メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜   作:かわうそ☆ゆう

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※本話には、
独占欲・強い執着・精神的に不安定な描写が含まれます。

5話では、
フィリアの“守りたい”という感情が、
初めて「行動」として外に向き始めます。

それは正義か、
それとも――歪みか。

読者の判断に委ねる回です。


05.普通

街の門が見えたとき、正直ほっとした。

 

霧はほとんどない。

空気は澄み、人の気配がはっきりと分かる。

 

「……やっと戻ってきたな」

 

ライラが肩を回しながら言う。

 

ここは街道沿いの中規模都市。

王都フェリアシオンへ向かう途中に位置する補給と報告の拠点だ。

 

霧害調査の途中経過を報告するため、俺たちは一度ここへ戻ることになっていた。

 

問題があるとすれば――

 

「……見られてるね」

 

ミリナが小声で言った。

 

理由は分かっている。

 

俺の隣。

腕に絡みつくようにして歩くフィリアの存在だ。

 

街に入った瞬間から、視線が集まった。

 

――エルフ。

それも、若い女。

 

アルメリア大陸では珍しくはない種族だが、

霧害が広がって以降、エルフへの警戒は強まっている。

 

「……霧の森から来たんじゃないか?」 「勇者様のそばにいるぞ……?」 「大丈夫なのか……?」

 

囁き声が、はっきりと耳に届く。

 

フィリアは気づいている。

気づいているが、気にしていない。

 

「ユナト、街だね」

 

「ああ」

 

「人、多い」

 

そう言って、俺の腕をさらに引き寄せた。

 

(……近い)

 

だが振りほどこうとすると、確実に不安定になるのは分かっている。

 

街の中心にある詰所で、調査内容の報告を済ませる。

役人は一瞬フィリアに目を向けたが、俺の顔を見ると何も言わなかった。

 

――勇者という肩書きは、便利だ。

 

 

報告を終え、宿へ向かう。

 

街の中を歩く間も、視線は絶えなかった。

 

「ねえユナト」

 

フィリアが小声で言う。

 

「この街の人……私のこと、嫌い?」

 

「……警戒してるだけだ」

 

「ふぅん」

 

不満そうな声。

 

「でも、ユナトは嫌いじゃないよね?」

 

「嫌いなわけないだろ」

 

即答すると、フィリアは少し安心したように微笑んだ。

 

その瞬間だった。

 

「……勇者さま?」

 

背後から、若い女性の声。

 

宿の受付らしい少女が、控えめに声をかけてきた。

 

「お部屋の準備ができました。

 あの……ご案内しますね」

 

「ありがとうございます」

 

俺が礼を言うと――

 

フィリアの身体が、ぴくりと反応した。

 

少女の視線が、俺からフィリアへ移る。

一瞬、ためらいが見えた。

 

「……こちらの方は?」

 

「同行者だ」

 

そう答えた瞬間、フィリアが口を開いた。

 

「ユナトの隣」

 

ぴたり、と空気が止まる。

 

少女は困ったように笑った。

 

「そ、そうなんですね……」

 

案内が始まる。

 

――が、距離が近い。

 

受付の少女が少し前を歩くたび、

フィリアの指が、俺の服を掴む力を強めていく。

 

「……ユナト」

 

「どうした?」

 

「さっきの人、近い」

 

「案内してるだけだ」

 

「……イヤ」

 

声が低い。

 

ミリナが慌てて口を挟む。

 

「だ、大丈夫だよフィリアちゃん!

 ユナトくんは仕事してるだけだから!」

 

「……ふぅん」

 

視線が、少女の背中に刺さる。

 

(まずい)

 

そう思った瞬間。

 

「――ひっ」

 

少女が小さく声を上げた。

 

理由は、分からなくはなかった。

 

フィリアの影が、床に“滲んだ”のだ。

 

ほんの一瞬。

黒霧が輪郭を持ちかけ、すぐに引っ込む。

 

だが、普通の人間には十分すぎる異常。

 

「フィリア」

 

俺は低く呼んだ。

 

「……なに?」

 

「それは、やめろ」

 

フィリアが振り向く。

 

「……守ってるだけ」

 

「違う」

 

はっきり言う。

 

「今のは、脅してた」

 

フィリアの瞳が揺れた。

 

「……ユナト?」

 

「この街では、俺たちは“客”だ。

 不安にさせることは、してはいけない」

 

しばらく沈黙。

 

やがて、影は完全に消えた。

 

「……ごめん」

 

小さな声。

 

案内の少女は何も言わず、ただ早足になった。

 

 

部屋に入ると、フィリアはすぐに俺の隣に座った。

 

「……怒ってる?」

 

「怒ってない」

 

「……ほんと?」

 

「ああ。ただ――」

 

言葉を選ぶ。

 

「街では、守り方を変えないといけない」

 

「……変える?」

 

「そうだ。

 全部排除するのが“守る”じゃない」

 

フィリアは理解できない、という顔をしている。

 

「ユナトが怖い思いするなら……全部、いらない」

 

「それが“普通”じゃないんだ」

 

フィリアの眉が寄る。

 

「……普通?」

 

「街の人たちは、俺の敵じゃない。

 仲間でもないけど、排除する存在でもない」

 

しばらく、フィリアは黙っていた。

 

「……分かんない」

 

正直な声。

 

「私、森で生きてた。

 ユナトと、魔物と、霧だけ」

 

「……ああ」

 

「だから、ユナトに近づくものは……全部、危険だと思った」

 

ミリナが静かに言った。

 

「それはね、フィリアちゃん。

 “好き”が悪いんじゃない。

 “世界がユナトくんだけ”なのが、危ないの」

 

フィリアはミリナを見る。

 

「……ユナトだけじゃ、ダメ?」

 

「ダメじゃない」

 

俺が言う。

 

「でも、俺は世界を救う役目がある。

 一人じゃできない」

 

「……仲間、いる」

 

ライラが腕を組んで頷く。

 

「そうだ。俺たちがいる。

 だから、お前も――俺たちを信じろ」

 

フィリアは俯いた。

 

長い沈黙。

 

やがて、ぽつり。

 

「……ユナトが……いなくならないなら」

 

顔を上げる。

 

「……がんばる」

 

その言葉に、全員が息を吐いた。

 

 

夜。

 

フィリアは、少し距離を空けて座っている。

 

それでも、視線はずっと俺に向いていた。

 

「ユナト」

 

「なんだ?」

 

「……街の人、怖かった」

 

「……だろうな」

 

「でも……ユナトが“ダメ”って言ったから、止めた」

 

その言葉に、胸が締めつけられる。

 

「……ありがとう」

 

そう言うと、フィリアは少しだけ笑った。

 

「褒められた」

 

「……ああ」

 

完全に安心したわけじゃない。

むしろ、不安は増えている。

 

彼女は強すぎる。

愛が重すぎる。

そして、世界を知らなすぎる。

 

それでも――

 

「……一緒に、覚えていこう」

 

そう言うと、フィリアは静かに頷いた。

 

街の外では、霧がわずかに揺れている。

 

だが、今一番危ういのは――

霧でも、魔王でもない。

 

隣にいるこの少女だということを、

俺はまだ、口に出せずにいた。

 

 

---




読んでいただき、ありがとうございます。

フィリアは、
悪意で誰かを傷つけているわけではありません。

ただ――
「ユナトの隣にいられない存在」を
受け入れられないだけです。

この物語は、
“守る”と“奪う”の境界が
曖昧になっていく過程を描いています。

次話では、
その歪みが、外の世界と本格的に衝突し始めます。
よろしければ、ブックマークして続きを追っていただけると嬉しいです。
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