。
切断面から、霧が一気に晴れていった。
「……霧ごと、斬った……!」
ミリナが呆然と呟く。
「霧害の影響を……完全に遮断してる」
勇者の加護。
そして、フェリアス=レガリア。
勇者の一族に代々伝わる伝説の聖剣。
霧に干渉されないこの剣だけが可能にする、一撃。
残る一体が吠え、再び襲いかかろうとした――が。
フィリアが、前に出た。
「ユナト、下がって」
その声は静かだった。
だが、空気が変わる。
彼女の足元から、影が滲み出す。
「……何も、しなくていい」
黒霧が影から溢れ、壁のように立ち上がった。
魔物の攻撃が届く前に、
影が先に動く。
ガンッ、と鈍い音。
見えない何かに叩き落とされ、魔物が地面を転がった。
「……自動、防御?」
ミリナが息を呑む。
フィリアは一切動いていない。
ただ、俺の背中を見ている。
「ユナトに、当たるの……ダメ」
次の瞬間、影が魔物を包み込んだ。
押し潰すように、締め上げる。
骨が砕け、肉が悲鳴を上げ、
やがて霧と共に霧散した。
静寂。
「……なあ」
ライラが、低い声で言う。
「それ、攻撃も防御も……全部、同時にやってないか?」
ミリナが頷く。
「意識して発動してる感じじゃない……
“優先条件”があるだけ」
視線が、俺に集まる。
フィリアは、俺の腕にしがみついたまま、少し不安そうに言った。
「……ごめん。勝手に動いちゃった」
「いや……助かった」
そう答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
その瞬間、黒霧が完全に消える。
(……制御条件は、俺か)
ユナトが危険に晒された時だけ、
自動で発動する領域。
執着領域――《オブセッションゾーン》。
「……便利すぎだろ」
ライラがぼやく。
「便利じゃないよ」
フィリアは首を振る。
「ユナトがいないと……意味ないもん」
その言葉に、誰も返せなかった。
◆
戦闘の後、俺たちはしばらく無言で歩いた。
霧は、確実に薄くなっている。
だが、心に残るものは消えなかった。
「なあ、ユナト」
ライラが口を開く。
「お前……本当に、あれを制御できると思ってるか?」
「……分からない」
正直な答えだった。
「でも、放っておけなかった」
ライラは舌打ちし、視線を逸らす。
「……お前がそう言うなら、俺は止めない」
ミリナが、少し困ったように笑った。
「でもね、ユナトくん。覚えといて」
「何を?」
「フィリアちゃんは“霧害”より、よっぽど人の心を壊せる」
フィリアは、その言葉の意味を理解していない。
ただ、俺の袖を掴み、小さく言った。
「……ユナト。私、役に立った?」
「ああ」
即答すると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「よかった……」
その笑顔を見て、胸の奥が痛む。
――世界を救う勇者。
――心を縛るエルフ。
この旅が、どこへ向かうのか。
霧よりも濃い不安が、胸に残っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
フィリアは、
誰よりも“守ろうとしている”だけです。
ただ、その守り方が
世界の常識から、少し――
いえ、かなりズレているだけで。
この物語は、
「正しさ」よりも
「想いの重さ」が先に立つ世界を描いています。
次話から、
霧害はより明確な“敵”として動き出します。
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