メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜 作:かわうそ☆ゆう
独占欲・強い執着・精神的に不安定な描写が含まれます。
5話では、
フィリアの“守りたい”という感情が、
初めて「行動」として外に向き始めます。
それは正義か、
それとも――歪みか。
読者の判断に委ねる回です。
街の門が見えたとき、正直ほっとした。
霧はほとんどない。
空気は澄み、人の気配がはっきりと分かる。
「……やっと戻ってきたな」
ライラが肩を回しながら言う。
ここは街道沿いの中規模都市。
王都フェリアシオンへ向かう途中に位置する補給と報告の拠点だ。
霧害調査の途中経過を報告するため、俺たちは一度ここへ戻ることになっていた。
問題があるとすれば――
「……見られてるね」
ミリナが小声で言った。
理由は分かっている。
俺の隣。
腕に絡みつくようにして歩くフィリアの存在だ。
街に入った瞬間から、視線が集まった。
――エルフ。
それも、若い女。
アルメリア大陸では珍しくはない種族だが、
霧害が広がって以降、エルフへの警戒は強まっている。
「……霧の森から来たんじゃないか?」 「勇者様のそばにいるぞ……?」 「大丈夫なのか……?」
囁き声が、はっきりと耳に届く。
フィリアは気づいている。
気づいているが、気にしていない。
「ユナト、街だね」
「ああ」
「人、多い」
そう言って、俺の腕をさらに引き寄せた。
(……近い)
だが振りほどこうとすると、確実に不安定になるのは分かっている。
街の中心にある詰所で、調査内容の報告を済ませる。
役人は一瞬フィリアに目を向けたが、俺の顔を見ると何も言わなかった。
――勇者という肩書きは、便利だ。
◆
報告を終え、宿へ向かう。
街の中を歩く間も、視線は絶えなかった。
「ねえユナト」
フィリアが小声で言う。
「この街の人……私のこと、嫌い?」
「……警戒してるだけだ」
「ふぅん」
不満そうな声。
「でも、ユナトは嫌いじゃないよね?」
「嫌いなわけないだろ」
即答すると、フィリアは少し安心したように微笑んだ。
その瞬間だった。
「……勇者さま?」
背後から、若い女性の声。
宿の受付らしい少女が、控えめに声をかけてきた。
「お部屋の準備ができました。
あの……ご案内しますね」
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと――
フィリアの身体が、ぴくりと反応した。
少女の視線が、俺からフィリアへ移る。
一瞬、ためらいが見えた。
「……こちらの方は?」
「同行者だ」
そう答えた瞬間、フィリアが口を開いた。
「ユナトの隣」
ぴたり、と空気が止まる。
少女は困ったように笑った。
「そ、そうなんですね……」
案内が始まる。
――が、距離が近い。
受付の少女が少し前を歩くたび、
フィリアの指が、俺の服を掴む力を強めていく。
「……ユナト」
「どうした?」
「さっきの人、近い」
「案内してるだけだ」
「……イヤ」
声が低い。
ミリナが慌てて口を挟む。
「だ、大丈夫だよフィリアちゃん!
ユナトくんは仕事してるだけだから!」
「……ふぅん」
視線が、少女の背中に刺さる。
(まずい)
そう思った瞬間。
「――ひっ」
少女が小さく声を上げた。
理由は、分からなくはなかった。
フィリアの影が、床に“滲んだ”のだ。
ほんの一瞬。
黒霧が輪郭を持ちかけ、すぐに引っ込む。
だが、普通の人間には十分すぎる異常。
「フィリア」
俺は低く呼んだ。
「……なに?」
「それは、やめろ」
フィリアが振り向く。
「……守ってるだけ」
「違う」
はっきり言う。
「今のは、脅してた」
フィリアの瞳が揺れた。
「……ユナト?」
「この街では、俺たちは“客”だ。
不安にさせることは、してはいけない」
しばらく沈黙。
やがて、影は完全に消えた。
「……ごめん」
小さな声。
案内の少女は何も言わず、ただ早足になった。
◆
部屋に入ると、フィリアはすぐに俺の隣に座った。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
「……ほんと?」
「ああ。ただ――」
言葉を選ぶ。
「街では、守り方を変えないといけない」
「……変える?」
「そうだ。
全部排除するのが“守る”じゃない」
フィリアは理解できない、という顔をしている。
「ユナトが怖い思いするなら……全部、いらない」
「それが“普通”じゃないんだ」
フィリアの眉が寄る。
「……普通?」
「街の人たちは、俺の敵じゃない。
仲間でもないけど、排除する存在でもない」
しばらく、フィリアは黙っていた。
「……分かんない」
正直な声。
「私、森で生きてた。
ユナトと、魔物と、霧だけ」
「……ああ」
「だから、ユナトに近づくものは……全部、危険だと思った」
ミリナが静かに言った。
「それはね、フィリアちゃん。
“好き”が悪いんじゃない。
“世界がユナトくんだけ”なのが、危ないの」
フィリアはミリナを見る。
「……ユナトだけじゃ、ダメ?」
「ダメじゃない」
俺が言う。
「でも、俺は世界を救う役目がある。
一人じゃできない」
「……仲間、いる」
ライラが腕を組んで頷く。
「そうだ。俺たちがいる。
だから、お前も――俺たちを信じろ」
フィリアは俯いた。
長い沈黙。
やがて、ぽつり。
「……ユナトが……いなくならないなら」
顔を上げる。
「……がんばる」
その言葉に、全員が息を吐いた。
◆
夜。
フィリアは、少し距離を空けて座っている。
それでも、視線はずっと俺に向いていた。
「ユナト」
「なんだ?」
「……街の人、怖かった」
「……だろうな」
「でも……ユナトが“ダメ”って言ったから、止めた」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「……ありがとう」
そう言うと、フィリアは少しだけ笑った。
「褒められた」
「……ああ」
完全に安心したわけじゃない。
むしろ、不安は増えている。
彼女は強すぎる。
愛が重すぎる。
そして、世界を知らなすぎる。
それでも――
「……一緒に、覚えていこう」
そう言うと、フィリアは静かに頷いた。
街の外では、霧がわずかに揺れている。
だが、今一番危ういのは――
霧でも、魔王でもない。
隣にいるこの少女だということを、
俺はまだ、口に出せずにいた。
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読んでいただき、ありがとうございます。
フィリアは、
悪意で誰かを傷つけているわけではありません。
ただ――
「ユナトの隣にいられない存在」を
受け入れられないだけです。
この物語は、
“守る”と“奪う”の境界が
曖昧になっていく過程を描いています。
次話では、
その歪みが、外の世界と本格的に衝突し始めます。
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